第8話

「桜叶!」


校舎の外で、男子生徒と歩く桜叶を発見した将矢は、すかさず桜叶を呼び止めた。


桜叶と一緒に歩くその男子生徒は、桜叶の肩に手を掛けながら歩いている。


「あぁ、将矢。ちょっと折笠先輩を送って行くから、先帰ってて」

桜叶はポーカーフェイスで将矢に言う。


将矢「折笠先輩…」


桜叶が肩を貸している目の前の男子生徒が、トイレで将矢が聞いた話題の副会長である事に将矢は気づく。


「…っっ!な、何で桜叶が…」

将矢は目を見開きながら桜叶達を凝視する。


「私、折笠先輩の足の上に大量のファイルを落としちゃったの。私のせいで折笠先輩の足怪我させちゃったみたいだから、私が送って行く」

桜叶は事情を淡々と説明する。


将矢「いやいや…桜叶のせいだからって何でそこまで…」


桜叶「は?」


将矢「え?」


桜叶「その質問、逆にそっくりそのまま…数日前のあんたに返すとけど?」


将矢「え…」


桜叶「将矢も同じだったでしょ?私の今の状況に何の問題あるのよ」


将矢「いやいやいや、あの時は女子だし…」


桜叶「女も男も関係ないでしょ」


将矢「…っっ!」


桜叶「じゃあ想像してみなよ。将矢がもし女だったとして、彼氏の私が自分以外の女の子と二人きりで帰るって…どんな気分よ」


将矢「それは…」


桜叶「具合が悪くなった、相談に乗って欲しい…その子から将矢が引っ切り無しに頼られるのは、委員会が同じだからって将矢が何かとあの子の面倒見過ぎるせいじゃない」


将矢「そ、それは…」


桜叶「将矢はさ、あの子の心配して気を遣ってお世話して…その優しさは一体、誰に向けた優しさなの?」


桜叶は真っ直ぐ将矢を見る。


将矢「…っっ」


将矢は返す言葉が見つからなかった。


桜叶はさらに畳み掛けるように言う。


「将矢はあの子にどこまで優しくするの?あの子からもし、寂しいから恋人になってほしいってお願いされたら、可哀想だからって付き合ってあげるの?」


「そ、そんな事ッ!」

将矢は眉間に皺を寄せながら反論しようとした。


すると、桜叶はすかさず言う。


「結局そこで、将矢はあの子の事を傷つけることになるんだよ?自分が応えられない気持ちを持たせた時点で、将矢はあの子を傷つけてんの。将矢があの子にしていることは優しさじゃない…ただのタラシ」


将矢「…っっ!!…タラシって、ただ俺は下心なんか無く接してるだけじゃん」


桜叶「そうかもしれない!でも、自分にだけ都合良く相手の感情って出来てないよ?こっちにその気は無くても、あっちがどう思うかは自由だからね」


将矢「・・っ」


桜叶「期待させる優しさって…けっこう残酷だよ」


将矢「…っ!」


将矢はハッとした表情をさせた。


すると、桜叶がゆっくりと口を開いた。


「将矢…。私達、ちょっと距離置こう」


「え…。えぇっ!距離置くって…」

将矢は慌てふためいた。


「あの子に対するあんたの接し方を改善しない限り、私は将矢と一切何も話さない」

桜叶は無表情で言った。


「ちょ…ちょっと待てよ…」

将矢は慌てて桜叶に駆け寄る。


すると、桜叶は将矢の手を振り払うと言った。


「折笠先輩、すみません。お待たせしました…行きましょう」


桜叶は巧実を連れて歩いて行った。


「…っっ」

桜叶達の後ろ姿を見つめながら、未だかつて無い程の不安と嫉妬が将矢を襲っていた。


愛弓からかけられた言葉や男子生徒達の会話が、待ってましたとばかりに頭をよぎる。


"男の好意を受け流す術を知らない桜叶は、意外と簡単に絆されちまうかもしれねぇよ?"


"そしたらお前ら、恋人じゃなくただの兄妹になっちゃうかもしれないな"


"桜叶さんと折笠先輩ってお似合いだよなー"


"桜叶さんが一富士と付き合うまで、ずっとあの副会長と桜叶さんが一緒になる想像しかしてなかったわ"


"高嶺には高嶺がしっくりくるよな"


"一富士もカーストではトップだけど、桜叶さんと折笠先輩ってそれを超えた存在って感じだから…何かちょっと違うっつーか"


"種類が違うよなぁ"



「・・っ」


将矢は、桜叶が再び遠い存在になってしまう不安にかられていた。



「将矢先輩…どうかしましたか?」


すると、後輩女子の由果が後ろから声をかけて来た。


「え…あぁ…いや…」

将矢は浮かない表情をさせた。


そんな将矢をチラッと見た由果は、桜叶と巧実の後ろ姿を見た。


由果は笑顔で強引に将矢の腕を引いた。


由果「それじゃあ…委員会、行きましょうかッ」


将矢「…っっ」


--


「折笠先輩、足は…」


桜叶は巧実と二人でしばらく歩くと、巧実の足を気にかけた。


巧実「実はそれほど怪我してないんだけどな」


桜叶「え…」


桜叶は目を丸くさせた。


巧実「実はさ…この前、夜明さんと彼のやり取り見てて、もしかしてこれ使えるかもって思った」


巧実は小さく笑みを溢した。


「折笠先輩ッ!まさか…見てたなんて…」


桜叶は驚きの表情で固まる。


「俺お手柄じゃない?彼、結構こたえてる顔してたじゃん」

巧実はしてやったりな顔をさせた。


「あぁ…まぁ、はい…そうですね」

桜叶は苦笑いした。


「ごめん…もしかして迷惑だった?」

巧実が桜叶の顔を覗く。


「え…いや、大丈夫です。あれぐらい言ってやった方がちょうど良いんですよ。だいたい、優しくされると女の子は惚れやすいってのを、アイツは分かってないんですよ」

桜叶はムスッとした顔をさせる。


「男も同じだよ」


巧実はそう言うと、桜叶の顔を真っ直ぐ見た。


桜叶は目を丸くさせながら、巧実を見た。


--


「将矢先輩、あの…ちょっとまた相談に乗ってほしいんですけど…この後時間ありますか?」


由果がいつものように、将矢にすり寄る。


「ごめん…」


すると、将矢が無表情で呟いた。


「え…。あ、今日は無理ですか?じゃあ明日でも…」

由果が明るく振る舞う。


将矢「ない」


由果「え…?」


将矢「これからも…ないから。ずっと」


由果「…っ!」


由果は血の気が引いたように、顔を強張らせた。


「ごめん…。俺がして来た事って…誰の為にもなってなかったわ…」

将矢が俯きながら言う。


「・・っ」

由果は唇に力を入れた。


「俺は桜叶のことしか好きにならないし、桜叶以外の人の気持ちに応えることは出来ない。もしそこにそんな感情がなかったとしても、この先自分が応えられないような感情が絶対生まれないとは言い切れない。そうなった時に、結局傷つける事になる。何より、桜叶に嫌な想いはさせたくない…。だから、これからはもう雨倉さんと二人きりになるような事はしないし相談にも乗れない。ごめん…」

将矢は真剣な表情でそう言い由果を見た。


「・・・もしかして、桜叶先輩に何か言われたんですか?」

由果は俯きながら言う。


将矢「いや…」


由果「桜叶先輩って意外と嫉妬深いんですね。将矢先輩もそんな人が彼女で辛くないですか?私だったら、そんな風に彼氏を縛りつけるような束縛なんて絶対にしないのに…」


「雨倉さんだったら…なんてことには、絶対ならないから」

将矢は無表情で由果を見た。


「…っっ」

由果は眉間に皺を寄せた。


すると、将矢は無表情のまま続けた。


「俺の彼女は桜叶以外ありえないから。雨倉さんがどうであれ、俺には関係ない」


「なんですか、それ…。じゃあ…何で将矢先輩はこんなにも私を気にかけてくれてたんですか…?」

由果は俯きながら言う。


「…っっ、それは…」

将矢は気まずそうに言葉を濁した。


由果「下心が…あったからじゃなかったんですか…?」


将矢「違う。俺そんなつもりじゃ…」


由果「私は将矢先輩の優しさに、もしかして入る隙があるかもって…期待してたのに…。今さら何ですか…。私のこの気持ち、どうしてくれるんですかッ!」


由果は血相を変えて将矢に力強い言葉を浴びせた。


「・・・ごめん…」

将矢は俯きながら呟く。


「でも桜叶先輩、今日別の男の人と帰ってたじゃないですか。将矢先輩はそんな彼女なんかの為に、私に対する優しさを無くすんですかあッ!?」


由果は将矢に詰め寄る。


「だからだよ」

将矢はポツリと呟いた。


「え…」

由果は呆然としながら将矢を見た。


「俺達はもっと前に、今日の桜叶達と同じ事をやってんだよ。"そんな彼女"って雨倉さんが言うんだったら、俺だって"そんな彼氏"だろ…桜叶からしたらさ。自分の彼女が他の男と帰るの見たら、俺すげぇ嫌な気持ちになった。今日改めて、俺は桜叶にこんな気持ちにさせてたんだって思い知った。だからやめるんだよ」

将矢は力強い目で由果を見た。


「…っっ、ばっかみたい。それって、気づくの遅いんじゃないですか?きっともう手遅れですよッ」

由果はツンとした表情をする。


「・・かもなぁ…」

将矢は力無い表情をさせた。


由果はそんな将矢の表情を見ると、唇を噛み締めた。そして、突き放すように言った。


「…っっ。・・もう、その気がないなら優しくなんてしないでくださいッ」


「うん…ごめん」


将矢は頭を下げると、足早にその場を立ち去った。



「・・・勝手に期待したのは…こっちなんだけどね…」

由果は静かに言うと、涙が溢れないように天を仰いだ。


--


「おぃ、一富士ッ!」


将矢が血相変えて走っていると、ちょうど菊斗と別れ一人で歩いていた愛弓に呼び止められた。


将矢が慌てて立ち止まる。


「ちょっとツラ貸せよ」

愛弓が無表情で将矢を見た。


「…っっ」

将矢は仕方なく愛弓の後をついて行った。


将矢と愛弓は近くのベンチへ腰かけた。


愛弓がすかさず口を開く。


「お前さァ…ほんと、桜叶以外の女に良い顔して、何が望みなわけ?」


「…っっ」

将矢は何も応えられずにいた。


曇った表情で俯く将矢を横目に、愛弓は話し始めた。


「桜叶の奴さ…一度痛い目見てんだよ」


愛弓の言葉に驚いた将矢は、すかさず顔を上げ愛弓を見た。


「あたしからは、話さないつもりでいたけどさ…」


愛弓はそう言うと、重い口をゆっくり開いた。


「これは…前に桜叶の母ちゃんから教えてもらった話なんだけどよ。あたしが桜叶と出会う前の時…桜叶の父ちゃんが亡くなってから元気なくしてた母ちゃんに、手を差し伸べてくれる男が現れたんだって…」


愛弓は話を続ける。


「当時、桜叶は新しい父ちゃんなんていらないって言ってたらしいんだけど、その男が現れてからは…段々と桜叶も心を開き始めてたらしいんだわ。桜叶の母ちゃんも段々元気になって来て…母ちゃん曰く、当時の桜叶は母ちゃんが元気になってるのを見て、無理して笑顔でいたんじゃないかって…」


「…っ!」

将矢は目を丸くさせ愛弓を見た。


愛弓「桜叶の母ちゃんも、この男とならまた新しく家族を築けるかもしれないって…少しは期待していた部分もあったらしい。突然、一家の大黒柱を失くして、あの頃の夜明親子はいろいろと不安定だったみたいだし桜叶もまだ小さかったからな。そりゃ生きてく為には…期待するわな」


将矢「…っ」


愛弓「ある日さぁ、桜叶と桜叶の母ちゃんが街を歩いてる時…その男を見かけたんだってさ」


愛弓は険しい顔させる。


将矢はキョトンとなりながら愛弓を見た。


愛弓「その男、知らねぇ女と子供と一緒に、手繋いで歩いてたんだって」


「え…」

将矢は呆然とした。


愛弓「あろうことか、その子ども…そいつに向かって"パパ"って言ってらしくて、そいつも嬉しそうに笑ってやがったんだと」


将矢「・・っ」


愛弓「はなから、そいつは桜叶達親子と一緒になるつもりなんて無かったんだよ。二組の母子の父親になんかなれるわけねぇからな。その気も無いくせに、その気にさせる。期待させといて、最初から期待に応えるつもりなんてない。確信犯じゃねぇかってなッ」


愛弓は苛立った顔をさせる。


「…っっ」

将矢は呆然としている。


「最初からそういう気持ちに応えられない事を分かっていながら、相手にはそういう気持ちを芽生えさせるってさ…罪だよな」

愛弓は遠くを見ながら言う。


「・・・」

将矢は俯いた。


「桜叶はそれ以来、本当に認めた相手にしか笑わなくなったらしい」


愛弓は静かに言った。


「…っ!!」

将矢は目を丸くさせた。


愛弓は続ける。


「桜叶も後悔してんだって、桜叶の母ちゃんが言ってた…。桜叶が謝って来たんだってさ。自分が笑顔でいたせいで、あんなろくでもねぇ奴に母ちゃんは期待しちゃったんだって…」


「…っっ」

将矢は言葉に詰まる。


「だから、まぁ…これはあたしの憶測だけど…桜叶の母ちゃんが、お前の父ちゃんとの再婚話をギリギリまで桜叶に言わなかったのは、あの時のトラウマがある桜叶に過度な心配をさせねぇ為だったんだろうな…」


愛弓は空を見上げた。


将矢は黙って愛弓の横顔を見た。


「あたしはさぁ、桜叶が何でお前なんかを認めたのか…正直の所、未だに半信半疑なんだよ。あたしと同じで押しは強えけど、逆にお人好しで調子良いしな…お前」

愛弓はそう言うと、じーっと将矢を見た。


「…っっ」

将矢はたじろぎいだ。


「お前、そん時の男と同じ事すんじゃねぇぞ」

愛弓はギロリと将矢を睨んだ。


「…っっ!!」

将矢はハッとした表情をさせた。


「桜叶の笑顔を奪ったそいつと、同じ人種に成り下がるんじゃねぇぞ、お前」

愛弓がそう言いながら将矢にじり寄る。


「…っっ…な、ならねぇよ!!・・って、ていうか、桜叶の奴…今日、折笠先輩を送ってくって言ってたんだけど…どっち方面に行ったか分かる!?」


「はぁ?」

愛弓は呆れた表情で将矢を見た。


--


桜叶と巧実は、通りかかった公園のベンチに腰かけていた。


「男の方が、優しくされたりすると惚れやすいよ」


巧実はそう言うと、桜叶を見た。


桜叶は目を丸くさせる。


巧実は続けた。


「夜明さんはさ…俺が忙しそうにしてたりすると、すぐにフォローしてくれるじゃん。あれって、無意識にやってくれてるんだろうけど…俺にとっては特別に嬉しかったりするんだよね」


巧実は微笑みながら桜叶を見つめる。


「・・そう…ですか…」

桜叶は巧実の甘い雰囲気にたじろぐ。


巧実「何で特別に嬉しいかわかる?」


桜叶「え…。いえ…」


「好きだからだよ」

巧実はそう言うと、真っ直ぐ桜叶を見つめた。


「…っ!!」

桜叶は目を見開き固まった。


巧実「俺はとっくに、夜明さんに惚れてるんだけど」


桜叶「え…」


「俺にすれば良いのに」


巧実はそう言うと、桜叶の肩に手をかけ顔を近づけた。


「…っっ!!」

桜叶は咄嗟に自身の片手で口元をガードし、巧実の口を手の平で抑えた。



ドンッ!!


「な…っにやってんだよッ!!」


すると、将矢が怒りの形相で巧実を押し除けた。


「将矢!?」

桜叶は驚きの表情を浮かべる。


「…っ」

将矢は息を切らせながら、巧実を睨みつけた。


巧実は地面に手をつき、目を丸くさせながら将矢を見る。


「行くぞ」

将矢は桜叶の手を引き歩き出す。


桜叶は巧実の方に目をやると、巧実は気の抜けた表情をさせていた。


「…っっ」

将矢は湧き上がってくる嫉妬の怒りを必死に抑えようと唇を噛み締めながら、力強く桜叶の手を引き歩き続けた。


--


将矢と桜叶は自宅に戻ってきた。


家に入ると、両親はまだ帰って来ていなかった。


「・・・さっき…してた…?」

将矢が静かに呟く。


「え…何を?」

桜叶が目を丸くし将矢を見た。


「キ…キ…ス…」

将矢はしどろもどろに呟く。


「してないよ!…って、するわけないでしょ!手でガードしたわよ」

桜叶は顔を赤くしながら慌てて言う。


「・・ハァー…」

将矢が頭を抱えながらしゃがみ込む。


「・・っ」

心身喪失になりながらしゃがみ込む将矢を、桜叶は驚きながら見つめた。


「良かった…」

将矢がポツリと呟いた。


「…っ!」

桜叶は目を丸くする。


すると、将矢が静かに口を開いた。


「ごめん…俺が悪かった。今日、ちゃんと断って来た…」

将矢は真剣な表情で桜叶の顔を見上げた。


桜叶はハッとした表情で将矢を見る。


すると、桜叶は将矢の目線に合わすようにしゃがむと言った。


「私も…人のこと言えないし…」


桜叶は気まずそうに言うと、チラッと将矢を見た。


互いに気づいていた。


大切に想う人が出来た今、自分が想う人以外に対しては無頓着になってしまうことに。


目の前にいるこの大切な人のことで頭がいっぱいになっているからこそ、周りが自分に向けている好意など気にならなくなっていたのだ。

例え周りが自分をどう思おうとも、この目の前にいる愛おしい人に対する自分の気持ちは、変わらない自信があるから。

だがその揺るがない自信は、周りが知る術の無い自分の心だけにあるもの。

そんな表に出ない自信のおかげで、大切な人を不安にさせ、周りに期待を持たせてしまっていた。


愛する人の"心"を守るという事は、興味の無い人に対しては「優しい薄情」でなければならなかった。親切であっても、決して隙を見せず踏み込み過ぎない薄めの優しさ。それは一見、冷たく情が淡いようではあるが、確かに有る優しさ…確かな情なのだ。


すると将矢は桜叶をギュッと抱きしめ言った。


「俺、ずっと桜叶の特別でいたい。ただの兄妹に戻るなんて、絶対やだ…」


将矢は涙を堪えているようだった。


そんな将矢の必死な様子に桜叶は表情を緩め、宥めるように背中をさすりながら言った。


「大丈夫…大丈夫だから」


「…っ!」

将矢は目を見開く。


桜叶の言葉を聞いた将矢は、ゆっくりと桜叶から身体を離した。

そして、じっと桜叶を見つめた。


桜叶も将矢を見つめる。


周りからは自分の心が見えないからこそ、言葉を使い態度で示し大切な人を守る。

それは簡単なようで、実は難しく、とても勇気がいること。

だからこそ、そんな勇気を成し遂げる事が出来たなら、きっと大切な人を守ることができるはず。


桜叶と将矢の心は一緒だった。


桜叶「好き」

将矢「好きだ」


お互いに顔を合わせて同時に呟いた。


「…っ!!」

将矢は初めて桜叶から「好き」と言われ目を丸くさせた。


「…っ!」

桜叶も将矢と同じ言葉を言った事に驚き、目を丸くさせる。


「今…何て…」

将矢は慌てて聞き返した。


桜叶は、勇気を振り絞り真っ直ぐ将矢の目を見てはっきりと言った。


「私は将矢のことが好き。だから、大丈夫」


そして桜叶は、将矢を見つめ優しく微笑んだ。


「・・・」

すると将矢はすかさず桜叶と唇を合わせた。


「…っっ!」

桜叶は目を丸くし固まる。


将矢は、桜叶への想いを溢れさせるかのように唇を重ね続けた。


桜叶は力を抜き、自然と目を閉じる。


台風一過のような熱さと、窓から差し込む綺麗な夕焼けのピンクが包み込むように、二人の濃厚な愛が重なり合う。


そんな熱くて甘い口づけは、これまでの二人の時間を取り戻すかのようにしばらく続いた。


冷たく淡い恋の嵐が過ぎ去った後の、濃い目の甘さが混ざり合う情熱的な黄昏時であった。

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