5.冷淡有情

第7話

「ねぇ、知ってる?三組の鬼辻さん、家庭の事情で転校したらしいよ」


「ああ、杏奈さんって鬼辻物産の社長令嬢だったんでしょ?」


「鬼辻物産、今大騒ぎだもんな…」


「まさか、あんなにブラック企業だったとは」


「そりゃ訴えられるよな…」


あの面談の日から数日が経った頃、休み時間の教室では、先日桜叶達と一悶着起こした将矢の元カノである杏奈の話題で持ち切りであった。


杏奈の父の会社、鬼辻物産の従業員達に対する過重労働やパワハラが明るみになり、世間の話題になっていた。


桜叶の母である倖加は、被害者達の弁護を務め、もはや学校以外で起こる裁判という名の場外乱闘に力を注いでいた。


「・・・」


将矢と桜叶は、我関せずといった感じでそれぞれスマホや本に目を通していた。


「それにしても、桜叶達は晴れて恋約から恋人になったってわけだけどよ、何か変わったわけ?」

愛弓が桜叶を見た後に、将矢の方に目を向けた。


「別に。特にこれと言って変わらないわね」

桜叶がポーカーフェイスで話す。


「分からねぇ…。何で"恋約"だの"恋人"だのに拘るのか、全く分からねぇ…」

愛弓が眉間に皺を寄せる。


そんな愛弓をチラッと見た桜叶は、静かに口を開く。


「あっちゃんもその内分かるよ。大切な人が出来た時、その人をもっと深い所まで守れる特別な"名称"が欲しくなる」


桜叶は頬杖をつきながら、愛弓に小さく微笑んだ。


「・・?特別な名称?」

愛弓はキョトンとした。


「・・・」


将矢もまた頬杖をつきながら、前の席の方に座る桜叶達を見つめていた。


将矢は、桜叶と愛弓の会話が気になってしかたなかった。


"桜叶みたいな地獄耳が欲しい…"


将矢はそんな事を考えていた。


「やべ…次って英語だっけ!?」

突然、菊斗が将矢に言った。


将矢「うん」


菊斗「うわー…教科書忘れた」


将矢「んなもん…隣の席の奴に見せてもらえばいいじゃん」


菊斗「うーん…」


菊斗の席は、堅物で有名なガリ勉四天王と呼ばれる生徒達に囲まれていた。

まさに、四面楚歌である。


菊斗は自身の席に目を向けた。

ガリ勉四天王は、眼鏡をギラギラさせ眉間に皺寄せながら、教科書を各々熟読している。


菊斗「いや…無理だろ」


菊斗は頭を抱えた。


「おい」


すると、愛弓が菊斗に声をかけた。


菊斗が驚いて愛弓を見ると、愛弓は自身の英語の教科書を差し出していた。


「え…」

菊斗は目をぱちくりさせた。


「これ使えよ」


愛弓はそう言うと、菊斗に英語の教科書を強引に手渡した。


菊斗「いや、だって…新藤はどうすんだよ」


愛弓「あたしは桜叶に見せてもらうからいい」


菊斗「え、新藤の席って…」


「おーいお前、次の授業だけ席変わってくれね?」

愛弓はそう言うと、桜叶の隣の席に座る男子生徒に声をかけに行った。


愛弓は席を変わってもらうと、桜叶の机に自分が座る机をくっつけた。


菊斗はその様子を呆然と見つめた。


愛弓はチラッと菊斗を見ると、フッと笑った。


「・・っ」

菊斗は若干頬を赤くさせ、口元を緩めた。



「・・・」


そんな菊斗と愛弓の様子を、ある女子生徒が静かに見つめていた。


--


「he has get us good seats.・・・」


英語の授業中、菊斗は愛弓から貸してもらった教科書を見ていた。

すると、教科書のページ角に犬の顔が描かれていることに気がついた。

さらにページを捲ると、同じ場所にまた犬の絵が描かれている。

菊斗はもしかしてと思いさらにページを捲ると犬の絵がやはり描かれおり、それをパラパラさせると、パラパラ漫画のように犬の顔の横で肉球が上下に動いた。


「ぷっ…」

菊斗は口元を押さえた。

慌てて周りを見渡すと、幸い周りには気づかれていなかった。

菊斗は、教科書の絵に目を戻した。

菊斗は微笑みながら教科書の絵を見た後、前の方に座る愛弓に目を移した。


意外にも真剣に授業を受ける愛弓の姿に、菊斗の胸はギュッとなった。


--


放課後-


数ヶ月後に行われる文化祭の為、文化祭実行委員に選ばれていた将矢は、一人委員会に出かけて行った。


桜叶は、生徒会執行部に選ばれており生徒会の会議に出席した。


桜叶は生徒会の会議を終え、一人帰ろうとしていた所、将矢が後輩の女子と一緒に歩いて来た。

それは、将矢と同じく文化祭実行委員に選ばれていた一年生、雨倉あまくら 由果ゆかであった。

由果は将矢にもたれ掛かるように歩いてた。


「・・・」

桜叶はその様子をまじまじと見つめる。


「桜叶…俺ちょっとこの子の家まで送ってく」

将矢は気まずそうに桜叶を見た。


「どうしたの?」

桜叶は将矢と由果を交互に見た。


将矢「具合が悪いみたいでさ、一人じゃ歩けないっていうから…」


由果「ごめんなさい…迷惑かけて…」


将矢「いや…いいよ。俺が雨倉さんに書類運ぶの頼んじゃったせいかもしれないし…」


桜叶「・・そんなにその書類重かったの?」


将矢「いや…雨倉さんにとっては重かったのかも…」


桜叶「・・・」


将矢「そういうわけだから…先帰ってて」


桜叶「・・うん」


桜叶は、将矢と由果の様子をモヤッとしながら見つめた。


--


「ただいま」


家族が夕飯を食べ終わった頃、ようやく将矢が帰って来た。


「ずいぶん遅かったね」

桜叶がジロリと将矢を見た。


「あぁ…何か、雨倉さんの家まで送ってったら、引き留められちゃって…相談したいことあるからって言うから、雨倉さんちの近くにある公園で話してた…」

将矢は苦笑いする。


「ねぇ、雨倉さんって本当に具合悪かったの?」

桜叶は冷めた目で将矢を見る。


「何か家に着いたら具合が治ったって言ってた。まぁ何ともなくて良かったわ…」

将矢はため息をついた。


「お人好し」

桜叶はポツリと呟くと、スタスタと自身の部屋に入って行った。


「え…」

将矢はキョトンとした。


--


「ハァー・・」


ある日の放課後、桜叶は生徒会室で深いため息をついていた。


将矢が後輩の由果を家まで送って行った日からというもの、文化祭実行委員の活動が無い日でも将矢は何かと由果のお悩み相談に借り出されていた。


「夜明さん、何かあった?」


桜叶に声をかけて来たのは、一学年上の先輩である、折笠おりかさ 巧実たくみであった。

巧実は生徒会副会長であり、成績優秀で整った顔立ちの巧実もまた、女子生徒達からは憧れの存在として拝まれる存在であった。


桜叶と巧実のいる生徒会を"高嶺の巣"と呼ぶ者も少なくはなかった。


「折笠先輩」

桜叶は巧実の方に顔を向けた。


「珍しいな、ため息なんて」

巧実は桜叶の顔を覗いた。


「あ…いえ、何でも…」

桜叶は気まずそうに顔を逸らす。


巧実「例の彼?」


桜叶「…っ!」


巧実「当たりだ」


桜叶「・・っ」


「何か…最近、放課後に一年の女の子と一緒にいる彼をよく見かけるけど」

巧実は桜叶をチラッと見た。


桜叶は少し俯いた。


すると、巧実は静かに口を開いた。


「彼…、一富士くんって贅沢だよな」


「え…」

桜叶は目を丸くさせながら巧実を見た。


「きっと…恋人が同じ屋根の下で暮らしてるから、安心しきってんだろうね」


「…っ」

桜叶は何とも言えない表情になる。


「でも…それだと、彼はそのうち足元すくわれるかもしれないな」


「え…」


「鳶に油揚げをさらわれるってやつ」

巧実はそう言うと、桜叶を真っ直ぐ見た。


「・・?」

桜叶はキョトンとした顔をする。


「俺をいつでも使っていいよ。一富士くん、油断してるみたいだからね」

巧実はそういうと、微笑みながら桜叶の肩にポンと手を乗せ去って行った。


「・・使うって…?」

桜叶は呆然としながら巧実を見送った。


--


「桜叶!」


「あっちゃん…」


放課後、桜叶が一人歩いていると、後ろから愛弓が走って来た。


「アイツは?また後輩の女に引っ張られてんのかよ」

愛弓は険しい顔をさせながら桜叶を見た。


「あぁ…うん」

桜叶は少し元気なく応える。


そんな桜叶を見た愛弓は、小さくため息つきながら言った。


「ちょっと…乗ってかね?」


「え?」

桜叶はキョトンとしながら愛弓を見た。



キー…キー…キー


桜叶と愛弓は、通りかかった公園にあるブランコを漕いでいた。


「久々じゃね?ブランコ」

愛弓は立ちながら思いっきり漕ぐ。


「あっちゃん、すごいね。サーカスみたい」

桜叶は座りながらゆっくりブランコを漕いでいる。


「このまま遠くに飛んで行ければ良いよな…」

愛弓は珍しく落ち着いた口調で言う。


桜叶は驚いたように目を丸くさせながら愛弓を見た。


愛弓はしばらく漕いだ後、徐々に速度を落としていきブランコを止めた。


桜叶も合わせてブランコを止める。


すると、愛弓は桜叶の方に顔を向け言った。


「嫌なら嫌だってはっきり言った方がいいぞ?」


桜叶はハッとした表情で愛弓を見た。


愛弓は続ける。


「ハッキリと何でも言い合えないようじゃ、お前ら…この先うまく行かねーよ。我慢しなきゃいけない関係なんて、その内壊れる」


愛弓は珍しく真剣な表情で桜叶を見た。


桜叶は静かに口を開く。


「私ね、どうするべきなのか…よく分からないの。私が思うことって、単なる我儘なんじゃないかって。一緒に住んでるのに、将矢の後輩との付き合いまで制限させてしまったら…私がすごく…独占欲強い人間みたいで…。それに、人を助けたいって言う…将矢の善意を悪いものとして見てしまうことに、少し抵抗を感じちゃうんだ…」


桜叶はそう言うと、俯きながら再びブランコを少し漕ぎ出した。


すると愛弓は喝を入れるように言った。


「桜叶、良い子ぶるのもいい加減にしろよ?」


桜叶は目を丸くさせながら、ブランコを漕ぐのをやめた。


愛弓は続ける。


「我儘だって良いじゃねぇかよッ!アイツに気持ちぶつけて怒れよ!一富士の善意?そんなの知ったこっちゃねぇよッ!アイツが桜叶以外の女に向ける善意なんて、結局は誰も幸せになれねぇ善意だろッ!」


愛弓は珍しく大きな声で言う。


桜叶は目を丸くさせたまま愛弓を見つめた。


すると、愛弓は冷静な口調で言う。


「期待って事に関して、一番抵抗感じてんのは他でもねぇ…桜叶自身だろ?」


「…っ!」

桜叶はハッとした表情をする。


「アイツは悪気なくても、無意識にやってるその善意ってやつで、後輩の例の女を無駄に期待させちゃってるかもしれねぇじゃん。アイツのそんな善意、野放しにしてて良いわけねぇだろ!桜叶が一番よく分かってるはずじゃん。アイツをあの時の男みたいにさせたいのかよ!」


愛弓は厳しい眼差しを桜叶に向けた。


「…っっ」

桜叶は愛弓の気迫に息を呑んだ。


すると、愛弓は少し深呼吸すると桜叶を諭すように言った。


「人と向き合うのってさ、めんどくせぇし難しいし、極力避けて通りてぇよ。だから、別に万人と向き合う必要なんてない。でもせめて、自分の人生に必要な奴とぐらいは、ちゃんと向き合えよ。ケンカでも何でもしてさ」


愛弓はそう言うと、桜叶を見てフッと笑った。


「あっちゃん…」

桜叶は少し目を潤ませたながら愛弓を見た。


愛弓が桜叶に対して、これほどまでに強めの口調で言ったのは初めての事であった。


桜叶は自分に対し、こんなにも真剣に説得してくれる愛弓の存在を有り難く思った。


"あっちゃんは今、人生に必要な人間として私と向き合って想いをぶつけて来てくれてるんだ…"


桜叶はそう思うと、胸がジーンとし目頭を熱くなった。


「ありがとう…」

桜叶は小さく呟くと、笑みを浮かべた。


--


翌日-


「ねぇ、最近将矢が放課後一緒にいる子は誰なのぉ?一年の子だよね?」


「お前…まさか、二股かけてんじゃねぇだろうな!」


「桜叶さんという人がいながら…」


「下手したら、桜叶さんより一緒にいるんじゃない?あの子と」


休み時間の教室では、将矢のグループの仲間達が将矢に詰め寄っていた。


「二股じゃねーからッ!文化祭の実行委員で一緒なだけだよ!」

将矢が怒りながら反論する。


「でもさー、文化祭の実行委員って毎日じゃないよね?何で放課後に毎日目撃されてんのよ」

将矢のグループの女子がすかさず言い返す。


「それは…あの子が相談があるって言うから…仕方なく…」

将矢が口を尖らせた。


「ねぇ…それって間違いなく、その子下心ある感じじゃない?」


「ほんとほんと!なかなか毎日相談に乗ってくれなんて言わないよ?」


女子達の言葉に将矢はたじろぎながら言う。


「え…いや、だってほんとに困ってそうだったし…。クラスの子とうまくいかないとか…」


「えー?あの子、友達と仲良さそうに歩いてるの、この前見かけたわよー?」

女子の一人が首を傾げる。


「え…」

将矢がキョトンとする。


「将矢、お前のお人好しも大概にしろよー?」

話を聞いていた菊斗が心配そうに将矢に声をかけた。


「お人好し…」

将矢は、以前桜叶にかけられた言葉を思い出していた。


すると、どこからか殺気のこもった視線を感じ、そちらの方に目を向けてみた。


「…っ!!」


愛弓がギロリとした目つきで将矢を見ていた。

将矢は冷や汗がじんわり出て来るのを感じた。


席を外してた桜叶が教室に入ってくるやいなや、将矢の話題は自然と止まる。


「・・・」

将矢は桜叶を目で追った。


最近後輩女子の由果のせいで、まともに桜叶と話が出来ていない。


同じ屋根の下で暮らしていながら、桜叶との会話は返事を交わす程度で、桜叶の態度もそっけないものであった。

スマホのメッセージもそっけなく、間違い無く自分と後輩女子、由果との関係のせいである事は将矢自身も想像がついた。


だが将矢は、後輩である女子に対してどこまで突き放していいものか分からずにいた。


明らかに敵意のある女子や、桜叶や友人に攻撃する女子に対しては冷酷な態度を取れる将矢であったが、そういった素ぶりも無くただ頼られるだけの場合の女子に対しては、冷たく突き放す事が出来なかった。


桜叶と一緒に暮らす前に戻ったような桜叶との関係に、将矢の心は焦燥感でいっぱいだった。


--


昼休み-


「一富士、ちょっとツラ貸せよ」


教室に一人やって来た愛弓が、将矢に声をかけ呼び出した。



「…っ!!」


将矢のグループの仲間達は、将矢の行く末を案じた。


「・・・」

菊斗は、将矢と愛弓を静かに見送った。


将矢の仲間達は、いつぞやの光景を思い出していた。


"将矢の奴、ついに新藤にシメられるな…"


--


愛弓と将矢は人目のつかない場所までやって来た。


するとすかさず愛弓が口を開いた。


「テメェ…何で桜叶以外の女と噂になってんだよ!このヤロッ」


愛弓はギリギリと詰め寄る。


「いや、誤解なんだって…。あの子が相談あるから聞いて欲しいって毎日言ってくるから、ただ話聞いてるだけなんだって…」

将矢は必死で弁解する。


「何でテメェが相談に乗ってやらなきゃなんねぇんだ?仮にも女と男だぞ?どんな相談かしらねぇけどな、周りが変な目で見るのは当然だろ!お前…そいつが下心ねぇって自信持って言えんのかよ!」

愛弓はギロリと将矢を睨む。


「それは…」

将矢は先程教室で女子達に言われた事を思い出した。


「お前、前に言ってたよなぁ?モテるって自覚はあるって。そんなお前に、何でその女が下心無しで相談乗ってくれって来てると、逆に思えんの?」


愛弓は下からガンを飛ばすように見上げる。


「…っ!」

将矢は目を丸くさせた。


「テメェ…桜叶と恋人になれた上に一緒に住んでるからって、調子こいてんじゃねぇぞ?たかが一緒に住んでる口約束の恋人なんぞ…いつだって関係は簡単に壊れんだからな。桜叶だって、お前が違う方ばかりに力注いでたら…その内、愛想尽かすかもな」


愛弓は厳しい眼差しで将矢を見た。


「…っっ」

将矢はハッとし固まる。


「言っておくが…桜叶もだいぶモテるんだよ。でもお前のモテ方とは違って、桜叶を遠目で見て憧れてる奴がほとんどだ。だからこそ、アイツはお前と違ってモテてる自覚があまり無いし、そういうのには疎いんだよ。お前がよそ見してる間に、もし桜叶に手を差し伸べる奴が現れたらどうだろうな?男の好意を受け流す術を知らない桜叶は、意外と簡単に絆されちまうかもしれねぇよ?お前が告った時みたいに」

愛弓は未だかつてない程の冷たい表情で言い放つ。


「…っ!!」

愛弓の言葉を聞き、将矢はギョッとした表情になった。


愛弓は続ける。


「そしたらお前ら、恋人じゃなくただの兄妹に戻っちまうかもしれねぇな」


愛弓は不敵な笑みを浮かべると、その場を去って行った。


「…っっ」

将矢は、底知れない程の不安が湧き上がって来るのを感じた。


--


休み時間、将矢がお手洗いの個室へ入ると、個室の外で話すどこかの男子生徒達の会話が聞こえてきた。


「昨日生徒会室で桜叶さんと副会長の折笠先輩を見かけたんだけどさ、あの二人…マジでハイスペックだよなー」


「…っ!」

将矢は息を殺しながら会話に耳を傾けた。


男子生徒達は続ける。


「あぁ、高嶺の巣だろ?桜叶さんと折笠先輩ってお似合いだよなー。俺、一富士と桜叶さんが付き合い出したの意外に思ったもん」


「それな!俺も、桜叶さんが一富士と付き合うまでは、ずっとあの副会長と桜叶さんが一緒になる想像しかしてなかったわ」


「やっぱ、高嶺には高嶺がしっくりくるよな」


「だよな。一富士もカーストではトップだけど、桜叶さんと折笠先輩ってそれを超えた存在って感じだから…何かちょっと違うっつーか」


「そうそう、種類が違うよなぁ」



「…っっ」

個室で聞き耳を立てていた将矢は握り拳を作り力を入れた。


"何だよ、種類って…"


将矢は嫉妬と怒りと劣等感を抑えるのに必死だった。


ーー


放課後-


「あのさ、桜叶…」

将矢は桜叶に声をかけた。


「あー…今日これから生徒会で作業だから」

桜叶はポーカーフェイスで言うと、そそくさと教室を出て行った。


「生徒会…」


"高嶺の巣…"


将矢の頭には、ある言葉がよぎった。

この状況を一刻も早く何とかしなければと、将矢は焦る気持ちを募らせた。


「やば…こりゃ桜叶さんと将矢の破局も近いんじゃはいか?」


「同じ家に住んでて別れるとか、相当気まずいよな…」


将矢達の友人はコソコソと話す。


「うるせぇ!聞こえてんだよ!」

将矢は苛立ちながら吐き捨てた。


「・・・」

菊斗は心配そうな表情で将矢を見た後、愛弓に目を向けた。


愛弓はツーンとした表情で、鞄を持つと教室から出て行った。


--


生徒会室-


「あれ、今日って他の人は…」

桜叶は、副会長の巧実しかいない教室を見渡す。


「あー…大した量でもないから、夜明さんと俺だけでやっとくって皆に言っちゃった」

巧実は爽やかな笑顔で桜叶を見た。


「え…私と二人でですか…?」

桜叶はキョトンとする。


「夜明さん、書類整理するの早いから。俺と夜明さんがいれば大丈夫かなって」

巧実はニッと笑った。


「…っっ、まぁ…良いですけど…」

桜叶はたじろぎながらファイルを取り出した。


しばらく、桜叶と巧実が二人でファイリングをしていた。


すると、巧実が静かに口を開いた。


「この前さ…鳶に油揚げをさらわれるって俺言ったじゃん」


「あぁ…はい」

桜叶は厚めのファイルを二、三冊抱えながら呟く。


「その鳶ってのは俺だから」

巧実は、ファイルを抱える桜叶の目の前に立ち桜叶の顔を覗いた。


「え…」

桜叶はキョトンとした顔をする。


「俺が夜明さんをさらうってこと」


巧実はそう言うと、自身の顔を桜叶の顔に近づけ微笑んだ。


「・・っ!!」

あまりにも近すぎる巧実の顔に驚いた桜叶は、自身が抱えていた厚めのファイルを落とした。


ドサドサドサ…


桜叶が慌てて落ちたファイル見下ろすと、見事に巧実の足がファイルの下敷きになっていた。


「うっ…」

巧実はしゃがみ込み悶えていた。


--


「新藤ッ!」


愛弓が一人校舎を後にしようとすると、後ろから菊斗が声をかけて来た。


愛弓は振り返り菊斗を見た。


「と…途中まで、一緒に帰ろうぜ」

菊斗はぎこちなく言う。


「お…おぅ」

愛弓はちょっと照れくさそうにした。


「将矢のこと…アイツ、頼られると断れない奴でさ」

菊斗が気まずそうに話す。


「あーそうだろうな」

愛弓は仏頂面で呟く。


「特に理由が無いと、お人好し人間になっちまうんだよ…アイツ」

菊斗はため息混じりに言った。


「理由なんぞ、いくらでも作れんだろ。桜叶がいるんだから」

愛弓は前を向いたまま言う。


「…だよな…」

菊斗は苦笑いした。


「お人好しってのはさ、結局自分のためだよな」

愛弓が真っ直ぐ見ながら言う。


菊斗はハッとした表情で愛弓を見た。


愛弓は続ける。


「理由も無いのに断ったら薄情な人間だって思われるのが怖いっていう、臆病な自分を安心させる為だけのもんだよな。でも…そんな事したって、万人には通用しねぇよな」


菊斗は静かに愛弓の話に耳を傾けている。


「だって…100%の人間に良く思われるなんて無理じゃん?いくらお人好ししようが、どうせどこかの誰かに嫌われるんだったら、その一回ぐらいのお人好しなんて無くたって良くね?って思うわけよ」

愛弓は腕を組みながら口を尖らす。


「・・確かにな…」

菊斗はポツリと呟く。


「だろ?だったら、まず優先させるべきは自分が大切だって思う相手に対して、お人好しすべきだろッ!」

愛弓は頭から湯気を立てる。


すると、菊斗はたずねた。


「新藤は…そうしてんの?」


愛弓「ん?あたし?」


菊斗「うん…。そういう人を優先して、お人好しすんの?」


愛弓「当たり前じゃん。誰かれ構わずお人好しになんかなんねぇよ」


愛弓はそう言うと、ニカッと笑った。


「…っ」

菊斗は、先日愛弓に教科書を貸してもらった時の事を思い出すと、緩みそうになる口元にそっと力を入れた。


菊斗「新藤…英語の授業ちゃんとしろよな…」


愛弓「あぁん?急に何だよ!してるわ!」


菊斗「いや、してたらあんな犬の絵描けねぇよ」


愛弓「…おまっ…」


菊斗「ぷっ…」


愛弓「ちょっ…何笑ってんだよ」


菊斗「いや、でもあの絵マジで凄いよな」


愛弓「だろ?もはや動画だろ?」


菊斗「いや…うん。まぁ、動いてたけど…動画では…」


愛弓「何だよ…凄いって言ってたくせに」


菊斗「凄いけど…動画とまでは…」


愛弓「でも動いてたろ?動くのは動画だろ!」


菊斗と愛弓の動画論争はしばらく続いた。

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