第6話

数日後-


桜叶達は面談の日を迎えた。


放課後、応接室では早速面談という名の尋問を桜叶達は受けていた。


「一体、どうなってるんですかぁ!?毎日、思春期の男女が同じ屋根の下で暮らすと言う事だけでも危ないのに、ましてや恋人同士だなんて…おたくはどういう神経をしてるんですかッ!」


「鬼辻さんの言う通りですよ!他の生徒達にも悪影響ですぞッ!」


応接室で、桜叶と将矢、母倖加の向かいに座る教頭とPTA会長、鬼辻きつじ 安佐子あさこが早速桜叶達に捲し立てる。

教頭の横では、担任の米沢が肩をすくめている。


「学校にも苦情が来てるんですよ!苦情が!」

教頭がさらに語彙を強めた。


バンッ!!


すると、痺れを切らせた将矢がテーブルを叩き言った。


「苦情って、アンタ達だけだろ?」


「なにっ!!」


教頭とPTA会長安佐子は、険しい顔で将矢を見た。


将矢は続ける。


「思春期の男女が同じ屋根の下で暮らしてるから何だって言うんすか。毎日どんな変な事すると思ってんすか?アンタ達って大人のくせに、俺よりもよっぽどエロい事しか考えてないんすね」


「なっ…!!」

教頭とPTA会長安佐子は目を見開いたまま眉間に皺を寄せる。


「思春期だからって俺達をナメないでもらえます?人間の理性、ナメないでくださいよ」


将矢はそう言うと、額に怒りマークのような血管を浮かび上がらせながら教頭とPTA会長の安佐子を睨んだ。



「…っっ!!」

教頭とPTA会長安佐子は将矢の気迫に少々怯む。


すると、母倖加が穏やかな口調で話し出した。


「ウフフ…ほんと、頼もしい息子で何よりだわ。先生、私は親である前に…一人の人間として、この子達を信頼しているんです…」


「…っ!!」

教頭とPTA会長安佐子は目を見開く。


「・・!」

将矢は驚いたように倖加の方へ顔を向けた。


「・・・」

桜叶は真っ直ぐ前を向いたまま黙って聞いている。


倖加は続ける。


「生徒と先生の関係も、信頼あってこそ…成り立つものなんじゃないかしら。先生が生徒を信じていないのに、どうして生徒が先生を信頼できるのでしょうか?」


「・・っ」

教頭はムスッとした顔をさせる。


PTA会長安佐子はキリッとした目つきで倖加を睨んだ。


その横では、担任の米沢が興味深そうに目を丸くさせ倖加に耳を傾ける。


そして倖加は、真っ直ぐ前を見ながら力強い口調で言った。


「もし、この子達に何か起こったら…その時は、私たち親が責任を取ります。ですが…これだけは覚えといてください。あなた方が信じてやまないその固定観念が、必ずしも万人に当てはまるものではないと…」


「…っっ」

教頭とPTA会長安佐子は眉間に皺を寄せた。


「教頭先生。先程、先生おっしゃいましたね?他の生徒達に悪影響だと…。その悪影響になるという偏見を取り除く事こそが、あなた方先生のお役目なのでは?」

倖加は教頭の顔を覗く。


「うっ…」

教頭はばつが悪そうに顔を逸らした。


「そういった偏見などで、もしもこの先私たち家族を言葉などで傷つける事があれば…侮辱罪もしくは名誉毀損罪として…裁判で私と戦いましょう。その時は私、手加減しませんので…」


倖加はそう言うと、自身の名刺を差し出した。


ス…


"一富士法律事務所 代表弁護士 一富士 倖加"


「…っっ!!」

教頭とPTA会長安佐子は目を見開きながら、名刺を凝視した。


「こう見えて私、裁判では負けた事がないんです…。あぁ…つい最近、私の苗字が変わりましてね…事務所名も変更いたしましたの」

倖加はおっとりとした口調で話す。


「以後、お見知り置きを」

倖加はニッコリ笑った。


「…っっ」

教頭とPTA会長安佐子の顔が強張る。


「ちなみに…」

倖加は、PTA会長安佐子の方を向きゆっくりと口を開いた。


「鬼辻物産って、御宅の会社でしたよねぇ?」


「え…えぇ…。そ、それが何か?」

PTA会長安佐子は顔を引き攣らせながら倖加を見る。


「きつじ…」

将矢がポツリと呟く。


桜叶はチラッと将矢を見る。


"鬼辻ってまさか…"


将矢はここにいるPTA会長の安佐子が、先日将矢に要らぬ事を言って来た元カノである杏奈の母である事に気がついた。


"チッ…。アイツ…"

将矢は自身の思考が全て繋がり、さらに苛立つ。


「・・?」

桜叶は、隣で怒りのオーラを強める将矢の様子を不思議に思いながら見つめる。


すると、倖加がある事実を告げる。


「以前より、私の所へ相談に来られる方が後を断ちませんの…御宅の会社の事で。どうぞ、ご主人にもこの名刺お渡しください。近々裁判でお会いすることになるかと思いますので…。あぁ…夜明法律事務所と言っていただいた方が、ご主人もすぐにピンッと来るかもしれませんね」


倖加はそう言いながら先程と同じ名刺をもう一枚、安佐子へ差し出した。


安佐子は差し出された名刺を凝視した。


安佐子が名刺をよく見ると、倖加の名前の横に小さく「旧姓 夜明」と書かれていた。


「夜明…。え…ま、まさか…」

PTA会長の安佐子は呆然とする。


「その様子だと、察しがついているようですね。では、これだけは伝えといてください。私、裁判では負けた事ないんですよ。今回も、手加減しませんので…と」


倖加は鋭い目線をPTA会長安佐子を突き差す。


「・・・」

PTA会長、安佐子はカチカチに固まった。


「それでー…えっと…何の話でしたっけ?」


倖加は涼しい顔で教頭達を見る。


PTA会長、安佐子「・・・」


教頭「鬼辻さん…?」


突如おとなしくなったPTA会長安佐子に戸惑う教頭と、それを冷めた目で見る担任米沢と将矢、桜叶である。


「あ、そうそう…うちの子ども達の事でしたねぇ?まだ起きてもいない問題を、ももう起きたかのように、とやかく言われるのは不愉快です。どこかの会社のように、既に大事に至ってる問題を訴えるのとは訳が違うんですよ」


倖加はギラリとした目つきでPTA会長安佐子を見た。


「…っっ」

PTA会長の安佐子は一筋の汗を垂らす。


「PTA会長さんも分かりますでしょう?お互い、こんな事に時間を割いている場合ではないということに」

倖加は不敵な笑みを浮かべた。


「…っ!!」

PTA会長安佐子は、顔を強張らせた。


「では、このお話はもう終わりと言う事でよろしいですね?以後、この件については無意味に騒ぎ立てないようお願いします。いくら騒がれたとて、事実は変わらないので…無駄です」

倖加はそう言うと立ち上がった。


「…っっ」

教頭とPTA会長安佐子は何も言い返せなかった。


「あなた達、行くわよ」

倖加は桜叶と将矢に声をかけ、その場を後にする。


桜叶と将矢は、担任の米沢と目を合わせた。


米沢は小さく微笑み頷いた。


桜叶と将矢は軽く会釈をしてその場を後にした。


ガラガラッ…ピシャン ッ!!


倖加が応接室の扉を豪快に開けた。


するとそこには、噂話好きの野次馬達が聞き耳を立てていた。


そんな野次馬生徒達に、倖加が言った。


「あなた達も訴えられたくなければ…無駄に騒ぐのはやめなさいね。じゃなきゃ…あなた達の遊ぶお金どころか、ご飯食べるお金すらなくなるわよ?」


「…っっ!!」

野次馬生徒達は、倖加の脅しに顔を青ざめる。


すると倖加は、その中にいたPTA会長安佐子の娘であり将矢の元カノ、杏奈に目を移すと、杏奈に向かって言った。


「あなた…権力を強引に使うと、その反動が自分に返って来るという事をよく覚えといた方が良いわね。あんまりうちの子達にちょっかい出すと…かえってあなたの方が怒られちゃうわよ?愛しのお母様に…」

倖加は不敵な笑みを浮かべながら杏奈を牽制した。


倖加は、既に鬼辻家の家族構成は頭に入っており、杏奈の顔は把握済みであった。

長年弁護士を務めて来た察しの良い母、倖加である。


「・・っ!!」

杏奈は倖加の言葉に何かを察し驚き固まった。


パチッ…

すると、将矢が杏奈と目が合った。


「…っっ」

杏奈はきまずそうな顔をさせる。


すると将矢が口を開いた。


「残念だったな。お前の思い通りにならなくて」

将矢も不敵な笑みを浮かべた。


「…っ!!」

杏奈は苦虫を噛み潰したような表情をさせた。


「・・・」

桜叶はそんな杏奈を横目に、クールな表情で通り過ぎ、桜叶達三人はその場を後にした。


--


「じゃあ、私はまだ仕事が残ってるから、あなた達先に帰ってて」


倖加はそう言うと、桜叶と将矢とは反対方向へ向かった。


すると、桜叶が口を開いた。


「母さん」


「?」

倖加がキョトンとした顔で振り返る。


「ありがとう…」

桜叶は照れくさそうに呟く。


すると将矢も慌てて礼を言った。


「ありがとう…ございました…」


将矢は少々恥ずかしそうにした。


そんな桜叶と将矢を見た倖加は、フッと笑うと微笑みながら言った。


「A mother's love for her child is like nothing else in the world.」


桜叶「・・・」


将矢「?」


倖加は穏やかな口調で話し出した。


「子どもに対する母の愛情は、この世の中で他に匹敵するものは何も無い。それは、どんな世間のルールも憐憫も知らず、どんなことにも臆することなく立ち向かい、その往く道を阻むものがあるなら、なんであれ容赦なくぶち壊して進むような、しろもの…。これはアガサ・クリスティの、ある小説に書かれているセリフなんだけどね」


桜叶と将矢は目を丸くしながら倖加を見ている。


倖加は続ける。


「そういう母性愛って力、私には2倍あるの」


桜叶と将矢はキョトンとした顔をした。


すると、倖加は優しい表情で言う。


「私の分と、将矢くん…あなたのお母さん、夏乃子さんの分」


「…っ!!」

将矢はハッとした表情になった。


桜叶はチラッと将矢の横顔を見ると、少し表情わ緩めた。


「だからね、私は最強なのよ!これしきの事、あなた達が気にすることなんてないわ」


倖加はそう言ってフッと笑った。


桜叶と将矢は目を丸くしながら倖加を見る。


「だけどね、私はいつだって冷静よ?何でも許すわけでもなければ、子どもの間違えを力づくで白に塗り変えるなんてことは絶対にしない。いくら自分の子でも、間違えがあればビシッと怒るんだからね?それも2倍よ?いい?2倍!」


倖加はビシッとVサインをして見せる。


桜叶「・・・」

将矢「…っっ」


桜叶と将矢は依然目を丸くさせたまま、少々たじろぐ。


そんな桜叶と将矢の表情を見た倖加は小さく笑みを溢し言った。


「だからこそ…私が怒ってない今のあなた達は、しっかり自信を持ちなさい」


「…っ!!」

桜叶と将矢はハッとした表情をさせた。


倖加は笑顔でVサインを掲げた後、手をヒラヒラと振りながら歩いて行った。


桜叶と将矢は呆然と倖加の後ろ姿を見つめた。


すると将矢は俯き、静かに口を開いた。


「俺…桜叶と兄妹になるって知った時、どん底に落とされて絶望して…自分の人生を呪った…」


桜叶は驚いたように将矢を見る。


将矢は続ける。


「母さんがいなくなって…それだけでもだいぶキツイのにさ、俺が初めて好きになった奴のことも好きになったらダメなんて…俺の人生、マジで何なんだよって」


「・・・」

桜叶は静かに耳を傾ける。


「これ以上、愛するって感情…俺から奪うなよって…思った…」

将矢は俯く。


桜叶は真剣な表情で将矢を見つめた。


すると将矢は天を仰ぎ小さく息を吐くと、静かに口を開く。


「あの時どん底にいた俺に言ってやりてぇわ」


そして、桜叶の方に顔を向けると気の抜けた表情で言った。


「そこは幸せの道の途中だぞって」


「…っ!」

桜叶はハッとした表情をさせた。


桜叶と将矢は顔を見合わせ自然と笑顔になると、笑い合った。


将矢は思っていた。

この夜明親子はチェンジの申し人であると。

桜叶がチェンジの女神ならば、母の倖加はチェンジの女王だと。

女王から生まれた隣にいる女神を、将矢は穏やかな表情で見つめた。


将矢は前を向くと静かに口を開いた。


「ほんと…桜叶の母さんっていうか、まぁ…俺の母さんでもあるけど…かっこよかったな」


将矢の言葉を聞いた桜叶は、ポツリと呟いた。


「私、憧れてんの…」


「え…」

将矢は目を丸くしながら桜叶を見る。


すると、桜叶が遠くを眺めながら言った。


「何だかんだ言って私…母さんの背中追いかけてんの」


「・っ!」


「小さい頃から。だから母さんが話してる法律の言葉の意味とか…こっそりと父さんに聞いたりしてた。それで…母さんのいない所で、母さんの真似してたんだ」

桜叶は気の抜けた表情をさせる。


将矢は目をぱちくりさせながら桜叶を見る。


桜叶「なかなか追いつけないけどね…」


将矢「いや…充分じゃね?」


桜叶「え…」


将矢「俺からしたら、桜叶も充分かっけぇよ」


桜叶「・・それはどうも」


桜叶は照れくさそうに真っ直ぐ前を向く。


「俺の方が…全然だろ」

将矢は俯く。


「え…」

桜叶はキョトンとしながら将矢を見た。


「桜叶を守れるぐらい…強くねぇし…」

将矢が口を尖らす。


「そうかな?」

桜叶はあごに手をやりながら空を見上げる。


「え?」

今度は将矢がキョトンとした顔をする。


「将矢だって、私がいない所で戦ってくれてるじゃん」

桜叶はチラッと将矢を見る。


「えっ…い、いつ?…何で…」

将矢はたじろいだ。


「私ね…実はこの前、将矢が鬼辻さんから言い寄られてるとこ、見てた」


「…っっ!」

将矢は驚き固まる。


「あの時の将矢、かっこいいって思ったよ」

桜叶は微笑みながら将矢を見た。


「…っっ」

将矢は顔を赤くさせる。


「さっきだって、先生達に食って掛かってたじゃない。私からしたら、充分守ってもらってるつもりだけど」

桜叶は真っ直ぐ前を見ながら歩く。


桜叶の優しくも凛とした横顔に、将矢は見惚れる。


「桜叶…」


将矢は桜叶の手を掴みポツリと呟く。


桜叶「ん?」


将矢「今の俺らの関係って…あくまでも、まだ…恋約…じゃん。それ…」


桜叶「恋人しよっか」


将矢「…っっ!!」


まるで、「結婚しよっか」みたいなトーンで言う桜叶の言葉に、将矢は驚き目を見開いた。


そして、将矢は静かに呟いた。


将矢「はい…」


桜叶「ちょっと…何で敬語なのよ…」


将矢「いや…桜叶の言葉が…何か…プロポーズみたいだったから…」


桜叶「えぇ?ちょっと…さすがにプロポーズは逆が良いけど…」


桜叶は苦笑いした。


将矢「え?」


桜叶「え?」


将矢「逆って…?」


桜叶「…っ!」


桜叶は何かを察した。


「俺プロポーズして良いってこと…?」

将矢はグイッと桜叶に近づく。


「…っっ、あんまり…深掘りしないでよ…」

桜叶はたじろぎながら将矢を押し返す。


将矢「ちょっと待って!!さっきのやつ、脳内メモリーに保存しとくからッ」


桜叶「え、ちょっ…何それ…」


将矢「いや…もう一回言って!ボイスメモに保存するから」


桜叶「はぁッ!?」


将矢「あ、さっきの…恋人しよっかってとこから言って!」


桜叶「い…言わないッ!」


将矢「もう一回ぐらいいいじゃんッ」


桜叶「無理ッ」


将矢「何でだよッ」


将矢と桜叶のそんなやり取りは、家まで続いた。


--


翌日-


「・・・」


休日であるこの日の昼下がり、桜叶はそっとある部屋を覗いた。


それは将矢の実母である夏乃子の仏壇が置かれた部屋だった。

そこには、呆然と仏壇を見つめている将矢がいた。


「…っ!」

将矢は桜叶に気づくなり、慌てて目を擦った。


将矢の目が若干赤くなっていた。


すると将矢が苦笑いしながら口を開く。


「やべ…カッコわりぃ…」


桜叶は静かに将矢の隣に座ると、仏壇に手を合わせた。


将矢は桜叶を見ると、静かに話しだした。


「もう七年も経つのに…情けねぇよな、俺。こんなんじゃ、いつまで経っても母さんの死を乗り越えられたなんて言えねなぁ…」


将矢は仏壇の中の母である夏乃子の位牌を見つめる。


すると、桜叶が将矢を見て言った。


「私ね…大切な人を失った時の悲しみとか辛さを"乗り越えられた"って完了形で言えるのは、自分の人生が終わった後だと思ってるの」


「…っ!!」

将矢は驚いたように桜叶を見た。


「私ってこんな感じだから、父さんの死について周りからは"辛かったろうによく乗り越えたね"って言われることがあるんだけど、乗り越え切ったわけじゃない。ずっと乗り越え続けてる」

桜叶はそう言いながら、仏壇に目を移した。


将矢は目を丸くさせながら静かに耳を傾ける。


桜叶は続ける。


「悲しみや辛い想いって消えるものじゃないし、無理に消すものでもない。それは、箱にしまっておいて大切にとっておくもの。たまに箱から出してそれを眺めた時に、その悲しみは鮮度を保ったまま甦って来る。それを味わった時に、また涙を流すの。そうやって悲しみとか辛い思い出と適度な距離を保ったまま共存し続ける。私達はそんな風にして乗り越え続けてるんだよ」


そう言うと、桜叶は優しい眼差しで将矢を見た。


「桜叶…」

将矢は呆然としながら桜叶を見つめた。


「だから…アルバムをたまに捲って懐かしむのと同じで、その悲しい気持ちとか辛い想いをたまに箱から出して涙を流すのは、普通のことだよ。情けなくないしカッコ悪くなんかない。乗り越えるのを完了させなくてもいいの。悲しい気持ちと共に生き続けてる私達は、ずっと乗り越え続けてるんだから、それでいいんだよ」


桜叶はそう言うと、優しく微笑んだ。


将矢は桜叶を思わず抱きしめた。

そして、うっすらと涙を浮かべて呟いた。


「うん…ありがと…」


桜叶は小さく笑みを溢し、将矢の背中をさすった。


仏壇の横に添えてある将矢の母、夏乃子の写真が、優しい眼差しで桜叶と将矢の二人を見つめているようだった。


--


休み明けの朝-


登校中の桜叶と将矢に、愛弓と菊斗が駆け寄ってきた。


「お前ら、面談は大丈夫だったのか?」

愛弓は真剣な表情で桜叶を見る。


菊斗も心配そうに桜叶達を見つめた。


すると、将矢が静かにVサインをして見せるとニッコリ笑った。


将矢を見た愛弓と菊斗は、安堵した表情で互いに顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべた。


「ついでに俺ら、晴れて恋人になりました」

将矢はそう言うと、さらに天高くVサインを掲げる。


嬉しそうに笑う将矢の横顔を見た桜叶は、小さく笑った。


「・・・」

愛弓と菊斗は、キョトンとしながら将矢を見る。

その後、愛弓と菊斗は互いに顔を見合わせ、思う事はただ一つだった。


「オィ、お前…ツッコんでやれよ」

愛弓が真顔で菊斗に言う。


「いや、新藤に譲るわ…」

菊斗も真顔で愛弓に呟いた。


「・・・」

愛弓と菊斗はジロリと桜叶と将矢を見て思った。


"だから、恋約も恋人も一緒じゃねぇか…"


そして、愛弓と菊斗は同時にある場面を思い出していた。

それは、初めて将矢と桜叶が手を繋いで現れた朝の登校時である。


その時から何ら変わっていない桜叶と将矢の姿に、愛弓と菊斗は思わず笑みを溢した。


笑みを浮かべる愛弓と菊斗は互いに目が合うと、さらに笑い合った。

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