4.チェンジの女王
第5話
時は少し経ち-
桜叶と将矢は、担任教師の
「話はもう分かっているとは思うが…」
桜叶と将矢が応接室のソファーに腰掛けた向かい側で、担任の米沢が神妙な面持ちで口を開く。
桜叶と将矢は静かに担任に米沢を見つめる。
「君達は…義理の兄妹になって同じ家に暮らし始めた。単刀直入に聞くが、君達が男女の仲にあると言うのは本当なのか?」
米沢はじっと二人を見る。
将矢は隣に座る桜叶をチラッと見ると伏目がちになった。
桜叶は表情一つ変えること無く、口を開いた。
「男女の仲というのは、肉体関係があるかどうかという事ですか?」
桜叶は真っ直ぐと米沢を見つめる。
将矢はギョッとした顔で桜叶を見た。
「えっと…まぁ…そんなところだな…」
米沢は、ズバリと言う桜叶にたじろぎながら呟く。
「でしたら、それはNOです。ただし、恋約はしています」
桜叶は無表情で言う。
将矢は少々照れながら俯き、緩みそうになる口元に力をいれた。
「…っっ、恋…約…?」
米沢はさらにたじろぎながら聞き返す。
「はい。恋人になる前段階です。結婚で言うところの婚約みたいなもんです」
桜叶はポーカーフェイスでサラリと言う。
「…っっ、それは…つまり、恋人になる予定…という事…だよな…?」
米沢は顔を引き攣らせながら、将矢に目を移す。
「はい、そういう事っす」
将矢は嬉しそうに応えた。
「ハァー…。君達は…本当に…」
米沢は頭を抱えた。
「何か問題あります?」
桜叶がけろりとした米沢を見た。
「・・っ」
将矢は緩みそうになる表情筋に力を入れた。
「実はなぁ…ある生徒の親御さんから苦情が来たんだよ…。学校の風紀が悪くなるって…」
米沢は、頭を抱えながら話す。
「は?」
将矢が一瞬で真顔になる。
「まぁ…僕はね?別にそこまでとやかく言うつもりもないし?プライベートな事まで介入すべきではないと思うんだけどさぁ…。夜明…あ…えっと…桜叶さんのお母さんだってしっかりしてると思うし、僕はあまり心配はしてないけどさ…。何せうちの教頭がなぁ、今回苦情言って来た親御さんと親しくてな…。まぁ、うるさいわけよ」
担任の米沢は、珍しくふんぞり返りながら天を仰ぎ愚痴を溢す。
「チッ…誰だよ、その苦情の主はッ」
将矢が苛立ちながら吐き捨てる。
「まぁー、それは誰とは言えないんだけどな」
米沢が苦笑いした。
「学校の中で権力を握得る人物が、特定の生徒のご家族を贔屓にしているのは問題ですね。それこそ、公私混同じゃないですか」
桜叶は冷めた目で米沢を見る。
「はは、まあ…な…」
米沢は苦笑いする。
「誰だよッ!親が教頭と仲良いなんてッ。親もそこそこ権力のある奴かぁ?そんな奴いたっけ?」
将矢は天井を見上げる。
「と、とにかくだな!近々、君たちの親御さんにも来てもらって、教頭と面談してもらうことになるから…そのつもりでいなさい」
米沢はため息混じりに言った。
将矢「え…」
桜叶「・・・」
将矢と桜叶は真顔で米沢を見た。
---
「おい…お前ら大丈夫だったのか?」
応接室の外で桜叶達を待っていた愛弓と菊斗が心配そうに声をかけた。
「今度親連れて来いってさー。教頭と面談だと」
将矢が不貞腐れた様子で話す。
「はぁあ?そこまでしなきゃいけない事かよ」
菊斗は驚いたように目を丸くする。
「誰だか知らねーけど、教頭に苦情を言ったらしい」
将矢が苛立ちを見せる。
「苦情?何て?」
菊斗と愛弓は険しい表情で将矢を見た。
「学校の風紀が乱れるんですって」
桜叶がサラリと言う。
「チッ…」
将矢は舌打ちを打つ。
「誰だそいつはッ!シメてやる」
愛弓がギリギリと怒る。
「何でもかんでも風紀でまとめんなって話だよな」
菊斗が眉間に皺を寄せた。
「まぁ…とりあえず、親に言わないとね…」
桜叶が無表情で呟くと、愛弓達は心配そうに桜叶を見た。
「・・・」
そんな桜叶達の様子を、ある一人の女子生徒が陰から見つめていた。
ーーー
ガラガラ…
桜叶達の四人が教室へ入ると、クラスメイト達は静まり返り、皆桜叶達に注目した。
そんな教室内の様子に、桜叶と愛弓は特に気に留める事なく平然としながら席に着く。
一方、将矢と菊斗は周囲の様子に多少たじろぎながら席に着いた。
「おい、将矢…お前大丈夫なのかぁ?先生に呼ばれたらしいじゃん」
将矢の友人達が小声で声をかける。
「あー、まぁな」
将矢は不機嫌そうに呟く。
「なんか噂になってたよー?もしかしたら夜明さん、転校させられるかもって」
将矢のグループにいる女子が小声で言う。
「はあぁぁあー?」
将矢が思わず大きい声を出した。
クラスメイト達は皆、驚いて将矢を見た。
「・・・」
桜叶はポーカーフェイスで本を開いた。
「…っっ」
将矢は険しい顔をさせながら桜叶の後ろ姿を見た。
「・・・」
愛弓もまた、頬杖をつきながら桜叶の後ろ姿を見ていた。
--
キーンコーンカーンコーン…
休み時間、将矢が廊下を歩いていると、ある一人の女子生徒が声をかけて来た。
「将矢くん、何だか大変な事になってるわね」
それは、違うクラスの
杏奈は、将矢と二週間だけ付き合い別れた元カノであり、以前桜叶と愛弓が登校時に校門で将矢と揉めていたあの女子生徒である。
「…っ」
将矢は気まずそうな表情をさせながら杏奈を見た。
「夜明さん、もしかしたらこの学校にいられなくなるかもしれないって言うじゃない。お気の毒さま」
杏奈はそう言うと不適な笑みを浮かべた。
「そんなん…させるかよ」
将矢は表情を曇らせポツリと呟く。
「将矢くんのせいじゃない?夜明さんも内心、迷惑してたりして。あれだけ完璧な人だったのに、将矢くんのせいで転校せざるを得なくなっちゃうなんて…夜明さん可哀想」
杏奈は将矢の顔を覗き込んだ。
「…っっ」
将矢は何も言葉が出なかった。
「夜明さんの事を思うなら、将矢くんは身を引くべきじゃない?夜明さんにはもっと相応しい人がいるよ!兄妹になったなら、ちゃんと兄妹として接するべきじゃない?夜明さんの事なんてもう諦めなよ。将矢くんには私がいるよ?」
杏奈は将矢の袖を掴んだ。
すると、将矢はすぐさま杏奈の手を振り払い言った。
「べき、べき、べき…うるせぇな!」
「…っ!!」
杏奈は驚いた顔をさせた。
将矢は続ける。
「相応しいか相応しくないか、他人なんかが決めることじゃねぇだろ。そいつのためを思うなら…なおさらそんな事、勝手に決めつけたりしない」
将矢は冷たい表情で杏奈を見た。
「・・っ」
杏奈は目を丸くさせながら将矢を見ている。
「相手の気持ち確かめもしないで黙って身を引くなんてさ、そんなの独りよがりな振る舞いだよ」
そう言うと、将矢は全く前を見ながら続ける。
「向き合うこと面倒くさがって違う方向見るって事は、そいつを裏切るようなもんだろ。俺はそんな事絶対しない。とことん話し合って二人が納得できる道を見つける。それで…どの道選んだとしても、絶対そいつの手を離さない」
将矢は力強い眼差しで遠くを見た。
そんな将矢を見た杏奈は呆然としながら呟いた。
「将矢くん…変わったね」
「変わったんじゃない。本当に好きな奴には、俺はこういう人間だよ」
将矢は無表情で杏奈の顔を見る。
「…っっ!!」
杏奈は目を見開いた。
「とにかく、俺ら家族が納得してる関係について、事情も知らない赤の他人が偉そうに口出して来んなよ」
将矢は無表情のまま杏奈に言う。
「…っ!」
杏奈は、未だかつてない程に見せる将矢の冷酷な表情と言葉に驚き固まる。
すると、将矢はゆっくり口を開いた。
「あと…この先俺がどんな状況になったとしても、お前といる未来だけは絶対ないから、心配無用」
将矢は止を刺すように杏奈に向かって言うと、無表情でスタスタと歩いて行った。
「…っっ」
杏奈は悔しそうな表情をさせた。
そして、杏奈は悟ったのだった。
前からずっと、将矢の気持ちが自分には向いていなかったという事を。
杏奈は去っていく将矢の後ろ姿を眺めながら静かに言った。
「・・残念。せっかくママに言って許してあげようと思ったのに」
杏奈はじっと将矢の後ろ姿を見つめていた。
---
「母さん。ちょっと…良い?」
桜叶は帰宅して来た母の倖加に声をかけた。
倖加が振り返ると、桜叶の隣には将矢も深刻そうな顔つきで立っていた。
「何かあった?」
察しの良い母の倖加がキョトンとした顔で二人の顔を見つめた。
将矢が口を開こうとすると、それを遮るように桜叶が淡々と事情を説明し、近々学校で面談がある事を話した。
一部始終聞いた倖加は、小さくため息をつき俯いた。
桜叶「・・・」
将矢「・・っ」
母、倖加の様子を桜叶は冷静な顔で見つめているが、将矢は心中穏やかでない。
将矢にとって義理母である倖加に、桜叶との関係をやはり反対されるのではと思ったからである。
将矢は小さく握り拳を作り、俯いた。
すると、倖加がフッと笑った。
桜叶と将矢はキョトンとしながら倖加を見た。
「ようやく私の見せ場が来たわね」
倖加はそう言って不敵な笑みを浮かべた。
「え…」
将矢はポカンとしている。
「・・・」
桜叶は強気な母である倖加になれている為、大して驚いてはいなかった。
「わかったわ。きっと純さんは仕事で抜けれないと思うから、私が行く。純さんには私から話とくから」
倖加はそう話すと、チラッと将矢を見た。
将矢は目を丸くさせたまま倖加を見ている。
すると、倖加は将矢を見て言った。
「心配しなくていいわよ。私こう見えて…負けた事ないので」
「…っ!」
将矢は驚いた様子で、全く動じていない義理母、倖加を見た。
倖加はニコッと笑うと、スタスタとキッチンの方へ歩いて言った。
将矢は隣に立つ桜叶にゆっくりと顔を向け言った。
「なぁ…。桜叶の母さんってさぁ、テレビでやってるドクターGの
将矢はある某テレビドラマの女医を思い浮かべた。
「あぁ、あのドラマ…実は若い頃の私のおばあちゃん…あぁ、母さんの母さんがモデルなってるから」
桜叶は涼しい顔をさせながら、淡々と話す。
「え!!」
将矢は初めて知る身内話に驚愕した。
「だから似ているのも無理ないわね。そういう血筋だから」
桜叶は冷静に説明する。
「・・っ」
未だ謎に包まれているこの夜明親子をもっと知りたいと心から思う将矢であった。
桜叶は涼しい顔をしながら自身の部屋へ向かおうとした。
すると、すかさず将矢が桜叶の手を引いた。
桜叶は驚きながら振り向いた。
「あのさ…桜叶。学校…辞めたりしねぇよな?」
将矢は俯きながら言った。
「え…」
桜叶はキョトンとしながら将矢を見た。
「俺の存在が…桜叶にとって実は負担になってたり…」
将矢はそう言いかけると、桜叶は深いため息をついた。
将矢は慌てて桜叶の顔を見た。
すると桜叶が口を開いた。
「あんたが一番物怖じしてどうすんのよ」
桜叶は冷めた眼差しで将矢を見た。
「…っっ、だって…」
将矢は桜叶の言葉にうろたえる。
桜叶「大丈夫」
将矢「…っ」
すると、桜叶が真っ直ぐ将矢を見て言った。
「いい?噂とか他人の言う事なんかに惑わされたら負けだよ?」
「…っ!」
将矢は目を丸くさせた。
桜叶は続けた。
「信じるべきものはもっとずっと近いところにある」
将矢「え…」
桜叶「自分と近い大切な人と、自分の心ね」
桜叶は将矢の胸を小突いた。
「…っ!!」
将矢はそんな桜叶の言葉と動作に頬をピンクに染めた。
「誰に何言われたって、そんな外野の声なんて小鳥の囀りだと思って聞き流しときなさいよ」
桜叶はやれやれと手を振りながら歩いて言った。
「…っ」
将矢は思った。
桜叶は、母である倖加に似ているのだと。
そしてそんな芯の強い桜叶に、自分がより一層はまっていくのが分かった。
「…もう抜け出せねぇわ」
将矢はポツリとつぶやいた。
--
ガラガラ…
桜叶が部屋で本を読んでいると、ベランダから将矢の部屋の窓が開く音がした。
コンコン…
すると、桜叶の部屋の窓をノックする音が聞こえる。
桜叶は窓のカーテンを開けた。
すると、ベランダに将矢がいて笑顔で何やらジェスチャーしている。
桜叶はキョトンとしながら窓を開けた。
「空見てみ!すっげぇ細い月!」
将矢はそう言うと、三日月のある方を指差した。
日が沈んだばかりの空は、夜へと変化する前に起こるグラデーションカラーに包まれていた。
桜叶もベランダに出て、将矢が指差す方へ顔を向けた。
「よく見つけたね」
桜叶は目を輝かせながら三日月を見る。
西側の低い位置に、今にも消えそうな細い月が力強く光りながら浮かんでた。
「だろ?何気なく空見たら細い月見つけたんだよ。桜叶に教えないとって思ってさ」
将矢は照れながら桜叶を見た。
桜叶はそんな将矢を見て、静かに口を開く。
「おととい新月だったから、これが正真正銘の三日月ね」
「三日月って…こんなに細いんだな」
将矢は目を丸くさせた。
「三日月は細くて低いから見つけにくいのよ。だから、見つけられたら幸運がある…願いが叶う月って言われてるの」
桜叶は三日月を眺めながら言う。
桜叶の言葉を聞いた将矢は、目を丸くさせた。
すると、将矢は月に向かい力強く手を合わせ祈った。
「桜叶とずっと一緒にいられますようにッ!」
そんな将矢を見た桜叶は、小さく笑みを溢し言った。
「こんなタイミングで三日月を見れるなんて、きっと私達の面談も無事に済むわね」
桜叶は優しい眼差しで将矢を見つめた。
「・・っ」
将矢は今にも桜叶を抱きしめ唇を合わせたい衝動に駆られたが、握り拳を作りグッと我慢した。
だが…桜叶に触れたい欲は抑えられず、桜叶の手を握り恋人繋ぎをした。
桜叶は力強く握る将矢の手を見た後、将矢の横顔に目を向けた。
将矢は桜叶と手を繋いだまま、ベランダの手摺りにもう片方の腕を置き、その腕に顎を埋めながら遠くを見つめていた。
何か物思いに耽るような将矢の横顔は、桜叶の胸をキュンとさせた。
桜叶はピタッと将矢の腕に頭をくっつけた。
「…っ!!」
将矢は驚きながら桜叶の方へ顔を向ける。
桜叶は少々照れながら微笑んだ。
「…っっ」
将矢は、桜叶と繋いだ手を自身のポケットに入れると、また力強くギュッと握った。
将矢と桜叶は顔を見合わせ、お互いにニッコリ笑い合った。
これから益々輝きが広がって行くであろうこの三日月のように、将矢と桜叶の希望も広がって行った。
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