3.愛と桜の七変化
第4話
「桜叶、帰ろうぜ」
放課後、将矢が桜叶に声をかけた。
「・・・」
将矢のグループの仲間達は将矢の変わりように目をぱちくりさせている。
「まさか…将矢が夜明さんにずっと片想いしてたなんてな…」
将矢の事情を知った将矢のグループメンバーは人が秘めている思いの幅の広さに驚いていた。
そんは同グループの視線をよそに、将矢は桜叶に尻尾を振っていた。
「私、今日あっちゃんと図書館で勉強」
桜叶がさらりと言う。
「え、新藤も勉強するんだ」
そこへ菊斗が声をかけた。
「あん?テメェ…あたしを何だと思ってんだよ」
愛弓はギロリと菊斗を睨む。
「…っ、あ、いや…別に…」
菊斗がたじろぐ。
「え、じゃあ俺も行く」
すかさず将矢が言う。
桜叶「え」
愛弓「は?」
二人は驚いたように将矢を見る。
「な?菊斗」
そう言うと将矢は、菊斗と腕を組んだ。
「え…。えぇー!?」
菊斗はギョッとした顔で将矢を見た。
将矢はニッコリと笑ってみせる。
「…っっ」
菊斗は戸惑いながら桜叶と愛弓を見た。
「まぁ…良いけど」
桜叶がポツリと呟く。
「あたしの勉強の足引っ張んじゃねぇぞ」
愛弓がツンとしながら言った。
「よし、決まり」
将矢は嬉しそうに言うとガッツポーズした。
そして将矢は他のメンバー達に顔を向けて言った。
「じゃあ、そう言うことだから。お先!」
将矢の笑顔が弾ける。
「・・・」
未だかつてない嬉しそうな将矢に、将矢のグループにいる他のメンバー達は見送ることしか出来なかった。
「…っっ」
将矢のグループにいる女子達は不服そうに口を尖らせた。
--
桜叶達四人は地元の図書館へとやって来た。
桜叶と愛弓の向かいに将矢と菊斗が座る。
桜叶達は各々勉強を始めた。
将矢が目の前に座る桜叶をチラッと見た。
桜叶はポーカーフェイスで問題集を解いている。
「・・っ」
将矢は込み上げる嬉しさをグッと堪え目頭を抑えた。
菊斗はそんな将矢に目を細める。
その後、菊斗は目の前に座る愛弓に目を移した。
愛弓は眉間に皺を寄せながら問題を読んでいる。
「…っ」
菊斗は、初めて見る愛弓の真剣な表情に思わず笑いそうになり堪えた。
「なぁー、桜叶。これってどうゆう意味?」
愛弓が隣に座る桜叶に問題を見せながらたずねる。
「何か…新鮮…」
菊斗が桜叶と愛弓を見ながら呟いた。
桜叶と愛弓はキョトンとしながら菊斗を見た。
将矢も菊斗に顔を向ける。
「女子ってさ…こういうとこ来ると、大概俺達に聞いて来たり、勉強とは関係ない事聞いてきたりするけど…お前達って違うんだな…」
菊斗が呆然としながら愛弓と桜叶を見る。
「は?」
愛弓が怪訝な表情で菊斗を見た。
「たしかに…。こういう場所に来てから今のいままで俺達に話しかけて来ない女子は初だな」
将矢も目を丸くする。
「こっちが普通よ。今までのその状況が異常なのよ。覚えときなさい」
桜叶がクールに返す。
「・・はい…」
将矢と菊斗がたじろぎながら口を揃えた。
「つーかよぉ、そもそもお前らって普段、女子とどんな会話してんだぁ?」
愛弓が菊斗を見た。
「え…。それはー・・何だっけ」
あまり覚えていない菊斗は頭を捻る。
するとすかさず桜叶が口を開いた。
「駅前に新しく出来たパンケーキ屋さんに今度行こう…だとか、新しい香水に変えたんだけどどう?…だとか…そんなような事、あなた達はいつも女子から言われてたわね」
「あーたしかに…そんなような話されてたかも」
将矢が目を丸くした。
「よく聞いてるね」
菊斗も目を丸くさせながら桜叶を見た。
「私、あまり人を見ないせいか耳は活発に動いてるのよ。だから、誰が何言ってたか…だいたい把握してるの」
桜叶は教科書に目を向けながらサラリと言う。
「そうそう、しかも桜叶は記憶力良いんだよ。コイツ地獄耳を刻むタイプだから、あまり迂闊な事言わない方が良いぞ?」
愛弓はニヤニヤしながら将矢と菊斗を見た。
「…っっ!!」
将矢と菊斗は、桜叶の能力にたじろぐ。
「誰が地獄耳よッ」
桜叶はジロリと愛弓を見た。
すると近くの席に、中学生と見られる男子生徒数名がやって来た。
するとその生徒達は、愛弓を見るなりコソコソと話し始めた。
「何でこんなとこにヤンキーがいるんだよッ」
「あんなのが来て良い場所じゃねぇだろ…」
「・・・」
桜叶達は耳をピクッとさせる。
「オィッ…」
すると、愛弓の目の前にいた菊斗が中坊に物申そうとした。
するとすかさず愛弓が菊斗を止めた。
「良いんだよ、いちいち反応しなくて。こんなん慣れてるから」
愛弓はフッと笑った。
「・・・っ」
菊斗は眉間に皺を寄せ不服そうにする。
将矢はチラッと桜叶を見た。
桜叶も慣れているのか、大して気にも留める事なく教科書を見ている。
「・・・」
将矢と菊斗は静かに顔を見合わせた。
しばらくした頃、先ほどの中学生と見られる男子生徒の一人が、口を開いた。
「なぁ、この問題…地球の面積の内、海の面積は何パーセントかってやつ、分かる?」
「えぇ?ちょっと待って…今調べるから…」
もう一人の生徒が慌ててパラパラと本を捲る。
するとすかさず愛弓が、中学生に向け言った。
「地球の面積は約5億1000万k㎡、その内、海の面積は約3億6000万k㎡。よって海の面積は地球の表面の約70%となる」
「…っっ!!」
目の前にいた将矢と菊斗は驚き目を丸くした。
中学生の男子生徒達は呆然としながら愛弓を見た。
愛弓は中学生に向けニッと笑った。
隣にいる桜叶は小さく笑みを浮かべながら教科書に目を向けている。
すると、中学生の一人の男子生徒が口を開いた。
「もう一回…。もう一回お願いしますッ」
「しゃあねぇなぁ…だからなぁ、地球の面積はー・・」
愛弓が隣のテーブルへ座る中学生に近寄りながら説明しに行った。
将矢と菊斗は呆然としながら愛弓を見る。
「あっちゃん、地理得意なの」
桜叶がポツリと呟いた。
「マジか…」
将矢は目を丸くしながら桜叶を見た。
「・・っ」
菊斗は呆然と愛弓を見つめていた。
愛弓「ちなみに、地球はこのマントルっていう芯の部分が地殻に覆われて出来てんだけど、地殻とマントルの境の部分をモホロビチッチ不連続面っていうんだよ」
中学生1「モ…モホ…?」
中学生2「…チッチ…?」
愛弓「モホロビチッチ不連続面」
中学生1「モホチッチ…」
愛弓「モホロビチッチ不連続面」
中学生「…っっ」
「・・・」
将矢と菊斗は目を丸くさせながら愛弓を見ていた。
桜叶は小さく笑った。
愛弓はしばらく中学生達に地理を教えた後、桜叶達の元へ戻って来た。
「おつかれ」
桜叶が優しい眼差しで愛弓を見る。
「人に教えるってのも悪くねぇなッ」
愛弓はニカッと笑いながら言う。
「あっちゃん、あの言葉…絶対言いたかっただけでしょ」
桜叶は微笑みながら愛弓を見た。
「あ、バレた?だって何か言いたくなんじゃーん、モホロビチッチ不連続面。可愛くね?」
愛弓はニヤニヤしながら言う。
桜叶は小さく笑った。
「姉貴…マジでかっけぇッ!リアル能ある鷹は爪隠すじゃんッ」
将矢が目を輝かせる。
「お前、その姉貴呼びマジでやめろッ」
愛弓が険しい表情で将矢を見た。
「・・・」
菊斗は呆然と愛弓を見つめたままだった。
「…って朝井、お前は何なんだよ」
愛弓は菊斗に冷めた表情で見る。
「…っっ!!あ…いや、別に…」
菊斗は愛弓とバチッと目が合うと、目を覚ましたかのように驚き慌てて教科書をパラパラと巡り始めた。
「・・?」
愛弓と将矢は、菊斗の様子にキョトンとした。
しばらくして、桜叶がお手洗いに席を離れた。
すると、愛弓が静かに口を開いた。
「なぁ、あたしと桜叶が仲良くなったきっかけ知りたい?」
「え…そりゃぁ、もちろん」
将矢がそう言うと、菊斗もすかさず頷いた。
「あたしが初めて桜叶と会ったのが小6の時なんだけどよ。ちょうどその頃、あたしが通ってた学校にアイツが転校して来たんだ…」
愛弓が思い出すように話し出した。
「転校して来た桜叶は、無表情で誰とも口きかねぇ奴でさ。まぁ…あたしと同じ、一匹狼ってやつだった」
将矢と菊斗が真剣な顔で愛弓の話に耳を傾けた。
愛弓「うち…なかなかの貧乏でさ、姉ちゃんはもう既にヤンキー街道まっしぐらだったから、あたしに対する周りの印象も良くなかったんだよ」
将矢「・・っ」
菊斗「・・・」
愛弓「桜叶が転校して来てから何日か経った日に、クラスの一人の奴が自分の持って来た給食費が無いって騒ぎだしてさ。真っ先に疑われた」
将矢・菊斗「…っっ!!」
愛弓「担任のセンコーもクラスの奴らも、皆あたしが犯人だって決めつけて責められてさ…」
将矢・菊斗「…っっ」
愛弓「あぁまたかって思ったよ。反論したってどうせ信じてくれはくれねぇし、いつもの事だったから何も言わずに黙ってたんだ・・」
将矢・菊斗「・・・」
愛弓「そしたらさ…今まで全く喋らなかった桜叶が、突然でっけぇ声で言ったんだよ」
"先生。新藤さんが犯人だって、証拠はあるんですか?"
将矢・菊斗「…っっ!」
愛弓「それで、桜叶は畳み掛けるように言ったんだ」
"実際に目で見たんですか?写真とかビデオとか、ちゃんとした証拠はあるんですか?"
愛弓「センコーもクラスの連中も一気に黙っちゃってさ、桜叶の気迫に慄いてたわ…。アイツの母ちゃん、弁護士だからさ。桜叶はその頃からたぶん、母ちゃんの背中見てたんだろうな」
将矢・菊斗「…っ!!」
愛弓「たじろいでるセンコーに向けて桜叶は言った…」
"先生。証拠もないのに勝手に犯人だって決めつけること…何て言うか知ってますか?冤罪って言うんですよ。もし新藤さんが犯人じゃなかったら、訴えられちゃいますよ?先生…そのお金払えるんですか?"
将矢・菊斗「…っっ!!」
愛弓「そしたらさ…タイミング良く、給食費がねぇって騒いでた奴の親が、給食費持たせるの忘れたっつって届けに来たらしくてよー。笑って済ませようとしたセンコーに向かって、桜叶が机を叩いて言ったんだ」
"先生、何笑ってるんですか?解決すれば良いってものじゃないですよ。さっきまで新藤さんに言ってた事は、名誉毀損って言う立派な罪です。新藤さんに謝ったらどうですか?さっきのは十分訴えられてもおかしくないですよ?"
将矢・菊斗「…っっ」
愛弓「桜叶に言われたセンコーは血の気が引いたような顔してあたしに謝って来たよ。そしたら、桜叶はクラスの連中にも言ったんだ…」
"先生だけじゃない。あなた達も同じ罪だからちゃんと謝った方が良いよ?特に給食費持って来たつもりでいた、そこのキミ・・"
愛弓「クラスメイトの奴らは誰も桜叶に言い返せなかったね…。罪とか、訴えられるって言葉にさすがのクラスの連中も青ざめててさ。皆あたしのとこに謝りに来たわ」
愛弓が苦笑いした。
将矢と菊斗は、呆然と愛弓を見つめていた。
愛弓「その後すぐに担任のセンコーは、桜叶の母ちゃんが弁護士だって事に気づいたのか…すぐに手の平返しやがってさあ、薄っぺらい人間だと思ったよ。すぐにひっくり返せんだからなぁ…もうぺらっぺらだよ」
愛弓は呆れたような表情をしながら手をひらひらさせた。
将矢・菊斗「…っっ」
愛弓「本当、あの時の桜叶にあたしは救われた。見た目とかイメージで判断しないで、状況だけで冷静に判断できるアイツと、ぜってぇに友達になりてぇって…心の底から思った」
将矢・菊斗「・・っ」
愛弓「だから…告ったんだ」
将矢・菊斗「えぇ!?」
愛弓「あー、友達になりたいってな」
将矢「あぁ…そっちね…」
菊斗「・・っ」
愛弓「だからあの時、初めてあたしから桜叶に声をかけたんだ」
ーー
小学校の当時ー
愛弓「よ…夜明!!」
桜叶は静かに振り返った。
愛弓「き、今日は…その…あ、ありがとな…」
桜叶「別に良いよ。お礼なんて」
愛弓「あのさ…あ、あたしと…と…友達になってくれないか!?」
桜叶「え…」
愛弓「初めて…心の底からダチになりたいって思ったんだ…あ、あんたと」
桜叶「・・っ」
愛弓「だから…あたしの親友になってよ」
桜叶「親…友…?」
愛弓「よあ…いや、お…桜叶!!今から、あたしの親友なッ!」
愛弓は桜叶の両肩に手を置きながら力を込めて言った。
桜叶「…っっ!!」
愛弓のあまりの気迫に、桜叶はフッと笑うと言った。
「うん、よろしく」
ーー
愛弓「あん時、初めて桜叶の笑った顔見たんだ」
将矢「なぁ…それ本当に、マジで恋愛感情ねぇやつなんだよな?」
菊斗「…っっ」
愛弓「あたり前だろ」
将矢「何か…その感じ…俺が桜叶に告白した時と似てんだけど…。押しが強い感じが…」
将矢が若干顔を引き攣らせる。
菊斗は苦笑いした。
愛弓「え…。あー・・だからか」
将矢「え?」
菊斗「?」
愛弓「お前も気持ちを必死でぶつけたんだろ?桜叶に」
愛弓はじーっと将矢を見た。
「…っっ、まぁな…」
将矢は照れくさそうにした。
「・・・」
菊斗は目を丸くしながら愛弓を見た。
愛弓「だから、桜叶は応えた。嘘言ってるかマジなのか…ちゃんと分かったんだよ、桜叶には」
将矢・菊斗「…っっ!」
愛弓「そういやぁ…お前、桜叶に電車で助けられたんだってな?」
将矢「え、何でそれを…」
愛弓「桜叶から聞いたんだよ。だからお前はチャラくねぇって。アイツにしては珍しく力説してたなぁ」
「…っっ!」
将矢は顔を赤くさせた。
菊斗は小さく笑みをこぼした。
愛弓「うちらって運が良いよなー」
将矢「え?」
菊斗「?」
愛弓「助けられたのが桜叶で」
将矢「…っ!」
菊斗「…っっ」
愛弓「アイツには状況を変える力があるんだよ。今回の教室での騒ぎもそうだったろ?今までマイナスになってたのが、くるっとプラスに変えちまう女神だよ。チェンジの女神!」
愛弓はドヤ顔をさせた。
将矢・菊斗「…っっ!!」
将矢と菊斗は目を丸くさせた。
すると二人は顔を見合わせ小さく笑うと呟いた。
「たしかに」
将矢は愛弓の言葉を聞いて思い出した。
それは、桜叶が引っ越して来た日に初めて夕食を囲んだ時の事だった。
あの時も、自分の気持ちをひっくり返したのは桜叶だった。
桜叶が親に放った言葉で状況が変わった。
自身の失恋を得恋に変えた…まさに桜叶はチェンジの女神だと将矢も思った。
「・・・」
将矢は桜叶に想いを馳せながら、優しい笑みを浮かべた。
すると、将矢は桜叶の事で気になってた事を愛弓にたずねた。
「あ…姉貴はさ、桜叶が皆に笑わない理由とかって知ってんの…?」
すると、愛弓が真面目な顔をして口を開いた。
「あー…知ってるけど、あたしからは言わない」
「え…」
将矢がキョトンとする。
菊斗は不思議そうに愛弓を見つめた。
すると愛弓は真面目な口調で言った。
「今までの話は、あくまでもあたし自身に起きた話だから言っただけ。でも桜叶が笑わない理由は桜叶自身の話だから第三者のあたしが話す事じゃねぇ。知りたきゃ直接、桜叶に聞け」
「姉貴…」
将矢はなるほどと言った様子で目を丸くしながら愛弓を見た。
「…っ!」
菊斗は驚いたように愛弓を見た。
すると、菊斗が口を開いた。
「お前って…珍しいな。女子ってわりと他人の事でもお構いなしに喋ってるイメージがあったけど…」
すると愛弓は遠くを見ながら言った。
「まあー、これも桜叶の受け売りみたいなもんだけどな」
「え…」
将矢と菊斗はキョトンとした。
愛弓「中学の時、クラスの奴らに桜叶があたしの事でいろいろ聞かれてた事があってさ…。そん時あたしは、何だか出て行きづらくて陰から見てたんだけど…そしたら桜叶が言ってたんだ」
"他人のプライベートな話、私がするわけないでしょ?聞きたいなら直接本人に聞きなよ。もし自分で本人に聞けないなら、諦めな"
将矢・菊斗「…っっ!!」
愛弓「その時、あぁ桜叶は信用できる女だって思った。あたしも桜叶に信用してもらえるようにならねぇとなって思ったんだ」
愛弓は優しい表情で言うと小さく笑った。
将矢・菊斗「・・っ」
愛弓「ま、そういう女もいるってことよ!」
愛弓はニッと笑った。
将矢・菊斗「・・・」
将矢と菊斗は呆然と愛弓を見つめた。
そこへ、桜叶が本を抱えながら席に戻って来た。
目の前で呆然としている将矢と菊斗を見て桜叶が言った。
「ん?どうしたの?二人とも固まっちゃって」
すると、将矢が真っ直ぐ桜叶を見て静かに口を開いた。
「桜叶…。俺、さらに惚れたわ…」
「…っっ、え…何、急に…」
桜叶は驚き戸惑う。
「惚れた…」
将矢が桜叶をウットリ見つめながらポツリと呟く。
「ちょっ…何?どうしたの…」
桜叶は戸惑いながら愛弓を見る。
「・・・っ」
愛弓は顔を逸らし教科書を見る。
「・・・」
菊斗は呆然と愛弓を見つめていた。
「…っっ」
桜叶はその状況に事態が飲み込めず、一人静かに戸惑っていた…。
--
しばらくして、愛弓が菊斗が持つ本を見ながら口を開いた。
「宮沢賢治の銀河鉄道の夜か」
菊斗は驚いて愛弓を見た。
「あぁ…うん」
「あたしもそれ読んだことあるぜ?ジョパンニとカムパネルラのやつだろ?」
愛弓がまじまじと菊斗を見る。
「そうそう。新藤も読むんだ…こういうの…」
菊斗は目を丸くしながら愛弓を見る。
愛弓「おぅ。桜叶に勧められてな」
桜叶「なにが幸せかわからない。本当に辛い事でも、正しい道を進む中での出来事なら、峠の上りも下りもみんな、本当の幸福に近づく一足ずつですから…」
将矢と愛弓と菊斗は、驚いたように桜叶を見た。
桜叶は続ける。
「このフレーズ、素敵よね。辛い事も嫌な事も、全部幸せの道の途中なんだって思えるから」
桜叶はポーカーフェイスで菊斗を見た。
「…っ!・・あぁ…」
菊斗は目を丸くさせた後、小さく笑みを溢した。
「あたしも好き!そこが一番グッと来た」
愛弓も弾ける笑顔で菊斗を見た。
「…っ!!」
菊斗は目を丸くし、少々顔を赤くさせながら愛弓を見つめた。
「何それ。俺も読む」
将矢は口を尖らせながら菊斗が持つ本を見た。
「私も持ってるから、帰ったら貸すわよ」
桜叶は真っ直ぐ将矢を見た。
「…!サンキュー」
将矢は目を丸くさせた後、嬉しそうな笑顔を見せる。
「…っ」
そんな将矢の無邪気な笑顔に、桜叶の胸はギュッとなり、桜叶は静かに胸元を押さえた。
「…っ」
家に帰っても桜叶がいるのだと改めて思い、将矢は幸せを噛み締めた。
「そういやぁ、お前にはまだだったな」
突然、愛弓が目の前に座る菊斗に向かってそう言うと、ノートをちぎりサインペンで何かを書き出した。
菊斗はキョトンとしながら愛弓を見る。
「あ、レアキャラ」
桜叶は愛弓が描いたものを見ながらポツリと呟いた。
「・・?」
将矢と菊斗は不思議そうな顔をしている。
「ほらよ」
愛弓は菊斗に、愛犬コタローの絵を描いて差し出した。
「…っっ!!」
菊斗は目を見開く。
「友情の証だ」
愛弓がニヤリと笑う。
「え…」
菊斗が呆然とする。
愛弓「お前は、一富士の一番のダチみてぇだからなッ」
愛弓が得意げな顔をさせる。
桜叶「それ、レアだよ。コタローに手が付いてる絵、初めてだから」
菊斗「…っ!」
菊斗は驚きながらコタローの絵を見つめた。
愛弓「そうだよ!初めて今肉球も付けてみたけど、意外とイケてるな」
愛弓は満足そうに笑った。
桜叶「特別仕様ね」
菊斗「・・っっ、サンキュ…」
菊斗は照れくさそうに俯きながら絵を見つめる。
愛弓「もし街中で変な輩に絡まれたら、それ見せりゃ何とかなっからなッ」
将矢「ねぇ、それマジなの?」
桜叶「マジよ。私はその絵で5回以上助かってるから」
「…っっ!!」
将矢と菊斗は驚きの表情のまま、愛弓の絵を凝視した。
「まぁー、もし失くしちまったら言ってくれよッ!また新しく描いてやるからさッ。桜叶なんてもう軽く10枚は超えてるしな…」
愛弓はそう言うと、ジロリと桜叶を見た。
桜叶「あ、そうそう。この前の引っ越しで部屋を片付けてたらね、あっちゃんがくれたコタローの絵、10枚以上発掘されたの。思わず神経衰弱しちゃった…」
愛弓「はッ!?何やってんだよ、一人で…」
桜叶「って言うか、10枚集めたらスパローズの漫画本全巻と交換っていうのはどう?」
愛弓「絶対ヤダ。つーか、買えよッ!大体、努力無しで集めた先にそんなご褒美はねぇよッ」
愛弓はギリギリと桜叶に怒る。
桜叶は口を尖らせた。
「ぶはッ…」
すると、将矢が吹き出した。
そして将矢と菊斗は、屈託のない笑顔を見せながら笑い始めた。
「・・・」
桜叶と愛弓はキョトンとした顔で将矢と菊斗を見た。
すると、笑いながら将矢が口を開いた。
「俺、女子の会話でこんなに笑うの初めてだわ…」
続けて菊斗も笑いながら言う。
「俺も…。マジで二人の印象変わったわ…。最高…」
「・・・」
桜叶と愛弓は、目が点になりながら互いに顔を見合わせた。
「ゴホンッ…」
図書館のスタッフが意味ありげな咳払いをした。
「・・・」
将矢と菊斗はビクッとなり一瞬で黙る。
桜叶と愛弓はやれやれとした気の抜けた表情をさせた。
将矢は微笑みながら桜叶を見つめた。
菊斗は愛弓からもらったコタローの絵を見て、嬉しそうに微笑んだ。
愛弓「コタロー…」
桜叶「え」
愛弓「・・・」
「…っっ!!」
愛弓が桜叶を見ながら、間違えてコタローと呼ぶのを目の当たりにした将矢と菊斗は目を丸くした。
「ぷはっ…」
すると、桜叶が今までに見たことない程の笑顔で笑い始めた。
「…っっ!!」
はじめて見る桜叶の弾ける笑顔を目の当たりにした将矢と菊斗はさらに目を丸くした。
「…っっ、クク…フハハハ」
すると、愛弓も桜叶につられて笑い出した。
今度は二人で爆笑している桜叶と愛弓を見た将矢と菊斗は、同じようにつられて笑った。
将矢と菊斗は同じ事を思っていた。
女子と一緒に心から笑うのは、初めてであると。
「んんッ!!」
すると、またもやどこからか意味深な咳払いが聞こえた。
「…っっ!」
桜叶達は慌てて静かになる。
桜叶達は互いに顔を見合わせると、静かに笑った。
「ハァー…もっと早く話しかけてれば良かったなー」
菊斗がポツリと呟いた。
桜叶と愛弓はキョトンとしながら菊斗を見た。
「ほんとそれ。桜叶達がこんなにおもしれぇなんてな。もっと早くから絡みたかったわ…」
将矢が優しい表情で桜叶を見た。
すると、桜叶が口を開いた。
「今絡んでるんだからいいじゃない。全く話さないまま卒業する人だっているんだから」
将矢と菊斗は目を丸くしながら桜叶を見た。
愛弓もチラッと桜叶を見る。
すると、桜叶は続けた。
「私達の人生、まだまだこれからだよ?そう思えば、この先まだ沢山絡んでいける仲にもうなれてんだから…むしろ良かったって思わないとね」
桜叶はそう言うと、フッと微笑んだ。
「桜…叶…」
将矢は顔を赤くさせながら呆然と見つめた。
菊斗は小さく笑みを溢しながら頷き呟いた。
「確かに…」
愛弓は優しい表情で桜叶を見た後、小さく笑った。
「俺は将矢に感謝だわ」
菊斗がそう言うと、ポンッと将矢の肩に手を乗せた。
「まぁなッ!あ…でも、桜叶とはあまり絡むんじゃねぇよ?」
将矢が得意げになっていたが、すかさず慌てて菊斗を見た。
「はあ?何だよ、その情緒不安定」
菊斗は将矢を突っついた。
桜叶と愛弓は目を細めながら、将矢と菊斗を見ていた。
菊斗はチラッと愛弓を見た。
愛弓は穏やかな表情でこちらを見ていた。
「…っっ」
菊斗は慌てて目を逸らす。
菊斗自身、自分の中で新しい感情が芽生えている事に気づき始めていた。
菊斗はニヤけそうになる口元に力を入れながら、愛弓からもらったコタローの絵を見つめた。
確かな感情に気づいてからの、心の温度が上昇する速さは、光の速さであると菊斗は思った。
友人である将矢が電車で桜叶に助けられてからの桜叶へ向ける将矢の視線の温度も、明らかに急上昇していた。
「・・・」
あの時の将矢の気持ちが分かった気がした、菊斗なのであった。
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