第2話

日曜日-


桜叶と母の倖加は、これから新しく住む再婚相手の家へとやって来た。


場所は少し高台にあり、ベランダからはいい景色が眺めそうな一戸建ての家であった。


"一富士"


家の表札にはそう記されてた。


桜叶は新しい苗字をまじまじと見た。



ピンポーン♪


倖加は家のインターホンを鳴らした。


ガチャ…


玄関から出て来たのは、母の再婚相手で新しい父となる一富士いちふじ じゅんすけだった。


「いらっしゃい、二人とも」

純ノ介は少々緊張した様子で出て来た。


「こんにちは、純さん。改まして、今日からよろしくお願いします」

母の倖加はニコニコしながら挨拶した。


桜叶は軽く会釈をした。


「こちらこそ、これからよろしく!」

純ノ介は優しい表情で倖加と桜叶を見た。


「よろしくお願いします」

桜叶はクールな表情で言った。


「どうぞ、入って」

純ノ介は桜叶達を招き入れた。


「おじゃまします」

桜叶と母の倖加は家の中へと入った。


すると、倖加が純ノ介に言った。


「純さん、挨拶させてもらっていいかしら」


「あぁ、どうぞ」


「桜叶も来なさい」


すると、桜叶は倖加と共に小さな仏壇の前に案内された。

そこには純ノ介の前の奥さんで将矢の実母である夏乃子かのこの位牌があった。


夏乃子は、七年前に交通事故に遭い帰らぬ人となった。それから純ノ介は息子である将矢と二人で生活してきた。

この一富士親子は、今まで共に二人三脚の暮らして来た夜明親子と同じであった。


母の倖加は仏壇に向かい静かに手を合わせた。


桜叶は倖加を見て、同じように仏壇へ手を合わせる。


「ありがとう、二人とも」

純ノ介は気の抜けた優しい表情をさせながら二人を見た。


「いいえ…」

倖加も優しく微笑む。


桜叶と倖加の様子を、陰から将矢が見ていた。


桜叶は将矢の視線に気がつき見ると目が合った。


桜叶と目が合った将矢はぶっきらぼうに目を逸らす。


将矢は桜叶に対して相変わらずぶっきらぼうであった。

一週間前の顔合わせの時も、一度も目が合わなかった。

先日、桜叶が消しゴムを拾ってあげた時も、すぐさま目を逸らされた。

そんな将矢の様子から、桜叶は義理の兄妹になるせいで嫌われているのだと思っていた。


「あぁ、将矢。ほら、挨拶しなさい。今日から家族になるんだから」

純ノ介は息子の将矢を見た。


「こんにちは、将矢くん。これからよろしくね」

母の倖加はニコニコしながら挨拶した。


将矢はぶっきらぼうな感じで軽く会釈した。


「ったく…こいつは…」

純ノ介は将矢の態度にため息をついた。


「良いんですよ、ゆっくりで」

倖加は笑顔で純ノ介に言う。


純ノ介は苦笑いしながら頷くと言った。


「将矢、桜叶ちゃんの部屋まで荷物運んであげなさい」


「はぁッ?!」

将矢が険しい表情で父純ノ介を見た。


「あ、良いですよ。部屋の場所さえ教えてもらえれば自分で持ってくんで」

桜叶はクールな表情で言う。


グイッ…


将矢は何も言わず桜叶が抱えている荷物を奪うとスタスタと階段を上がって行った。


「・・・」

桜叶は少々驚きながら、慌てて将矢の後をついて行った。


「ありがとう」

桜叶は部屋まで荷物を運んで行く将矢に、後ろから声をかけた。


「・・・」

将矢は何も言わずにずんずん歩いて行く。


将矢は荷物を置くと、何も言わずに自身の部屋に戻ろうとした。

すると桜叶は、将矢の肩に一際目立つ色の糸くずが付いているのに気づき、思わず手を伸ばし取ってあげようとした。


バシッ…


将矢は咄嗟に桜叶の手を払った。


桜叶は驚いた表情で将矢を見た。


「・・触んな…」

将矢は顔を逸らしポツリと呟いた。


「ごめん。肩に糸ついてたから…」

桜叶は冷静に話す。


「・・・」

将矢は何も言わず自身の部屋へと戻って行った。


桜叶は思った。


"やっぱり義理の兄妹が出来る事に相当な不満があるのね…"


さらには、こんな事も思っていた。


"女性を取っ替え引っ替えって言う割には、他の女性に触れられないようにしてるなんて…きっと今の彼女には一途になったのね"


桜叶は静かに様々な思考を巡らせていた。


桜叶は自身の部屋に入ると、まずカーテンと窓を開けベランダへ出た。


やはりベランダからの眺めは良かった。この家が高台にあるせいか、展望台から見るような景色が広がっていた。


"良い眺め…"

桜叶はベランダで外の景色を眺めた。


すると、隣の部屋の窓から視線を感じそちらの方へ目を向けた。


シャッ…


すかさずカーテンが閉まった。


「・・・」


"このベランダ、隣の部屋と繋がってるのか…"


隣の部屋は、将矢の部屋のようだ。


"そっか…。あの人が彼女を部屋に呼んでる時、私気をつけないといけないのか…"


桜叶は呆然と隣の部屋のカーテンを見つめた。


--


その日の晩、初めて四人で夕食を囲んだ。


食卓には、母倖加と父純ノ介の前に桜叶と将矢がそれぞれ並んで座る。


隣に座る将矢は、相変わらず桜叶と目を合わさない。


そんなそっけない将矢の態度を桜叶は理解していた。

急に同い年の妹が出来たなんてそれは納得いかない事であろう。

それに一途な彼女がいるとあらば尚更である。

そんな将矢の気持ちも汲み、桜叶はある事を親達に言ってやろうと決めていた。


「新しい家族に乾杯!」

母の倖加が笑顔でそう言うと、純ノ介とグラスを合わせた。


すると桜叶はここぞとばかりに口を開いた。


「ちょっと良い?私から一言、母さん達に確認しておきたい事があるんだけど…」


すると、母の倖加と義父である純ノ介はキョトンとした顔で桜叶を見た。


隣に座る将矢はチラッと桜叶を見る。


「私達兄妹って言っても…血のつながりは一切ない、いわゆる同居人。しかも同い年。血のつながりの無い同い年の男女が同居するって事は…今後もし、私達の間に恋愛感情が生まれても、何も文句はないって事だよね?そう言う可能性もあるって覚悟の上で…当然今回の再婚と同居、決めたんでしょう?」


桜叶はクールな表情で母である倖加をじっと見た。


倖加と純ノ介は目を丸くさせながら桜叶を見た。


「…っっ!!」

将矢は桜叶の言葉に酷く驚いた表情で、思わず桜叶の方に顔を向けた。


「・・・」


桜叶と倖加は静かに目を合わせた。


すると、倖加が口を開いた。


「それは当然。覚悟の上よ」


「え…」

桜叶はキョトンとする。


将矢も目を丸くさせながら倖加に目を移した。


倖加が続けて話す。


「別に良いんじゃない?二人が恋愛関係になったって。血のつながりのないあなた達は、言ってみれば私と純さんと同じ状況ですものね?」


倖加はそう言うと純ノ介を見た。


「あぁ、そうだな。そうなったらなったで、その時は親として温かく見守って行こうって、倖さん話していたんだ。だから自由にしなさい」

純ノ介も笑顔で桜叶と将矢を見た。


桜叶と将矢は目を丸くさせた。


「ねぇ…あなたのお父さん、大丈夫?」

桜叶が思わず将矢に言った。


「お前の母ちゃんもな…」

将矢もすかさず桜叶に言う。


桜叶は静かに倖加に顔を向けた。


すると、倖加がさらに言った。


「別に親同士が再婚したって、その子供同士が結婚できないわけじゃないのよ?あなた達は便宜上、兄妹にはなってるけど養子縁組しない限り戸籍上では単なる同居人ってだけだからね。そう難しく考える必要なんてないのよ?好きにしなさい」


倖加は笑顔で桜叶と将矢を見た。


「・・・っっ」

桜叶は何も言い返せなかった。


桜叶は返ってギャフンとさせられ、ムスッとした表情でご飯を食べ始めた。


「・・・」

隣では将矢が静かに桜叶を見ていた。


--


「ハァー・・・」


夕食を終え、桜叶は一人ベランダに出てため息をついた。


"ちぇっ。せっかく慌てると思ったのに、むしろ歓迎されるって…どういう事だよッ"


桜叶は肝が据わる母、倖加の姿を思い出しながら口を尖らせた。


やはり母には敵わないと静かに悟る桜叶であった。


プシュ…

グビ…


桜叶は外のベランダで、缶ジュースを一口飲んだ。


何気に母のビールを真似して飲むのが好きな桜叶は、自動販売機で缶ジュースを見つければ必ず買ってしまう性質を持つ。


桜叶が呆然と外の景色を眺めていると、隣の窓が開く音がした。


桜叶は隣の部屋に顔を向けた。


すると、将矢がベランダに出て来た。


将矢は何だか照れくさそうに桜叶の隣にやって来た。


先程までとは違う将矢の様子に桜叶は不思議に思いながらも、静かに口を開いた。


「さっき…何か変なことになっちゃって悪かったわね。私が言った事は全然気にしなくていいから。ただ親の狼狽える姿見たかっただけなのに、まさかあんな風な展開になるとは想定外だったわ…」

桜叶はため息をついた。


「いや…別に…」

将矢がポツリと呟く。


桜叶はクールな表情で遠くの景色に目をやりながら静かに話し出した。


「いつだって…大人は都合の良い言い訳して、子供には我慢しろだの若いんだからだの…年齢を振り翳す。若者だって、身体は若いけど…心は大人より衰えてることだってあるでしょ?心までは見えないくせに、若いからって理由で何でも決めつけんなって思うのよ」


将矢は黙って桜叶を見ていた。


桜叶は依然遠くを見ながら続けて話す。


「だから年頃の子供が同居する事とか、私達の気持ちとか、親達は軽く見てんだろうなって思ったら、何か無性に腹立ってね。少しでも親の狼狽える所が見たくて、ああやって言ったのに…。意外に二人とも緩くて何か拍子抜け…」

桜叶は気の抜けた表情をさせた。


将矢は、珍しくよく喋る桜叶を呆然と見つめていた。


「君もとんだ災難だよねぇ?」

桜叶が将矢を見た。


「え…」

将矢は急に桜叶と目が合い驚き固まる。


「あ、今初めてちゃんと目が合ったね」

桜叶はクールな表情で将矢を見ている。


将矢は慌てて目を逸らした。


すると桜叶は口を開く。


「同い年の女と一緒に暮らすことになるなんてさ。ましてや同じクラスだし。彼女連れて来るのも気まずいでしょ?でも安心して。事前に言っといてもらえれば図書館で暇つぶすし、私は君の恋の邪魔をするつもりはないから」

桜叶はそう言うと遠くの景色に目を戻し、缶ジュースを一口飲んだ。


「・・・俺、彼女なんか…いねぇし」

将矢が呟く。


「・・え?一途な彼女がいるんじゃないの?」

桜叶はキョトンとしながら将矢を見た。


「は?一途?何の事だよ…」

将矢は怪訝な表情で桜叶を見た。


「だってさっき私に触んなって言ったのは、本命の彼女がいるからガードしてたんじゃないの?」

桜叶がまじまじと将矢を見た。


「あ、あれは…違ぇよ…」

将矢は顔を赤くさせ恥ずかしそうに狼狽えた。


「ん?そう言えば…いつだかの朝、門の所で女の子と一緒にいなかった?あれ彼女なんじゃないの?」


「そこで別れた」


「え?」


「・・・っ」


「・・ねぇ…あなた本当に相手変わりすぎじゃない?そう言えば、三ヶ月前から女を取っ替え引っ替えするようになったって噂聞いたけど…三ヶ月前に何かあったの?さすがに私でも心配になるけど…」

桜叶は眉間に皺を寄せて将矢を見た。


「三ヶ月前…親父が再婚するって知った」

将矢は俯きながら話す。


「え…まさか…だから、やさぐれちゃったの?父親が再婚するの、そんなに嫌だったんだ…」

桜叶は目を丸くしながら将矢を見る。


「別に、親父に恋人がいようが再婚しようがどうでも良いよ」

将矢は顔を逸らす。


「ん?じゃあ…何で」

桜叶がキョトンとする。


「相手が…」


「相手?うちの母さん?」


「別にお前の母ちゃんじゃなければ何てことなかった…。失恋したと思ったよ…。だから気持ち吹っ切る為に…」

将矢は顔を赤くさせながら言う。


「え…。ん?ちょ、ちょっと待って?あなたの失恋の相手ってまさか…う、うちの…?いやいやいや、それだったら私…あなたの恋、全力で邪魔するわ。私はひと昔前の昼ドラみたいな展開はごめんだからね?」

桜叶は珍しく慌てた様子で将矢を見る。


「ハァー…」

将矢は大きなため息をつく。


「え?」

桜叶は険しい表情で将矢を見る。


「いや…もう既にしてる…。俺の恋の邪魔…」

将矢はポツリと呟いた。


「??」


「俺の好きな奴がお前の母ちゃんだって思い込んで、全然俺に振り向かねぇあたりが…もう俺の恋の邪魔してるわ、お前」

将矢はじっと桜叶を見た。


「・・ん?何…その、なぞなぞみたいな話…」

桜叶はキョトンとする。


「…っっ、だからぁッ!俺が好きなのはお前なんだよッ!!」

将矢は真剣な表情で叫んだ。


「!!」

桜叶は目を丸くし将矢を見た。


「・・・」

桜叶は一旦静かに前を向く。


そしてもう一度、ゆっくり将矢に顔を向けた。


「何だよ、その丁寧な二度見…」

将矢がポツリと言う。


「からかってるの?正気?」

桜叶は冷静な眼差しで将矢を見る。


「からかってない。俺は正気だし…本気…」

将矢も冷静な眼差しを桜叶に注いだ。


「・・・」

桜叶はまたもやゆっくり前を向いた。


そして、もう一度将矢の方を見た。


「お前って二度見まで落ち着いてんだね…」

将矢がポツリと言う。


「何で?何で私を?」

桜叶は真顔のまま将矢にたずねた。


「一年前…俺が電車で座ってた時・・」


--ー


一年前…


ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…


「オィッ!小僧ッ!若いくせに座ってんじゃねぇッ!俺の方がお前よりどんだけ年重ねてると思ってんだッ!年寄りを敬えッ!ここは席を譲るのが当たり前だろッ!!お前みてぇな若造が優雅に座ってる前で、年寄りを立たせとく奴がどこにいるッ!早く立て小僧ッ!」


将矢が電車の席に座っていると、見知らぬ中年の男性が一方的に捲し立てて来た。


すると…


「あの…ちょっと、良いですか?」


将矢に捲し立てる男性に、冷静な声色で声をかける女性が現れた。


「この人、さっき足引きずりながら歩いてましたけど…足を怪我してても、若いと座ってちゃダメなんですか?」


そう言いながら冷めた目で男性を見ているのは、桜叶であった。


「なっ…」

男性は桜叶の言葉と態度にたじろぐ。


「怪我人をどかしてまでそんなに座りたいですか?あなたは立っててもそうやって元気に吠えていられるのに」


桜叶は男性を下から上までジロリと見ながら言った。


「うっ…」

男性は桜叶の言葉と視線に怯んだ。


すると桜叶はさらに畳み掛けるように言った。


「私の友達が飼ってる犬の方がおとなしいですよ?」


桜叶は哀れな表情をさせながら男性を見る。


すると、周りにいた乗客はクスクスと笑っていた。


「…っっ」

男性はばつが悪くなり、そそくさとその場を立ち去って行った。


「・・・」

桜叶は冷めた表情で男性を見送る。


「あっ…」

将矢が桜叶に話しかけようとした時、桜叶は将矢の顔を見ずに軽く会釈をした後、近くの入り口付近に移動し壁に寄りかかりながら本を読み始めた。


「・・・」

将矢は桜叶をずっと見つめていた。


--


「実はさ、入学した頃からずっとお前の事気になってて…誰にも笑顔向けないあたりが、何か自分を持ってるって感じがしてさ。優等生で真面目なお前が、最初からずっとヤンキーみたいな女といつも連んでたじゃん?お前ってどんな奴なんだろうって。もしかして、あのヤンキー女にいびられてんのか?って思ったり…いろいろ気になって…」

将矢が照れ臭そうに言うとチラッと桜叶を見た。


「あっちゃんはそんな子じゃないよ!私は性格が合えばヤンキーだろうがオタクだろうが仲良くなるわ」

桜叶はムスッとした。


「うん…だろうな」


「え…」

桜叶は驚いたように将矢を見た。


「あの時、電車の中でも一切物怖じしないでハッキリ言うお前を見て、なるほどなって思った。ストンって俺の中の何かがハマった」

将矢は初めて優しい表情で桜叶を見た。


「・・っ」

桜叶はドキッとし慌てて目線を遠く移した。


「普段あまり口を開かないイメージなのに、言う時は言うんだって分かったらもう…前より増して、一気にお前の事が好きになった」


将矢は桜叶を見た後、遠くに目を向けた。


「…っっ」

桜叶は思わず将矢の横顔を静かに見つめる。


「三ヶ月前、いよいよお前に告ろうって決心した矢先…親父の再婚相手の写真にお前が写ってて…。俺運命を呪ったよ。お前と義理の兄妹になるってことが分かって、あぁもう無理なんだって…諦めた。諦めるのに必死だった…」


「…っ」

桜叶は俯いた。


「だから…さっきお前に触られそうになった時、咄嗟に振り払っちゃって…悪かったよ…」

将矢はチラッと桜叶を見た。


「え…」

桜叶は思わず将矢に顔を向けた。


「お前の事、意識しないように必死だったから…。目合わせたり話すのが…無理だった…」

将矢は俯く。


「あ、それで…」

桜叶は納得したように目を丸くさせた。


「でもさっき、お前が親に言ってたやつ…。あれ正直、俺嬉しかった。さっきのお前と親のやり取りで、俺の恋が復活したんだよ」

将矢は真剣な眼差しで桜叶を見た。


「…っっ!」

桜叶は目を見開き将矢を見る。


「だから、俺がお前を好きっていうのは本当。正真正銘の好き。両親もあぁ言ってたことだし、俺は堂々とお前の事が好きって言っても良いんだろ?」

将矢はじっと桜叶を見つめながらにじり寄る。


「・・っっ」

将矢の熱意に桜叶は息を呑んだ。


家族の中で、先程桜叶が両親に話した事を冗談だと思っていたのが、実は自分だけであったということに桜叶は驚愕していた。


「桜叶…俺はずっとお前が好き。俺と付き合ってよ」


将矢は桜叶の両肩に手をやり真剣に言う。


「ちょ…ちょっと待って…。つ、付き合う?え…何…ど、どこに?」

桜叶は頭が真っ白になり、事態が飲み込めずあたふたする。


「俺の恋人になってってこと」

将矢は真剣な表情で言いながら、桜叶の肩に置いた両手に力を入れた。


「…っっ!!えっ!ちょ…えぇーっ!?」

さすがのクールビューティー桜叶も、慌てふためく。


「俺がお前を気になり出してからを数えると、約一年と四ヶ月!不死鳥の如く蘇った俺の恋をナメてもらっちゃ困るッ!!それだけ俺は本気でお前の事が好きなんだよッ」

溜めていた想いのダムが決壊し、放流させるかの如く一気に気持ちを溢れさせる将矢。


そんな稀に見ない必死で真剣な将矢の様子に、桜叶は驚き、慌ててある提案をした。


「ちょ、ちょっと…落ちついてよ…。私は…今日、初めてそんな事言われて…まだ頭と心が追いつかない。だ、だから…えっと・・えーっと…ま、まず…"恋約"をしましょう」


「え…。恋…約…?」

将矢はキョトンとした顔で桜叶を見た。


「ほら…結婚する時もその前に婚約しましたとか言ってるじゃない。それと同じで、恋人になる前にまず、"恋約"って形でお互いを知って行くとかじゃ…ダメ…かな…」

桜叶は若干頬を赤く染めながらそう言うと、チラッと将矢を見た。


桜叶の頭の中は、真面目さと少々天然と呼ばれるものが共存していた。


「…っっ!!!」

ギュン…

将矢の心はすぐさま桜叶に射抜かれた。


「・・・」

将矢は桜叶をじーっと見つめながら思った。


"何そのチラ見。何その可愛い発想…。それってもう、恋人になる前提って事じゃん…。嬉しすぎるんだけど…"


「・・うん…恋約しよう」

将矢は桜叶の手を両手で握りしめながら言った。


「…っっ!!・・じゃあ…そういう事で…」

桜叶は狼狽えながら赤くなった顔を逸らした。


「…っっ」

将矢は人知れず、早くも自身の理性と本能の新たな戦いの火蓋が切られていた。


「・・じゃあ、一緒に住んでんだし、もう逃げも隠れもできねぇからな…覚悟してよ、桜叶」

将矢は自身の顔をグイッと桜叶の顔に近づけた。


「…っっ!!ちょっ…」

桜叶は驚き体が反り返る。


「あ…あと桜叶も俺の事、将矢って呼んで。これからは同じ苗字になるんだし」

将矢は桜叶の両肩に手を起き、ニコッと笑いながら桜叶を見た。


「わ、わ…分かったからッ!!近すぎッ!!」

桜叶は初めて見る将矢の笑顔に戸惑い慌てふためく。

恋が復活し新たに力を得た将矢は、陽キャの本領発揮といわんばかりの押しの強さで、さすがの桜叶は狼狽えていた。


普段は見ることのない慌てふためく桜叶の姿に将矢は胸を踊らせ、フッと笑うと言った。


「これちょうだい」


将矢は、桜叶が飲んでいた缶ジュースを奪い一口飲んだ。


「…っ!」

桜叶は目を丸くしながら将矢と缶ジュースを見た。


「今はこれで我慢するわ。間接キス」

将矢はそう言うと、ニカッと笑った。


「・・っ!!」

桜叶は顔を真っ赤にさせ、硬直した。


こうして、桜叶は将矢と義理の兄妹になったこの日、恋人になる前の約束"恋約"をしたのであった…。


そして、前途多難な同居生活が幕を開けた…。



「やっぱり将矢くんって、あなたの子どもですね!押しの強さとか、純さんそっくり…」


「面目ない…」


何気に陰から二人の様子を見ていた両親の倖加と純ノ介が微笑ましい様子で目を細めた。

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