チェンジの女神

星ヶ丘 彩日

1.桜叶爛漫

第1話

ガタンゴトン…ガタンゴトン…


「オィッ!小僧ッ!若いくせに座ってんじゃねぇッ!俺の方がお前よりどんだけ年重ねてると思ってんだッ!年寄りを敬えッ!ここは席を譲るのが当たり前だろッ!!・・・」


「あの…ちょっと、良いですか?」


--


自分の知らない所で、自分に向けられている感情や想いは、どれだけあるのだろうか


他人が知る由もない、自分が他人に向けている感情や想いは、どれだけ届くのだろうか


そんな強い想いが知らず知らずのうちに、思いもよらぬ形で人を引き寄せるのだろうか


そんなことを…


映画「ジェジェの珍妙な冒険」のノベライズ本を読みながらふと思う…


夜明よあけ 桜叶おうか(高校二年)は、毎日好きな本を読みながら通学している。

桜叶は、才色兼備な文学少女の優等生である。

高校では、あまり表情を崩さず笑わないクールな高嶺の花として知られている。


「うぃっす!」


月曜日であるこの日の朝、桜叶が学校へ向かい一人で歩いていると、幼馴染で同じクラスの新藤しんどう 愛弓あゆみが声をかけてきた。

愛弓は見た目も中身もヤンキーである。

愛弓には二歳上の姉、節奈せつながおり、節奈は地元では有名な元ヤンの女番長であった。

新藤姉妹の噂は高校でも有名であり、そんなヤンキー気質な愛弓と毎日連んでいる桜叶は、異色のコンビとして生徒達の注目を集めている。


よくあるスクールカーストと呼ばれるピラミッドは、頂点に陽キャと呼ばれる派手なグループが存在する。


しかし、この学校には…その頂点をも超越した存在がいる。


例えるなら、昼は太陽、夜は北極星ように、ピラミッドの頂点にいても尚、見上げる事しか出来ない手の届かぬ存在…。


そう…その存在こそが、桜叶と愛弓の異色コンビなのである。


「おはよう、あっちゃん」

桜叶はクールに返事をする。


「今日は何読んでんだよ」

愛弓が本を覗く。


「映画ジェジェの珍妙な冒険ノベライズ本よ」


「は?この前一緒に映画観に行ったじゃねぇかよ。何でわざわざ本まで読むんだよッ」

愛弓は首を傾げた。


「映画には映画の良さがあるけど、小説には小説の良さがあるの。活字でしか表せない言葉だったり奥深い表現があって、これはこれでおもしろいのよ」


「ふーん…。あたしは文字だけ読むのは苦手だからわからねぇなァ」


「まぁ人それぞれ得手不得手、向き不向きがあるから良いのよ」


「だよなーッ!あたしは読むんだったら断然漫画ッ!」


「漫画も良いわね。私も好き」


「だろ?最近はヤンキー漫画の"スパローズ"にハマってる。何度読んでもおもしれぇわ」


「あ、それ今度貸してほしい」


「おう。じゃあ明日持ってくる」


「っていうか、あっちゃん…傷また増えてない?」


「あぁ、これな。それがさぁ、このあいだの夜に公園で-・・」


--


金曜の夜-


「オィ…お前ら、何してんだ?」


愛弓がコンビニの帰りに通りかかった近所の公園で、怪しい二人組が何かを置いているのを発見し声をかけた。


ビクッ…


愛弓に声をかけられ酷く驚いた形相で振り返ったのは、カップルなのか若い男女であった。


愛弓は二人組が置いている箱の中に目をやると、そこにはなんと三匹の子猫がいた。


「テ…テメェらッ!まさかそいつらをここに置いてこうとしてんじゃねぇだろうな…」

愛弓はギロリと見た。


「・・っっ」

二人の男女は引き攣った顔で目を逸らした。


「何考えてんだよッ!動物を物みたいに扱うんじゃねぇッ!!テメェらが秒刻みで呼吸してるように、コイツらだって呼吸してんだろッ!テメェらがこんな事するたった一瞬の事が、コイツらの一生を決めるんだぞッ!!コイツらの命に比べたらなァ…こんな風に無駄に守って垂れ流してるテメェらのくだらねぇ日常なんて…くそくらえだよッ!!」


「…っっ」


「お前らにも脳みそと口が付いてんだろ?何か事情があって飼えなくなったにしてもよぉ、その脳みそで考えて口を使って訴えろよッ!誰か代わりに飼ってくれって!代わりに探してくれってよ!その脳みそと口、ちゃんと機能してんなら無駄にしてんな!いくらだって方法はあんだろ。最後まで責任持てよ!生き物扱うってのはそういう事だろぉがッ!」

愛弓は目の前の男女に力強く指差しながら、一気に捲し立てた。


すると、女性の方が俯きながら震える声で言った。


「・・・じ…じゃあ…か、代わりに…飼って…ください…」


男性も黙って俯いている。


「・・・よし、分かった。あたしが代わりに探してやるよ。姉貴の仲間も大勢いるしな」

愛弓は落ち着いた口調で言う。


「…っっ!!・・うぅ…っっ、ありがとうございます…ごめんなさい…ごめんなさい…」

女性は気持ちを溢れさせるかのように涙を流した。


「…っ」

男性も静かに涙を流す。


「・・こんな事するなら、二度と動物なんか飼おうとすんなよ」

愛弓は子猫の入った箱を抱え厳しい眼差しを向けた。


「…っっ…ごめんなさい…」

二人の男女は深々と頭を下げた。


--


「・・ってな事があったんだよー。そんで姉貴に聞いたら、もう一発よッ!族時代の仲間は猫好きが多かったから皆貰われてったわッ!うちも一匹ぐらい欲しかったけどなァ…。うちにはコタローいるし、姉貴は猫アレルギーだからさ…。この傷はその子猫達にやられた」

愛弓は笑いながら言う。


ちなみに…愛弓の家には愛犬である黒柴のコタローがおり、愛弓は溺愛している。


「もし貰い手が見つからなかったらどうするつもりだったの?コタロー居て、節奈さん猫アレルギーなのに」

桜叶は愛弓の顔を覗く。


「街中駆け回ってでも何とかするよ。見つかるまで、どうにかする。考えればいくらだって方法はあるさ」

愛弓は頭の後ろで腕を組み空を見上げる。


「私、あっちゃんのそういう所好きだな」

桜叶は優しい眼差しで愛弓を見た。


「・・っ!!ちょっ…何むずがゆい事言ってんだよッ!女なのにときめいちまったじゃねぇかッ」


「いいじゃない、女が女にときめいたって。私はいつも、あっちゃんにときめいてるよ?今の話とかも」


「・・っっ、ハァー・・。お前が男だったらなァー…」


「何それ」


「あ、アイツ…。また女と揉めてやがる」


愛弓の目線の先には、高校一のイケメンで有名な同じクラスの一富士いちふじ 将矢まさや(高校二年)がいた。将矢はスクールカースト上位者で、クラスの中でも陽キャと呼ばれる目立つグループに属している。

そんな目立つグループであっても、それをも上回る程に目立っていた桜叶と愛弓の異色コンビにはなかなか近づけずにいる為に、桜叶達と将矢達グループはあまり関わりなく過ごしている。


校門の所では将矢が彼女らしき女子生徒と何だか深刻な雰囲気で向き合っていた。


「朝っぱらからご苦労なこったなァー。つーか、アイツ…何でも三ヶ月前から女を取っ替え引っ替えするようになったらしいぜ?それまではずっと告白は断る男で有名だったのに、何かあったんかなー?極端すぎじゃね?」


愛弓が眉間に皺寄せ、将矢達を眺めながら話す。

愛弓は、意外と他人の会話をよく聞いている。


桜叶はチラッと将矢を見たが目線を本に戻す。

桜叶には特に興味のない話であった。


「あ、お前…今どうでもいいって思ってるだろ?」

愛弓が桜叶の顔を覗く。


「あっちゃんってエスパー?」

桜叶が目を丸くしながら節奈を見る。


「いやいや、エスパーじゃなくても分かるわ」

愛弓がすかさずツッコむ。


「フフ…」

桜叶が愛弓に微笑んだ。


「…っっ!」

愛弓はたまに見せる桜叶の笑顔になぜか胸がキュンとなる。


桜叶の珍しい笑顔を見た周りの生徒達は一斉にざわつく。


すると、一人の男子生徒が桜叶のもとへ近づいて来た。


「あの…よ、夜明さん…」


桜叶と愛弓は目を丸くしながら男子生徒を見た。


「ぼ…僕にも、そ…その人に笑ったように笑ってくれませんかッ!?」


男子生徒は赤い顔をさせながら桜叶に向かって叫んだ。どうやらこの生徒は、桜叶のファンであるようだった。


「え」

桜叶はキョトンとする。


「お…おまっ…」

愛弓は険しい表情で男子生徒を見ながらたじろぐ。


周りの生徒達は、勇気あるその男子生徒に驚き静まり返る。


「・・・」

男子生徒は真剣な眼差しで桜叶を見つめる。


「えっと…あなたにも面白い要素があれば、いくらでも笑うけど」

桜叶はクールな表情で言う。


「・・・っ!」

隣にいた愛弓は目を丸くし桜叶を見た。


「う…っっ、で…出直して来ますッ!」

男子生徒は悔しそうな表情をさせながら走って行った。


「・・・」

桜叶と愛弓は男子生徒の後ろ姿を真顔で眺めた。


「おい…桜叶。面白い要素って何だよ」

愛弓がギロリと桜叶を睨む。


「面白い要素って面白いところよ」

桜叶は愛弓を見る。


「おま…っっ、バカにしてるだろッ!!」

愛弓がギリギリと桜叶に詰め寄る。


「バカにしてないよ。公園のベンチで隣りに座ってたおじさんの黒いスーツケースに向かってコタローコタロー言ってたのとか、弁当袋と間違えてコタローの散歩袋持って来たのとか、私をコタローって呼んじゃうのとか、全然バカにしてないよ」

桜叶が淡々と話す。


「完全にバカにしてるな…」

愛弓がジロリと桜叶を見る。


「・・・」

桜叶がそっと本で顔を隠した。


「オィッ!笑ってるだろッ!バレバレなんだよッ!肩震わすなッ!あと本読みながら歩くなッ!危ねーッ!」

愛弓はギリギリ怒りながら歩く。


「フフ…」


「声漏れてんだよッ!!思い出し笑いしてんじゃねぇよッ!」

愛弓は桜叶を突っついた。


桜叶と愛弓は仲睦まじい様子で校舎へ向かって歩いている。

その様子を周囲の生徒達は呆然と眺めている。


いつもの光景であった。



「なぁ…あの二人って、本当に謎だよな…」


「片方は優等生で高嶺の花だろ?もう片方は地元じゃ知らねー奴いねえぐらいのヤンキーだぜ?」


「どうしてあの組み合わせが出来上がったんだろう…」


「あの二人の前だと、あの一番派手なグループでさえも緊張して陽キャじゃなくなるんだから…なんか、すげぇよな…」


「夜明さんって新藤にしか笑わないよな…」


「新藤が羨ましいな…」


桜叶と愛弓を見ながら周囲の生徒達は囁いた。


そんな周りの会話を聞きながら、将矢も呆然と桜叶と愛弓の二人を見ていた。


「ねぇ、将矢聞いてる?」


「え、ごめん。聞いてなかった」


「ちょっとーッ!!」


ーーー


ガラガラ…


「あっちゃん、またあの絵描いてくれない?」


「はぁ?まさかまた紛失したんじゃねぇだろうな」


「そのまさか」


「ちょっ…何枚目だと思ってんだよーッ!」


「ごめん。私、街中歩く時はいつもあれ握りしめて歩いてるから、すぐにどっか行っちゃうの」


「…っっ、あたしの絵、どんだけ街中にばら撒かれてんだよ…」


朝、桜叶と愛弓が話しながら教室へ入って来ると、教室は一瞬にして静まり返り少しだけ緊張した空気に変わる。


そう、これもいつもの光景である。


桜叶と愛弓は周りのそんな様子など気にも留めず、話し続ける。


「でもあっちゃんの絵、だんだん上手になってるよね」


「え…えぇ?そうかぁ?」


「うん、進化してる」


「ちょ…桜叶、そんな事言っても何も出ねぇよ?」


「あ、照れてる」


「照れてねぇッ!」



「・・・」

そんな二人の様子を、呆然と見つめるクラスメイト達。

その中には、朝女子と深刻そうに話していた将矢の姿があった。


「・・・」

将矢は、無表情で桜叶達から視線を外した。


ーーー


四時間目-


昼休み前のこの時間、桜叶達のクラスは担当の教師が急遽不在の為、各自自習となっていた。


生徒達は配られた課題をやっていたが、課題も終わると各々席を離れ友人同士話し始めていた。


桜叶も課題を終え、教壇に置かれた箱へプリントを提出する。

桜叶が席に戻ろうとした時、足元に消しゴムが転がって来た。


「あ…」

消しゴムの落とし主が咄嗟に声を出し、消しゴムを目で追いながら手を伸ばす。


桜叶は静かにその消しゴムを拾うと、落とし主の机の方へ歩いて行き、消しゴムを手渡した。

桜叶が消しゴムの落とし主に目をやると、バチッと目が合った。


それは将矢だった。


将矢は一瞬驚いた表情をさせたが、すぐに目を逸らし小さく呟いた。


「…どうも…」


将矢が目を逸らしながらそう言うと、桜叶は何も言わずにスタスタ歩いて行った。


「・・・」

将矢と将矢の友人達は静かに桜叶を見送った。


「さすがの将矢でも、まともに目合わせられねぇなあ…夜明さんと」

将矢の机に集まっていた友人の一人が苦笑いした。


「…うるせぇよ」

将矢はムスッとする。


「そもそも、新藤以外は誰も夜明さんと目合わしたことねぇだろ」

将矢の親友である朝井あさい 菊斗きくとがフォローする。


「まぁ、確かにな…。ここにいる女子はなんてことねえのになー」


「ちょっと!それどういう意味よッ!」


将矢の友人達がギャーギャー騒ぎ出す。


将矢はチラッと桜叶を見た。


桜叶は涼しい顔をしながら本を読んでいる。


バーンッ!!


すると、教室の入り口から豪快に愛弓が入って来た。


「桜叶ッ!!大変だぜッ!」


愛弓の興奮ぶりに、クラスメイト達はまたもや静まり返り注目する。


「どうしたの?あっちゃん」

桜叶は冷静な顔で愛弓を見上げた。


「購買で…昔ながらの硬めプリンが売ってたんだよ!」

愛弓はそう言いながら、買ってきたプリンを桜叶に見せた。


ガタンッ…


桜叶は勢いよく立ち上がった。


「大丈夫だッ!お前の分も買っといたからッ」

愛弓はそう言うと、もう一つプリンを出して見せた。


「あっちゃん…好き」

桜叶は真顔で愛弓に言う。


「・・っっ!!!」

愛弓を含めた周りのクラスメイト達は、驚きながら桜叶を見た。


「おまっ…マジでそういう言葉を軽々しく使うんじゃねぇよッ」

愛弓が狼狽えながら言う。


「え、何で?思った事を思った時に言って何が悪いの?」

桜叶はしれっとしている。


「いやいや…そんなむずがゆい言葉を言うんじゃねぇってんだよ…。無駄にときめいちまうじゃねぇか…って・・・お前何してんの?」


愛弓は弁当袋を抱える桜叶をポカンとしながら見た。


「お昼行くわよ。プリンもある事だし」


「え…。いや…つーか、一応まだ授業中…」


「授業中に購買まで行ってた、あっちゃんに言われたくないんだけど」


「うっ…」


「さぁ、行くよ」


「桜叶って本当、プリンが絡むと光の速さだな…」

愛弓がやれやれとしながら言った。


すると、桜叶は静かに愛弓に向け小さく笑みを溢した。


「・・・っっ!!」

またもや、クラスメイト達は桜叶の希な笑みに驚き釘付けになっていた。


桜叶と愛弓は、自主学習の授業も残り五分といったところで教室を出て行った。


すると、将矢の友人達が呟いた。


「夜明さんって、本当ミステリアスだな…」


「真面目かと思いきや、もう昼行っちゃうしな…」


「夜明さんって、プリン好きなんだね…」


「新藤さんも夜明さんには優しいよね…」


「やっぱり夜明さんって新藤には笑うんだな」


「あの笑顔、真正面から見てみたいよな…」


「つーか、夜明さんってまさか…本当に新藤の事が好きなんじゃ…」


「え!夜明さん、女子が好きってこと!?」


「だって、さっきの好きって言った時の顔…マジじゃなかった!?」


バンッ!

すると将矢が軽く机を叩き言った。


「夜明さんはいつも真顔だろ。マジとかじゃなくて…」


将矢が若干苛立った表情をしている。


「あぁ…確かにな…。そうだよな…んなわけねぇよな」

友人達が少し冷静になり苦笑いしながら言った。


「・・・」

親友の菊斗は静かに将矢を見つめた。


すると、将矢のグループにいる大宮おおみやという男が口を開いた。


「なぁ…今日これから戻って来る古典のテストで一番ビリだった奴が、夜明さんに自分のテストの点公表しながら勉強を教えてくれって頼みに行くのはどう?」


「は?」

将矢と菊斗がギョッとした表情をさせる。


「だってさ…そういうきっかけでも作らないと俺ら夜明さんと話せなくね?」


すると、将矢のグループにいる一人の女子生徒が険しい顔で言った。


「ちょっと待ってよ!何でわざわざ危ない橋渡ろうとするのよ!夜明さんには新藤さんが付いてるのよッ!?別にわざわざ関わらなくたって良いじゃない!」


「そうよ!ウチらはウチらの世界で楽しくやってんだからそれで良いよ!」


他の女子も抗議する。


「…っっ」

将矢と菊斗が黙っている。


「お前らは関わらなくて良いって思ってるかもしれねーけど、俺は関わりたいもーん」


「確かに俺も夜明さんに近づけるなら…」


「わかるー!俺もー」


「ちょっとアンタ達ッ!何、鼻の下伸ばして!サイテー!」


「だいたい何でテストの点数まで見せなきゃいけないのよー!」


「あ、それは単に点数悪かった奴の罰ゲームってことで」


「はぁあー?!最悪ーッ!」


将矢と菊斗と女子以外の陽キャグループメンバーは盛り上がっていた。


「おぃ…」

菊斗は声をかけながらチラッと将矢を見た。


「俺はパス」

将矢は静かに呟く。


他のメンバーが一斉に将矢を見た。


すると将矢が続けた。


「俺はそこまで関わりたいと思わねぇし」

将矢が真顔で言う。


「そーだよねー!?ほらぁー!!将矢もこう言ってるじゃん!」

将矢のグループにいる女子達が勢いづく。


「何でだよーッ!!いいよ、俺らだけでやるからぁーッ」


「無謀なのよ、アンタ達は!恥じらさし!」


グループのメンバーがギャンギャン騒いでいるのを横目に菊斗はチラッと将矢を見た。


「・・・」

将矢は若干苛立っているような表情でスマホをいじっていた。


ーーー


「なぁ、桜叶。今度の日曜からだったっけ?新しい父ちゃんと、同い年の義理の兄ちゃんと一緒に住むってのは」


昼休み、屋上で愛弓が弁当を食べながら桜叶の顔を覗く。


「あーそうそう」


桜叶は母と二人暮らしであった。

桜叶が幼い頃に父を亡くし、それ以来桜叶は母である倖加さちかと共に二人三脚で暮らして来た。

母の倖加は、元気も良く自由奔放なバリバリのキャリアウーマンであった。

桜叶とは正反対の性格である。

そんな母に恋人が出来、再婚して一緒に暮らす事を、桜叶はつい一週間前に母から知らされたのだ。


「桜叶はもうどんな奴が兄ちゃんになるのか知ってんの?」

愛弓が苦笑いしながら話す。


「あぁ、うん。知ってる」

桜叶はサラリと応える。


「え、マジ?どんな奴?」

愛弓は驚き興味深々な様子で桜叶の顔を見た。


「今朝、門の所で女子と揉めてた三ヶ月前に何かあったと思われる人」

桜叶はまたもやサラリと言う。


「・・は?…えっ、ちょっ…え、まさか、一富士将矢?!」

愛弓はギョッとした顔をする。


「一週間前に顔合わせしたのよ。同じ高校で同学年って言ってたから誰かと思ってたけど、今朝門の所で女子と揉めてたあの人だったわ。さっき消しゴム拾った時に改めて顔見て確信した」

桜叶はポーカーフェイスで話す。


「おいおいおい…。一週間前に会った日から今まで、何で気づかねぇんだよッ!そん時だって顔見たんだろ!?それに名前だって…。同じクラスだって気づけよ、いち早くッ」

愛弓は目を見開きながら桜叶を見た。


「私、普段は本とあっちゃんしか見てないし。それに、あっちゃん以外の同級生の名前覚えるの得意じゃないから」

桜叶はそう言うと小さく笑った。


「…っっ!ちょっ…また無駄にときめかせんじゃねぇよッ」

愛弓は若干頬をピンクにしながら狼狽えた。


そんな愛弓を見ながら桜叶は静かに笑った。


「それにしても、まさか同じクラスの男と義理の兄妹になるとはな…」

愛弓は苦笑いした。


「まあね。でも、私だってただ黙ってるだけじゃないわよ。一緒に暮らし出した暁には、親にギャフンと言わせてやるんだから」

桜叶は不敵な笑みを浮かべる。


「え、反乱でも起こすのか?」

愛弓は目を丸くする。


「親の事情だけで勝手に決めたんだから、それなりの覚悟ってものを私達子供にも見せてもらわないとねぇ」

桜叶はツンとしながら言うと、牛乳をズルルルルと飲む。


「何だかよく分かんねぇけど、まぁー…頑張れよ」

愛弓はキョトンしながら桜叶を見た。


「がってん承知の助」

桜叶がクールに言う。


「…っっ、お…おぅ…」

愛弓は、桜叶が極たまに使う江戸っ子のような言葉にたじろいだ。


--


「そういやぁ将矢、お前…また別れたんだって?もう何人目だよッ」

菊斗が将矢をジロリと見る。


「あー、まぁな」

将矢は何とも思ってない様子で答える。


「いい加減もう好きでもない奴と付き合うのはやめとけよー。告られたからって付き合っても、結局毎回ダメじゃねぇか」

菊斗はそう言うとため息をついた。


「しょうがねぇだろ…。他に好きになれる奴探すには、これぐらいしか方法ねぇんだから」

将矢がぶっきらぼうに答える。


「まぁーな…。確かに、お前の運命には同情するけどさァ…」

菊斗は将矢を心配そうに見る。


将矢は無表情でコーヒー牛乳をグビッと飲んだ。


「でも、あんまり無理すんじゃねぇぞ…」

菊斗はポツリと将矢に言った。


「・・・」

将矢は無表情のまま遠くを見た。


---


放課後-


「夜明さん…」


桜叶と愛弓の所に、一人の生徒がやって来た。それは、将矢のグループにいるメンバーの小宮こみやという男であった。


「あ?」

桜叶の隣にいた愛弓がすかさずガンを飛ばす。


「…っっ」

小宮や、小宮を見守る将矢達は愛弓の威圧感にたじろいだ。


「・・・」

教室は一気張り詰めた空気に変わる。


小宮は狼狽えながら将矢達をチラッと見た後、苦し紛れに桜叶に向かって言った。


「あの…さ、夜明さん…。その…こ、古典…教えてくれないかな…?俺…今日の点数、この通り、あんまり良くなくてさ…」


小宮は苦笑いしながら自身のテストの点数を桜叶達に見せた。


その光景を将矢のグループである他のメンバー達がクスクスと笑って見守っている。


将矢と菊斗は、やれやれとばかりにため息をつき、我関せずといった様子でスマホをいじっていた。


「・・・」


桜叶達の無反応に、教室は静寂に包まれた。


「・・っ」

将矢と菊斗もさすがに居た堪れなくなり、何か声をかけようとした。


すると…


「愛するよりも愛されたい」


桜叶がポツリと呟いた。


「え…」


その場にいた小宮や愛弓、さらには将矢達は皆、目を丸くしながら桜叶を見た。


「・・ていう本があるのよ。それ、万葉集を現代語訳で書いてあっておもしろいわよ?その本読んでみたら、きっと和歌も頭に入りやすいんじゃないかしら」


桜叶はそう言うと、真っ直ぐ小宮を見上げた。


「愛するよりも…愛されたい…」

小宮は呆然と桜叶を見つめながら呟いた。


すると、桜叶が続けた。


「あと…その点数、別に恥ずかしがるような点数じゃないよ」


「え…」


桜叶の言葉に、小宮はもちろんのこと将矢達のグループ一同は驚いた表情を浮かべた。


「だって、伸び代がある点数じゃん」

桜叶はそう言うと、笑いこそしなかったが穏やかな優しい眼差しで小宮を見た。


「…っ!!」

小宮は驚き顔を赤くさせた。


それは、将矢達グループの男子達も同じであった。


「・・・」

将矢は呆然と桜叶を見ていた。


「おい、もういいか?うちら忙しいんだけど」

愛弓が突然ギロリと睨みながら小宮を見た。


「…っ!!あぁ…どうぞどうぞ…」

小宮は慌てながら言った。


「桜叶帰ろーぜー」

愛弓がそう言うと、桜叶も机から立ちその場を後にしようとした。


「よ、夜明さん!!」

すると、小宮が桜叶を呼び止めた。


「あぁん?」

すかさず愛弓が反応する。


「・・・」

桜叶は静かに振り向いた。


「あ、ありがとう…」

小宮が静かに言った。


将矢達のグループメンバーは驚いたように小宮を見た。


「頑張って」


桜叶はボソッと呟き教室から出て行った。


「…っ!!!」


桜叶の「頑張って」と言う言葉に、その場にいた誰もが衝撃を受け固まっていた。


「おい小宮!!いーなぁー!!」

罰ゲームの発案者である大宮が悔しがる。


すると他の仲間達も小宮をうらましがった。


「お前、全然罰ゲームじゃなくなってんじゃん!」


「くそーッ!俺が行けば良かった…」


「アンタ達バカじゃないの?」


教室内は将矢達の陽キャグループが一斉に騒ぎ出す。


「・・・」

将矢は一人だけ無表情であった。


そんな将矢を、菊斗がチラッと見た。

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