第2話 報告
ホバーカーを運転しながら、俺はラジオを聞いていた。
「…ええ。そういうわけでこんな世の中なので、わが社のVRシステムが広く普及しているのです。わが社のVRシステムを利用することで、人間の願望や欲望を満たすことができるのです!さあ!皆さんもPD社のVRシステムを活用しよう!」
PD社か。ここ数年で、独自のVR技術で急成長を遂げた会社だ。夢追い人の出現以来、このVRシステムが飛ぶように売れた。夢追い人になりたくない人間がVRを活用し、その発生を防ごうとするのは有名な手段だ。
「VRねぇ、偽物の現実なんて一時的な欲求を満たすだけに過ぎないのだがね…」
俺はため息をつきながらラジオを切った。今はVRのことよりも、早く出勤させた理由が知りたい。最近は夢追い人の発生件数が多く、その処理に追われて全く休めていない。本当に人使いが荒いぜ。まったくドリームハンターも楽な仕事じゃないな。そんなことを考えながら運転していると、ドリームハンター協会本部に到着した。
「アムラさん。おはようございます。」
俺が協会本部のオフィスに入ると、受付嬢が大きな声で俺に挨拶をした。俺は軽く会釈をし、エレベーターで3階に上がった。本部のオフィスは5階建てであり、俺の部署は3階にある。3階に到着し自分の部屋に入ると、そこには筋骨隆々で、強面の、しかしどこか優しいまなざしをしているカルロス・フライクンがいた。
「ミスターフライクン。なぜあなたが私の部屋に?」
カルロスはドリームハンター協会では幹部に当たる人物だ。俺より年上で、数々の夢追い人を処理してきた凄腕ハンターである。俺自身、カルロスと話したことは指で数えられるほどで、あちらから訪ねてくることはとても珍しいことだ。
「今日早く来てもらったのは、きみの上司のあたるヘルマー・ソトについて話しておくことがあるからなんだ。」
カルロスは1枚の紙を俺に渡した。
「これは…」
渡されたのは、ヘルマーの死亡報告書だった。
「ヘルマーが死んだ…?」
俺は驚きを隠せずにいた。死亡理由を見てみると、「夢追い人として処理された」と書いてあった。
夢追い人というのは、度重なる戦争によって荒廃したこの世界で、過度な欲望や理想を持ってしまったせいで、その欲望や理想に人格を乗っ取られてしまった人間のことを指す。夢追い人は自分の欲を満たすために利己的な行動を起こしてしまうため、絶えず争いごとを起こしてしまう可能性がある。それを防ぐために、夢追い人を処理する特殊組織「ドリームハンター協会」が発足したのだ。
俺が驚愕していることに気づいたカルロスは、少し間を空けてから話しかけた。
「きみは彼と長い間コンビを組んで仕事をしていたそうだが、最近彼が変わったことをしたり、話したりしていたかね?」
そういえばヘルマーは、ここ最近は全く協会に来ることなく、俺1人で夢追い人を処理していたんだっけ。そのせいで全然休む時間がなかったんだぞと思ったが、それどころではない状況下で、こんな悪態を心の中でつく自分に恥ずかしさを覚えた。
「ここ最近ヘルマーは協会に全く顔を出していないですね。連絡をしても返ってきませんでした。」
「彼が今までにこのような行動を起こしたことは?」
「今回が初めてです。あいつは自分勝手な行動は起こさない。あいつはとてもまじめな人間なんですよ。良くも悪くもね。」
カルロスは満足がいく回答を得られなかったからなのか、少し落胆した表情で窓を見ていた。
「そうか…きみに聞けば何かわかると思ったんだがね。」
「トリガーですか?確かに、彼を夢追い人にさせたトリガーは、私には見当もつきません。」
夢追い人になってしまう原因は、自分の欲望や理想が最大限にまで高まることにある。その高まりを引き起こす出来事のことを、「トリガー」と呼んでいる。
ヘルマーは、比較的裕福な生活を送っていた。独り身ではあったが、そのことを気にしている素振りもなく、過度な欲を持つやつでもなかった。
「兎に角だ。アムラ君。きみは仕事をするのにパートナーを失ってしまった。その補充が私だというわけだ。よろしく頼むよアムラ君。」
「こちらこそお願いしますミスターフライクン。」
おれはカルロスと握手をした。
「カルロスと呼びたまえアムラ。私たちはコンビなのだから。」
彼は俺に微笑みを返し、部屋を後にした。
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