第8話 曹魏、乱れる

 費禕どのが殺されたわずか三か月後、姜将軍はまた魏に遠征した。そして勝利できずに帰還した。翌年の延熙十七年(二五四)正月のことだった。


 でも魏ではこの頃、大きな事件が起こっていた。

 おれたちの蜀だって間者を使う。彼ら彼女らが持ち帰る知らせからよその国で何が起きているかをつかむ。

 そのうちの一つは、司馬懿が亡くなったことだ。

 魏の嘉平三年(二五一)五月、今の帝曹芳を廃して楚王曹彪を擁立しようと計った者たちがいた。曹彪は曹操の息子の一人だ。そこで司馬懿が征伐した。首謀者は自殺し、曹彪は死罪となった。

 司馬懿が亡くなったのはこの年の八月五日。長男の司馬師が後を継いだ。彼は嘉平四年(二五二)正月、大将軍となる。つまり魏軍の頂点に立ったというわけだ。

 二つ目は、恐るべき事件だった。なんと司馬師が曹芳を廃位したんだ。嘉平六年(二五四)秋九月のことだった。

 なぜ廃位したかというと、曹芳が政務もしないで役者と遊びほうけたり、みだらなことにふけったりしていたかららしい。

 でもそれは、作り話かもしれない。

 また、もしほんとうにそうだったとしても、廃位する前にお諌めするとかしなかったのだろうか。お諌めしても聞き入れない方だったのかもしれないけど。

 司馬師としては、もし帝を操りたいのなら、帝が馬鹿であればあるほど都合がいいはずなんだ。自分がすべて決めればいいわけだから。それを廃位して新しい帝にすげ替えるということは、帝には帝らしくしていてもらいたいからだろうとおれは考える。まあ、ほんとのところはわからないけど。


 しかし、いかに大将軍とはいえ、司馬師一人の権限で帝の取り替えはできない。だから彼は先帝のお妃である郭皇太后に上奏した。彼女がこの計画について何を考えどんな思いをいだいたかまでは間者はつかんでこなかったのだけど。

 ともあれ郭皇太后は曹芳を、彼の領地であった斉に帰藩させよとの命令を下した。要するに「自ら位を降りよ」と命じたのである。曹芳は従った。この時彼は二十三歳だったそうだ。

 新たな帝となったのは高貴郷公曹髦そうぼうどの。文帝曹丕の孫である。若く賢く、意識も高い。

 こうして魏は元号が嘉平から正元に改められた。司馬師は参内の際に小走りせず上奏の際も名乗らず、剣を手に持ったまま上殿してよいというお許しを得た。

 これは、すごいことなんだ。だって、皇帝と対等の立場に立つといってもいいのだから。

 まるで曹操みたいじゃないか。


 曹髦が魏の新しい帝となり司馬師が大将軍になった年の六月、姜将軍はまた魏に出撃した。狄道など魏の三県を落とした。そしてそこに住んでいた人たちを連れてきて、蜀に住むように命じたのだ。

 延熙十八年(二五五)八月、姜将軍は車騎将軍夏侯覇たちとともに狄道に侵入し、魏軍と合戦する。魏軍は大いに打ち負かされた。そこで魏軍は鄧艾に姜将軍を防がせる。九月、姜将軍は引き揚げた。

 十九年(二五六)、姜将軍は大将軍に昇進する。しかし、鄧艾が姜将軍を撃破した。そのため姜将軍は蜀へ軍勢と共に戻ってきたんだ。この鄧艾はおれたちにとって、厄介な敵となる。

 夏侯覇はおれにぼやく。

「毎年毎年出兵するなんて、魏軍ならば絶対にやらない。よく金がもつな」

 おれももう数えで三十だ。軍や政務について、なんとなく全体がつかめるようになってきた。

「その分税は上がっております。住民の反乱も起きております。無理をしていることは誰の目にも明らかです」

「姜維を諌めるやつもいないというわけか」

「諌めたとしても聞き入れないと思います」

「帝は事ここに至っても動かれぬか」

 おれは最近、義理の父親でもある陛下が、宦官の黄皓のせいで何一つお考えを述べられなくなっていることを思い出す。陛下は姜将軍の行動をお認めになっているが、黄皓は姜将軍をよく思っていない。

「黄皓は姜将軍を解任したい。姜将軍を支持する朝臣や官吏はどんどん減っております」

 夏侯覇は舌打ちをして腕組みする。

「これだけ負けいくさを続ければそうなるだろうさ。年々この国では武官も、いくさにかける費用も減らされている。黄皓のやつ、姜維に出兵させないためにじわじわと根回しをしているな」

「このままでは――」

 言いかけておれはやめた。

 夏侯覇がおれの言葉に引っかかる。

「このままでは?」

 曹竜。曹青。徐覇。

 おれは彼らと、かつての友だちと、また出会うだろう。いや、出会う、必ず。友としてではなく、敵として。

 おれは、口だけ動かす。

 夏侯覇が怪しむ。

 おれは今度は声に出して言った。

「我が国は、魏軍に侵攻される」

 夏侯覇がおれに体をずいと寄せた。

「おい――どういうことだ」

「いずれそうなるとそれがしは考えます」

「何を根拠に。昨年司馬師は死んだではないか」

「弟の司馬昭が大将軍に任命されたではありませんか」

 夏侯覇が興醒めする。

「司馬昭? あいつに何ができる。凡庸なやつだ」

「間者によれば、たいそう張り切っていると。武祖に倣うのだと」

「馬鹿馬鹿しい」

 言って夏侯覇が窓へ歩く。

 今日も曇り空だ。山は紅葉し始めている。おれは背を向けて立つ夏侯覇の向こうに山々を見た。

「そろそろ姜将軍がここ成都に帰還するとの知らせも入ってきております」

「おれが姜維に言ってやる。もう北伐などという馬鹿げたことはやめろとな。第一これだけの山々に囲まれているのだ、侵攻はできまい」

「その気になればいくらでも方法は思いつくものです。まして司馬昭が曹操の真似をしているのであればなおさら、彼が成し得なかった蜀と呉の制圧を行うはず」

 もしかしたら姜将軍もおれの父上の真似をしているだけなのかもしれない。

 いや――曹操もおれの父上も、やろうとしていることは同じなのではないか。

 漢室を復興する。同じ目的をもっているのに、別々の土地に拠点を構えてしまった。同じ目的をもっていることをお互い知らなかったし、語り合おうともしなかったに違いない。

 蜀の先帝は漢室の血を受け継いでいる。でもその人――劉備はほんとうに、漢室を復興したいなんて考えていたのだろうか。

 劉備は正直な人だった。皇帝の位についてからまずやったことは、義兄弟関羽のかたき討ちである。彼は漢室復興よりも関羽とのつながりを取ったのだ。

 おれは劉備に会ったことはない。それでも父上や陛下から聞いた話からおれがとらえた劉備は、そういう人なのだ。

 もし劉備が今の蜀の様子を眺めていたとしたら、いったいどんな顔をするのだろう。そして曹操が今の魏を見たとしたら、いったい何と言うだろうか。早くこんないくさの世なんか終わればいいのに。

「ところで」

 夏侯覇が振り返った。今年でもう数えで六十一になるのに年齢よりもひと回り若く見える。立ち姿だけでなく身のこなしも優雅だ。

「曹飛将と李暁雲について何かわかったことは」

 おれは目を丸くした。

 夏侯覇は曹青と曹竜、それぞれの父上を気にかけているようだ。そういえば彼は以前、自分は曹飛将の親戚で親しかったと話していたっけ。

「いえ。間者からは何も聞いておりません」

「存命かどうかもわからぬか」

「はい」

「曹爽はもう死んでいる。軍務に携わっていても警戒する者は誰もいないはずだが。二人ともおとなしく隠居するようなやつではない」

 ふと思いついておれは言ってみた。

「友と呼べる方々であられたのですか」

 夏侯覇の眉目がふわりとやわらいだ。

「李暁雲は子廉のおじ上の養子だった。だから顔は知っているが親しく接したことはない。だが飛将は別だ。父親同士が従兄弟で、おれと飛将は同い年。学問も武芸も競いあって取り組んだよ。友でもあり、敵でもあった。だからあいつが説得に来た時はおれも心が揺らいだよ。だけどもうおれには曹魏に居場所がない。今さらあいつと手を組んで、司馬氏のもとで曹魏を守るなんてことはできない」

「今の帝は文帝の孫です」

「子桓のせいだよ。あいつが禅譲なんてするからこんなややこしいことになったんだ。なんだってあいつは皇帝になんぞなった。漢室を壊したりしたんだ」

 子桓とは文帝曹丕のあざなだ。

 おれは夏侯覇に歩み寄った。彼はびっくりしておれを見る。

 彼の隣に立ち、おれも山々を眺めた。

「もしかしたらそれこそ、曹操のようにしたかったのかもしれません。しかしそれだけの器がないと自分でわかっていたから、父親を越える位についた。つまり皇帝になった。それがしはそのように考えました」

 沈黙ののち、夏侯覇も山を見て、つぶやいた。

「思遠。おまえが言うことは、案外外れてはおらぬのかもしれない」

「間者には、飛将たちの身辺も探るよう、命じておきます」

 そうすれば曹竜や曹青、徐覇の動きもわかる。

 夏侯覇がちょっとだけ柔らかい声音で言った。

「礼を言う」

 蜀を守ってきた山々のつらなりの前に、おれたちは黙ってその身をさらした。


 蜀の景燿三年(二六〇)、突如、魏の帝曹髦が亡くなった。

 おれはその顛末を間者から聞いた。

 曹髦の死には司馬昭が関わっている。曹竜、曹青、徐覇、それに曹竜と曹青の従妹荀節も現場に居合わせた。陰ながら曹飛将と李暁雲も息子たちや姪を助けたという。

 その話は曹竜にしてもらおう。



「なんだっておれが大将軍になったとたんに災難続きなんだ」

 子尚どのは目の前に広がる都大路を眺めながらつぶやいた。

 ここは子尚どのの仕事部屋の前だ。書類仕事に飽きるといつも子尚どのは虎豹騎の詰め所にいるおれを呼び出し、こうして愚痴をこぼしたりする。

 おれたちはもう、いい年だ。

 子尚どのは数えで五十、おれは数えで四十二になる。

 ついでに言えば子尚どのの息子司馬炎あざな安世と、おれと楊紅の息子曹鈺そうぎょくも仲がいい。

 名づけたのは楊紅だ。生まれたと聞いて急いで洛陽から許昌まで駆けつけたおれに、満足そうにほほえみながら彼女は告げた。

「竜は宝珠を持っているでしょ。だからぎょく。貴重な宝という意味なの」

 そういえばおれと曹青の名づけをしたのはお互いの母上たちだったっけ。ちなみに曹青にも息子がいる。名前は曹維という。「維」という字には「つなぎとめる」という意味がある。曹青が名づけたのだ。

「曹氏の血筋は年々細くなっている。だから一族をつなげてほしいと思ってね」

 曹維は文官を目指している。むろん武芸もできるが、父親の影響なのか書を読むことが苦にならないらしい。こつこつ学問に励んでいる。曹鈺は武芸が好きで、おれと同じ虎豹騎だ。帝のそば近くで仕えている。

 おれは子尚どのに言った。

「鍾士季どのや賈公閭どのがおられるではありませんか」

 鍾会あざな士季と賈充あざな公閭。二人とも子尚どのが信頼する部下たちだ。

 ところが子尚どのは言下に否定した。

「士季は陛下のお気に入りでもある。しょっちゅう呼ばれて議論してるよ。公閭はおれよりも要領がいい。どうせ『凡庸な司馬昭』などと陰口を叩いているに決まってるさ」

「そんな子尚どのだから、おれはこうして話し相手を務めているのですよ」

 本心だった。子尚どのは普通の男で、普通の官吏である。だからおれは安心して話せる。

 おれだってそうだ。四年前に亡くなった母上から教わった間者の技だって、しばらく使っていない。曹青の母上王玲どのも亡くなった。おれの母上が他界してからちょうど半年後の春のことだった。

 そんなわけで父上と飛将のおじ上は、許昌で武官として勤めているおれの弟曹起と曹青の弟曹基を残して洛陽へ移り住んだ。

 父上は、仲達どのが曹爽の専横を差し止めた時から、間者・李暁雲として働いていた。李とは父上のもとの姓だ。夏侯仲権どのが挙兵した時も、飛将のおじ上と一緒に思いとどまるように説得に赴いた。その時も父上は李暁雲と名乗った。

 わけを聞いたおれに父上は笑って言った。

「もともとは父さんを助けるために間者になったのさ。今はこの国があやういだろ。間者として陰から助ける方が、性に合っていると思ったんだ」

 回想にふけるおれに、子尚どのが声をかける。

「おまえの父上にはほんとうに助けていただいている。飛将どのにもだ。お二人のお力添えがあればこそ、凡庸なおれでも大将軍が務まっている。飛将どのにはいくさのことから宮仕えまで何でも話せるからな」

 父上は今年数えで七十だからしみじみ言う。

「父さんが死んだ年を四年も越えたんだなあ」

 飛将のおじ上は数えで六十六になるからこう言って笑う。

「ぼくもだよ。父上が亡くなった年より四年長く生きている」

 二人とも年齢よりもずっと若く見えるし、相変わらず姿もいい。飛将のおじ上はいまだに弓の稽古を欠かさない。

 のんきにおれたちが話しているその時、せっぱつまった声がした。

「大将軍。竜兄さま」

 二人で振り返ると、荀節が息を切らしてそこにいた。数えで三十七、きっぱりとした美貌は健在だ。

「どうした、節」

「あの、中へ」

 子尚どのが仕事部屋へおれたちを入れる。

「荀節どの、いかがいたした」

 荀節は左右へ美しい瞳を走らせ、声をひそめた。

「陛下が」

 子尚どのが眉間を寄せる。

「陛下がいかがなされた」

 荀節の色白の頬は冷えきってさらに白い。

「ご家来がたを呼び集められ、わたくし、偶然そこを通りがかり、聞いてしまったのです」

 おれは荀節に近寄る。

「何を聞いたんだ」

 荀節は両手を握りしめ、おれたちに告げた。

「これから大将軍を討伐する、と」

 子尚どのの顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。

 おれも膝から下が冷たくなる。

「それ――ほんとなのか」

 荀節が急にがたがた震えだした。

「竜兄さま、今から陛下のご命令で、虎豹騎を集めるそうです。我と共に出撃せよと。甲冑を持って参れとお命じになられました」

 子尚どのがよろけて机にぶつかる。歯をかちかち言わせながら震える声を出した。

「おい、冗談だろ。なんで」

 おれは荀節を抱き止める。

「落ち着け」

 荀節がおれの腕を痛いほどつかむ。

「わたくし、怖くなって……皇太后殿下にすぐにお知らせしたのです。お耳に入れると殿下はお倒れになってしまって……わたくし、早く大将軍と竜兄さま、青兄さまにこのことを伝えなければと急いで走って参りました」

「おれが何をしたっていうんだ」

 子尚どのの目には涙がたまっている。

「諸葛誕の謀反を鎮めたのはおれだぞ。帝や皇太后までお連れして。二十六万も、二十六万もの軍を率いて一年近く戦ったんだぞ。だから晋公に封じてくださったじゃないか。おれが何をしたっていうんだ。どうしておれを討伐するんだよ」

 おれは子尚どのに厳しい声を出した。

「子尚どの、落ち着いて」

 おれは必死で頭を働かせる。

 陛下のご命令には逆らえない。出撃せよと言われれば出撃するのだ。その前に確かめるべきことがある。

 おれは腕の中にいる荀節にただす。

「ご家来がたはお諌めしたのか。どれくらいの数の朝臣が陛下につくのか」

 さすがは皇太后について諸葛誕討伐に同行した荀節だ。すぐさま冷静さを取り戻した。

「そういえばこちらへ参る途中、呼び集められた方のうち、何人かを陛下のお部屋の外でお見かけしました」

「彼らがどこに行ったのか、わかるか」

「申し訳ありません。わかりかねます」

「ありがとう。もう大丈夫だ。おれたちがいる」

 さあ、次は子尚どのをしっかりさせなくては。

「まずは兵を集めましょう」

 子尚どのも青い顔のままうなずく。

「もしかしたら陛下のご家来がたがまだこのあたりにいるかもしれん。見てみよう」

 おれたち三人は部屋から出た。

 子尚どのがおれと荀節に耳打ちする。

「家に帰れ。曹青と徐覇にもそう伝えろ。ここにいると陛下につかまるぞ。動きがあれば人をやって知らせる。まずは身を隠せ。こうなればおれたちで陛下をお止めするしかない」

 曹青もおれと同じ虎豹騎、曹魏の精鋭部隊だ。徐覇は武官だが、変が大きくなれば駆り出される。

 おれは子尚どのに一言告げた。

「うけたまわりました」

 そして徐覇の持ち場に向かい同僚に居場所を聞くと、練兵場にいるそうだ。荀節と走った。

 おれたちを、いや、正確には荀節を見た徐覇は、もう彼女しか見えないという感じになった。

「曹竜、この方は……」

「従妹の荀節だ」

 荀節が徐覇をうながす。

「初めてお目にかかりまする。こちらへ」

 武器庫の裏に急いで隠れる。

 おれは手短にわけを話した。徐覇が見ているのは荀節だけだ。こいつ、国もとに妻子がいるのに。

 誤解のないように説明する。おれたちが暮らす世は、男は側室をもつことが当たり前だ。おれや曹青、おれと曹青の父上たちのように妻は生涯一人だけという方が珍しい。家のためにたくさんの子を残すことがおれたちの務めだからだ。だから夫人や側室が多いからと言って、その男が好色とは限らない。

 もっとも、夫や妻がいても、誰かを好きになることはあり得る。この中原の習いでは、結婚はお互いの家が決めるからだ。何度も言うけど好き合っている同士でめおとになったおれや曹青、おれと曹青の父上たちが例外なんだ。

 徐覇の妻は家同士で決めた人だと聞いた。もしかしたら徐覇自身が初めて関心をいだいた女性が荀節なのかもしれない。

 おれは改めて徐覇に声をかける。

「おい徐覇、聞いてるか?」

「あ、ああ、聞こえてはいる」

 言いながらやっぱり荀節に目がくぎづけだ。

 荀節が徐覇をにらむ。

「徐将軍。曹竜が申しましたこと、お話しになれまして?」

 徐覇の頬が急に紅に染まる。

「荀節どのは皇太后づきの女官……」

「全然聞いてないじゃないか」

 おれがもう一度説明すると、徐覇は顔色を変えて叫んだ。

「なっ、なんと、陛下が挙兵……」

 おれはあわてて徐覇の口を手のひらでふさぐ。おれと荀節は同時に小声でさえぎる。

「声が大きい!」

「す、すまん」

 徐覇も声をひそめる。

「しかし道理が通らぬ。何ゆえ大将軍を討伐なさるのか。常日頃関係がよくないという話も聞こえてこなかったし、あまりにも唐突すぎる」

「おれたちだって驚いてるよ」

「だからひとまず帰宅し、陛下から離れた方がよいという話になったのです。巻き込まれればただではすみませぬから」

「だから徐覇も家に帰った方がいい」

「しかしおれは一人暮らしだぞ」

「なら、わたくしたちと一緒に帰ればよろしいのではありませんか」

「ええっ。よ、よろしいのですか」

 徐覇の目が輝き出す。

 荀節がほほえむ。

「曹竜からうかがいましてよ。わたくしの祖父は曹子廉。将軍のお祖父さまは徐公明。二人は親友だったそうですね。わたくしたちもきっと気が合うと思います」

 徐覇がおれにとびきりの笑顔を向けた。

「荀節どのはおれが守り抜く。では、世話になる!」

 事態は切迫しているのだが、おれは力が抜けた。

 しかし徐覇の名誉のために言うと、彼は有能な武将である。

 おれたちが陛下をお止めするしかない。


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