第6話 帝を守る
許昌にも朝廷があり、先帝も今の帝も洛陽からしばしば行幸してそこを宿にする。
だから今、許昌のお役人たちは、住んでいる人たちから見えないところで、病が癒えない帝のために走り回っている。
おれたちとてその騒ぎに無縁ではない。許昌に駐屯する武官たちと、父上や飛将のおじ上、そしておれや曹青はよく会うし、よく話すからだ。武官の夫人がたもおれや曹青の母上と話す機会があるので、朝廷の様子は伝え聞いている。
おれにはその他にも、朝廷の出来事を知らせてくれる人がいる。楊紅だ。彼女は娼館で客をとるかたわら、間者として働く。朝廷には当然帝のご夫人がたが住まう後宮があるのでそこに潜入して、謀反の芽がないかどうか、目を光らせているのだ。
彼女と会うのはいつも、彼女が非番の時だ。おれと彼女は、数えで二十一歳になっていた。
寝床で楊紅はおれに言った。
「帝はいよいよ危ないらしいね」
おれたちは裸で寄り添っている。金を払わずに彼女の借り住まいで会って寝て、もう五年だ。おれの家にもよく遊びに来るから、父上と母上そして弟の曹起も彼女と顔見知りになっている。まして父上と母上は間者あがりなので、楊紅の身をまるで実の娘であるかのように案じていた。楊紅は幼い頃にふた親と死に別れたそうで、父上と母上に会うのをおれに会うより楽しみにしている。
「仲達どのが朝廷に飛び込んだって、朝廷の門番をしてる友だちがおれに話したよ」
「曹爽はそれより前に来てた」
「あいつもか」
「血のつながりはなくても、帝の一族には変わりないからね」
「どうなるんだろうな、帝が亡くなったら」
「跡継ぎを誰にするかで困っているみたいだよ」
「息子がいないってこと?」
「あなた、口は固い?」
「ああ」
楊紅はおれに顔を寄せ、おれたち二人だけなのに声を落とす。
「後宮で小耳にはさんだのだけど、皇太子たちはどうやら帝の実のお子ではないらしいの」
おれは楊紅の、ぱっちり開いた力強い目をのぞき込んだ。
「じゃあ、誰の子なんだ」
「それすらわからないの。しかも、どこから来たかも誰一人知らない」
「いいのかよ、そんな、生まれがわからないやつを帝につけて」
「あくまでも表向きは皇太子だからね」
おれは寒くなった。今は暦の上では春だけれど、正月なので寒いことには変わりない。でも季節の寒さだけじゃなくおれの体は冷えている。この国の行く末が、確実によくない方へ傾いているのじゃないかと感じたからだ。
その時急に玄関の戸が叩かれた。
楊紅が愛想よく答えながら起き上がる。
「はあい、どちら様?」
「暁雲だ」
ち、父上!
おれは一瞬で血の気が引いて飛び起きた。楊紅はそんなおれを横目に服を着る。
「はいッ、父上! ただ今参ります!」
叫んでおれはまず下を履き、上を羽織って扉を開けた。
「しぼられていらっしゃい」
言って楊紅がおれに舌をぺろっと出す。
おれは玄関から勢いよく飛び出し、後ろ手に扉をばたんと閉めて直立不動で父上と向かい合った。
父上の深刻そうな顔がおれの目の前にある。背丈が並んでもう三年が経つ。
「何でしょうか、父上」
父上は官服を着ていた。後ろには二頭の馬をつれている。父上は包みをおれの胸に突きつけ、低い声で言った。
「これに着替えろ。すぐに朝廷に行く」
「はいッ、今すぐに!」
おれは楊紅の住まいに飛び込み、全速力で官服を身に着けた。
「いよいよね」
腕組みをして壁に寄りかかり、楊紅がつぶやく。
脱いだ服を包み、彼女におれは告げた。
「また来る」
楊紅はひらひらとおれに右手を振った。
「いってらっしゃい」
父上とおれは朝廷へ馬を走らせた。
父上は何も言わなかったけど、おれは察した。
崩御の時が、近いのだ。
帝の寝室の前に文武の官吏が詰めかけている。
おれたちより先に飛将のおじ上と曹青が着いていた。曹青がにやにやしながらおれをこづく。
「楊紅と楽しんできたのだろ」
「おまえだって張文遠将軍のお孫さんとねんごろじゃないか」
張遼あざな文遠。武祖の勇将だ。そのご子息張虎どのの娘さんと曹青との縁組みが進んでいる。娘さんは張潤といって曹青より二つ年下、笑うとかわいくて、ほんわかした子だ。二人はお互いのご両親も了解のもと、足しげく通いあっている。
曹青は小声でおれに言った。
「びっくりしたぜ。二人で会っていたら父上がいきなりやって来た」
「おれもそう。まさか、取り込み中に?」
「いや。いざ事に及ぼうとした時さ。焦ったよ。張潤はそんな時でものんびり構えていてさ。あらまあ、飛将さま、何のご用かしらんなんてつぶやいてるし。そしておれは父上に官服を押しつけられ、ここへ来たというわけ」
「おれもだよ」
宦官が甲高い声を張り上げる。
「曹暁雲将軍、曹飛将将軍、ご子息がた、お入りくださいませ」
おれたちは官吏たちをかきわけて寝室に入った。
そこには曹爽と仲達どの、郭皇后、そして二人の皇太子がいた。
帝の顔色はどす黒く頬骨はとがり、老人のように見える。
郭皇后が帝の耳に口を寄せた。
「陛下。お見えになりましたよ」
おれたちはひざまずく。帝はゆっくりと顔を向けた。
「暁雲、飛将……。その方らの父曹子廉は、まことに……曹魏の勇将であった……」
父上と飛将のおじ上が声を揃え、床に額を打ちつける。
「もったいなきお言葉、恐懼つかまつりまする」
「昭伯、仲達、暁雲、飛将――曹竜、曹青」
おれと曹青はあわてた。同時に言ってひれ伏す。
「はいッ、陛下、ここにおりまする」
陛下は消え入りそうな声で仰せになった。
「見よ……我が子、芳を……これこのように、かくも幼い……。守り立ててやってくれ……これ芳、芳よ、参れ、父の方へ……」
「はい、父上」
皇太子曹芳は八つか九つといった年頃だ。おれは諸葛瞻を思い出した。もっとも五丈原から五年が経っている。あいつは数えで十三になっているはずだ。
帝は曹芳の小さな肩を震える手でつかむと、仲達どのに向き合わせた。
「これからは……仲達を父と思え……さあ、仲達の頭を抱け……」
「はい」
曹芳は何のためらいもなく、ひざまずいた仲達どのの首に短い両腕を巻きつける。仲達どのは頭を下げた。冠が曹芳の小さな胸に当たる。
「この仲達、老骨に鞭打ちまして、お仕えいたしまする」
そのさまを見た曹爽が帝をにらみつけた。おい、なぜ、貴様は皇太子をおれのもとへよこさぬのだ――やつの顔にはそう書いてある。
帝は曹芳を見たまま、か細い声でつぶやいた。
「ああ……案じられる……案じられてならぬ……」
そしてそのまま動かなくなった。
景初三年(二三九)春正月、帝は崩御した。おくりなは明帝という。数えで三十六歳だった。しかし明帝のお母上が文帝――明帝のお父上曹丕の夫人になった年から数えると、ほんとうは三十四歳だったらしい。曹芳だけでなく明帝も、誰の子なのか、誰にもわからない。
帝が崩御してから、とたんにおれと曹青の毎日はあわただしくなった。
喪を発して、新しい帝が即位した。でもまだ数えで八つなので、表向きの母上である郭皇太后がうしろだてとなる。「皇太后」と言ったのは、先帝の皇后であるからだ。
郭皇太后は先帝に気に入られていたものの、皇后に立てられたのが崩御のつい数日前なのだ。彼女は自信がなさそうな顔つきで仲達どのに申し出た。
「わらわは何からいたせばよいかわからぬ。どうか賢い女官をそばにつけてたもれ。なれどまだ後宮の様子すらつかめておらぬゆえ、どの者を選べばよいかすらわからぬ。よそからでもよいのじゃが、適したおなごはおらぬか」
そこで仲達どのがおれと曹青に相談を持ちかけた。
「おまえたちのきょうだいか、いとこに、賢くて度胸があって、ものをわきまえたおなごはいるか」
曹青が言った。
「それなら従妹の荀節が適任と存じます」
仲達どのが細い切れ長の目をぱっと開く。
「荀家と言えば、飛将将軍のお妹ぎみが文若どののご子息に嫁がれたのだったな。そのお嬢様ということか。それならば適任だ」
曹青はほほえみ、荀節について語った。
「頭もいいし、誰かを不愉快にさせる言葉を口にするところを見たことがありません。書物も私に負けないくらいの量を読んでおります。馬の扱いも上手ですよ」
待てよ。そういえば。おれは口をはさんだ。
「青、確か節は、このあいだ婚約したばかりじゃなかったか?」
曹青は涼しい顔で言った。
「夫がいても女官は務まるぜ」
仲達どのが短いあごひげをつまむ。
「しかしお嬢様が何とおっしゃるかな。荀家や嫁ぎ先のご意向もある。曹青、曹竜、どうか聞いてみてはくれぬか」
「うけたまわりました」
おれたちは同時に答え、拱手した。
荀節にはすぐに会うことができた。彼女はいつもの通り、黒目がちの切れ長の目を生き生きと輝かせ、すっと通った鼻を上に向け、色白の額にかかる豊かな黒髪を指で横に流す。今年数えで十六になる。
けれども彼女の隣に座るお祖母様、亡き荀文若どのの奥方である唐夫人は、泣きつかれたしわしわの顔で声を詰まらせながらおれたちに嘆いた。
「この子は、嫁入り先を失いました。婚礼の段取りを決めるその場で、嫁ぎませぬと言いはなったのです」
おれたちは、あごがはずれるほど口を開けてしまった。険しい顔で押し黙る荀節におれは聞いた。
「何かあったのか、節?」
荀節の口から鋭い言葉が飛び出した。
「お相手は確かに名門のご子息でした。けれどもわたくしに、書物を読むのをやめよと申し入れて参ったのです。そればかりではありません。化粧をせよ、子は少なくとも三人は産んでくれなどと要求して参ったのですよ。わたくし怒り心頭に発してはらわたがねじ切れそうになるのを抑えられませんでした。ですからはっきりと申し上げたのです」
唐夫人は涙を流して荀節の頬を打った。
「何をなさいますか、お祖母さま?」
「あちらさまがおまえにお求めになられたことどもはみな、おなごとして当たり前のことばかりではありませんか。おまえこそ性根を改めなさい。おまえのお父上やお母上がご覧になればお嘆きになりますよ」
荀節は美しい瞳をめらめらと燃やして唐夫人をにらみつける。
「父上と母上ならばきっと笑ってお許しになります! お二人ともわたくしに、節は節らしく生きてゆきなさいといつもおっしゃいました! 特に母上はお体が弱くていらっしゃったので、子供を授からないかもしれないとずっと、ずっと言われながらお育ちになったのですよ? そしてわたくしを命がけで産んでくださったのですよ? その母上がわたくしに、子を産むばかりがおなごの生きる道ではない、産むかどうかは節がお決めなさいとおっしゃったのですよ! お祖母さまだとておそばでお聞きになっておられたではありませんか!」
「生意気なことを言うのではない! おまえは荀家にも曹家にも泥を塗ったのです!さあ、今すぐわたくしと一緒に謝りにゆくのです」
荀節は涙をほとばしらせた。
「いやです! 絶対にいや!」
叫んで部屋から走り出てしまった。
「これ、節! どこへゆくのです?」
立ち上がった唐夫人をおれが抱き止める。
「落ち着いてください。それがしが追いかけますから」
曹青が唐夫人に冷ややかに言う。
「これであいつが身投げでもしたらご夫人はいかがなさるおつもりなのです? 荀家と曹家に泥を塗るどころではすみませんよ」
唐夫人が赤ん坊みたいに泣き叫ぶ。取り乱す唐夫人を曹青に任せ、おれは荀節を追うべく足を早めた。
まだお天道様は沈んでいない。許昌の大通りですれ違う人たちの影が長くなっている。
荀節はそれほど足が早くないのですぐに追いついた。
腕を取ると荀節はおれをにらみつけ、振り払う。
「放っておいて竜兄さま!」
おれは荀節の両肩を両手でつかみ、おれの方に向き直らせた。
道行く人がおれたちを二度見する。
おれは荀節を路地裏に導いた。
「おまえ、皇太后にお仕えする気はあるか?」
荀節が眉を上げる。
「先だって、新たな帝のうしろだてとなられた郭皇太后に?」
「そうさ。皇太后が、賢い女官をすぐに欲しいと仰せだ。青が推薦したのがおまえなんだよ」
荀節は雷に打たれたように動かない。
おれはさらに言った。
「司馬仲達どの、知ってるだろ? 仲達どのもおまえならば適任だとおっしゃったのさ。それでおれと青は、おまえの意向を聞くように仰せつかったんだよ」
荀節の美しい瞳に満ちたのは、嬉し涙だった。笑顔になり、何度もうなずく。
「喜んでお引き受けいたします」
ああ、よかった。
「じゃあ、お祖母様に伝えないとな」
「はい。お祖母さまに先の暴言をお詫びして、お許しを得ます。竜兄さま、先ほどは乱暴な振る舞いをいたしまして、申し訳ございませんでした」
「いいんだよ、さ、一緒に帰ろうぜ」
「はい!」
帰ると、唐夫人も落ち着きを取り戻していた。荀節と互いに詫び合う。荀節から郭
皇太后づきの女官に推薦された件を話すと、唐夫人は快く承諾した。
「それでは先方へその旨、わたくしから申し伝えます。このようなありがたいお話であれば、誰の名誉も傷つきませんからね」
「ありがとうございます、お祖母さま」
こうしておれたちの従妹荀節は、郭皇太后づきの女官となった。
朝廷で荀節は文書担当の役人に言う。
「ご覧ください。筆先が割れております。他にも十七本見つけました。替えの筆はどこにありますでしょうか」
後宮で宦官に頼む。
「このところ夜がまだ冷えますでしょう? 皇太后も女官がたも、寒くて眠れないとおっしゃっております。掛けものを増やしていただくか、暖をとれる工夫をしてくださいませんか」
他の女官が探し物をしていると手助けする。
「お探しの衣装でしたら、奥にありましてよ。わたくし、一緒に参ります」
剪定する庭師さんたちにもあの美しい笑顔で声をかける。
「何と見事なお仕事なのでしょう。皆で見とれておりますよ」
郭皇太后は感心しきりだ。
「荀節、そなたはまことに頼りになる」
そんな時、荀節は顔色ひとつ変えずに答えるのだ。
「わたくしは当たり前の務めをいたしているだけでございます、殿下」
そしておれと曹青はなんと、近衛兵つまり虎豹騎に採用された。荀節の働きぶりに感じ入り、彼女のいとこたちならば幼い帝の身辺を警護するにふさわしかろうと確信した郭皇太后の推挙だ。
出仕にあたり、おれは普段使わない頭をこき使ってあざなを考えた。曹青はかねてから考えてあったようで、すぐに決めた。
だいぶ自信をつけた様子の郭皇太后と、体には大きすぎる玉座にちょこなんと座っ
た帝の御前に、おれと曹青はこの日のために父上と飛将のおじ上があつらえてくれた新しい甲冑に身を固めてひざまずいた。
「曹竜あざな思翼でございます」
「曹青あざな子宇と申します」
おれたちは声を合わせる。
「曹魏のためにこの命をかけて仕えまする」
郭皇太后が帝の耳元でささやく。するとこの数えで八つの男の子は、おれたちをまじまじと見ながら突然大声で言った。
「よろしく頼む」
「はッ!」
頭を下げたままちらりと見上げると、帝は短い足をぶらぶらと揺らしていた。
明日洛陽へ出立するという日の暮れがた、楊紅が訪れた。
「どうかしたのか。顔色がよくないぜ」
「あなたのご両親にお会いできて?」
「いつもそんなに声、小さかったか? 改まって何だよ」
「折り入ってお話があります。あなたも同席してもらえる?」
「おれが断るわけないだろ」
こうしておれ、楊紅、父上と母上は向かい合って座った。
母上は小柄できゃしゃな体を楊紅に寄せた。
「楊紅、言ってみろ、遠慮はいらないぞ」
母上は小さい頃から自分を「女」と思えなかったそうだ。だから言うこともすることも男みたいで、とても腕が立つ間者だったそうだ。父上と飛将のおじ上がいくさに駆り出されていた頃は、母上がおれや曹青たちの父親代わりをしてくれていた。
楊紅は下を向き、細い指をきつく握り合わせる。
「思翼さまが明日にもご出立なさるというのに、こんなことを打ち明けるのはほんとうに申し訳ないのですけれど……」
力強い目をキッと上げ、言った。
「あたし――思翼さまのお子をみごもりました」
「ええッ?」
おれ、父上、母上は揃って叫んでしまった。
父上の声が震える。
「ほ――ほんとなのか、楊紅」
楊紅は強く言い切った。
「はい。このところ体の具合がすぐれず、おかみさんにもお許しを得てお客もとらずに寝込んでおりました。月のものも、このひと月の間、来ていません。間違いなく思翼さまとあたしの子です」
母上がおれに怒鳴る。
「竜ッ、おまえ、そんなだいじなことを、なぜ、私たちに黙っていたのだッ!」
おれも母上に怒鳴り返す。
「おれだって今、初めて聞きました!」
父上は楊紅同様、怖いくらいに落ち着いている。おれを見据え、有無を言わさぬ口調で言った。
「竜。おまえ、わかっているよな?」
ああ、わかっていますとも。
おれの、楊紅と父上、母上に対する答えはもう、決まっている。
だからおれは居ずまいを正し、三人に宣言した。
「おれは楊紅を嫁にします」
いつも心の内を顔に出さない楊紅が、ぽかんと口を開ける。
父上と母上が笑顔になった。
おれは気配を感じて部屋の入り口に目をやった。
――ああ、やっぱり。
扉が薄く開いている。そこからのぞいているのは、弟の曹起、飛将のおじ上、王玲どの、曹青、曹青の妻張潤、曹青の弟曹基だ。間違いなく一部始終、筒抜けになっている。
おれはだらんと力の抜けた楊紅の両肩に手を置いた。そして、相変わらずぽかんと開いたままの目をじっと見て、彼女に言った。
「祝言をあげよう」
「……あたしと、めおとになるってこと?」
「そうだ。明日帝と都に向かうけど、夜明けまでまだ間があるから」
「……産んでも、いいの?」
「いいに決まってる」
「男の子の方がいいのでしょ? あなたのおうち、お武家だから」
「おれはどっちだってかまわない」
楊紅が、きれいな顔をくしゃくしゃにして、涙を流した。
「どこで産んだらいいの……?」
母上が楊紅の肩を抱く。
「うちで産め。私たちが手伝う」
飛将のおじ上の夫人王玲どのも優しく笑って、楊紅の前にひざをつく。
「竜にこんなにしっかりしたお嫁さんが来てくれるなんて、わたくしも嬉しい! もうあなたは、わたくしたちの娘ですよ」
楊紅は王玲どのにうなずくと、母上にもたれてまぶたを閉じる。そして――ほほえんだ。
張潤もにこにこしながら楊紅の手を握る。楊紅も握り返す。張潤のおなかには曹青の子がいる。
曹青がおれに片目をつぶった。
「きっとおれたちが帰る頃には、子供が二人増えてるな」
飛将のおじ上が曹起と曹基に笑う。
「次は君たちの番だね」
曹起と曹基は二人とも、照れ笑いを浮かべた。
こうしておれと曹青は、かつて父上と飛将のおじ上がそうしたように、めおとになったばかりの女性を置いて、許昌をあとにした。
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