第5話 鍵

 王都の外壁が見えてきた頃、俺たちはその異様な光景に立ち尽くしていた。


「おいおい……なんだよ、あれ。」


 王都の周りには巨大な壁がそびえ立っていたが、その壁には無数のゾンビが取り付いていた。完全ゾンビたちはまるで壁の向こうに何かを求めているかのように、壁を必死で登ろうとしている。


「中はどうなってんだ……?」


 ミナが呟く。彼女の顔にも緊張が走っている。


「少なくとも、中にまだ人間がいる可能性は高いな。そうでなければ、あいつらがこれほど執着する理由がない。」


 ザイドが冷静に状況を分析する。


「でも、この状況でどうやって中に入るんだよ? 正面突破なんて絶対無理だぞ。」


「抜け道があるかもしれない。俺が前に調査した時、外壁の裏手に地下水路があったはずだ。」


 ザイドの提案に従い、俺たちは城壁の裏手へと回り込んだ。そこには、苔むした古い鉄の格子が取り付けられた地下水路の入り口があった。

 水路の中は湿っぽい空気が漂い、足元はぬかるんでいる。薄暗い中、俺たちは慎重に進んだ。


「ゾンビがいないといいけど……。」


 俺が不安そうに呟くと、ミナが軽く肩を叩いてきた。


「大丈夫。水路の中に完全ゾンビはあまり入らないはず。匂いが弱いからね。」


「それならいいけど……。」


 進むにつれて、微かに光が差し込む場所に出た。そこは水路の出口であり、王都の地下へと続く階段が見える。


「この先が地下図書館だ。」


 ザイドが階段を指差す。俺たちは足音を立てないように進み、ようやく地下図書館の入口にたどり着いた。


 図書館の中は意外なほど静かだった。古びた棚には膨大な本が並び、埃が舞い上がっている。


「これ、全部読んで探すとか無理だろ……。」


「いや、治療法について書かれた本は限られているはずだ。重要な文献は奥の部屋に保管されている可能性が高い。」


 ミナとザイドが手分けして本を探し始める。俺も適当に棚を漁っていると、奇妙な違和感を覚えた。


「……あれ?」


 図書館の奥にある扉が、微かに開いているのが見えた。


「おい、あそこ!」


 俺の声にミナとザイドが駆け寄る。扉の先はさらに深い部屋へと繋がっており、そこには誰かが最近までいたような痕跡が残されていた。


「誰かがここで何かを探していたようだな。」


「これ、エリクサーの手がかりじゃないか?」


 ミナが机の上に置かれた紙束を手に取る。そこには奇妙な文字と図が描かれており、治療法についての記述らしきものがあった。


「『純白のエリクサー』を作るには、特殊な魔法具が必要――と書いてあるけど……。」


 彼女が読み上げた瞬間、部屋の奥から低い音が響いた。


「……誰かいるのか?」


 ザイドが剣を抜き、警戒する。俺たちが奥を覗き込むと、そこには巨大なゾンビが静かに座り込んでいた。しかし、明らかに他のゾンビとは雰囲気が違う。


「……待て、あいつは……喋れるのか?」


 突然、ゾンビが口を開いた。


「……貴様ら、生きた人間か……?」



 ゾンビはゆっくりと立ち上がり、俺たちを見下ろした。その目には微かな知性が宿っているように見えた。


「俺は……かつて、この王都の魔法研究者だった者だ……。」


「研究者……? まさかゾンビ病の原因を作ったのは……!」


 ミナが鋭い声を上げる。ゾンビは苦しげにうなりながら続けた。


「……我々は人類を救うため、究極の治療法を開発しようとした……だが、その過程で……この惨劇が生まれたのだ……。」


「つまり、自業自得ってわけかよ!」


 ザイドが剣を構えるが、ゾンビは手を挙げて制した。


「……俺を殺す前に……聞いてくれ。純白のエリクサーは存在する。だが、それを使うには……鍵が必要だ……。」


「鍵?」


「……エリクサーの力を解放する魔法具だ。それは……王都の中央にある神殿に……。」



「つまり、俺たちがここで見つけた情報だけじゃ足りないってこと?」


 俺がそう聞くと、ゾンビはゆっくりとうなずいた。


「……神殿には、さらなる守護者がいる……。だが、それを乗り越えなければ……全てが終わる……。」


「守護者って何だよ! またゾンビか?」


「……いや、違う。もっと危険な存在だ……。」


 ゾンビは最後の力を振り絞るように、机の上に1枚の地図を広げた。そこには神殿の場所と進入ルートが記されていた。


「これを持っていけ……俺の過ちを……償うためにも……。」


 ゾンビはそう言い残し、完全に動かなくなった。

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