side⑫ - 6

二見は俺の胸ぐらを掴み、右拳を振り上げた。

殴られる! そう思って咄嗟に目を瞑る。俺はそのまま、自分の頬に来る痛みを待っていた。しかし、いくら身構えても彼の拳は来なかった。この状況で殴られないなんてはじめてだ。


おずおずと閉じていた目を開けると、二見の拳は俺の頬を掠める寸前でぴたりと止まっていた。

そのまま彼を見つめる。俺と視線が合って、二見の瞳が揺らいだ。二見は固めていた拳を緩めると、俺の襟を掴んだまま目線を逸らすように俯いた。「全部お前のせいや......」


「お前と......三好のせいなんや。 お前が、お前なんかがっ!!」


「オレなんかがっ......ぃなければ」その声は涙混じりにしぼみ、二見はそのまま口を噤んだ。ゆっくりと膝から崩れ落ちる二見を胸で受け止めながら、俺も床に膝をつく。そのまま二見は掴んでいた俺の胸ぐらに静かに頭を埋めて、小さく呼吸を繰り返していた。


「ごめんなさい......ごめんなさい......」


虚像に謝る二見はまるで幼子のようだった。

非力で、ちっぽけで、ただただ許しを乞うしかないその姿に身に覚えがあって、胸が苦しい。それでも、俺は彼をゆるさなければならないと思った。だって、あの頃の俺も、きっと許されたかったから。


俺は胸元にある彼の頭を優しく撫でた。

艶のあるふわりとした黒い髪の上を手のひらが滑っていく。ほのかに香る二見の匂いが鼻をくすぐった。思わず彼をそっと抱き寄せて、渦巻くつむじに口付けをする。


「いいよ。俺は大丈夫だよ」


赦されたい彼を許したい。許されたい俺を許したい。何度も後頭部を撫で、うなじをなぞり、彼が小さく嗚咽をもらせば、静かに髪にキスを落とした。自分でもどうしてそうしたかわからない。けれど、俺よりもひと回り背丈の大きなはずの彼が、その時はとても小さく見えたから。



俺がコーヒーを淹れているあいだに、二見は少し落ち着きを取り戻したようだった。泣いたせいで、目元と鼻の先が赤く色づいている。コーヒーを受け取ると、二見は小さな声で話し始めた。彼が、いつもどこか寂しそうなのは、和也が居なくなったからだと思っていた。けれど、それだけじゃなかったなんて、俺はこの時初めて知ったんだ。

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