side⑫ - 5

それから、俺たちふたり、

窮屈な生活が始まった。


「家賃半分払ってや」


行く宛てのない俺を、二見は部屋に住まわしてくれた。


日光の入らない、暗くて狭い洞窟。

和也と暮らしていた部屋とは大違いだ。

それでも、ひとりきりではないこの部屋は、あの頃よりいくらかましで、快適ではなかったが、心地よかった。


二見の部屋に、少しずつ物を移す。

あれも、これも、和也からもらったものばかりだった。服以外のものはほんとんどない二見の部屋に、物が増えていく。俺が何かを持ってくる度に、二見は面白くなさそうな顔をした。けれど、俺が「これしか持ってないんだ」と言うと、小さくため息をついて、部屋に置かせてくれた。


いちばん嫌な顔をしていたのは、衣類や小物を持ってきたときだった。

二見は俺の服のセンスが気に入らないようで、

和也がくれた服やアクセサリーを身につける俺を見ては、「豚に真珠やな」と悪態をついた。

俺の方が似合うと言わんばかりに、二見は無断で俺の指環をつけて出かけた。初めは「勝手に触るな!」と怒っていたが、それでも二見は必ず俺の元に返してくれたから、次第に怒るのもめんどうになってしまった。二見は本当に洒落た綺麗な男だから、俺がつける何倍も指環が輝いて見えた。仕返しのつもりで、俺も二見のピアスを何度か拝借した。二見は、そんな俺を見て、「変に派手な指環つけとるよりかは幾分かましやな」と笑った。それを皮切りに、俺たちは互いの服やモノを共有するようになった。


二見とは喧嘩が絶えなかった。


料理ができず、フライパンやレンジをダメにした。

二見の家の洗濯機の使い方がわからず、二見のお気に入りの服をボロボロにした。カップラーメンひとつ喉を通らず、二見にご飯を作らせた。

俺が悪いのはわかっていても、生活力の低い俺を、ゴミでも見るかのような目で見下ろす二見に、俺も腹が立ってしまう。


「あー。和也だったら....」


そんなことを言ってしまった時には、二見から報復が飛んでくる。


「そんなら出てけや! お前だって棄てられた癖に!」


俺たちは、和也のせいでできた傷跡を掻くように、お互いを傷つけあって、夜には舐めあって、そしてまた傷つけあった。




喧嘩は確かに多かった。けれど、本当に二見が俺に激怒したのは、あの一度だけだったように思う。


二見の部屋には、倒れたままの写真立てが置いてあった。その隣には、花瓶。日が入らない部屋なのに、花は欠かさず綺麗なものがさしてあった。俺にはその光景に見覚えがあって、なんとも恐ろしかった。ここは二見の部屋なのに、何故かあの頃に戻ったようで、動悸が治まらなかった。その恐ろしさを晴らそうと、ある日の朝、俺は二見の写真立てを手にした。


綺麗な女の人が映っていた。

若くて、凛とした顔立ち、その笑顔に毒はなく、女性にしては切れ長の目をしていた。

どことなく、二見に似ている。


俺は、ほっとして、その写真立てを元に戻そうとした。その時、部屋の扉が開き、二見が立っていた。


「このひと、あんたのお母さん?」


きっと、

俺が二見の方に写真を向けてしまったことも、

俺がこの写真を手にしていることも、

俺がここにいることすらも、

全部がトリガーだったんだ。


二見は、あまりにも恐ろしい形相で、俺に殴りかかってきた。

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