・4-7 第31話:「遭遇戦:3」

 ボルカン伯爵とリンセ伯爵が合同して編成された、五千のソラーナ王国の先鋒軍。

 それと次に接触した火の民の一千ほどの集団も、苦も無く粉砕されてしまった。


 彼らとは、村から村へと移動する途上で戦いになった。

 おそらくは異変に気づき、急遽きゅうきょ、襲われた味方を救援するために駆けつける最中であったのだろう。

 火の民は最初に撃滅された集団とは異なり、しっかりと武装をし、隊列を組んで進軍して来る最中であった。


 だが、戦いになった場所が、彼らにとって不運であった。

 足場がしっかりとしている羊などための放牧地で、何の遮蔽物もない開けた土地だったのだ。


 敵を求めて驀進ばくしんするボルカン伯爵の軍勢を発見した一千ほどの火の民は、行軍縦隊から慌てて左右に広がって横隊を作り、手に造りの荒い長槍をかまえて防御態勢を形作った。

 そこへ、同様に隊列を整えたソラーナ王国軍の歩兵隊が襲いかかり、正面からの白兵戦となった。


 この戦いだけを見れば、———火の民の方が優勢であった。

 なぜなら、彼らが装備している槍は異様に長く、こちらの歩兵はアウトレンジから攻撃されてしまっていたからだ。


 特に、長槍を振りあげ、振り下ろすという、単純な打撃が強力だった。

 長さによってより強い遠心力が加わった一撃は防ぐのが難しく、兜に命中したとしても衝撃がそのまま頭部に伝わり、王国の兵士たちは重傷を負ったり、意識を失ったりしてしまったのだ。


 だが、その局所的な優勢も、一瞬のことであった。


「それっ! 敵の背後に回り込めッ!

 ———突撃チャージッ!!! 」


 ボルカン伯爵を筆頭とし、騎乗した勇壮な騎士たちがしっかりとした地面を踏みしめながら火の民の隊列の後方へと進出し、騎槍ランスの穂先を並べて突入したことで、一気に戦況は決した。


 騎兵の突撃の最大の威力は、その質量と速度にこそある。

 人馬の質量と馬の走る速度を受け止められる者などまずおらず、それに直面した者は、槍にくし刺しにされることを免れたとしても木の葉のように軽々と弾き飛ばされ、あるいは馬蹄ばていに踏みにじられてしまう。


 生き残った火の民は、殲滅せんめつされる前に逃走に移った。

 前後から挟み撃ちにされてしまった状況ではまともに戦ってもどうしようもないからだ。

 前の敵と戦いつつ、背中の敵とも戦える者がいるとしたら、それはよほどの達人か、人外の存在であろう。


 とはいえ、その多くは逃げ切ることは難しかった。

 人間がいくら頑張ろうとも、馬よりも速く走ることはできないためだ。


 生き延びることができたのは、突然起きた戦闘に驚き、逃げ惑う羊の群れに混じって逃げることができた一部だけであった。


 このまま、次の集団も撃滅してしまえ———。

 そんな[イケイケ]な雰囲気だったが、しかし、ソラーナ王国の先鋒軍が遭遇したみっつめの火の民の集団は、それ以前と同様にはいかなかった。


 衝突したタイミングが悪い。

 ボルカン伯爵の軍勢が逃げた火の民を追って隊列を乱し、バラバラになって戦い、統制を失っている所に敵があらわれてしまったのだ。


(これは、危ないっ! )


 戦闘態勢を整えた火の民の軍勢が出現し、散り散りに戦っている味方に襲いかかろうとしている様子を目撃したエリアスは、咄嗟とっさに部下たちに命じていた。


「我々が前に出る!

 ベルトラン伯爵が陣形を整える間に、敵を食い止め、撃破するっ! 」


 この時、リンセ伯爵の手勢はまだまともに戦闘に加入していなかったため、部隊の統制を失ってはいなかった。


 隊列を崩してバラバラに敵を追いかけている状態のボルカン伯爵の軍が襲われれば、兵力が分裂しているために少なくない被害を受けてしまうに違いない。

 だが、陣形を整えることができるこちらが敵に当たれば、損害は少なく、優勢にも戦えるはずだ。


 エリアスの指示を伝えるため、身辺を守っていた騎士の一人が角笛を高らかに吹き鳴らした。

 戦闘開始の合図。

 それを耳にしたリンセ伯爵の手勢二千は、先行していたボルカン伯爵の部隊に追いつくための行軍縦隊から横に広がって展開し、それぞれの中隊で戦闘態勢を整え、前進していく。


 リンセ伯爵軍は、セオリー通りの戦いを実施した。

 まず、各中隊の前面に弓隊が出て、接近して来る火の民に射撃を浴びせ、数を減らす。

 それを受けると、敵は矢に射抜かれるままではたまらないと、急いで前に進み出て来た。

 すると、即座に弓隊は左右に分かれて引き下がり、代わりに前面に立った盾持ち槍兵の戦列が白兵戦に突入する。


 密集隊形を形作り、長槍を突き出し、振り下ろして戦うのが火の民の戦法であるらしかった。

 実際その戦い方はボルカン伯爵軍に対しては有効であったのだが、リンセ伯爵軍に対しては、さほど効果がない様子だ。


(リアーヌのおかげ、かな? )


 エリアスは即座に、ジルベール式兜がある恩恵であると気がついていた。

 従来のものよりも衝撃に強い構造だから、振り下ろされる槍に対しても防御力を発揮してくれているのだ。


 だが、有効に戦えているとはいえ、決め手に欠いた。

 こちらの槍のリーチが相手よりも短いために、なかなか有効打を与えることができずにいるのだ。


 ソラーナ王国を始め、シアリーズ大陸における歩兵というのは、数の上では多数であっても、決して主力ではなかった。

 もっとも重要な戦力と見なされているのは、騎士などを筆頭とする騎兵。

 歩兵はあくまでその補助戦力でありその役割は戦列を組んで戦線を形成し、敵を拘束すること。

 つまりは、騎兵が戦いやすい形勢を作り出すことであった。


「前へ! 」


 歩兵同士の戦いが膠着こうちゃく状態に陥ったことを確認すると、エリアスは鋭い声でそう命じ、騎槍ランスを手にヴェンダヴァルを駆けさせていた。


 それに、つき従っていた騎士たちが馬蹄ばていの音をとどろかせながら続く。

 同じ中隊を構成していた二十騎余りはエリアスを先頭に戦闘の間隙を突いて進むと、火の民の後背に位置していた。


(大丈夫……。

 ベルトラン殿がやっていたように! )


「横一列ッ! 」


 号令を受けると、騎士たちはサッと横に広がり、一列の突撃隊形を作った。

 人も馬も、よく動いている。

 日頃の訓練の成果が出ているようだ。


突撃チャージッ! 」


 エリアスが叫び、騎槍ランスをかまえて真っ先に突進を開始すると、他の騎士たちも一斉に敵の隊列をめがけて走り出した。


 背後から迫る彼らの存在に気づいたのだろう。

 正面の盾持ち槍兵に気を取られていた火の民の戦士たちがちらほらと振り返り、そして、驚愕きょうがくと恐怖に双眸そうぼうを見開く。


 その瞬間には、機動力を生かして後方に進出した騎士たちが殺到していた。

 突き出された騎槍ランスは易々と火の民の肉体を貫通し、場合によっては二・三人も同時にくし刺しにする。

 さらに、主に命じられるまま忠実に駆けた馬の胸が敵兵に接触し、馬鎧越しにその重量と勢いとを伝達した。


 文字通り、火の民の隊列は[押し潰され]た。

 槍に貫かれただけではなく突撃の衝撃力をもろに受けた彼らは体勢を保つことなどできるはずがなく、その場に倒れ、折り重なっていく。


「……切り伏せよッ! 」


 エリアスは(もう十分ではないか……? )という躊躇ちゅうちょを振り払い、自身も抜剣しながらそう叫んでいた。

 接近したので長さのある騎槍ランスは使いにくかったし、そもそも、倒れた敵に深々と突き刺さっていて、簡単には引き抜けない状態となっているからだ。


 騎士たちは冷徹にその刃を振るった。

 多くの火の民は逃げるいとまもなく切り捨てられ、馬蹄ばていに踏みにじられ、あるいは正面から押し出して来た歩兵の槍に貫かれ、倒れて行く。


 辛うじて生き残り、不利を悟って逃げ出した者も、多くは助からなかった。

 歩兵隊の左右に位置を取り直していた弓兵たちからの射撃によって、次々と射抜かれてしまったのだ。


 敵は、壊滅した。

 そのことを確認した兵士たちの間から自然と歓声が上がる。

 そしてそれは大波のうねりのように広がり、地に満ちた。

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