・4-6 第30話:「遭遇戦:2」

 戦争とは、むごいものだ。

 当たり前だ。

 互いに傷つけ合い、命を奪い合うのだから。


 そこにどんな大義が、正義があろうとも。

 血が流され、生命が失われるという事実は、変わらない。


 エリアスの目の前に、一人の火の民が倒れ伏していた。

 まだ若い少年。

 自分と、そう変わらない年頃に見える。


 村から逃げ出そうとして果たせず、矢を受けてしまったのだろう。

 その背中には王国の弓兵が放った矢が深々と突き刺さり、それが、彼に致命傷を与え、一瞬でその魂魄こんぱく雲散霧消うんさんむしょうさせたのに違いなかった。


 ———シアリーズ大陸の人々は、火の民を[同じ人間]とは見なしていなかった。

 外見や習俗、言語の異なる民族ならば、他にも数多く交じり合って暮らしているというのに。

 [火の魔法]を使うおぞましい民族という一千年以上昔に確立された悪評のために、別の、決して相容れることはできない存在として見なしている。


 エリアスには、そうは思えなかった。

 確かに、率直に言って特異な見た目をしている

 燃えたぎる炎のように赤い髪に、輝く月のように金色の瞳。

 昔語りに言い伝えられてきた通りの、異質な姿をしている。


 だが、倒れ伏したその少年の形は、手足があり、身体があり、二足歩行をし、頭があって、喜怒哀楽を表現する表情がある。


 自分と同じ、人間にしか見えなかった。


(これが、戦争……)


 勝利の高揚感ではない震えが、エリアスの全身を走る。

 周囲の兵士たちが大戦果を祝い、口々に歓声をあげる中、それとは違う、背筋が凍りつくような戦慄せんりつを感じ、自然と身体に力が入って騎槍ランスを握りしめていた。


 そうやって踏ん張っていないと、ヴェンダヴァルの背中からずり落ちてしまいそうな気がしたのだ。


「エリアス殿!

 安穏としていられる時間は、ありませんぞ! 」


 それを、初陣を終えて気が抜けてしまったのだと解釈したのだろう。

 逃走した火の民の追撃を切り上げ、戻って来たベルトラン伯爵が、鮮血のしたたる戦斧バトルアックスを肩に担ぎながら声をかけて来る。

 きっと、何人かを仕留めたのに違いない。


「敵の多くは討ち取りましたが、いくらかは逃げおおせたことでしょう!

 すなわち、敵は我々の存在に気づき、対応して来るということです! 」

「それでは、これで引き上げる、ということでしょうか? 」

「いいえ、まだ早いですぞ! 」


 敵が反撃するために迫って来るというのなら、その前に撤退すれば、ほとんどゼロに近い損耗で戦果をあげた、という結果を持ち帰ることができる。

 それで十分ではないか、と思いつつたずねたのだが、ベルトランは獰猛どうもうな笑みを浮かべてそれを否定した。


「エリアス殿はお気づきかもしれぬが、我々は目下、左右に広がっていた火の民のちょうど、中央にいるのです」

「……もしや、このまま、右か左、どちらかにいる敵にも攻撃を加えると? 」

「その通り!

 戦で勝つには、叩ける時に徹底的に叩くのが鉄則!

 できるだけ多くの敵兵を削り取っておくのに越したことはございませんぞ! 」


 ベルトランはまだまだ、やる気であるらしかった。


(もう、十分なのでは……? )


 エリアスは咄嗟とっさに口から出かかったその言葉を飲み込む。


 戦に、勝つ。

 そのことを目的として見すえた場合に、ここで引き上げる選択肢と、このままさらに戦果を拡大するのとでは、絶対的に後者の方が正しい選択であるはずだからだ。


 横に薄く広がった敵の中央を撃破した、ということは、このまま右か左に旋回してその先にいる火の民を襲えば、引き続き、各個撃破をすることができるということだった。

 敵もこちらも、移動するのには時間がかかる。

 分散している相手は異変に気づいて兵力を集中するのにはまだまだ手間取るはずで、これに対し、すでに全戦力を一か所に投入出来ているソラーナ王国軍は、その全力で当たることができる。


 長い棒を端の方からちょん切っていくようなイメージだ。


 今、完膚かんぷなきまでに撃滅した、一千の集団と同じように。

 こちらは五千の兵力で、その五分の一の火の民を、順々に粉砕していく。


「承知いたしました。

 ……それで、ベルトラン殿は右か左、どちらに向かうのがよろしいとお考えなのでしょうか? 」


 頭で理屈を理解し、感情を押し殺したエリアスは、努めて冷静な口調でそうたずねる。

 するとベルトランは戦斧バトルアックスを彼の左の方へ、すなわち、西の方角へと向けた。


「左へ参る!

 こちらの方が地形は平らかであるだけでなく、森が少ない!

 すなわち、我が方の最大の優位である、騎兵の機動力と打撃力を最大限に発揮することができる! 」


 シアリーズ大陸の軍隊は、馬に乗った騎兵、すなわち[騎士]を重要な戦力として、軍事力の中核にすえていた。

 その機動力で素早く進退し、質量に速度を乗せた衝撃力で歩兵の隊列を粉砕する。

 この騎士の威力を諸侯は高く評価しており、頼みにしていた。


 これに対し、火の民は馬を持たず、従って騎兵も保有していなかった。

 これは、かれらが暮らすティエラ・アルディエンテ大陸では火山活動が活発で土地が荒れており、馬などの大型の家畜を十分に育てることができないためだ。


 相手に騎兵がおらず、こちらにはいる。

 それも、戦うことを生業とした専門家プロフェッショナルたちが。


 その絶対的な優位を生かすためには、馬が自由に走り回れる平らな地形が望ましく、また、歩兵が身を隠すことのできる森などが少ない方が良かった。


(伯爵のお考えは、理にかなっている)


「ベルトラン殿のお考えに従いましょう。

 我が手勢の全力を持って、加勢させていただく! 」

「うむ!

 頼もしく思うぞ! 」


 エリアスの言葉にベルトランは力強い笑みで答えると、周囲にいた騎士に伝令を命じ、これからさらに敵を求めて前進するという命令を全部隊に通達させる。


 こうして、ソラーナ王国軍の先鋒五千は、さらなる敵を求め、西へ進軍を開始した。

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