・4-4 第28話:「理由」
王城、ハルディン・デル・トレイ城に到着して早々に命じられた、出撃命令。
———案の定、リンセ伯爵家の兵士たちの戦意は上がらなかった。
彼らは何日も歩き続けてここまでやって来た。
その間、数千人が一度に宿泊できる場所など乏しかったから、なにもない場所で野営することがほとんどだったのだ。
ようやく、屋根のある場所でゆっくりできる。
重たい鎧を脱いで、暖かい食事、そしてワインやビールを楽しみながら、リラックスすることもできるかもしれない。
そう思い楽しみにしていた彼らにとって、フェルナンド三世からの出撃要請は寝耳に水であり、残念なことだった。
それでも、出発しないわけにはいかない。
これは国王からの正式な命令であり、それに従わない、という選択肢はなかった。
「我々は、陛下より先陣の名誉を
リンセ伯爵家と共に戦う、精鋭たちよ!
存分に手柄を立て、栄誉を、
あまりにも兵士たちの表情が暗いので、エリアスがヴェンダヴァルの上から勇ましくそうかけ声をかけてみたものの、やはり反応は鈍い。
貧乏くじを引かされた。
そんな思いが強いようだ。
「なぁに、敵を目前とすれば、兵たちもシャッきりとするはずですぞ! 」
しかし、王の制止を振り切るような形で出陣して来たベルトラン伯爵は、士気のあがらない兵たちの様子を少しも心配していなかった。
「実戦ともなれば、生きるか、死ぬか。
四の五の言ってなどおられますまい」
「はぁ、そういうものなのでしょうか? 」
「そういうものですぞ、エリアス殿!
あまり気落ちなさらず、堂々としていなされ!
兵はきちんとついて参ります! 」
熱弁される言葉に、エリアスは思わず苦笑を浮かべていた。
(気落ちしているように見えるのは、ベルトラン殿のせいなのですが……)
もちろん、そんな内心は口には出さない。
国王が止めようとしても聞かなかったのだ。
今さら、二十代にも至らず、初陣も経験していない若造が「やっぱり引き返しましょう」などと言ったところで、受け入れられるはずがない。
二人は今、王城から南下し、火の民の先鋒と接触して交戦するために行軍を続けていた。
先を進むのはボルカン伯爵家の手勢およそ三千で、そこから二ベスミッレ(おおよそ二キロメートル)離れて、リンセ伯爵家の二千余が続く。
ベルトランの位置から、エリアスの手勢は離れている。
それなのに二人の伯爵が共に馬首を並べて進んでいるのは、リンセ伯爵が後から追いついて来たからだ。
これから敵と戦うのだから、せめて、連携は取りたい。
そういう思いで、直接やりとりをするために急いで来た。
「ふむ。
疑問に思っておられるようですな? 」
いきなり出陣などして、ちゃんと、作戦はあるのか。
ベルトランの考えを問いただすべく、角の立たない言い方はどんなものだろうかと熟慮していると、先にその様子に気がついた相手の方から声をかけて来た。
「心配なされるのは、ごもっともだ。
それがしの行いは、いかにも猪突猛進、考えなしに見えたことでござろう」
「……やはり、なにかお考えがおありなのですね? 」
「無論! 」
内心では(えっ、そうだったの? )と意外に思いつつも話を合わせてたずねると、ベルトランは銀色に光る胸甲をガントレット着用の腕で力強く叩き、請け負った。
「それがしとて、兵はできるだけ集中してぶつけるべき、などという用兵の初歩の初歩は存じておるところ。
しかしながら、それも時と場合によりけりでございまするぞ」
「つまりは、今がその、時と場合である、と? 」
「左様!
……今回、フェルナンド三世陛下も危惧しておいでのことであったが、どうにも、火の民の動きがこれまでと違う様子。
敵襲に備えていたはずのピエド・クラヴィ城が六日で陥落した、ということもあるが、奴らは、この二十年も大人しくしていたのに、急に大噴火を起こしおった。
そのことに誰もが違和感を覚え、危惧しておるところ。
そしてそのために、兵も、将も、
これでは、敵に主導権を握られ、我が方は後手に回ってしまう。
受け身の戦いを強いられては、勝ちは遠のいてしまうもの。
それに……」
「それに? 」
「直接戦ってみて、我らが感じている違和感の正体を暴いてやりたいのです。
火の民は本当に、過去の、我らが知っているものと違うのか。
それとも、単なる思い過ごしであったのか。
直接剣を交えれば、容易に明かになりましょう。
そのために、エリアス殿。
ぜひ、ご協力いただきたい」
どうやらベルトランは、ただ、短気を起こしたわけではないらしかった。
今回の火の民の[大噴火]に対して、ソラーナ王国の人々には少し、浮き足立っているようなところがある。
平和な時代が続いていたのに、急にこんなことになって、動揺しているのだ。
それを、どうにかしたい。
まずは一戦して、火の民に対して十分戦えるのだと示し、誰もが胸の内に抱えている不安や恐れを
それになにより。
自分たちが感じている、違和感の正体がなんなのか。
本当に火の民は過去のものと異なっているのか。
それとも、変わったと思ったのは自分たちの勘違いに過ぎないのか。
すべて、明らかにしたい。
それが分かれば人々の動揺も収めることができるし、王国の人々は目の前の敵を排除するということに集中し、団結して戦うことができる。
ベルトランは、そういう、前向きな雰囲気を作ろうと目論んでいる。
そのためには、———実際に戦ってみることだ。
伝聞ではなく直接相対することで、真実を見極めるのがもっとも手っ取り早い。
ベルトランがソラーナ王国軍の全軍が集結する前に早くも出陣を主張し、無理矢理飛び出して来てしまった目的は、敵状を詳細に知るためであった。
そうして、実態の分からない、いわば[影]に怯えている人々を目覚めさせる。
「そういうことでしたら、ぜひ、ご協力させていただきましょう」
ただ闇雲に出撃してきたわけではない。
そのことが分かって安心したエリアスは力強く微笑むと、そう約束していた。
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