・4-3 第27話:「先鋒」
二千余りの手勢を率いて参陣したエリアスは、国王・フェルナンド三世に対して到着したことを報告するため、そして現状を確認するために、ハルディン・デル・トレイ城に入城するとすぐ、王宮へと向かった。
「おお! リンセ伯爵!
参陣、大義である! 」
城内の大広間に設けられた諸侯を集めて軍議をするための場所でエリアスを出迎えた王は、声を弾ませながらイスから立ち上がり、歓迎の意志を全身で表現するように両腕を広げて見せた。
王は、遠目に見てもそれと判る偉丈夫だ。
身長は一アルティトゥードーと二ヴェスティージャ九デシマエ(約百九十センチメートル)もあり、人並の中に紛れてもよく目立つ。
その
壮年の働き盛りといった年頃で、身体にはしっかりと筋肉がつき、血色も良く健康的で、活力にあふれた印象がある。
性格は、良く言えば断固とした信念の持ち主、悪く言えば頑迷、というものだった。
どのような苦境にあっても決してくじけぬ強さ、臣下の先頭に立って物事を推し進める
間違いを認めれば率直に非を認めあらためる謙虚さと度量とを兼ね備えているが、そこに至るまでが苦労する、という評価がされていた。
もちろん、これらは臣下の間で密かに共有されているうわさ話に過ぎない。
様々な人物評があるから、エリアスが聞き知っているこうした評価以外のものもあるのだろう。
全体的に見れば、まずまず、頼りになる国王だと思われていた。
少なくとも臣下に責任を押しつけて保身を図ると言った卑劣な行為は絶対にしない男であり、その統治は保守的だったが、それだけに安定感もある。
実際、彼が即位してからの治世には、多くの臣民が満足していた。
その、フェルナンド三世が。
立ち上がってエリアスを歓迎してくれた。
(よほど、切迫しているのだな)
一兵でも多くの戦力が欲しい。
そんな緊迫感のある状況であるのだろうと察して、リンセ伯爵は自身の気を引き締め直す。
そしてその直感は、当たっていた。
ピエド・クラヴィ城を制圧した数万の火の民は、そこを拠点化し、すでにその先鋒はハルディン・デル・トレイ城を目指して進軍を開始しているらしい。
これだけではない。
コンセコ海峡を越え、火の民の本拠地となっているティエラ・アルディエンテ大陸からは続々と、火の民の増援が到着している、ということだった。
王でなくとも、一刻も早く軍を結集し、迎撃態勢を万全に整えたいと思うだろう。
「なぁに、心配は無用!
二十年前と同様、我ら[王国の五本指]が力を合わせれば、略奪者どもを撃退することは容易であろうて!
がっはっはっは! 」
この事態を豪快に笑い飛ばしたのは、フェルナンド三世ではない。
先に王城へと参陣し、軍議の場に居合わせたベルトラン・ボルカン伯爵だった。
彼は、王を「親指」と見立てた王国の五本指の内、「人差し指」に当たる人物とされている。
武勇を誇り、肉と酒を好む人物で、筋肉もたくましいが腹周りの肉付きも良い。
(相変わらず、圧の強いお方だ……)
エリアスとは、かつてリンセ伯爵を引き継いだ際の挨拶を国王にした時に面識がある。
その時もこんな風に豪快に笑いながら祝福してくれたものだが、その体格と声の大きさから、なんだか気圧されてしまう。
かといって、苦手意識を持っているわけではなかった。
ベルトラン伯爵は裏表のない、剛直な人物として知られている。
その言葉は策略とは無縁の正直なものであり、彼の激励はエリアスにとって素直に嬉しいもので、初対面の印象は悪くはなかった。
ちなみに、ベルトランが言っている「二十年前と同様」というのは、前回、火の民の[大噴火]を撃退した時のことを指している。
当時まだ若く王子だったフェルナンド三世と、伯爵家の嫡男だったベルトランは、共に馬首を並べて戦った戦友同士であった。
リンセ伯爵位の継承を祝ってハルディン・デル・トレイ城で開かれた祝宴の際に、その武勇伝を嫌というほどに聞かされたことが、昨日のことのように思い起こされる。
「しかし、ベルトランよ。
こたびの戦役は、どうにもかつてのものと雰囲気が異なるのだ」
「なぁにを、弱気なことを!
陛下らしくもない! 」
ピエド・クラヴィ城が、たったの六日で陥落してしまった。
そのことから警戒心を強めているフェルナンド三世の懸念を、ベルトランは机を拳で強く叩いて振り払った。
「戦う前からそのようなことでは、敵の勢いに飲み込まれてしまいますぞ!?
我らがソラーナ王国軍、二万余。
さらに、傭兵も集めておりますし、堅固な防壁もあるのです。
一致団結して戦う限り、決して、負けはいたしますまい! 」
「そうか。
……そうであったな」
こう強く断言されると、思わず、こちらまでそんな気になって来てしまう。
国王は少し安心したように笑みを浮かべ、エリアスも釣られて微笑んでしまっていた。
「よろしい!
ならば、こういたしましょう! 」
しかし、ベルトランはそれだけでは満足できなかったようだ。
「王国の全軍が集結するまで、まだ、しばらくはかかりましょう。
マンサナ伯爵は遠方でありますし、インスレクト伯爵はそれだけでなく交通の便も悪い土地柄ですから、なおさら。
両伯爵が到着し、軍勢が整うのを待つ間にも、敵はどんどん、攻め寄せて参りましょう。
ここは、ぜひとも機先を制し、略奪者どもの意気をくじいてやるべきです!
先んじて一撃を加えてやりましょうぞ!
我が手勢と、こちらの、リンセ伯爵の手勢があれば十分に事足りまする! 」
「待て、待て。ベルトランよ。
ここは、王国の全軍を持って当たるべきであろう」
血気盛んな主戦論を、フェルナンド三世は困ったように眉を八の字にしながらいさめる。
エリアスも同意見であった。
ベルトランは、すでにこちらへ向かって来ている敵の先鋒軍に対して、出陣して先制パンチを食らわせようと主張しているが、そのために兵力を割くということは、いわゆる兵力の分散に当たることだった。
戦力はなるべく集中して運用するべき、というのは、用兵の基本とされている事柄だ。
小出しに敵にぶつけてしまっては、各個に撃破されてしまう恐れがある。
「いいえ、そうではありません! 」
しかし、ベルトランには自信がある様子だった。
「斥候の知らせによれば、敵の先鋒軍は、五千ほどの集団である、とのこと。
しかしながら、王城へと至る道中、村々を占領しつつ向かって来ておりますので、その兵力は一か所には集まっておらず、分裂しております。
これこそ、好機でありましょう!
勝利に
つかんでいる情報によれば、敵の先鋒軍は五千という集団ではあるものの、進撃する道中の村々を占領するために別れて進んでいるらしい。
戦いになったとしても、一度に五千名すべてを相手にせずとも済む、ということだ。
そこを、叩く。
ベルトランが主張する通り、成功すれば主力軍同士の全面対決が生じる前に、敵の兵力を効率的に削減することができるだろう。
「しかしな、ベルトランよ。
リンセ伯爵は、たった今、到着したばかりであろう。
兵も疲れているのではないか? 」
「なにをおっしゃるか!?
戦機は、自らつかむもの!
長旅で疲れた、などとは言っていられますまい!
のぅ!? エリアス殿! 」
「……えっ?
えっと……」
唐突に、ベルトランの血走った
まさか、嫌だなどとは言わないだろう?
無言の内にそう
フェルナンド三世は、常識的なことを言ってくれている。
兵士たちは毎日歩き続けて疲れていたし、王城までたどり着いて、やっと一息つけると安心していたところだ。
一時的に[気が抜けて]いる。
そこに、出陣だ、などと言っても、戦意はあがらないだろう。
できれば、断りたい。
せめて出陣を一日、先延ばしにしたい。
しかし、そう言い出すことはできなかった。
「ええい!
若者がそんなことでは、いけませんぞ! 」
エリアスが言葉を発するのを待たず、ベルトランが立ち上がったからだ。
「かくなる上は、それがしだけでも出陣いたす!
リンセ伯爵!
実地で戦というものを教えてしんぜよう!
経験を積み、手柄が欲しくば、ついて参れ! 」
問答無用といった勢いでそう宣言すると、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、大股で歩き去って行ってしまう。
「……すまぬ、リンセ伯爵」
去っていくベルトラン伯爵のマントを戸惑いながら見送っていると、フェルナンド三世の絞り出すような声が聞こえて来る。
振り返るとそこには、———こちらに向かって頭を下げている国王の姿があった。
「あれは、
しかし古くからの友でもある。
ついたばかりで疲れておるだろうが、助けてやってはくれぬか? 」
「……。
謹んで、拝命いたします」
主君が頭を下げてまで頼み込んでいるのだ。
もはや、エリアスに断るという選択肢は残されてはいなかった。
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※作者より
一月一日の投稿ということで、せっかくなのでこの場をお借りいたしまして、ご挨拶を申し上げます
本作をお手に取ってくださいました皆様、開けましておめでとうございます
本年が素晴らしい一年となりますよう、謹んでお祈り申し上げます
熊吉は、本年も創作活動を頑張らせていただこうと考えております
お楽しみいただけますよう、精一杯に努力いたしますので、何卒、よろしくお願い申し上げます
(*- -)(*_ _)ペコリ
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