・3-4 第19話 「精鋭」

 関係者たちを集めその目の前で実演してみせたおかげか、ジルベール式兜の導入は急速に進んで行った。

 伯爵の直轄部隊だけではなく、指揮下に入る四人の男爵たちの手勢もみな、この新しいタイプの防具を身につけることとなっている。


 こういった装備の転換は、簡単にできることではない。

 固い鉄製の兜を製造するのにはかなりの手間がかかり、製作には大金も必要だった。


 なにしろ、金属を成形し、曲面の兜の形状にするためには、鉄の板を何百、何千回とハンマーで叩き、加工しなければならない。

 そうやって部品を製作したら、それらをはんだづけしたり、鋲接したりして接着させ、最後にすずでコーティングして錆止めとする。

 これを軍役に必要なだけでも二千人分、領内で使用している武具のすべてとするとその倍以上にもなるのだから、大変なことだ。


 リンセ伯爵家の城下に居住するすべての甲冑職人が協力してくれているが、軍役に必要な人数分をそろえるだけでも来年まではかかる見込になっている。

 領内の武具をすべて更新する、となったら、再来年まで待たなければならなかった。


 ただ、費用に関して言えば、思ったよりもかからないことになった。

 というのは甲冑ギルド長のカラバソンが、ジルベール式兜の導入に非常に協力的で、製作費用を大きくおまけしてくれたからだ。


 甲冑ギルドにとってこれは、ある意味では特需だ。

 一度にたくさんの注文が入り、当面は炉から火が消えることはなく、ハンマーの音が途絶えることもない。

 そう言う状況だから、値引きを行っても十分に利益が出せるのだ。


 ただ、カラバソンがサービスをしてくれたのは、そういった大口の受注が約束されているからだけではなかった。


「良い防具を作るのが、ワシらの仕事だからな」


 値引きの額を聞いて驚いているエリアスとリアーヌの前で、スキンヘッドの職人は誇りのこもった笑みを浮かべていた。


 彼は厳格な職人で、先人たちから受け継いできた技を正確に再現し、より高めて来た。

 その目的は優れた防具によって戦士たちの生命を守るためであり、そのために有用と認めた新技術の導入にとりわけ積極的になっている。


 こういった好意のおかげもあって、ジルベール式兜の普及はどんどん進んで行った。


 まず、エリアス自身の武具と、その指揮下の騎士、兵士たち。

 次いで、筆頭騎士長のニコラスの中隊。


 年が明けた、太陽暦千百九十七年の二月。

 ひとまずこの二つの部隊の更新が完了したことから、全員を練兵場に集め、訓練が実施されることとなった。


 実験で有効なのは分かっていたが、部隊単位で演習を行って、その使い勝手も確かめておこうという話になったのだ。


 実際、装備を手渡された騎士や兵士たちの中からは、不満の声も聞こえて来ていた。

 兜が大きくなった分の重量増加というのもあるし、剣を振りあげた際に引っかかる可能性がある、というものもある。


 もっとも多かったのは、単純に「格好が悪い」というものだった。

 兜と実際の頭部の間に衝撃を吸収する機構を組み込むために大きくなったそれを被っていると、頭でっかちに、アンバランスに見えてしまう。


 見た目の良さ、というのは、案外と侮れない要素だった。

 外観が優れていた方が防具を身につける側の士気が向上するし、そうやって意欲がある兵士は訓練にも身が入りやすくなるかもしれず、戦力が向上する場合がある。


 今回の演習は、こういったマイナス部分を補えるほどのメリットがあると、兵士たちにも分かってもらうためのものだった。


 ソラーナ王国で編制されている二百名からなる中隊は、ランスを基本として構成されている。

 その内訳は、騎士二十名、盾持ち剣兵二十名、盾持ち槍兵百二十名、弓か弩を装備した投射兵四十名からなり、これに旗持の騎乗兵五名と労務者四十名が加わる。

 総数で、戦闘人員二百名+五名、労務者四十名で二百四十五人、軍馬二十五頭、駄馬四十頭という陣容になる。


 機動力と打撃力を発揮する騎兵、戦列を構成する歩兵、それら近接兵科を支援する投射兵と、三つの兵科を一つの隊にまとめた、いわゆる諸兵科連合の形だ。

 これによって中隊が単独で戦闘集団として機能し、指揮官は様々な状況に応じて、柔軟な戦闘行動を実現できる。


 ソラーナ王国の軍隊は、この、中隊単位の柔軟な運用が強みだった。


 戦闘前の配置としては、槍兵が前方で二列もしくは三列の横隊で戦列を構成し、その後方に剣兵が控え、最後尾に機動打撃力としての騎士が位置するのが一般的。

 弓兵は戦いに先立ち、歩兵の隊列の前に出て飛び道具で敵を攻撃し、数を減らすのと同時に隊形を乱させる他、敵が接近して来たら左右、もしくは後方に下がって、近接兵科を支援する。


 今回の演習も、そういった基本的な形で実施された。

 エリアスとニコラスの部隊がそれぞれに別れ、弓の応酬おうしゅう、歩兵同士の白兵戦、そして騎兵を投入した機動戦と、なんの変哲もないありふれた戦い方を実践する。


 とても現実的な戦闘とは言えなかったが、これでよかった。

 この演習の目的が、新型兜の実力を兵士たちにも理解してもらうことであるから、実際の戦場と同様の複雑な駆け引きはせず、一通り戦って、兜の使い心地を確認させるだけでかまわない。


 どうやら、兵士たちが得た感触は良好な様子だった。


 まず、兜が大きくなったおかげで、全体的に防御力が増している。

 降り注ぐ矢を防ぐためや日除け・雨避けとして歩兵の兜には元々、大きなつばがついていたのだが、それがさらに広がったことで防御範囲が増えている。

 先端を布で包まれた演習用の殺傷力の無い矢がボトボトと兜に当たり、身体にはほとんど命中しなかったことが、兵士たちにとっての好印象につながっていた。


 騎兵に関しても、心配されていたような大きな不便は生じなかった。

 剣を振りあげる時に引っかかる、というのが危惧されていたが、実際に試してみると、歩兵と異なりつばの無い騎士用の兜では腕がぶつかることはなかった。


 加えて、衝撃を吸収するための機構が好評だった。

 皮と縄を組み合わせ、ぴったりと身体にフィットするように作られている兜は、身につける者の頭の大きさや形に合わせて調整ができるため、従来の金属をそのまま被るものよりも着け心地が良く、しかも激しく動いてもズレない。

 さらには間に空間があり空気が抜けるから、汗で蒸れにくく、長時間の使用にも適していた。


 また、訓練中に落馬事故があり、騎士の一人が地面に落ちてしまったのだが、軽度の負傷で済んだ。

 衝撃吸収力の高い兜のおかげで、致命傷を受けなかったのだ。

 これがもしも従来型の余裕の無いものであれば、落下の威力はもろに頭に伝わり、重傷を負っていただろう。


 こういった事実が確認されたことで、兵士たちもジルベール式兜の着用を喜ぶようになってくれた。


 インスレクト伯爵領での火の民の襲撃騒動があったことも手伝い、騎士長たちは各々の指揮下にある騎士、兵士たちの訓練にさらに熱を入れている。

 装備の更新で自信を持ち戦意を高めた兵士たちも真剣に応じたため、リンセ伯爵家の手勢は、より一層の精鋭へと成長していった。

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