・3-3 第18話 「ジルベール式兜」

 [火の民]の襲撃騒動があってから、しばらくして。

 冬が訪れたイスラ・エン・エル・リオ城の練兵場に、四体の人形が配置されていた。


 いずれも、木で骨組みを作り、麦わらで身体を作って、人間の頭と同等の大きさのかぼちゃを上に乗せている。

 綿入れに、鎖帷子に、板金鎧プレート・メイル

 表面の布がり切れていたり、錆びが浮いたりしているお古だったが、一般的な騎士や兵士が身に着けているものと同等の防具を着ていた。


 二種類のバリエーションがある。

 騎士などが身に着けているつばの無いバイザーつきの兜と、歩兵などが身に着けているつばのある帽子のような形をした兜。

 つまり、騎士を模した人形が二体と、一般的な兵士を模したものが二体ある。


 ただ、左側に並べられた騎士と兵士の姿は、どこか不格好に見えた。

 頭でっかちなのだ。


 それもそのはず。

 通常の兜よりも、一回り大きな造りになっている。


「こちらが、わたくしの実家、ジルベール伯爵家で使用している兜ですわ。

 僭越せんえつながら、[ジルベール式兜]とさせていただきます」


 集まった人々の前に進み出て来たリアーヌはその大きな兜を手に取ると、ひっくり返し、中身を指し示す。


「このように、実際の頭と、兜の間に空間ができるように、大きく作ってありますの。

 皮と縄でしっかりと頭部に固定されますので、ぶかぶかで急に脱げる、といったことは起こりませんから、ご心配なさらず。

 製作は、そちらのカバラソンさんたち、甲冑ギルドにお願いいたしました」


 かぽっ、と兜をかぼちゃに被せ直し、顎ひもを締めたリアーヌが向き直り、軽く一礼をすると、髭も髪もった厳つい男性、甲冑ギルドの長で自らも優秀な職人であるダニエル・カラバソンは、険しい表情のまま重々しくうなずいた。


 鋭い視線が向けられている。

 リアーヌに依頼されるまま作ってはみたものの、本当に、その不格好な兜は従来のものよりも防御力があるのか、と、半信半疑と言った様子だ。


 そこには、何人もの人々が集められていた。

 伯爵家の当主であるエリアスに加え、五人の騎士長たち。

 主に軍事に関わる人々だ。

 それ以外にも、鎧を貫く側である、刀剣ギルドや槍ギルト、弓ギルト、弩ギルドなど、武器を製造する職人の長たちもいる。

 他には、純粋な野次馬として、義妹のカルラもいて、やや遠巻きにしながら興味津々にこちらを見つめていた。


「それでは、アル。

 お願いいたしますわ」

「は、はいっ! 伯爵夫人様! 」


 自信がありそうな様子で悠然と退いたリアーヌが、そこで待機していたまだ十五歳の少年に依頼すると、彼は緊張した面持ちで背筋を伸ばして返事をする。


 アルフォンソ・カバリオ。

 エリアスの秘書官であるサロモン・カバリオの息子であり、主君の従者、従騎士として仕えている少年だ。

 出陣の際には、リンセ伯爵家の紋章が描かれた旗を持ってつき従という役割を任されている。


 動きやすいように鎧は身につけず、衣服の上に綿入れだけを着込んだアルは、ぎくしゃくとした動きでかぼちゃ人形へと向かっていく。


「アル。右手と右足が同時に前に出ておりますわよ? 」

「は、ひゃいっ、奥様っ! 」


 心配になってしまうほどのアガリっぷり。

 こういう、大勢から注目を集める場に出て行くことには慣れていないらしい。


 しかし、その武芸の腕前に関しては、確かなものがあった。

 エリアスの従者として、彼の専属の護衛、という役割も担っているためか、未熟ではあるものの鍛錬を欠かさず、日々励んでいる。


「……よしっ」


 人形と十分に間合いを詰め、腰に差して来た得物のつかを握ると、彼は意識を集中する。


 取り出されたのは、戦棍メイスと呼ばれている打撃武器。

 振り回しやすい二ヴェスティージャ(約六十四センチメートル)ほどの柄の先端に球状の金属のおもりと、威力を増すための突起がいくつもつく。


 シアリーズ大陸では、教会の修道僧が信仰を理由として所持を禁止されている刀剣の代わりとして護身用に用いたり、騎士などが鎧の上から打撃力でダメージを与えるために用いたりする武器だ。


 それをかまえたアルは、


「たぁッ!!! 」


 気合の声とともに、かぼちゃの上に被せられた兜に振り下ろしていく。

 まだ身体が成長しきっておらず、力が十分ではないので、戦棍メイスを両手で扱っている。


 まずは、右側の二体。

 従来型の、頭にピッタリとフィットする、スマートな外見の兜。


 次いで、左側の二体。

 ジルベール式と名づけられた、サイズが大きく頭でっかちで不格好な兜。


 いずれも、見るからに全力での打撃だった。

 鈍く重々しい音が響き、どちらの場合も兜は目に見える形でへこんでしまった。


「まずは、右側から確かめてみましょう」


 アルによる実演が終わるのを待って再び進み出たリアーヌは、「ご苦労様」と少年をねぎらってから、かぼちゃから兜を脱がせる。


 従来型の兜を被っていた側のかぼちゃには、明らかにへこみができ、そこから亀裂が走っていた。

 金属が貫通されたわけではなかったものの、打撃の威力がそのまま伝わったようだ。


 これがもし、本物の人間の頭であったら。

 タダでは済まなかっただろう。

 頭蓋ずがいが割られ、致命傷を負っていたかもしれない。


 戦棍メイスというのは、こういったことができる、恐ろしい武器だった。


「それでは、左側も確かめてみましょう」


 次いで、左側も確かめてみる。


 大きく作られたジルベール式兜を取ると、———そこには、きれいなままのかぼちゃがあった。


 一回り大きなサイズにし、実際の頭部との間に空間を設け、そこに衝撃を吸収できる工夫を施す。

 これによって兜がへこんだとしても、守るべき対象を安全に保護することができる。


 観衆から感心する声がれる。

 旧来のものと、リアーヌの発案で改良された兜には、明らかに防御力に差があるように思えたからだ。


「伯爵夫人。よろしいか」


 その時挙手したのは、兜を用意したカバラソンだった。


「どうされましたか? 」

「念のため、こちらで試してみても? 」

「ええ。もちろんかまいませんわ」


 どうやら[ヤラセ]ではないことを確かめたいらしい。


 少しも動じずにうなずいたリアーヌがアルから戦棍メイスを借り受け、カバラソンに渡すと、甲冑ギルドの長である彼は「フンッ! 」と太いかけ声とともに、被せ直したジルベール式兜を打撃した。


 普段から金属を鍛え成形するために重いハンマーを振るっている、筋骨隆々とした肉体から放たれる痛烈な一撃。

 先ほどよりもさらに激しい衝撃音が辺りにとどろいた。


 兜はさらに損傷し、大きく変形していた。

 取り外してみると、———さすがに、かぼちゃは無傷ではない。


 だが、致命傷ではないだろうと思える程度に損傷は収まっていた。


「防具ってもんはな……、身に着けた者を守ることができて、初めて意味がある」


 かぼちゃの表面をなで、しげしげと観察したカラバソンは、重々しいく口を開く。


「認めざるを得ませんな、これを見せつけられると。

 ワシら今まで作って来たモノより、伯爵夫人様が考案された、ジルベール式の兜。

 こちらの方が、明らかに防御力は上だ」


 甲冑ギルドは、防具を作る職人たちが集まった、プロフェッショナルの集団だ。

 その長が認めているのだから、これ以上の保証はない。


 こうして、リンセ伯爵家ではジルベール式兜が大々的に導入され、すべての騎士と兵士が装備することとされた。

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