・2-8 第13話 「港湾ギルド」

 港湾での労働は、重労働だ。

 桟橋や岸壁に乗りつけた船に渡りギャングをしき、何往復もして荷物を運び出す。

 時には大勢で縄を引き、船を整備するために陸に引き上げたりもする。


 そのせいで、そこで働いている人々には自然と筋肉がつく。

 服からはみ出さんばかりの太い手足は、彼らがよく働いている証拠だった。


 そんな男たちが、二十人ばかり。

 ジルベール伯爵領から蕎麦の実を運んできた商人たちのグループの前に立ちはだかっている。


 異様で、剣呑けんのんな雰囲気が辺りを包み込んでいた。


「ちょ、ちょ、ちょっ、何事ですかっ!? 」


 倉庫から駆けつけたリアーヌは、居並ぶ屈強な男たちの中心にいる男性、スキンヘッドに厳つい印象に整えられた口髭を持つ港湾ギルド長、ロドリゴ・カラドゥラに、大慌てでそうたずねる。

 先に挨拶をしているから、二人は顔見知りだ。


「ああ、伯爵夫人。

 どうも、港湾ギルドの者です」


 振り返ったロドリゴは丁寧な口調ながらも、眼光鋭くその茶色の瞳でリアーヌのことを見すえた。


 どうにも、不機嫌な様子だ。

 屈強な強面こわもてであるのはいつものことだったが、今は明らかに怒りの感情がその表情や口調からにじみ出て来ている。


 それでも獅子令嬢は、ひるまない。

 商人たちは契約通りに働いてくれているだけであったし、運び入れている蕎麦の実は、必ずこの地域の人々に良い変化をもたらすだろうと信じているからだ。


「ロドリゴさん!?

 これはいったい、どういうことですの!?

 この商人たちは、わたくしの荷物を運んでくださっているだけですわよ?

 どうして、こんな風に邪魔をなさるのですか? 」

「それは、こっちのセリフですぜ?

 伯爵夫人」


 抗議すると、———鼻で笑われた。


「ここをいったい、どこだと思っていらっしゃるんです?

 優秀なうちの若い衆を使わずに、部外者に荷運びをやらせるなんて」

「は? ……え? 」


 リアーヌには、意味が分からなかった。

 ロドリゴたちがなぜこんなに怒っているのか。

 正当な報酬を支払って雇った商人たちに荷役をさせることが原因であるらしいのだが、それが彼らを不愉快にさせている理由が考えつかない。


「あの……、わけが分かりませんわ!

 いったい、どうしてそんなに怒っていらっしゃるんでしょうか? 」


 そう問いかけると、ロドリゴの双眸そうぼうに失望したような気配が浮かび、深々と溜息を吐かれる。


「お分かりいただけないというのなら、仕方ありませんな。

 オイ」


 港湾ギルド長がそう言い、あごを振って合図をした瞬間。

 居並んでいた屈強な男たちは一斉に動き出すと、商人たちから蕎麦の実が詰まった麻袋を奪い、それらを担いで船の上に投げ込み始めた。


「ロドリゴさん!? いったい何をなさいますの!? 」


 問いただすが、無視された。

 そうしている間にも港湾ギルドの労働者たちは倉庫に向かい、すでに運び込んであった袋も持ち出して、同じように船の上に投げ込み始める。


「どうして……?

 どうして、こんなことを……? 」


 自分がどんなに言っても、まるで聞いてはもらえない。

 商人たちも、屈強な男たちに睨みつけられて身動きが取れず、見ていることしかできなかった。


「おーいっ!

 伯爵様がおいでだ! 」


 その時、港湾と市街地とを隔てている城門の辺りから声がかかる。


 振り返ると、リアーヌの夫、エリアス・リンセが、愛馬である栗毛のデストリエ、ヴェンダヴァルにまたがって駆けつけて来る姿が見えた。


「エリアス!

 お願いですっ! ロドリゴさんたちを止めて下さいましっ! 」


 近くまで来て馬を止め、飛び降りて来た少年に、思わずすがりつく。

 そんなリアーヌのことをしっかりと抱きとめ、耳元で「大丈夫だよ」とささやいたエリアスは、小さく深呼吸するとまず、ロドリゴたちに謝罪した。


「港湾ギルドのみなさん。

 我が妻が、大変な失礼をいたしました」


わたくし、なにも悪いことなどしておりませんわ! )


 思わずそう抗議しそうになるが、エリアスが(黙っていて)と言うように腕に力を込めて来たので、ぐっと言葉を飲み込む。


「本来であれば、港における荷役作業はすべて、みなさんにお願いしなければならないこと。

 伯爵家とギルドとの間で取り決めたこの盟約は、今でも確かなものです。

 しかし、我が妻はまだ嫁いできて日が浅く、この、我らの流儀を存じ上げなかったのです。

 ですから、このようなことをしてしまったのです。

 以後、このようなことが起こらぬよう、夫である僕が、しっかりと言い聞かせておきます。

 また、皆様には必要な代金をお支払いし、あらためて、荷役を行っていただきたく存じます」


(なるほど、そういう……)


 エリアスがロドリゴたちに語りかけた言葉は、リアーヌや商人たちへの事態の説明を兼ねていた。


 つまり、ここイスラ・エン・エル・リオの港では、船からの荷役作業はすべて、港湾ギルドが取り仕切る決まりになっていたのだ。

 たとえ伯爵であろうと、彼らに代金を支払い、頼み込まなければならない。


 リアーヌはそのことを知らなかった。

 そして外からやって来た商人たちに運搬をお願いしてしまったから、ロドリゴたちは怒ったのだ。


 自分たちの仕事を勝手に奪われた、と。


 彼らにとってこれは、死活問題だ。

 こちら側が正規の料金を支払っていようと、港湾ギルドに依頼していない以上、彼らにとっては少しの収入にもならない。


 なにより危険なのは、相手が伯爵夫人だからと、例外を認めてしまうことだった。

 もしそうなれば、我も我も、と例外を作ろうとするやからが出て来てしまう。


 多少割安にしてでもいいから自分たちに仕事を回して欲しい、という労働者は、どこにでもいるものだ。

 例外を認めてしまえば港湾ギルドに所属している労働者からそちらに仕事が流れてしまい、ロドリゴたちの生活は傾く。


 だから、怒って、こんな強硬手段に出ている。


(港湾ギルドによろしく、というのは、こういう意味でしたのね……)


 うっかり聞き逃してしまった言葉の意味が、やっと理解できた。

 どうやらリンセ伯爵領には、ジルベール伯爵領にはなかった暗黙のルールが、いろいろとあるらしい。


「伯爵様が、そうおっしゃるのでしたら」


 エリアスの謝罪を、ロドリゴたち港湾ギルドは受け入れてくれた。


 彼らとしても、自分たちの仕事を守れればそれでよく、敢えて伯爵家と対立を深めるつもりなどまったくないのだろう。


「おう。野郎ども、仕事を始めるぞ! 」

「「「ヘイッ!!! 」」」


 ギルド長のその一言に威勢よく返事をすると、労働者たちは船に渡しギャングをかけ、さっそく、蕎麦の実が詰まった麻袋を担ぐ。

 どうやら倉庫まで運んでくれるらしい。


「リアーヌ。

 大丈夫? 」


 その気配を感じつつ、夫の腕の中で安心していると、エリアスが優しい声でそうたずねて来てくれる。


(頼りになるお方……っ)


 思わず嬉しくなったリアーヌは、もうしばらくこのままでいたいと思っていた。

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