・2-7 第12話 「蕎麦の実」
リンセ伯爵領があるソラーナ王国と、リアーヌの実家、ジルベール伯爵家があるゴロワ王国は、陸路でつながっている。
隣接する国家で、しかも古くから盟約を結んだ友好国だから、交易も盛んだ。
だが、そのほとんどは、陸路ではなく海路で行われていた。
両国の間には険しいパルヌー山脈があり、陸路で繋がってはいても、大きな荷物を運びながら行き来するのはあまりにも大変なためだ。
船を用意し、一度海に出なければならない、というのは確かに手間だ。
だが、海路を利用した方が、こうした交易では遥かに便利になる。
何台も馬車を連ねて陸路を進んでいくよりも遥かに少ない人数、費用で、より多くの人と物を運ぶことができるからだ。
リンセ伯爵家の居城、イスラ・エン・エル・リオ城は、河川港を持っているのだからなおさらだ。
クルーセ川は流れが穏やかで十分な川幅があり、一度海に
リンセ伯爵家が大きな苦難もなくその家門を守って来ることができたのは、この、交易に便利、という特質のおかげだった。
交通の便が良い場所には人や物が集まりやすく、そこに街を築けば自然に発展し、豊かになっていく。
集まった富を得て、伯爵家もまた、栄えてきた。
イスラ・エン・エル・リオ城の市街地は、切り立った斜面を持つ丘の上にある伯爵家の城館から見おろして、東側に広がっている。
そして河川港は、その北側に、クルーセ川の流れが
この辺り一帯の物流の拠点だから、なかなか立派なものだ。
城壁と同じ石灰岩を使って作った岸壁と、そこからのびる何本かの木製の桟橋があり、太い丸太とロープを組み合わせて作った頑丈そうなクレーンもいくつかそびえている。
そして岸壁の陸地に入ったところには、物資を運び込んで保管しておくための倉庫が立ち並んでいるほか、港湾労働者たちが暮らす家々が集まり、重そうな荷物を運ぶ男たちの威勢の良い掛け声が絶え間なく響いていた。
そこへ、リアーヌが故郷から買いつけた蕎麦の実を乗せた船が、無事に入港を果たした。
ジルベール伯爵家と以前から関係のあった、信頼のおける商人に頼んで用意してもらった船便で、一本マストの比較的小型の船が三隻。
海に出たら沿岸航法で陸伝いに進み、そのまま川に入って通行できるタイプの船だ。
そのそれぞれに、ぎっしりと蕎麦の実が詰まった麻袋が山積みにされている。
「さ、みなさん!
倉庫はあちらに確保しておりますので、運び入れて下さいまし! 」
事前に手紙で知らせを受けていた日時通りに到着した商船を港で出迎えたリアーヌは、乗って来た船員たちに依頼して早速、積み荷を運び出してもらう。
道中の輸送だけでなく、到着後の倉庫までの荷役も行う。
そういう契約になっており、前払いで必要な額を支払い済みだった。
(これでまた、領内を発展させられますわ! )
蕎麦は、
この種をトレボル村のような山間の村々に配り、定着させればきっと、人々の暮らしに役立つはずだ。
そう思いながら、積み上げられていく麻袋を見つめていた時のことだった。
「リアーヌお姉様。
ご機嫌麗しゅう」
エリアス・リンセの妹、カルラ・リンセがひょっこりと顔を出し、そう言いながらスカートのすそを広げ、軽く脚を曲げて挨拶をして来た。
双子であるだけに、兄とよく似ている。
一方は少年として生き、一方は少女として素のままで生きているから、そのせいで身体つきや仕草などが大きく異なっているが、少し身だしなみを整えれば影武者が務まりそうなほどにそっくりだ。
(エリアスもあんなふうにドレスを着たら、さぞやかわいらしいんでしょうね)
見るたびに、そんな空想をしてしまうほどに。
「あら、カルラ。
おかげさまで順調ですわ。
それより、こんなところまで何をしにいらしたんですの?
今頃は、習い事の時間だったはずですわよね? 」
「それが、お兄様に退屈だと申しましたら、リアーヌお姉様の様子を見ておいで、と言いつけられてしまいまして」
「あら。心配性ですこと」
どうやら自分は、カルラが勉強をサボる理由に使われてしまったらしい。
そしてそれを命じたエリアスの妹への甘さをおかしく思ったリアーヌは、思わず「おほほ」と笑ってしまっていた。
「ところで、リアーヌお姉様」
「なんですの? 」
そんな義姉の隣にやって来たカルラは、積み上げられている袋を見つめながらたずねて来る。
「今、荷役を行っていらっしゃる方たち。
この辺りの方ではなさそうですが、どちらの……? 」
「
素性も信頼できますし、運送費も荷役込みでお支払いしておりますの」
「あっ……、そうなんですか? 」
説明してやると、なんだか微妙な反応。
「あの、お姉様。
来たばかりですが、
「あら? もういいんですの? 」
「はい。十分に息抜きになりましたし、お兄様にご報告もしなければなりませんから」
「そうなんですの?
でしたら、よろしくお伝えくださいまし」
「はい。ごきげんよう、リアーヌ姉様」
そう言うとカルラはまた
「……? 」
唐突に何かを察したかのような反応と、この、災難を回避するために逃げて行くかのような様子。
どうにも意味が分からず、不思議だったが、その間にも荷役はどんどん進んでいく。
「まぁ、考えても分からないのですから、仕方ないですわ」
やがてリアーヌはそう呟き、これ以上は気にしないことにすると、搬入された蕎麦の実の数量と品質の確認を始めた。
そうして、しばらくしたころ。
———外から大声が聞こえて来る。
「な、なんですか、アンタたちは!? 」
「うるせぇ! 誰に断って荷役業をやっていやがる!?
さっさと止めねえと、オレたちが黙っちゃいねぇぞ!? 」
慌てて倉庫の外に出ると、リアーヌが雇った商人たちの行く手を、屈強な男たちが何人も集まって、腕組みをして
イスラ・エン・エル・リオ城の河川港を縄張りとしている、港湾ギルドに所属する人々だった。
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