・2-5 第10話 「トレボル村」
我ながら、完璧な事業計画だ。
そう思って自信満々に蜜蝋の
エリアスたちの反応は、良いものではなかった。
リアーヌが作成した事業計画のできが悪かったとか、そういう次元の話ではない。
そもそも、なぜそんなことをする必要があるのか。
[新しい事業を興して、領内を豊かにしよう]という発想そのものがなかった様子で、返って来るのは戸惑いだけ。
リアーヌは、ショックだった。
(まさか、そんな……! )
この世の中にこんな、お金儲けに興味がない人々がいるだなんて!
勘違いしてはならないことだが、リアーヌは別に、がめつかったり、欲深かったりするわけではない。
ただ、彼女の実家ではこうやって常に金策をくり返し、領内を発展させなければ、食べて行くことができなかった、という事情があるのだ。
だが、リンセ伯爵家は、相応に豊かな家柄だった。
領土が十分に広いだけではなく、そこには石工業や木工業などの産業があり、交通の便が良いから商業も盛ん、と、収入には困らない。
[普通の伯爵家]と、[背伸びをしなければならない伯爵家]の違いだった。
「ぜひ! ぜひ、やらせてくださいまし! 」
そのギャップを感じ取りつつも、リアーヌはあきらめずに頼み込んだ。
きっちりと計算をして、十分に成り立つ見込みがあるとはっきりとわかっている。
現状維持でも十分に立ちゆくのだとしても、さらに上を目指せると分かっているのなら、目指すべきだ。
リアーヌはそう思っていた。
「まぁ、リアーヌがそこまでやってみたいのなら……」
その熱心な、しつこいまでの説得の甲斐があったのか、エリアスは半信半疑ながらも許可を出してくれた。
それだけではない。
役に立ちそうな人物も紹介してくれた。
一人は、養蜂ギルドを運営している長、街の有力者でもあり政治に対して発言権を持っているルイス・アベハ氏。
もう一人は、イスラ・エン・エル・リオ城の近隣にある村で、山間で細々と暮らしている人々が住むトレボル村の村長、ペドロだった。
「まぁ、伯爵夫人様がそこまで考えておいでなのなら……」
「おらたちの暮らし向きが良くなるってんなら、頑張ってみるだよ」
エリアスからの口利きで城館に顔を出してくれた二人は、リアーヌの熱弁を聞き、それに気圧されるような形で協力してくれることになった。
養蜂ギルドからは、生産される
そしてトレボル村からは、養蜂を行い、蜜蝋製の蝋燭を生産する場所と人手を提供してもらうことができる。
(良さそうな場所ですわね! )
愛馬のネージュにまたがり、実際にトレボル村の視察にも出かけたが、この事業を始めるのに適しているように思われた。
リンセ伯爵領において、人々の多くはクルーセ川が作り出した平野部に住んでいる。
時折氾濫することがあるので浸水しにくい微高地を選んで街や村が点在しているのだが、その周囲の山野は開拓が進んでおらず、多くの部分が森におおわれている。
トレボル村は、そういう、山中にある村だった。
水の確保ができる小さな沢が流れていて、その沢に沿って家々が建ち並び、数百人の村人が細々と農業と畜産を営み、森での狩猟や採集、わずかに開けた放牧地で牧畜などを行って暮らしている。
なんとか生きていくことはできているが、貧しい村だった。
というのは、立地の影響で思うように農地を広げることができず、作物をあまり作れず、安定した収入を得ることができないからだ。
森は豊かで、狩猟で様々な獲物を、そして多くの採集物を与えてくれるし、放牧地では牛や羊がのんびりと草を食んでいるが、それらだけでは生活していくのがやっと、という有様。
農地がないので、主食の多くは買わなければならず、食費だけで収入のほとんどが消えて行く。
「なるほど。エリアスがここを教えて下さった理由が、分かりましたわ」
トレボル村の村長、ペドロが呼んでくれた案内人の手で村の内外を見て回り、人々の貧しい暮らしぶりを目の当たりにしたリアーヌは、深く納得し、そう呟いていた。
森林を無理やり切り開かずとも、養蜂ならば新しく始めることができるという考えを実践するのに適した場所だ。
森の中や、その合間に点在する放牧地では、季節に応じて様々な花が咲くから、ミツバチたちも元気に蜂蜜を集め、蜜蝋を生産してくれることだろう。
それに。
きっと、ここで生きている村人たちの生活を、もっと豊かにして欲しいという願いがあったに違いない。
(お優しいこと)
自然と、笑みが浮かんでくる。
リアーヌの力量を示す場を与えてくれただけでなく、村人たちにもより良い生活をするチャンスを作ってくれたのだ。
もし、このトレボル村で成功を収めることができたら。
この地域全体に新しい特産品が生まれ、そこに暮らす人々も豊かになることができる。
村人たちは、前向きに協力してくれるようだった。
以前から狩猟や牧畜で得た動物から採取した獣脂で
「あれを、おらたちで作れるようになるんだべか! 」
もし実現すれば、自分たちの暮らしがずいぶん、楽になるのに違いない。
村人たちはやる気だった。
「元手は、伯爵家から出して差し上げましょう!
さぁ、みなさん!
頑張ってくださいまし! 」
「うおおおおおっ!
伯爵夫人様、ありがとごぜぇますっ! 」
村の集会所の前に集まった村人たちの前で、用意されたお立ち台の上に立って胸を叩いてみせると、大きな歓声があがる。
こうして、トレボル村における蜜蝋生産の第一歩が踏み出された。
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