第29話 継承


 救出作戦からみんなが帰ってきて、しばらく経った。


 ヨロイに見守られながら、魔力制御を行う。

 あれからずっと魔力を動かしてきた甲斐があり、今ではかなり安定していた。目を瞑り、ただひたすらに魔力を廻す。


 どれくらいそうしていただろうか。

 ふいに、軽く肩を叩かれた。


[よーし!そこまで!]


 目を開けると、ヨロイが終了を告げる。

 ということは……。


[よく頑張ったね!これで魔力制御の訓練は終了だよ!]


「よっしゃああああああ!!!」


 立ち上がり、雄叫びを上げる。

 ここまで長かった。いや、ほんとに長かった。だが、毎日着実に上達していくのは感じられたので、精神的にそこまで辛くはなかった。


[いやー、おめでとう。これから次の段階に進むけど、魔力制御は常にやっておくといいよ]


「おーけーわかった!!」


 無意識でも制御できるように、だろう?

 今まで、リュウとの組み手だったり、賢者の変な実験をさせられた時も欠かさず訓練していた。いきなりぶん殴られたり、急に電流みたいなの流された時は流石に止まってしまったが、ああいう不測の事態にも対処できるようにしておきたい。


[よしよし、それじゃあお待ちかね]


 ゴクリ、と喉が鳴る。

 ついに、ついにきたのか。


[魔法が、使いたいかーーー!!]


「おおーーーーーーー!!!」


 きたーーーー!!!

 魔法、魔法だ。ついに魔法が使えるんだ。


[うむうむ、大変よろしい。それではそなたに我が秘術を伝授してしんぜよう」


「ははーーーー!!」


 なんかそろそろ冷静になってきたな。

 テンションおかしいだろ。


[継承の儀を、はじめるよ]



――――――



 秘密の儀式ということなので、ヨロイの部屋にやってきた。前に風呂で聞いた気がするが、鎧を脱ぐ必要があるんだっけ。


 ヨロイの部屋に入ったのはじめてだな。

 うん、なにもない。


「さてと、始めますか」


 そう言って、ヨロイが鎧を外しだす。

 前から思ってたけど、鎧ってもっとガチャガチャ音が鳴りそうなもんだけど、なんの音もしないな。


「その鎧って魔法でできてるの?」


「うん? ああ、これ? 元々特殊な金属で作られたものに、色んな魔法が重ねがけされた一級品の魔道具だよ」


 ほー、魔道具だったのか。

 それにしては、魔力の流れとかが見えないな。


「あ、魔力を見ようとした? これ、隠密用の魔法もかけられてるから、普通の鎧にしか見えないようになってるんだよね」


 なるほど、いろんな魔法があるんだな。


「これでよしっ」


 鎧を外し終わり、簡素な服を着たヨロイが立っている。

 なんかやっぱり見慣れないな。


「本来はめんどくさい作法やら手順があるんだけど、今回は全部省略でいくよ。さあ、こっちにきて右手を出して」


 言われるがまま、部屋の真ん中あたりに行き、右手を前に出す。ヨロイも右手を出して、僕の手首を掴んだ。


「同じように手首を掴んでね」


 うーむ、やはり女性の手という感じだ。

 なんだかめちゃくちゃ不思議な気分。


「そう、そして僕の目を見て。逸らしちゃいけないよ」


 ヨロイの目を見る。

 僕と同じ黒い瞳だったが、よく見ると薄っすら紋様のようなものが見てとれた。これは、翼みたいな形?


「これより、継承の儀を執り行う」


 そうヨロイが告げると、足元の魔法陣が光り出した。

 おお!? なんだこれ。


「落ち着いて、これはボクが準備したものだから」


 そういうことは事前に言ってほしい。

 たけどなんか、急にそれっぽくなったな。


「さて、ここから長ったらしい詠唱があるんだけど、ほとんど意味がないから核となる部分だけを詠うよ」


「う、うん」


 一気に厳かな雰囲気となった。

 そして、ヨロイの瞳にある紋様が強く浮かび上がる。


 詠唱が、はじまる。

 

 

「『アクロロネシスのその頂


 聖女は祈り そして眠る


 剣は朽ち 鎧は錆びつき 旗は折れた


 されどその棺は無欠である


 汝 受け入れよ


 汝 継承せよ


 汝 守護せよ


 我らをどうか 救い賜え』」



 ドクンッ


 魔力とは異なる何かが、右手を伝って流れ込んでくるのがわかる。驚いたが、目だけは逸らさない。


 詠唱は、続く。

 


「『我らの願い 彼女の祈り


 欺くもの 誑かすもの 掠め取るもの


 その全てを 許すこと勿れ


 その瞳を 逸らすこと勿れ


 汝 拒絶せよ


 汝 継承せよ


 汝 撃滅せよ


 彼らをどうか 滅ぼし賜え』」



 ドクンッッ


 より一層強く、何かが流れ込んでくる。

 お互いの手を握る力が強まった。そうしなければ、離れてしまいそうな勢いだ。


 ヨロイの瞳が、一際強く、輝く。


 

「『――――――――――――』」


 

 詠唱が、終わる。

 最後の言葉は、聞き取れなかった。


 やがて、ゆっくりと魔法陣の光が消えていき、流れてくる何かも止まった。お互いの手を離す。

 

 終わった、のだろうか。


「…………ふぅ、お疲れ様。無事に、ボクの魔法は継承されたはずだよ」


「そう、なのか」


 自分の手の平を見つめる。

 何かが変わった感覚はある。だが、それがなんなのかは正直に言ってわからない。


「あーー、流石に疲れたね。ちょっと休もうか。コウくんもその力を体に馴染ませる時間は必要だからね」


「うん、わかった」


 なんだか不思議な感覚だった。

 まだ、ふわふわしているような気がする。


 部屋にあった椅子に、向かい合って座る。

 今になって気づいたが、ヨロイの顔は青白い。


「……えっと、大丈夫なの?」


「ん? ああ、ちょっと疲れただけだから問題ないよ。これやるの初めてなんだけど、なんかゴッソリ抜け落ちた感じでさぁ」


 まあ、本人がそう言うならこれ以上は言わないが。

 それにしても、ヨロイに影響はないのだろうか。


「継承って、ヨロイが魔法を使えなくなったりはしないの? 今更だけどさ」


「あー、それは心配しなくていいよ。本来の継承ならそうなるんだけど、今回は継承というよりはコピーみたいな感じ? ちょっと魔法陣もアレンジしてるんだよね」


 そんなことができるのか。

 なら、なんで元の世界では継承なんためんどくさいことをしてるんだろう。


「まあ、今回みたいに同一人物が二人いるっていう異常事態だからできた手法だね。通常ならできないよ」

 

 ヨロイが苦笑している。

 そういえば、話しているうちにだいぶ血色も戻ってきたようだ。


「さーて、もうちょっとしたら訓練場に行こうか。ここからが、お楽しみだ」


 おお、そうだ。

 継承の儀に圧倒されていたが、ここで終わりじゃない。むしろ、ここからが本番だ。


「人生初めての魔法、やってみようか」


 ヨロイが、ニヤリと笑う。

 僕もつられて、笑ってしまう。


 ついに、その時がやってきたのだ。

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