第23話 出航


 救出作戦出発当日。

 すでに夕暮れであり、船を出す時間が迫っていた。


 島にある唯一の港に見送りに来ている。

 僕とヨロイと、マユルワナさん。三人だけの見送りだ。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 まるで、その辺に散歩に行くかのような気軽さで、賢者は船に乗り込んだ。


「はぁ、今日から風呂に入れんのが辛いのぉ。まあ、行ってくるわぃ」


 毎日風呂に入っているジィさんは本気で悲しそうにしながら、船へと進む。


「吾輩、船は好きではないのであるが……。はぁ、行くしかないのであるな……」


 ヴァンは結構嫌そうだった。

 渋々といった感じで船に向かう。


「俺がいなくても毎日走れよぉ? 継続は大事だからな!」


 そう言ってリュウは船に飛び乗った。

 言ってることは至極まともなので、頷いておく。


「気をつけてねー」

[寄り道せずに帰るんだよー]


 僕とヨロイのかける言葉も緩い。

 いや、あいつらが失敗する未来なんてありえないでしょ。そりゃ、こうなっちゃうよね。


「皆様!どうかご無事で!!作戦の成功を心から祈っています!!」


 マユルワナさん一人だけテンションが違うな。

『任せろ姫様ぁぁぁぁあ!!!』あ、いや、船乗りのおじさんもめちゃくちゃテンション高いわ。船の上で雄叫びをあげてる。


 意気込みの差を微妙に感じながら、船がゆっくりと進み出す。ここに戻ってくるのは、ニ、三日後かな?

 

「行っちゃったねぇ」

[そうだねー]


 見送る時はあんまりなんとも思わなかったが、いざ出航してしまうと少し寂しさを感じる。なんだかんだ言って、心強い人たちだからね。僕だけどね。


「さあ、城に戻りましょうか!」


 マユルワナさんに言われたので、戻ることにする。


「ヨロイ、戻るよー?」


[んー、ちょっと結界の修復できないか試してみるから先に帰っててー]


 結界? ああ、対魔族用のやつがあるんだっけ。

 せっかくここまで来たのならやってみようということか。それなら、僕も待ってようかな。


[ちょっと危ないかもしれないんだよねー。だから、先に戻っててほしいな]


「え、了解戻るよ」


 危ないって何するつもりだ?

 身の危険を感じたので大人しく戻ることにした。マユルワナさん待たせてるし。


「すみません、戻りましょうか」


「いえいえ!お気になさらず」


 マユルワナさんって基本的にいい人だと思うんだよな。王族だからって気取った態度をとらないし。


「ここの生活には慣れましたか?」


「えっと、そうですね。快適に過ごさせてもらってます」

 

 他愛のない会話をしながら、城への道を進んでいく。


 美人と喋ることに若干の気後れを感じつつ、なんとか会話を続ける。そうこうしていると、そろそろ城の敷地に入ろうというところ。


「……姫さま!!」


 突然、男の子が飛び出してきた。

 その後からぞろぞろと数人の子供たちが続く。一体どうしたのだろうか。


「あら、どうしたの? みんな」


 マユルワナさんは優しく語りかけている。

 話しかけられた男の子は、僕の方を指差した。


「この人が、英雄様なの!?」


 その表情は、英雄に憧れるキラキラしたものではない。

 ……ああ、そういう感じか。


「ええ、そうよ? わたくしたちを助けるために、遠いところから来てくださったの」


 マユルワナさんが無難に返しているが、子供は止まらない。


「でも!そのためにパパは死んじゃったんでしょ!? ぼくたちを助けるためなのに、パパがいなくなったら意味ないよ!!」


 その目には涙が溜まっている。

 他の集まっている子供たちも、似たような境遇なのだろう。


「……ごめんなさい。わたくしの力が及ばないばかりに」


「姫さまが、姫さまがわるくないのはわかってるよ!!でも、でも、なんで、ぼくの……!!」


 そこまで言って、男の子は大声で泣き始めてしまった。周りの子供たちも泣き叫ぶ。


 その声を聞きつけたのか、子供たちの母親や、他の大人たちも集まってきた。


「姫様!申し訳ありません……!!」


 男の子の母親らしき人が、マユルワナさんに謝っている。その顔は、恐縮しきっていた。


「……いえ、大丈夫ですよ。わたくしは気にしていませんから、叱らないであげてくださいね?」


 マユルワナさんが子供たちをあやしながら、迎えにきた人たちの相手をしている。


 その姿を黙って見ていたが、僕の方にも何人か近寄ってきていた。


 片腕のない男が、話しかけてくる。


「……なあ、あんたが英雄様なんだろ?」


「……え、あの、僕は」


 やめてほしい。

 英雄なんて呼ばないでくれ。


「ほんとに、俺たちを助けてくれるのか? あんたらのために何人犠牲になったか知ってるのか?」


 知らないよ、そんなの。

 僕が、知るわけないだろ。


「あんたそんなに強いのか? 他の人らは凄味があったが、あんたは全然そう見えない……。なあ、俺たちにはあんたらしかいないんだよ!頼むよ!助けてくれよぉ!」


 あまりの剣幕に、たじろぐ。


「……ぃや、僕は」

「皆さんのことは、英雄様たちが必ず救ってくれます!」

 

 こちらの状況に気づいたのか、マユルワナさんが割って入ってくれた。ああ、ダメだ。周りの人の視線が恐ろしい。


「今は、わたくしを信じてください!」


 マユルワナさんの言葉に、男たちは引き下がっていく。そうして、全ての人が去っていった。


「……申し訳ありません、コウ様」


「……いえ、ありがとうございました。戻りましょうか」


 散々な気分で、城に入る。

 ……今日は、風呂に入って寝てしまおう。



――――――



 風呂から上がったものの、気持ちは晴れず、ベッドに倒れ込む。寝ようと思ったが、上手くいかなかった。


 目を閉じると、自分のことを責めるような目で見つめる人たちの顔が浮かんでくる。


「……なんだってんだ」


 気づけば冷や汗をかいていた。

 ああ、本当に気分が悪い。全然眠れそうにないし、走ってこようかな。今は何も考えず、体を動かした方がいい気がしてきた。


 そっと城を抜け出し、訓練場に入る。

 ここなら迷惑にならないだろう。


 全力で、走る。

 もう、なにもかも嫌になっていた。


「あーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 小山を駆け上り、頂上に立った。

 大声で、叫ぶ。


「僕が!!!なにしたっていうんだよぉ!!!!」


「勝手に召喚しといて!!!!勝手に期待して!!!」


「助けてくれ助けてくれってなんなんだあいつらは!!!僕たちのために何人犠牲になったとか知るかぁぁぁあああああ!!!!!!!!」


「挙げ句の果てに強そうに見えないだぁ!?!?そりゃそうだろうよ僕はただの高校生だバカがぁぁぁああああ!!!!!」


 大きく息を吸い込む。


「こんな人類滅んじまえぇぇぇえええええ!!!!!」


 

 ……



 ……




 ……ふぅ、落ち着いた。

 ちょっと言いすぎたね。

 

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