第19話 毒蛙


 森の中を進む。

 少し前に戦闘があったとは思えないほど静かだ。


「この辺の魔獣っていなくなったの?」


「いや、その辺にいるぞ? こっちが格上だとわかってるから、近づいてこないだけだな」


「そうなのである。だから、コウ殿は我々と離れてはいけないのであるよ?」


 一人になったらすぐに襲われるってことね。

 了解した。絶対に離れない。


「そういえば、ヴァンよぉ。毒蛙の魔獣って強かったのか?」


「うーん、蛙事態はそれほどでもなかったのである。図体がデカくて動きもそれほど早くはなかったのでな。ただ、毒が厄介すぎたのであるな……」


「ジィさんとヴァンなら、どうとでもなりそうな気もすんだけどなぁ」


「まあ、実際問題はなかったのであるが、決定打に欠けて時間がかかったのである。面倒であったから、次があったらリュウ殿も連れていくのである」


「……蛙は俺もいやだなぁ」


 話しながら森を歩いていく。

 なんだか緊張感に欠ける気もしているが、魔獣と遭遇することもなく進めている。森は相変わらず歩きにくいが、どうにかついていけていた。


「この辺りであるな」


 しばらく歩くと、ヴァンが立ち止まった。

 よく見ると、少し前の木々がところどころどす黒く変色している。


[おー、これは見事に侵食されてるね。というか、結構範囲広くない?]


「そうなのである。吾輩だけでは侵食を遅らせることしかできないから、ヨロイ殿を呼んだのであるな」


 話を聞くと、毒蛙の死骸を中心として円形に侵食が進んでいるらしい。外周から浄化していき、最後に毒の発生源となっている毒蛙を消滅させることが今回の目的ということだ。


[思ったよりも大掛かりだったなぁ。まあでも、任せなさーい。]


 腕をぐるぐる回しながら、ヨロイが前に出る。そして、前方に手をかざした。


[コウくんよく見ておくんだよ?]


 魔力の動きをしっかりと見る。

 全身の魔力がゆっくりと両手に集まっていくのがわかった。これはたぶん、見やすくしてくれてるな。


[領域浄化]


 前方に向かって扇状に放たれた魔力は、光となり汚染された部分に降り注ぐ。やがて、地面や樹木からどす黒いものが抽出されて、一つの塊になった。


 光の注がれた領域は、すっかり普通の森に戻っている。


「おお、すげー……」


 魔力制御でめちゃくちゃ苦戦している今だからよくわかった。この人すごいわ。


[コウくん、参考になった?]


「うーーーん、まあなんとなく? あ、見やすいようにしてくれてありがとう」


[おお、そこに気づけたんだ。えらいね!]


 ちゃんと訓練すればあれができるようになるんだもんなぁ。頑張るとしよう。


「で、この塊はどうすんだ?」


 リュウがどす黒い塊を指差している。

 あれはほんとに危険なものだろう。


[なんか使えるかもと思って抽出で止めといたんだけど、いらない? 必要ないなら中和して無害化してから処理しとくけど]


 掃除とか楽そう。

 油汚れとか抽出したりして。


「では、少し調査用に貰っておくのである。あとは処理しておいて構わんのである」


 ヴァンがどこかから取り出した小瓶にどす黒いやつを入れている。残りは宣言通りにヨロイが処理してくれた。


[さて、どうする? このまままっすぐ行って、毒蛙を処理しに行ってもいいけど]


「その方が早そうであるな。お願いするのである」


 そういうことになったらしい。

 ヨロイが浄化しつつ、どんどん進んでいく。先ほどとは段違いの速さで魔法を使っている。ここまでできるようになるには一体どれほどかかるのだろうか。

 

 しばらく進むと、少し開けた場所に出た。

 そこには、どす黒い巨大な塊があった。


「え、これが魔獣……?」


「そうであるな」


 いや、デカすぎるだろう。

 僕の5倍くらいの高さじゃないか? これが動くの? 毒を撒き散らしながら?


「よく倒せたな……」


 普段喋ってるだけだと変な奴らだなって感じだが、やはり英雄と呼ばれるだけあって戦闘力は凄まじいらしい。


「意外となんとかなるものであるよ? コウ殿もそのうちやれるのである」


 やれるかなぁ。

 もう一度毒蛙を見る。無理じゃないかなぁ。


[うえぇ……これは流石に時間かかりそう。ちゃちゃっと始めますかー]


 そう言って、ヨロイが毒蛙に両手を向けた。

 その時。



 ドクンッ



「ヨロイッ!!!」


 いつの間にかリュウがすぐに僕の前に立っていた。声と同時にヨロイも飛び退き、すでに結界を発動させている。

 

 なんだ? 今、毒蛙が動いた?


「おいおいヴァン!死んでんじゃねぇのかよ!?」


「いやいや!ちゃんと確認したのである!」


 ドクンッ


「動いてんじゃねぇか!」


「そんな、はずは……」


 ヴァンが狼狽えているが、ジィさんと二人で確認していたのだから疑ってはいない。二人とも欺かれたというならそれはもう仕方ない。


[違う!これは中に別の……]


 ドクンッ


 三度目の脈動。

 そのあとすぐ、毒蛙の遺骸が裂け始めた。


 ボトッ、と何かが裂け目から地面に落ちる。

 やがてそれは立ち上がって……。


 なんだ、あれは。

 真っ黒の、人……??


 ふらふらとしていた人型のそれは、次第に安定する。

 そして、ゆっくりとこちらを向いた。


 その瞬間、怖気が走る。


「龍閃ッ!!!」

「血槍!!!」


 気づいた時には、すでにリュウが飛び出していた。

 ヴァンも無数の真っ赤な槍を人型に放出して攻撃している。


[コウくんは絶対動かないでね]


 僕はヨロイの後ろで固まっていた。

 一体、なにがどうなって……。


 やがで、戦闘音がおさまった。


「チッ、おいヴァン!手応えは!?」


「吾輩もないのである!」


 恐る恐る、前方を見る。


 そこに、人型の姿はなかった。



……



 突如起こった戦闘のあと、しばらく警戒していたが何もなかった。おそらくは逃げ出したのだろうということで意見が一致した。


 一刻も早くここを離れたかったが、毒蛙の遺骸をこのままにしておくのは危険だということでヨロイによる浄化を行っている。


「ヴァン、あれは魔獣では、ないんだよね?」


「……わからんのである。少なくとも、この森に生息していた魔獣とは異なるとは思うのであるが」


 ヴァンは先ほどから考え込んでいる。

 僕も同意見だ。迎撃戦で魔獣は数多く見たが、根本的になにかが違うような気がしていた。

 

[終わったよー。……考えるのは後にして、すぐにここから離れよう]


 ヨロイが近づいてきて、浄化の終了が告げられた。

 警戒していたリュウも呼び、森を出るために歩き出す。



 なんとも言えぬ不気味さを残して、城へと帰還したのだった。


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