第2話 異世界の英雄たち
「いや、そんなこと言われても困るんだけどね……」
こちら側にいた、フードを目深に被った人が発言している。僕も全く同じことを思っていたので、とりあえず頷いておいた。
「そ、その、今非常に困っておりまして。助けて、いただけないでしょうか?」
マユルワナさんのその姿には庇護欲が掻き立てられるが、助けるとは一体何をするんだろうか。
そして、この状況を受け入れ始めていることに気づく。自分のことなのに、なんだか気持ち悪い感じがする。
「まあ、私には現状どうすることも出来なさそうだから、話くらいは聞くけど……」
混乱しているところをフードの人が話を進めてくれていた。ありがとうフードの人。
「ありがとうございます!それでは、ご説明しますね!」
そうして、おそらく事前に準備していたのであろう説明が始まった。
この世界では、魔族と呼ばれる悪しき者たちと人類が長く争っていたらしい。お互いの力は拮抗していたが、ここにきて均衡が崩れ魔族が侵略を進め、人類は窮地に立たされている。ここが人類最後の拠点となっており、戦える人員などほとんどいない。状況は絶望的だった。
そこで、古代の魔法を用いて異界の英雄を召喚する儀式を実行することにしたそうだ。王家に伝わる古の書物に記載があったらしく、縋る思いで魔法を発動したところ成功してしまったと。
召喚された僕たちには、人類の希望となって戦ってほしいということらしい。
「随分と、勝手なことだねぇ……」
呆れたようなフードの人の声。
これまた全く同じことを思っていたので、とりあえず頷いておく。
「申し訳ありません……。ですが、わたくし達にはほかに縋るものもなく……」
マユルワナさんが、泣きそうな声で顔を伏せてしまった。
「それで、人類を救うというのは一旦置いておくとして、私たちは元の場所に戻れるのかい?」
流石はフードの人だ。
一番聞きたかった事を聞いてくれる。異世界召喚とかちょっと憧れがあったが、実際自分の身に起こってみるとめちゃくちゃ帰りたい。戦うとか無理だ。
「それはもちろんです!……ただ、今すぐには不可能でして」
召喚用の魔法陣とは別に、送り返すための魔法陣も存在するという記述はあったそうだ。だが、場所はわからず、呪文もわからない。加えて、エネルギー源として必要な魔煌石というものも今回の召喚で使い切ったらしい。
「いや、それは人としてどうなの……」
フードの人が相変わらず代弁してくれている。もう頷くだけでいい気がしてきた。
「申し訳ありません。……ですが、魔族どもを駆逐して領土を取り戻せば必ずや元の世界に戻ることができます!」
マユルワナさんは信じきっている様子だが、そう簡単に見つかるものでもない気がする。そもそもこの世界はどれほどの広さなんだろう。それによっては不可能に近いのではないだろうか。
「はぁ……そうかい……」
諦めないでフードの人!
その気持ちはわかるけども!
「まあ、なんじゃなぁ……とりあえずはこの世界を知るところからかのぉ……」
髭の生えた白髪のお爺さんが初めて発言した。顔半分に黒い刺青みたいなものがあって怖い。だが、その喋り方は普通だった。呆れているようだったが。
「そ、そうですね!大まかな地図ならありますので、後でそれをお見せしながらご説明します」
マユルワナさんは話が進んだからか、元気を取り戻していた。
……
しばしの沈黙。
「それでは皆様!自己紹介をしましょうか!」
明るい声が響く。
こんな状況でなければ、いい子だなぁと思っていたはずだ。
「これから一緒に戦う仲間ですからね!お互いの絆を深めていきましょう!」
おー!という感じで拳をあげている。
だが、マユルワナさんのテンションに反して、こちらは白けていた。誰か一人くらいのってあげればいいのに。
僕は嫌だ。
「……では!目覚めた順番にいきましょう!」
そう言って、まだ発言していなかった一人を指名する。
その人物は、この中で一番異彩を放っていた。キラキラしたベールのようなもので顔が覆われ、なんというか神々しさのようなものが全身から発されている。
「我は……カミだ」
厳かな声で語られた短いその言葉に、場が固まる。んん? カミ……というと、神だろうか? まあ確かにそれっぽい感じはするが。
「カミ様ですね!ありがとうございます!」
マユルワナさんは気にしていないようだ。
それでいいのだろうか。この世界には神とかの概念がないとか?
「では、次の方どうぞ!」
次に指名されたのは、最初にマユルワナさんに絡んでいたガラの悪い男だ。よく見ると、鱗のようなものが生えているような気がするのだが。
「……ああ? 俺かよ。じゃあ、リュウとでも呼んでくれや」
リュウは、龍だろうな。
鱗も生えているし、やっぱり龍なんだろう。ファンタジー的に言えば、龍人とかそういうのだろうか。
「次はそこの貴方!」
テンポが早くなっている。
まあ、こっちは七人いるからどんどんいきたいのかもしれない。
次の人はまだ喋ってない人だ。
顔の上半分を隠す仮面をつけているので表情はよくわからないが、肌は青白い気がする。
「吾輩であるか。ふむ、ヴァンとでもしておこうか」
ヴァンパイアだな。
これはヴァンパイアしかないだろう。喋ってる時に尖った歯も見えたし。
なんかここ人外しかいなくないか?
かなり不安になってきた。
「ではでは!そこの髭のお方!」
髭の人は先ほど発言していた。
刺青が入っているが、それ以外は人間っぽい。
「儂かぁ。なんか面倒じゃから、ジジィとでも呼べ」
考える事を放棄していた。
というか、今更だが誰も名前を名乗らないのは何故なんだ?
「うーん、ではジィ様とお呼びしますね!」
ジィさんか、まあなんでもいいか。
「フードの方!どうぞ!」
おお!フードの人だ!
この中では最も親近感が沸いている。
「私はそうだなぁ……賢者にしておこうか」
フードの人は賢者さんだったらしい。
見た目もピッタリなので、しっくりくる。
「ケンジャ様ですね!わかりました!」
マユルワナさんはずっと元気だ。
さて、自己紹介も残るは僕ともう一人。
「そこの鎧の方どうぞ!」
そう、鎧の人がいるのだ。
全身甲冑を着込んでいるため、表情も何もわからない。
「……」
そして喋らない。
マユルワナさんがニコニコしながら待っているが、喋り出さない。
どうしたんだろう、と思って見ていると。
『あー、あー、聞こえてるかい? そのまま反応せずに聞いてくれ』
これは……!?
あれか、脳内に直接語りかけるあれか!!
『あー、そうそうそんな感じ。先ほど名乗った賢者だけど、君にお願いがあってね』
賢者さんからお願い?
なんだろうか。
『結論だけ言うけど、名前は名乗ってはいけない。説明は後でするね』
言うだけ言って、脳内会話が終わった。
名前を名乗ってはいけない。これまでの流れからして、それは他の人もわかっていることだったのだろう。わかってなさそうな僕を心配してくれるとは、賢者さんはとても親切だ。
「ええと……、では、ヨロイ様とお呼びしてもよろしいですか?」
我に返ると、マユルワナさんが根負けしていた。鎧の人は頷いているので、これからヨロイさんと呼ばれるのだろう。安直だな。
「……では!気を取り直して最後の方どうぞ!」
さあ、僕の番だ。
しかし、名前を名乗ってはいけないとなると、なんと答えようか。
他の人は肩書きとか種族っぽいものを答えていたけど……。
「ええと、あの、またでしょうか……?」
いかん、マユルワナさんが涙目になっている。ヨロイさんのように無言でいるわけにはいかない。
「えっと、高校生、です」
咄嗟にそう答えてしまった。
なんか賢者さんとか笑ってる気がする。
「コウ・コウセイ様ですか? では、コウ様とお呼びしますね!」
ああ、なんか勘違いしてくれて名前っぽくなった。
僕はこれから、コウ様と呼ばれるらしい。
不意に、体が少し重くなった気がした。
気のせいだろうか?
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