僕は英雄ではないが、英雄は僕である

@ayayayaya0805

第1話 召喚というプロローグ


 美しい少女が祭壇に向かって跪き、祈りを捧げている。


 祭壇には、複雑に記号が絡み合った魔法陣。

 その上には、煌びやかな宝石たちがうず高く積み上げられていた。

 

 そして、魔法陣を七つの円が囲っている。


 少女の透き通った声だけが空間に響く。

 それは歌のようで、呪文のようで。意味があるのかないのかわからないような文言を、懸命に紡いでいる。


 やがて、その声が止まった。


 少女が立ち上がり、魔法陣に両手をかざす。


「彼方の英雄、異界の英雄よ」

 

 縋るような声で、最後の言葉を発する。

 

「我が願いに応え、世界をお救いください」



 魔法陣が眩い輝きを放ち、宝石が消失する。

 七つの円からは青白い光が立ち昇り、その中には人影があった。


「成功、したの……?」


 か細い声で、少女が呟く。


 果たして、少女の願いは聞き届けられ――――

 


***



 遠くで、何かが聞こえた気がした。


 また、両親が喧嘩でもしているのだろうか。

 本当に、やめてほしい。


 ……いや、やけに近いところで言い合っているな。

 あれ? というより、いつの間に寝てしまったんだ? 確か、学校から帰っている途中で……。ダメだ、思い出せない。


 ゆっくりと目を開き、体を起こす。

 視界はなんだかぼやけているし、耳も何かが詰まっているような感じだ。


 だが、流石に違和感を覚える。


(え、なんだ? どこだ、ここ?)


 そこは、ぼやけているが見慣れない空間だった。

 間違っても、自分の部屋などではない。


(いやいやいや、どういうことだよ?)


 今日は普通に学校に行って、勉強して、帰っているところだったはずだ。まさか、誘拐された? いや、そんなことはないか。


 これは、夢?

 夢だとしたらやけにリアルで怖い。


 古典的だが頬をつねってみる。

 痛いな。現実だ。


(えぇ……)


 視覚も聴覚も鮮明になってきた。

 石造りの……祭壇か? 祭壇なんて見たことないけど、変な模様が描いてあってそれっぽい。


「で、ですから!皆さんお揃いになってから、ご説明しますので……」

「だからさぁ、説明なんかいらねぇんだよ!今すぐ戻してくれって言ってんの!」


 よく聞こえるようになったせいで、言い合いの内容も聞き取れるようになった。少し離れたところで、チンピラみたいなのが女の子に絡んでいる。


 その時、女の子と目があった。

 なんだか、見たことあるような顔な気もするけど。


「あ!最後の方が目覚めたようですよ!」


 最後の方っていうのは僕のことか。

 全然気づかなかったが、見回してみると確かに他にも何人かいた。……なんだろう、その人たちからはとても奇妙な感覚を覚える。


 そして、何故か僕の方を全員が凝視している。


「ああ? 最後だぁ?」


 ガラの悪い男がこちらにやって来た。

 そして、僕の方を見て、固まる。


「おいおい、こりゃあ一体……」


「そこの人、一旦黙っていた方がいい」


 フードを目深に被った人が、ガラの悪い男にそう告げた。そんな言い方で、大丈夫だろうか。

 

「あ、ああ……」


 予想に反して、男は黙った。

 まだ僕の方を見ているが、なんだろうか。


「み、皆様!」


 静かになった場に、女の子の声が響く。


 駆け寄ってきた女の子を見て、思わず目を逸らした。

 黒く長い髪に、美しい顔立ち。どこかで見たような気がするのだが、思い出せない。


 いや、そんなことはどうでもよくて……。

 巫女服のような衣服を身に纏っているのだが、やたら露出が激しい。目のやり場に困る。


 ああ、僕はおかしくなったのだろうか。

 見たことのない奇妙な服を着た女の子。そして気にしないようにしていたが、周りにいる奴らも僕とは何かが決定的に違っている気がする。


「わたくし、マユルワナ=ヒューリンデンと申します」


 女の子が優雅な礼をする。

 聞き馴染みのない名前だ。


「異界から皆様を召喚したのはこのわたくしです」


 召喚……。


 召喚!?


 聞き間違いではないようだ。

 異界からと言っていたような気がする。じゃあここは、別の世界だとでもいうのか。ダメだ頭が痛くなってきた。


 これは、本当に現実か?


 


「英雄の皆様!どうかこの世界をお救いください!!」

 




 ……英雄?

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