第02話『この世で最も小規模な戦争』

 

 ある日、『戦争』が勃発したとして。


 もはや衝突を避けられず、迎え撃つしかなかったとして。


 敵対勢力から勝利をもぎ取るためには、何が必要となるだろう。



 ……『武器』について考えてみる。

 剣。大砲。爆弾。銃。そして魔法。

 とにかく必要なのは攻撃する手段だ。どれだけの武器を用意できるか、その武器はどれほど効率的に敵を倒せるか。そこを考えなければ何も始まらない。



 ……『兵士』について考えてみる。

 多いに越した事はないが、兵士の数なんて国や組織の規模で変わってしまう。

 兵士だけ大量にいたところで、物資が足りなければ投入できる人数にも限りが出てくる。かと言って少数精鋭では単純に戦力不足に繋がる。

 考えてみると、武器より難しい要素かもしれない。



 ……『戦地』について考えてみる。

 武器や兵士だけでなく、戦う場所も重要だ。

 山から攻め入るか。平地で迎え撃つか。隠れやすい森林で待ち伏せるか。それとも市街地でやり合うか。

 想定するシチュエーションによって、作戦や戦況というのは大きく変わる。



 ……と、いくつか考えてみたものの。

 結局のところ、相手より好条件を手にすれば大方『勝ち』は確定するのだ。



 武器や物資なんて、相手の何倍も調達できればその分余裕が生まれる。取れる作戦にも幅が生まれる。積極的に攻めるまでもなく、消耗戦を狙う事だってできる。


 兵士の数なんてさらに顕著だ。一〇〇の兵士と、五万の兵士がぶつかった時、どちらが競り勝つかなんて考えるまでもない。


 唯一、劣勢側が逆転できる要素があるとすれば地形だが、そんなもの、ではどうにでも対応できる。

 空を飛べる。水を操れる。火を飛ばせる。大地を割れる。そんな世界で、地形なんて何の役に立つという。


 だからこれは、絶対に勝てる戦いだった。


 数百にも及ぶ『魔法兵器』を備え。

 最新鋭の魔法教育を受けた、一〇〇〇人規模の『魔法使い』を自軍に抱え。

 自分達の住む『魔法研究都市』、その慣れ親しんだ地で戦いの火蓋が切られ。


 武器も潤沢で、兵士の質も最高峰で、地の利も圧倒的で。

 もはや敗北する要素など、微塵も見当たらない好条件を手にしておいて。

 その上で。





「つまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらん!!!!!! 貴様ら全員やり直しじゃァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」





 


 傷どころではない。その少年には未だに汚れの一つも付いていなかった。

 ようやく一〇歳を超えたかという幼い容貌にも。体の丈に合っていない大き過ぎる黒の衣装にも。若々しい腕と足にも。星空の如く輝く銀の髪にも。


 そして、ひたいから後ろに向かって突き出た、悪魔のような『二本の角』にも。


 化物と呼ぶには人間過ぎて、しかし人間と呼ぶには異質過ぎる存在感。

 そんな少年が、恐ろしい声量で絶叫を上げながら、両手と両足を振り回して全力疾走していた。

 平和な街の中を? いいや違う。




 数百の魔法が炸裂する大都市の中を、だ。




 ゴガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガがががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががダババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババッッッ!!!!!! と。


 数十、数百という数の。


 矢が、槍が、砲弾が、爆弾が、魔法が。


 数十本の水の槍が、巨大な炎の龍が、直径二〇メートルの氷の吊り天井が、音速を超える雷の突撃が。


 土で作られたゴーレムが。巨大な拳の形になって襲い掛かる空気の塊が。合成植物魔獣が。無機物すら腐らせる神秘の毒ガスが。見えない座標攻撃が。一直線に降り注ぐ五〇倍重力の豪雨が。マグマの竜巻が。太陽の熱でも溶けない強力な錬金武具が。五感が捉えるだけで作動する致死量の怪奇現象が。地中に仕込まれた五〇〇もの魔力地雷が。遥か上空から降って来る一〇〇体もの召喚獣が。異次元からエネルギーだけを呼び出す召喚爆撃が。距離を無視して標的にぶち当たる光の砲撃が。空気中の水分に付与された概念斬撃が。二〇〇〇体ものゾンビの群れが。相互作用により秒単位で威力が倍増する引力と斥力の暴風が。触れたものを木端微塵にする微細な空気振動が。神話を忠実に再現した超常的宝具が。強制的に異世界転移させる魔法陣が。天空を割って現れる都市一つを簡単に潰せそうな巨人が。横なぶりの王水の雨が。敵を全方位から押し潰す純粋な圧力が。疑似的に創造した宇宙空間が。見ただけで脳が破裂する情報攻撃が。体内に侵入して毎秒三〇〇匹に増える魔法改良された寄生蟲が。純粋な流星群が。別時空から対消滅を狙う意思を持った反物質が。永遠に抜け出せない迷路空間が。時間を空転させる特級呪法が。


 前から。後ろから。左から。右から。斜めから。上から。下から。


 三メートル先から。四〇メートル先から。五〇〇メートル先から。六七〇〇メートル先から。八キロメートル先から。一〇キロメートル先から。その都市の北端と南端から。都市から離れた場所にある遠距離魔法射撃場から。


 若い魔法使いから。妙齢の魔法使いから。年老いた歴戦の魔法使いから。

 一人の魔法使いから。数人の魔法使いから。魔法使いの集団から。


 てのひらから。指先から。全身から。手に持った杖から。ランタンから。試験管から。よく分からない『魔法道具』から。巨大な大砲のような『魔法兵器』から。自律飛行する『完全無人』の魔法放射兵器から。




 あらゆる方角と距離の、あらゆる魔法使いと魔法兵器から。


 無数の魔法が、少年一人に対して一斉に解き放たれていた。




 空間が圧搾された。景色が魔法で塗り潰された。

 次から次へと際限なく、隙間もないほど矢継ぎ早に、一撃一撃が一国の軍隊を消し飛ばすレベルの魔法が豪雨のように降り注ぐ。

 明らかな『戦争』仕様。

 投入された魔法使いの数も、使用された魔法の火力も、国どころか『世界中』との戦争を前提とした規模だった。


 それに対して、少年が取った行動は極めてシンプルだった。


 自分に殺到する魔法に向かって、ビシッと人差し指を突き付ける。

 まるで、出来の悪い教え子のミスを厳しく指摘する教師のような仕草。

 それだけだった。




 直後、少年以外の森羅万象が吹き飛んだ。

 正確には、彼を中心とした半径一キロメートルの空間が大爆発を巻き起こした。




 その爆発の正体が、『殺到する魔法と全く同数、全く同種の、それでいて数百倍も高性能な完全上位互換の魔法の群れ』であったと、一体誰が気付けたか。


 魔法の豪雨など、一瞬で消し飛んでいた。


 矢も槍も砲弾も爆弾も水も炎も氷も雷もゴーレムも合成植物魔獣も召喚獣もゾンビも巨人も音も隕石も重力も。

 物理的な攻撃はもちろん、非物質や仮想質量までもが、同種の魔法で相殺されるに留まらず、数段も高位の魔法で上から塗り潰された。


 衝撃波が同心円状に広がり、辺り一帯を吹き飛ばしていく。

 少年の周囲にあった、煉瓦造りの建物も、石と木で出来た建物も、も、大都市を構成する何もかもが風景単位で薙ぎ払われる。


 爆風はたっぷり数十秒も続いていた。

 ようやく収まったと思った頃には、地獄の光景が広がっていた。


 爆心地の姿が露になる。直径一キロメートルのクレーターを中心に、そこから数百メートル先まで更地が広がっている。地上には巨大な亀裂が走り、地盤ごとズレて皺寄せした絨毯のように歪んでいた。

 直接的な影響だけでこの有様。余波まで含めればもっと広い。薙ぎ払われた建築物の残骸が、さらに広範囲の都市に流星群のように降り注いでいる。

 未だに遠くで響く轟音。波及し続ける破壊の連鎖。


 そんな地獄をもたらした張本人は、爆心地のに漂っていた。


 当たり前のように宙を浮遊し、少年は大空から地上を見下ろす。

 そして気付く。どうやら『この街』は想像以上に広いらしい。

 たった今消し飛ばした範囲なんて、都市全体から見ればほんの一部。視界の遥か向こう側には、まだまだ元気に立ち並ぶ摩天楼が見える。


「……くくっ。くははははははははは!」


 そう分かった上で、豪快に笑う。

 青空のど真ん中、彼はまるで髭でも撫でるみたいに顎に片手を当てて。


「そうかそうか! これほど栄えた街じゃったか! これほどまでに潤ったか! 人の世は!」


 なるほどなるほど、と。

 少年は何かに納得したように、何度も何度も頷いてみせる。

 頷いて、納得して、理解して。

 そして。


「下らんのぉ」


 評価が下された。

 直後だった。




 少年が消えた。

 一瞬で音速の二〇倍を叩き出した少年の体は、そのまま街の遠方に隕石の如く着弾する。




 まだ無事だった都市の一画。そこが丸ごと吹き飛んだ。着弾の衝撃に巻き込まれ、多くの建築物が木端微塵になって宙を舞う。

 粉塵が、意思を持ったかのように街を縦断していく。

 いや違う。少年が街の中を全力疾走しながら、目についた景色を片っ端から薙ぎ払っていたのだ。


 少年が掌を向ける。

 向けられた方角にある街並みが、三〇〇メートル先まで水の槍で貫かれた。


 少年が指先を向ける。

 向けられた方角にある空間が、八〇〇メートル先まで炎の津波に飲み込まれた。


 少年が睨む。

 それだけで、睨んだ方角にある景色そのものが巨大な氷山に包まれた。


 少年の意識が、ちょっとでも向けられた方角に。


 水が。炎が。冷気が。稲妻が。

 ゴーレムが空気が魔獣が毒ガスが座標攻撃が重力が竜巻が武具が怪奇現象が地雷が召喚獣が召喚爆撃が光が概念斬撃がゾンビが斥力が振動が宝具が魔法陣が巨人が王水が圧力が宇宙空間が情報攻撃が寄生蟲が流星群が反物質が迷路空間が特級呪法が。


 ありとあらゆる魔法が、炸裂する。

 その時だった。


「ほぉ」


 ゴバ!!!!!! と、『数百の鉄球で出来た竜巻』が真横から突っ込んできた。

 縦ではなく横に伸びる竜巻。それが地面を抉り、鉄球同士がぶつかり合う音響と火花を撒き散らしながら、口を開けた大蛇の如く迫り来る。

 しかし。


「マイナス五億点」


 少年は、襲ってきた竜巻に人差し指を向ける。

 直後にグルンと捩じれた。鉄球の竜巻は少年の一歩手前で向きを変えると、元いた場所へ帰っていった。


 間髪入れずに『次』が来た。


 ズドッ!!!!!! と、『ダイヤモンドの槍』が飛んで来た。

 真正面から、少年目掛けて一直線に。

 爆発的な速度だった。音すら追い越す勢いで空間を突き抜けるそれは、避ける間もなく少年に直撃する。……はずだった。


「マイナス四〇億点」


 少年は、退屈そうに溜息をついた。

 次の瞬間、数センチ手前まで迫っていた強靭な槍が、辺りの空気ごと凍り付いた。少年は凍結した槍と空気を片手で掴んでぶん投げた。遠くの街並みが、巨大な氷塊で押し潰された。


 性懲りもなく『次』が来た。


 数分前と同じように、複数の魔法が同時に飛んで来た。

 一〇か、一〇〇か、正確な数は分からない。ただ街の空に無数の『光』が浮かんでいた。その光は次第に大きく膨れ上がり、空気を引き裂く音響と共に少年に向かって突っ込んで来る。


 それを見て、少年は。

 ……いいや、もはや見てすらいなかった。

 彼は自分に向かって来る魔法に、ほんの一瞥もくれないまま。


「マイナス六〇〇〇億点」


 降って来た雷撃を掴んで投げ返した。炎は適当に手を払うだけで掻き消した。氷の流星群は拳一つでぶち抜いた。

 跳ね返した。相殺した。飲み込んだ。消し飛ばした。蹴り飛ばした。引き裂いた。叩き潰した。圧縮した。瞬時に腐らせた。砕いた。貫いた。


 無数の魔法に襲われて。

 その全てを片手間で撃ち落しながら、傷を負う事なく少年は突っ走る。


 そして、気紛れに地面を蹴る。

 斜め上に射出された少年の体は、破壊の限りを尽くした区画から、またしても遠く離れた区画まで一気に宙を駆け抜けていく。


 適当に着地した場所は、全長六〇〇メートルもある『尖塔』の真上だった。

 地上を見下ろす。

 無機質な摩天楼が、視界いっぱいに立ち並んでいた。

 そんな大都市の風景に、少年は。


「……どいつもこいつも、どこもかしこも」


 一〇歳程度の外見で、背丈に合わない大き過ぎる黒の衣装を羽織り、輝く銀髪を靡かせて、額から二本の角を生やした少年は。

 深く、深く、息を吸い。

 そして。


「貴様ら全員一人残らず!!!!!! 等しくマイナス一〇〇〇兆点じゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 癇癪を起したみたいに、足元を力いっぱい踏みつけた。

 直後、ズンッ!!!!!! という激震が街を揺さ振った。

 周辺一帯にある建築物が、一瞬、数センチだけ浮いた。……気がした。そう錯覚するほどの衝撃が、地面の下から突き上がるように襲ってきた。


「下らん下らん下らん下らん!! 先刻から興のそそらん児戯ばかり!! ワシが野山に籠り呆けた七〇〇年だか八〇〇年!! 魔法がこの世にのさばり尽くして早くも一〇〇〇年!! 戦乱が鎮まり、世が潤い、魔法も文明も極まり尽くし!! !! 腰を労わりながらここまで来たと言うのに!!」


 恐ろしい形相で街を睨む。

 大地を覆うほど立ち並んだ建築物。遥か向こうまで広がる最新文明。

 それら全てを視界に収め、我慢ならないとばかりに奥歯を噛み締めて。 


「なんじゃこれは。どうなっとるんじゃこれは。これが『最高峰の魔法技術』? これが『最先端の魔法教育』? これが、この街が、噂に轟く『世界最大の魔法研究都市』じゃと? ……不老と不死の呪いを患い、甘き死を望み続けて数百年、その末に見せつけられる現実が、これ、じゃと? ……つまらん。つまらん! つまらんつまらんつまらん!! 見るに堪えんわゴミクズ共めがあ!!」


 ズン! ズン!! ズンッ!!!!!! と。

 何度も何度も足元の塔を踏みつける。

 そのたびに塔に亀裂が走り、莫大な衝撃が塔を突き抜けて地上を大きく揺さ振る。


「魔法はここまで地に堕ちたか!! 一体どこで道を誤った!? 平等に魔法を伝え広めどもいくさしか起こさん愚図共に愛想が尽き、野山に籠り呆けたのが間違いじゃったか!? あるいは貴様ら如きに魔法なんぞ教え授けたのがそもそもの間違いじゃったか!! ああああああああああ最悪じゃ……。絶望じゃああぁぁ……!! いつになったら死ねるんじゃ!! このワシはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 小さな両手で顔面を覆い、少年は天に向かって絶叫を放つ。

 その時だった。

 遥か遠くの景色で、チカッ、という光が瞬いた。


 直後に来た。

 一方向からではない。

 少年の右と左と真正面、三方向から同時に何かが突っ込んできた。


 真正面からは、巨大な『光の束』。

 ……おそらく数人掛かりで発動した『結束魔法』だった。


 右方向からは、荒れ狂う『斬撃の嵐』。

 ……おそらく特殊な『魔法武具』で威力を倍増させた一撃だった。


 左方向からは、奇妙な形状の『鉄の塊』。

 ……全自動で魔法を出力する『無人魔法兵器』の群れだった。


 現代が誇る最強最大の魔法技術が、一人の少年に殺到する。

 しかし。


「つまらん」


 ───『光の束』が真っ二つに裂けた。


「下らん」


 ───『斬撃の嵐』が全方位から圧縮された。


「興味が湧かんと言うておる」


 ───『無人魔法兵器』から放たれる無数の魔法、その全てが消し飛ばされた上で兵器本体も木端微塵に爆散した。


 向かってきた何もかもを引き裂き、圧殺し、爆ぜ飛ばし、一拍遅れて発生する爆風に銀の風を靡かせながら、その少年は。


「……これで仕舞しまいか?」


 退屈そうな声で、問う。

 魔法が二波三波と続かない事を確認すると、今度こそ本気で失望したみたいに巨大な溜息を吐く。

 少年は、『光の束』が飛んで来た方向を指差しながら、


「質が低い。練度も甘い。何より個々の魔法に明瞭な『差』がある。この街は『自由と平等』を謳っとるのではなかったのかえ? 一〇〇〇年生きるならいざ知らず、たかだか一〇〇年程度しか生きれん貴様らに、何故これほどの差が生まれ得る? 信念に殉ずる覚悟もなしに自由と平等を口にするな。マイナス五〇〇〇兆点」


 評価を下す。

 弟子の実力を見定める師匠のように。

 少年はゆっくりと、別の方角に指先を突き付ける。『斬撃の嵐』が飛んで来た方角だった。


「この下らん手触り、潰し甲斐のなさ……『れいそう』を用いとるな? 大方、己の魔法を一〇倍程度に増幅させる玩具おもちゃじゃろうが……一〇倍。一〇倍か。一〇倍にしてこの程度か」


 下らん、と一言で切り捨てた。

 点数を与える価値すらないと判断し、少年は別の方角を指差しながら、


「魔法を放つ傀儡くぐつ。それは気に入った。人は争いからは逃れられん。なれば人ならざる物に取って代わっていただこうと、散り行く命を減らしてしまおうと、そういう魂胆じゃな? よいぞ、その心意気にプラス五億兆点。魔法を組み込んだ者にマイナス九億京点。質も力もまるで足りん。もう一度草毟りからやり直せ」


 たった一人の評論会が終わった。

 全てに点数を付け終えた。

 後はどうするか。

 そんなものは決まっていた。


「一〇年一〇〇年を刻む貴様らに、一〇〇〇年を刻むワシが見せよう」


 ───『見せつける』。

 己の下にいる者達に、高みに登った者の威光を。


「学べ。魔法とは


 六〇〇メートルの塔の上から、少年は地上に向かって人差し指を突き付けた。

 それが合図だった。


 少年の周囲に、ズアァ!! と数千もの『光の文字』が浮かび上がる。

 その『光の文字』は浮かび上がったそばから凄まじい速度で連なっていき、それこそ文章でも書き綴るかのように虚空に羅列を形成する。


 通称『魔法術式』。

 魔力を魔法に変換する特殊な文字列。


 具体的には───魔力を『光の文字』として空間に浮かび上がらせ、その並べ方・区切り方で魔力の『振る舞い』に指示を与えるのだ。

 魔力が火になるのか、水に変換されるのか。あるいは草木を成長させるのか。そういう詳細な『振る舞い』を記した命令文。



 それを、一気に五〇〇個も展開する。



 円形に閉じた魔法術式が。

 大樹のように枝分かれする魔法術式が。

 手紙のように規則正しい行列の魔法術式が。数式の如く特殊な配置で表現された魔法術式が。三次元的な立体を構成する魔法術式が。

 ありとあらゆる魔法術式が、一瞬のうちに少年の周りをドーム状に覆っていき……そして、同時に強い光を放つ。



 直後だった。

 真なる魔法が、半径五キロメートルの景色を丸ごと消し飛ばした。



 爆音だの、衝撃波だの、威力を知らしめる物理現象に何の意味もなかった。

 五〇〇の魔法が同時に降り注ぐ。

 形ある物なんて簡単に吹き飛んでいた。

 無駄に高い建造物。無意味に固く舗装された道路。それら全てが平等に消失する。瓦礫と粉塵が一緒くたになって宙を舞う。その材質はなんだろう。鉄か、石か、それとも別のものか。何であったところで興味はない。どうせ全部が有象無象。



 その時だった。

 空気をビリビリと震わすような音の津波があった。 



 轟音か? 爆音か?

 いいや違う。『悲鳴』だ。

 膨大な魔法が降り注ぎ、爆炎と粉塵ばかりが埋め尽くす街の中に……姿


 だが、逃げ惑う人々の姿は、不自然なほど『無傷』。

 荒れ狂う絨毯爆撃の中にいながら、住民達は皆、血の一滴すら流していなかった。


 なぜか? 問うまでもない。

 全てが少年の掌の上だった。


 威力、破壊規模、そんなものは付属物でしかない。

 その場の全てを掌握し、森羅万象に意識を巡らせ、草の一本も蔑ろにせず、石ころ一つにすら集中し、何を壊して何を壊さず、何を殺して何を守るか、それを砂の一粒に至るまで認識し、見極め、世界全体を己の意のままに操る技術。


 これが魔法。これこそが魔法。

 無学な有象無象には決して辿り着けないであろう真なる極致。

 そこに立つ少年は。 


「……ひひ、きひひっ」


 逃げ惑う人々の悲鳴を聞いて。

 普通に笑っていた。


「きひひひひははははははははははははははははははははははははははははははははははは!! さすがは無価値な有象無象!! 喚く時ばかり活きがよいわ!!」


 上機嫌ついでに、その場の勢いで五〇発ほどおまけに魔法をぶっ放した。

 世界全体に轟くような大音響が鳴り渡る。

 新たな爆炎が街を覆う。破壊を破壊で上塗りする。


「随分愉快に泣き喚くのぉ! んん? どうした? やめてほしいのかえ? 止まってほしいのかえ? ひひっ、きひひ! よいぞ。やめてやろう。止まってやろう。。貴様らに、それほどまでの力があるならのぉ!!」


 彼なりの譲歩のつもりだった。

 やめてほしければ、己の存在価値を示してみろと言っていた。 

 だが、何の答えもなかった。

 反撃が来る事もなかった。

 地上から聞こえてくるのは、爆音と震動と悲鳴ばかり。


「……なければこれで仕舞いじゃな」


 それで全てが決定した。

 真の魔法使いが、最終結果を下す。


「ワシが全てを破壊する。この腐れた世界と文明を」


 ある意味で。


「そしてゼロから創り直す。ワシを殺せる世界に成るまで」


 ようやくこれが、正式な『宣戦布告』だった。


「学びに殉ずる覚悟もなく、平和を志す気概もなく、不出来な魔法を不平等にばら撒くだけの世界となれば、もはや巨悪、醜悪、極悪非道も極まれり。認めよう、引き籠ったのは間違いじゃった。貴様らのような悪辣衆愚!! もはや一秒たりとも繁栄を許しておけぬわ!!」


 少年の細い指先が、遥か天空に向けられる。


「聞けいカス共!! ワシの名は───」


 名乗りは最後まで続かなかった。

 ボンッ!!!!!! と、尖塔の頂上が丸ごと綺麗に消し飛んだからだ。

 凄まじい勢いで飛んで来たのは、一本の『雷撃』。膨大な電気と熱を内包した槍のような一撃が、強い残像を刻みながら真正面から少年にぶち当たった。


 一拍遅れた反撃だった。

 宣戦布告後、初めて放たれた攻撃だった。

 だからあるいは、これが始まりの合図だったのかもしれない。

 世界と少年。あまりに不釣り合いな『戦争』の。


「ぬぅぅぅぅぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 名乗りの風情も理解できんのかゴミクズがァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 怒声が響いた。

 直後に粉塵が真っ二つに裂け、その直線上にある大地が三キロメートル向こうまで一気に割れた。

 そうして、粉塵の中から現れた無傷の少年は。


「聞け!! 暗愚迷妄のクズ肉共!!」


 銀の髪を振り回し、小さい体を大きく振って、遥か上空に指先を突き付けながら。

 全世界を震わせる声で。

 告げる。




「我が名はジークフリード!! 下らん一匹の魔法使いじゃ!!」




 名乗る。




「ワシがこの世を破壊する!! 地の果てまでも平らに均す!! ワシを殺せるその日まで!! 一度と言わず幾度でも!!」




 叫ぶ。




「止められるならば止めてみよ!! 殺せるものなら殺してみよ!! 老骨一匹の歩み一つ、それすら阻めぬ世界なら───」




 真下の地上を睨みつける。




「森羅万象何もかも!! ワシに壊し尽くされるがいいわクソ虫共がァ!!」 




 叫び尽くした直後だった。

 少年の周囲に『光の文字』が浮かぶ。

 魔法術式が構築される。

 何個も。何個も。何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も何個も、次から次へと際限なく矢継ぎ早に留まる事なく溢れんばかりに無限に永遠に一〇でも二〇でも一〇〇でも。


 気付けば街の上空に、巨大な『光の球体』が現れていた。

 少年を中心に展開された、約一〇〇〇個もの魔法術式の群れだった。


「くはははははははははははははははは!! ようやっと温まってきたわあ!!」


 自身が喰らった魔法よりも、圧倒的に膨大な量の魔法。

 一度でも放たれたら最後、街を隅から隅まで更地にする絶望的な規模。

 そんな地獄を顕現させた少年は。


「さあて!! 楽しい祭りの始まりじゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 言葉通り、心の底から楽しむかのように。

 何の躊躇も容赦もなく。自分より圧倒的に力の劣る民衆に向かって。

 一〇〇〇の魔法術式を、一斉に発動させる。

 ……その『直前』の出来事だった。





 ズアァッッッ!!!!!! と。


 少年の遥か頭上に、突然、見知らぬ魔法術式が現れた。


 





「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ほ?」


 虚を突かれ、驚いて、空を見上げたのが間違いだった。

 その僅かな隙を突くように、頭上の魔法術式の方が一歩先に発動した。

 次の瞬間だった。




 特大極まる『光の柱』が落ちた。

 ジュッ!!!!!! という短い音と共に、一〇〇〇通りの魔法術式ごと、少年の体が一瞬にして焼き切れた。














 祭り開始、約二秒後。


 祭り、終了。





 

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始祖魔導士のラストグリモワール ~幾千億の魔法を極めた世界最強魔法使いによる魔法都市再建計画~ 猫犬ワサビノリ @nekoinuwasabinori

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