「あの、ライラさん、わかってるとは思いますけどね、この依頼を受けるのは絶対にやめた方がいいですよ。というかやめてください!」


 ギルドの受付嬢は差し出された依頼票を見るなり、顔をしかめてそう言った。

 がやがやとしたギルド内が一瞬静かになり、怪訝そうな視線が集まる。


「え、なんで?」

「いや……『なんで?』じゃないですよ。『死亡テイマー管理魔物討伐依頼』なんて失敗確定依頼なんですよ? うちも法律上必要なんで形だけの依頼は出してますけどね、誰も受けるなんて思ってないんです。そもそも『使い魔を駆除するなんて後味悪すぎるからどこかに被害が出るまでは絶対受けないようにしよう』って、冒険者同士取り決めしてるの、私知ってるんですからね!」


 受付嬢の鼻息の荒さに、周りの冒険者が苦笑いする。「そりゃ、どこかの村に魔物被害が出て、駆除してみたら実はあのテイマーがテイムしていた魔物だったってのはあるかもしれませんよ。でもよく考えてください、この広い世界に解き放たれた、たった一匹二匹の魔物を探して、討伐して持ってくるなんてできるわけないでしょ!」

「いや、そんなのやってみなきゃ——」


「わ・か・り・ま・す! 絶対無理! ライラさんともあろう方が、依頼失敗の経歴なんてつけたくないでしょ? 少なくともうちはね、依頼達成率を少しでも上げなきゃいけないんです! ライラさんの依頼達成率、アーガンノ支部では筆頭なんですからね、それを下げるなんてとんでもない! うち、王国ギルドの支部で絶賛最下位争い中で、上からの圧がすごくてですね」

「そんなの私の知ったことじゃない——」


「っていうか、どうして数ある依頼の中からこんなもの選んできたんですか。ほかにいくらでもあったでしょ。ライラさん、銀級なんですよ? 『魔剣のライラ』ですよ!? 変えましょう! ね、決まり! ほら、これなんかどうです? 岩蜥蜴生態調査についてのフィールドワークチームの護衛。王立大学からの公費依頼なんで報酬はしみったれてますが……護衛対象がインテリ層ですからね、女冒険者だって舐めてかかって喧嘩売ってくるようなバカがいないのは大いにプラスだと思いませんか?」


「舐めてかかってくる人には、お灸を据えてあげればいいだけだもん」

 背中に差した大剣の柄をぽんぽんと叩くと、受付嬢はあからさまに顔をしかめた。


「あのねライラさん、そうやってお灸を据えた結果、クレームを受けるのはうちなんですよ」

「あー、そりゃごめん?」

 受付嬢がはあとため息をつく。


「まあお気持ちはわかりますよ。ライラさん、冒険者ではシキさんと一番親しかったですもんね。でも——」

 受付嬢は左右に目をやり、それから少し身を乗り出し、声を潜めるようにして言う。


「実はシキさん、本当に死んだかどうかもわからないんです。一ヶ月以上行方がわからないのは確かなんですが……」

「……じゃあなんで討伐依頼が出てるわけ? 冒険者が一、二ヶ月消息を絶つなんて、よくあることでしょ?」


「二週間以上の長期出張の場合は届けがいるんですけど……嘆かわしいことに、そうです、消息を絶って私の残業時間を無限に延ばしてくる冒険者は後を絶ちません。ライラさんも含めて」


 え、この受付嬢ちょっと怖い。

 名札には「ミヨ」と書かれている。今度はこの人がいない窓口にしよう。


「シキさんはその辺、漏れなく書類申請してくれる超優良冒険者でした。ま、そうじゃなくても不死鳥をテイムしていれば嫌でも目立ちますから、仮に申請漏れでもなんとなくどこにいるかくらいは噂でわかります。なにせ世界ではじめて不死鳥のテイムに成功した冒険者。『不死鳥のシキ』の噂は絶えません。それなのに、テリア村の宿屋を出たのを最後に、シキさんを見た人は誰もいません」


 言いよどんで、受付嬢はさらに声を潜めた。

「テイムしていたのが不死鳥なだけあって、スラムの半端物やらその日暮らしの紙級冒険者やらにずっとつけ狙われていたみたいなんです。まあそうじゃなくてもシキさん、調査依頼ばっかり受けてましたからね。いろんな秘密を握ってそうですし、恨みを買うことも多かったんでしょう。ライラさんもご存じの通り、シキさんは恨みを買う割に特別強いわけではなかったですし……。ほら、ライラさんも、シキさんの護衛依頼受けたことありますよね」


 受付嬢の勢いに押されるがままに、ただ頷く。

 少なくとも同ランクの冒険者の中では、シキはかなり弱い方だったのは間違いない。

 実際、銀級冒険者の護衛依頼なんて、シキ以外からは受けたこともない。


「でもさあ、シキの死体が見つかったわけでもないんでしょ? それにしては死亡判断が早すぎるんじゃない?」

「……これはライラさんだからお伝えしちゃうんですけど」

 ひそひそ声をさらに潜める。


「アカネちゃんを狙っていたらしい「紙級」冒険者が数人、ゴブリン退治から戻ってきていません。以前シキさんと言い争っていた「鉄級」も、です。……私、この前つい考えちゃったんです。ひょっとしたらシキさんが殺されて、テイムしていた子たちが恨みを晴らしてまわってるんじゃないかって」


「紙級のゴブリン退治なんて、三回に一回は失敗で終わってるじゃない。鉄級だって似たようなもの。『鉄級が一番失敗率が高い』ってギルドの人たちも嘆いているでしょ。試用期間が終わって紙冒険者証が鉄冒険者証になって、みんなついつい油断しちゃうのよ。銅になってようやく一人前。違う?」


「それはそうですけど……。でもアカネちゃんがシキさんのもとを離れたのは本当らしくって。噂じゃ、最近はテーダ州で目撃情報があるらしくて。知らないです? ほら、帝国と国境を接しているとこですよ。本当かどうか知らないですけど、なんでも森の奥の集落で飼われてるらしいですよ」


「……それ、赤いインコかなにかと見間違えてない?」


「私もそう思うんですけどね……まあ不死鳥らしき魔物が北の方で目撃されているのは本当みたいです。だからほかの子もシキさんのもとを離れたんじゃないかなあって」

 ミヨは悲しそうな顔をしたまま一呼吸置き、それから小さく首を振って続けた。


「テイマーはテイムした魔物を常にそばに置いておく必要があります。魔物単独で行動させる場合には必ずギルドへの届け出が必要です。シキさんは毎回ちゃんと届けを出していたんですが、今回はそれがないみたいで」


「だからって死んでるとは……」

「正直に言うと、シキさんの生死は二の次です」

 ミヨは蚊の鳴くような声しか出さないので、集中しないとまったく聞き取れない。


「届け出なくテイム下を離れた魔物は討伐対象です。シキさんのパーティの核となっていた不死鳥が解き放たれている以上、ほかの魔物もシキさんの管理下を離れている可能性があります。我々は王国民の安全のため、そういったリスクが判明した段階で可及的速やかに討伐依頼を掲載する必要があるんです。たとえ冒険者全員から『こんな後味の悪い依頼、絶対受けたくねえ』と思われていたとしても……少なくとも依頼を掲載したという事実が大事なんです! 私たち、不祥事には敏感なんで!」


 ミヨは最後の一言をはきはきと付け加えると、またすぐ悲しそうに眉を下げた。


「そりゃ私だって討伐依頼なんて出したくないですよ。判断が早すぎるって思ってます。アカネちゃんは可愛かったし、クロちゃんなんて巨大もふもふだったし……シキさんだってふらっと帰ってきそうな気がしますしね」


「まあミヨさんの気持ちはわかったけど」

 そう言うと、ミヨは「あ、名前覚えてくれたんですか? ライラさんに覚えられるのはちょっと光栄ですね」とべらべらと続ける。黙っていられないタイプらしい。


「でも私は、この依頼受けるよ」

「ちょっと! なんでですか! いくらシキさんと面識があったって言ったって——」

「それだけじゃないよ」


 小さく呟き、窓を見る。

 反射した自分の姿が映る。

 後ろで一本にまとめた長い金髪。

 青い瞳と薄い唇。首筋についた傷。


——冒険者になるんだ、髪は一本にまとめちゃった方が似合うんじゃないかな?

 頭の中でシキの声がした。


——傷が見えてる方が、ずっと強そうだよ。ちゃんと冒険者って感じがする。

 

「それだけじゃない」

 ふと窓の向こうをスラムの子どもが横切っていくのが見えた。

 泥だらけで薄汚れた服を着て、逃げるように走っていく。


 スリでも働いたのか、誰かに喜捨でも恵んでもらったのか、それともなにもしていないのに誰かに追われているのか。


「あいつが……シキがいなかったら、私は絶対に冒険者になんてならなかっただろうから」

 シキが連れ出してくれなければ、多分まだ、あんなふうに暮らしていたはずなのだ。


 誰かの財布を盗んで。

 ゴミを漁り、残飯を口に入れて。

 冒険者になるなんて、想像することすらせずに。


——大丈夫。いつでも一緒だから。

 また耳元で声が響いた。

 満月の湖で、泣きはらした頬で交わした約束が、鮮明に蘇ってくる。

——なにがあっても、絶対、絶対、守ってあげるから。


「……ライラさんがシキさんに恩義を感じているのはわかりました。でもね、失敗確定なんですよ? それでも本当の本当の本当に受けるんですか?」


「確定って言ってるのはミヨさんでしょ。心配しないで。本当に大丈夫だから。もちろん不死鳥を完全に消滅させて、その証拠を提出しなさいとか言われたら無理だけど……」


「さすがに上もそんな理不尽は言わないかと思いますけど……」

 ミヨはようやく小さく笑顔を見せた。


「ご存じの通り、討伐任務の達成条件は『駆除』か『テイム』です。『駆除』ができないなら『テイム』して頂ければ大丈夫かと。シキさんのテイムが外れた今、アカネちゃんは現在フリー……誰でもテイムができる状態ですから」


「……簡単に言ってるけど、不死鳥ってシキがはじめてテイムに成功した魔物じゃなかった? そんな簡単にテイムできるものかな?」

「ええ、うん、まあ、理論上は可能なんじゃないですかね?」

 ミヨさんは、無責任に笑ってつけ加えた。「知らないですけど」


「はあ。まあいいや。大丈夫。問題ないよ」

「え、ライラさん、もしかしてテイム魔法使えるんですか?」

「使えないよ?」


「ねえ、だったらなんでそんな自信満々なんですか!」

「うるさいな。なんとかなるって。もう決定。いいから受注処理してよ」


——なんとかなるって。

 シキの口癖を真似るようにそう言って、胸元に下げた銀製の冒険者証を渡す。「ライラ・アーモンド」の文字がきらりと虹色に光る。


「この依頼をほかの冒険者に横取りされるわけにはいかないしね」

「こんな依頼、誰も取りませんよ」

 ミヨははあとため息をつき、渋々と冒険者証を受け取った。

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