ヒューマンが先かエルフが先か

口一 二三四

ヒューマンが先かエルフが先か

 歴史が記録として残され始めた頃からこの世界には二つの種族が生息していた。


 短命種の『ヒューマン』。

 長命種の『エルフ』。


 似て非なる二つは対立し、小競り合いから大きな争いまで最も年老いたエルフの年齢よりも長い歴史の中で何度も繰り返していた。

 原因は毎回違うが、いがみ合う最初のキッカケは学者達の研究によって明らかになっている。


『どちらが先に生まれたのか?』


ヒューマンは主張する。


「短命種であるヒューマンが先に生まれその中で長命を得た突然変異が繁殖し独自に進化していったのがエルフ」


 エルフは主張する。


「長命種であるエルフが先に生まれその中で短命な出来損ないが繁殖し独自に進化していったのがヒューマン」


 自分達が種族としての源流であると主張し譲ることはなく、証明しようにも現存する最も古い歴史書には既にヒューマンとエルフが記載され学者たちもお手上げ状態であった。


 そんな時、ある冒険者が古き大樹の下に迷宮を見つけ、最奥にある祭壇から一つの文献を地上へと持ち帰った。

 ヒューマンの言葉ともエルフの言葉とも違う文字で綴られた文献は長年続いたいがみ合いに終止符を打つものになるのではないかと話題を呼び、それぞれの種族から学者、賢者と呼ばれる者達が集められた。

 二つの種族による解読作業は小さな結束を生み、やがてそれは世間にも広がりこれまで不可能であった休戦状態を成し遂げる結果に至った。

 この世界が始まって以来の平和が訪れた。

 一週間、一ヶ月、一年と時は流れた。

 歴史的大発見の解読という共通の目的にヒューマンとエルフはこれまで無かった交流の機会を得て、少しずつ、少しずつ。

 一歩にも満たない歩み寄りを重ね、エルフの長の息子にヒューマンの王の娘が恋したことでついに和平交渉が成立した。


「きっと誰もがいがみ合うことに疲れていたのだろう」


 そう口にしたのはこの世界で最も年老いたエルフ。

 最初のキッカケ同様、最後のキッカケを探していた。

 代表としてヒューマンとエルフの夫婦が誕生したのを見て彼は静かに息を引き取った。

 束の間の平和が真の平和となり長い長い争いの歴史は幕を閉じた。

 これからはヒューマンとエルフ手を取り合い新たな歴史を刻んでいくのだろう。



 そんな世界の移り変わりと並行して文献の解読は続いていた。

 いや、続いていることに『なっていた』。


 ヒューマンの王の娘がエルフの長の息子に恋焦がれていたのと同時期にその文献は解読された。

 書かれていたのはやはり現存する最も古い歴史以前の記録。

 別の世界から何かが『テンセイ』して来たという記載。


『ここは今日から私の実験場だ』

『ここにある全てが私のモノだ』

『ここであれば誰も邪魔しない』

『ここなら私は創造主になれる』


 日記のように綴られたページの先には様々な動植物の名前。

 そこに連なる『ヒューマン』『エルフ』の項目。

 何と何を組み合わせどの薬品をどれだけ足せば完成するのかが、事細かく。


『ようやく完成した』

『ゲームみたいにクラフトできた』


 これは『レシピ』だ。

 どっちが先かどころじゃない。まるで料理を作るかのように自分達は。

 得体の知れない、どこかから来たのかもわからない何かによって、作り出されたのだ。


 種族の源流どころか世界の根底が覆りかねない事実。

 これまで語り継がれてきたあらゆる伝承が無駄になる。

 また争いが起こる。それどころかもっと酷いことが起きる。

 生命としての存在意義が揺らいでしまう。

 バカ正直に公表すればどうなるのか、携わった誰もが理解できた。


 学者も賢者も「解読困難だ」と口裏を合わせた。

 次の代へ渡す時には何もかもを伝え、秘匿するよう徹底した。


 十年、五十年、百年……。

 解けた文献の解読は、今もまだ続いている。

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