勲章

 みらいと真崎さん、それに渚さんは、ぽかんとした顔で硬直している。どうやら悪戯のつもりはなかったらしい。そんな中で最初に口を開いたのは渚さんだった。


「ねえ、あなた。今なんて言ったのかしら?」

「ん? 乾杯だが?」

「その前よ?」

「帰国と叙勲を祝してか?」

「そう、それ! 叙勲って何なの!? あなた達は何か聞いていた?」


 ふるふると首を振るみらいと真崎さん。


 予め洋介さんには近況を報告していたが、どうやら渚さんに伝えてなかったようだ。


 そういえば、みらいも僕が今日こっちに着く事を知らなかった様子だった。渚さんならとにかく、洋介さんがふたりを驚かせようとサプライズを仕組むとは考えにくいから、きっと忙しくて忘れていたんだろう。


「じゃあ、彩昂君。皆に説明させてもらっていいかい?」

「わかりました。少し待っていてください」


 僕は部屋へ行き、帆布の鞄を持ってくると、中から厚手の封筒を取り出す。封筒に入っていたのは、コンドルが彫られた黒いメダルと、功績を称えるといった文言がスペイン語で書かれた賞状。


「彩昂君はね。現地のマフィアによって苦しむ少数民族を助ける為に尽力し、その功績が認められてシシメル共和国から勲章を授与されたんだ」


 ざっくりと概要を説明してくれる洋介さん。僕からは説明し辛かったから助かった。ドヤ顔で自慢するような事では全然なかったから。


「それって、彩昂君がマフィアと戦ったって事かしら?」

「まあ、色んな人達に協力してもらいましたし、僕だけが戦ったわけではないですよ。銃撃戦もほんの数回あったくらいですし」

「……あったんだ」

「まあ、多少はね。帰国の際にも追いかけられてさ。おかげで帰るのが遅くなっちゃって……」



「「「なっちゃってじゃ(ねー!)(ないよ!)(ないわ!)」」」



 みらい、真崎さん、渚さんから総ツッコミを受ける。なにこの三段活用。


「いや、でもその時考えた作戦が上手くいって、大統領が軍隊を動かしてくれてさ。マフィアは潰せたし、僕も無事帰って来れたし……」


 彼女達の剣幕が怖くてしどろもどろになっていると、渚さんが詰め寄ってきた。


「ご、ごめんなさい!」


 条件反射で誤ってしまう。僕は、幼少期の経験から宮津家の女性に対して弱いのだ。


 当然許されるはずも無く、僕の肩をガシッと掴む渚さん。


「そういう問題じゃないのよ! もう、なんでそんな危ない事をしたの!」

「で、でも……」

「でもじゃない! はあ? マフィアと戦ったですって? まったく、星吉さんは子供になんて事させてるの!? シシメルがそんなに危険な場所だったなんて、知ってたら絶対に行かせなかったわ! ねぇ、あなたは知っていたの?」

「い、いや……星吉君がいる村はのどかな山村で、各国から集まった研究チームも滞在しているから環境は悪くないと聞いていたな」


 渚さんの怒りは父にも及び、話を振られた洋介さんはあわあわしている。


「えっと……別に僕だけが戦ったわけではなくて、父も……色んな人達が手を貸してくれて……」

「あなたを巻き込んだ時点で、全員大人失格よ! 子供が危険な目にあって、何が勲章よ! 何がお祝いよ! 私は彩昂君を危険な海外に連れて行った星吉さんを絶対許さないわ!」


 それは、思いがけない言葉だった。


 最初は逃げる為にシシメルに行った。でも、雄大なアンデスの山々と、不便な環境でも逞しく暮らす人々を見ているうちに、僕の心境は変化した。


 ここで頑張れば、 あの日、眺める事しか出来なかったみらいとマサキの背中に追いつけるようになれるかもしれない。僕はこの地で自分を変えようと心に決めた。


 怖かったけど挑戦した。


 辛かったけど努力した。


 あの頃の弱くて情けない自分に、戻ることがないように。僕は耐えて、虚勢を張り続けて、理想の自分を演じ続けた。


 マフィアと戦ったのも、どうしても護りたいものがあったから。


 アンデス山脈奥地の村は、割と近年までその存在を知られていなかった。そのせいで政府からも放置状態にあり、村は人買いの標的にされていたのだ。


 もしも、標的にされたのがあの子じゃなければ、僕は普通の子供のように、流されていただけかもしれない。


 でも、絶対に護りたかったから、僕は頼りにならない政府や村の大人達に代わって行動を開始した。


 村の様子をネットに上げたところ、好評だった事から配信事業を開始。得た収益を投資で増やしてPMC(民間軍事会社)と契約。その頃には大人達も意識を改めて、協力してくれるようになり、周辺地域の有力者とも協力を取り付けて武器を手に入れ、村の護りを固めた。


 でも、僕とあの子が日本に進学するために村を出たその日、僕達はマフィアからの襲撃を受けた。PMCの人達が引き付けてくれているうちに僕達は逃げた。


 銃弾の中を走り抜けて、夜の荒野で身体を温め合いながら、僕とあの子はマフィアから逃れ、日本にたどり着いた。


 外国人の子供が襲われた事で、ようやくシシメル政府も腰を上げ、マフィアを壊滅の為に軍隊を導入。首領の邸宅と資金源であるコカインの工場を戦闘機で爆撃したらしい。


 異例ともいえる、未成年の日本人への勲章の授与は、僕の勇気と行動に感銘を受けた大統領が、敬意を形で表したいとして行われた。まあ、シシメル政府の面子の為というのもあるだろう。


 もし、僕が以前のままだったら、僕もあの子もきっと殺されていた。頑張ったから成し遂げられた。勲章はその成果が形になったもの。


 動受勲によって僕は沢山の人に称賛された。


 研究しか頭にないような父が、受勲式の際には涙を流して喜んでくれた。


 その何もかもを全否定した渚さん。


 僕の頑張りや、協力してくれた人達に対して、渚さんの叱責はあまりにも理不尽だ。


 なのにどうしてだろう。


 腹を立てるべきなのに、不思議な事に僕は嬉しいって感じている。


 不意に僕は渚さんに抱きしめられた。


「帰って来れて良かった。本当に、無事で良かった……」


 ああ、そうか。


 渚さんは純粋に僕の身を案じてくれている。だからだ。


「頑張ったあなたにこんな事を言ってごめんなさい。でも、どうしても許せなかったの。私達大人があなたをここまで頑張らせてしまったのよね。本当にごめんなさい」


 渚さんの言葉に胸の奥が熱くなった。こみ上げた熱は、胸から喉へ、そして涙になって溢れた。


 ああ、格好悪いな。


 よりにもよって、追いつきたいと願っていたみらいとマサキの前で泣いてしまうなんて。


 でも、どうせ抱きしめられるなら、みらいか真崎さんが良かったなんて考えていたのは内緒である。


「あーあ。お母さんがあやた泣かした」

「泣いたくらいで許すもんですか! もう!」


 渚さんは僕の髪をぐしゃぐしゃと搔き乱してからようやく解放してくれた。


「かっこ良くなっても、あやたはあやただった」

「悪かったな、中身はかっこ悪いままで」

「悪くないって。ほら、これで涙拭け」


 みらいが着物の袖から綺麗なハンカチを取り出して渡してくれたので、ありがたく使わせてもらう。


「ありがとう。洗って返すよ」

「いいって、そのくらい。どうせ洗うのはうちの洗濯機でだし、あやたはアイロンかけられるの?」


 みらいは、反論できずにいる僕の手からハンカチを取り上げると、丁寧に畳んで袖にしまった。


「渚さんも、一旦落ち着いて。今は彩昂君が無事に帰ってきた事を喜ぼうじゃないか。ほら折角の料理が冷めてしまうし、皆もお腹が空かせているだろう?」


 怒り心頭だった渚さんはといえば、洋介さんが必死で宥めている。昔から、みらいが渚さんに叱られて、洋介さんが窘めるのを見てきたので、変わってない様子でなんかほっとした。


「そうね。彩昂君が悪いわけではないですもの。でも、話はまた今度じっくり聞かせてもらいますからね」

「はい。必ず」

「あなた? もう隠している事は無いわよね?」

「いや、別に隠していたわけでは……私だって昨日メールで知ったわけでだな」

「まあ! 昨日のうちには知っていたのね!?」

「お父さん有罪」

「報連相が出来ていなかった洋介おじさまが悪いと思います」

「むぅ、すまん」


 女性陣に詰め寄られて洋介さんもたじたじである。


「あやたもさ、もっと早く連絡出来なかったの?」

「携帯も無かったし、昨日タブレット買ってメールしたんだよ。洋介さんは父から聞いてなかったんですか?」

「い、いや、それが何も……」


 僕からはこれまで連絡する手段が無かったわけだけど、父と洋介さんは頻繁に連絡を取り合っていたはずだ。


「あなた。後でメールをチェックさせてください。いいですわね?」

「は、はい」


 これは後で聞いた話だが、どうやら父と洋介さんのやり取りは、共通の趣味である、キャンプグッズとドローンの話ばかりだったらしい。それで怒った渚さんから父の元に、件名「まったく、男ってやつは!」で始まる、長文の説教メールが送られたとの事。


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High school runaway!~アンデスから帰ってきた僕が捨てたはずの故郷と幼馴染み達に癒される話~ ぽにみゅら @poni-myura

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