視線
職員室に行って九鬼先生からロッカーと下駄箱の鍵を受け取った僕は、みらいと真崎さんに挟まれながら1年7組の教室へと向かう。
「ゴールデンウイークの課題は全部今日持って帰る必要なくない? どうせ1日じゃ終わらないんだしさ」
「そうだね。空き時間に学校でも進められるし。あと、資料集とか、予習復習に使わない教科書なんかはロッカーに入れておけばいいと思うよ?」
「それに、国語や科学や地理の教科書も置いとけばいいよ。どうせテスト期間くらいしか家で勉強しないっしょ」
「うーん、科学は予習復習した方が良いと思うな」
美少女ふたりに挟まれて廊下を歩く。3人それぞれ荷物を抱えているから、両手は花というにはシュールな状態なんだけど。
僕の両手は5月の連休明けまでにやっとけと渡された問題集やら、体操服やらが入った袋で手が塞がっているし、みらいと真崎さんは、それぞれ教科書が入った段ボールを抱えている。
本当は僕が段ボールを持って、ふたりには袋の方をひとつずつ持って貰えばよかったんだけど、僕が手を出す前に、それぞれ段ボールに自分の鞄を乗せて、ひょいひょいと持って行ってしまったのだ。
ふたり共力持ちだから余裕で持てるだろうけど、何となく申し訳なく感じる。
おい、あれ1年の真崎と宮津だろ? 可愛いよなー。間にいる奴だれだよ羨ましい!
まさに大和撫子だよな。あんな子に尽くされてみてぇ……
真崎さんってやっぱ超綺麗だよね。憧れるなー。
ポニテの子おっぱいすげぇ……今日はこれでいいや。
……俺、段ボールになりたい。
やはり、真崎さんの美貌は目を引くようで、異性だけでなく同性からも羨望のまなざしを向けられている。
みらいだって負けてはいない。制服越しにもわかる豊満な身体に、男共から邪な視線が注がれている。
「なこ、また見られてるねー。外観詐欺師め」
「見られてるのはみーちゃんのお尻じゃないかな。大きいから」
「なにおー!」
「まあまあ」
職員室から教室までの間、すれ違う生徒達から様々な視線を向けられている。
好奇、羨望、嫉妬、邪念、殺意……
おかげで、僕は今凄く肩身が狭い思いをしている。
「なあ、みらい? 当たってるんだけど?」
「当ててるんだけど?」
言うまでもないが肩だ。
「真崎さん? もう少し横へ……」
「他の人の迷惑になるから駄目」
えー!? だったらなんで横に並ぶの!?
視線のおかげで精神的にもだけど、物理でも僕は肩身が狭い思いをしていた。
何故か僕を挟むようにして歩くふたり。廊下はそこそこ幅はあるけど、荷物もあるし、他の生徒に通行もあるから、どうしても窮屈な状態で歩くことになる。
どうやらわざとやっているみたいで、こっちが歩調を遅くして、ふたりの後ろを歩こうとしても、しっかり合わせて、両横をぴったりキープしてくる。
「ほら、なんか見られてるし、並んでた方が、あたし達もあやたも、声をかけられなくていいんだよ」
確かに、僕達は周囲からかなりの視線を向けられている。
僕が後ろにいたら、男子生徒が我先にと手伝いを買って出そうだし、彼女たちが後ろを歩いていたら、僕がクズ認定されそうな構図になる。今ひとりになったりしたら、間違いなく絡まれるだろう。
「まるでアルパカのファームにいるみたいだ」
「なにそれ?」
右腕にみらいがまた肩を当ててくる。
「きっかけひとつで一気に囲まれそうだって事。あいつら気の無いふりをしているとじっとこっちを見ているだけだけど、目が合ったら集団で寄ってくるからね」
「あはは! 確かに、今もそんな感じだね!」
こいつは自分が原因のひとつだとわかっているのだろうか? 寄り添ったままのみらいに、人の気も知らないで、と内心で愚痴る。
そして、左腕には真崎さんもぴったりと肩を当てている。
「真崎さんまで……」
「ふふ、大丈夫だよ。こうして仲良しなのをアピールして、入り込む余地なんてないんだぞって見せた方が、向こうも遠慮してくれるから」
「そういうもんなの?」
「そうだぞ。ひとりだとよく声かけられたりするけど、ふたりでいれば滅多にないよ。見られるのは変わらないけどさ」
僕は首をかしげる。ナンパって2対2くらいが一番多いと聞いていたからだ。実際、向こうで友人にナンパ要員として、駆り出された事がある。
「もし、声をかけられても、私達はふたりで楽しんでるんだから邪魔するなって言えば、すぐに退いてくれるからね」
「そうそう!」
あのー、それって何か勘違いされてなくない?
みらいは天然だから気づいてないかもだけど、真崎さんはわかってやってる気がする。
真崎さんってもしかして、そっちの趣味の人? マサキだった頃は、色んな女の子を誑し込んでたみたいだし。
「真崎さんってもしかして……」
「麻生君。私はそういうのじゃないから。もしそうなら間になんて入れてあげないよ? 死刑だよ?」
やっぱり、真崎さんは確信犯だったようだ。言おうとしたことに対して、先に答えを言われてしまう。
「何の話してんの?」
そして、みらいはわかっていなかった。
「なんでもない」
真崎さんがもたれるように体重をかけてきたので、押された僕がみらいを巻き込んでよろめいた。
「わあ!? 危ないな!? こら、なこ!」
「ふふふ」
みらいに怒られる真崎さん。それに挟まれる僕。
……あいつ、殺していいよな?
視線の中から、そんな声が聞こえた気がした。
怖ぇよ。
身の安全の為にも、今は彼女達に挟まれる事を受け入れるしかないようだ。
「ここだよ」
1年7組の教室は1階の角にあった。放課後ということもあって、教室には誰もいない。廊下も人影はまばらだったが、やはりまだちらほらと視線を感じる。
起用に足で扉を開けたみらいが教室に入ると、1番左端の最前列にある席に段ボールをどかっと置く。
「ここがあやたの席!」
出席番号1番って聞いてたから、そうだろうなとは思っていた。
「あたしはここで、前の席がなこ」
みらいと真崎さんは同じマ行だ。僕の席からは離れた後ろの方に席がある。それにしても、仲良しのふたりが同じクラスで席も前後なんて、すごい偶然があったもんだと感心する。
「みーちゃん。さっさと片付けるから持ってきて」
「あはは、ごめんごめん」
ロッカーは教室の外にある。机に置いた段ボールをを持って教室を出るみらい。靴底のグリップ力を使って、また起用に扉を閉めた。
行儀悪いなぁ。祖母が見たら絶対怒られるぞ。
ロッカーは廊下に上下2段で並んでいる。僕は1701と書かれたロッカーに、預かった鍵を差し込んで開けた。
「じゃあ、とっとと仕訳けちゃおうか」
「そうだね」
これは置いとく、これは持って帰る。これはいらない。いや、それは持って帰って予習した方が……
作業はふたりがやってくれるから僕は後ろから見てるだけだ。
なんか、真崎さんに予習と課題を進める計画まで決められている気がする。まあ、いいけど。
置いて置くかで揉めた教科書は、一旦持ち帰って検討することになり、気が付くと段ボールふたつ分の荷物は半分以下に収まった。余った段ボールはその場で崩してしまった。
「あやた大丈夫? 持てそう?」
「ああ、これなら持てるよ。ありがとう」
残った荷物をまとめて持ち上げる。男子なら普通に持てる重さだ。
「ふーん。あやた力ついたね。よっと」
みらいが僕の二の腕を掴む。
「うわ、なこなこ! あやた結構筋肉あるよ!」
「どれどれ?」
みらいとは反対側の腕をとる真崎さん。両腕をふにふにと揉まれて、なんか凄くくすぐったい。
振りほどこうにも、両手が荷物で塞がっているから、僕は無抵抗にされるがままだ。
「うわ、本当だ! やっぱり昔とは違うんだね」
「そ、そりゃそうだよ」
シシメルへ行って僕は心身ともに鍛えられた。アンデス山脈の中腹にある標高2000メートルの集落で暮らすには、ひ弱なあやた君ではいられなかったのだ。
「良い男に育ってお姉ちゃんは嬉しいぞ!」
「こら、子ども扱いするなって」
両手が塞がって抵抗できないのをいいことに、みらいが頭を撫でてくる。片腕は真崎さんに掴まれたままで、荷物もある。身をよじるのも危ないから、やっぱりされるがままだ。
別に気持ちよかったからじゃない。
まったく、今は僕の方がひとつ年上なのに。
その時、みらいのポケットのスマホが鳴った事で、ようやくなでなで攻撃から解放される。真崎さんには腕をとられたままだっけど。
「あ、お父さん来たみたい」
「じゃあ行こうか」
それから、更衣室で私物を回収して、生徒玄関で下駄箱に上履きを収める。その間も、僕はみらいと真崎さんに挟まれていた。
こうして、僕の初登校はふたりの美少女の柔らかい感触と、数多の視線を受けながら幕を閉じたのである。
帰り際、ポンチョとテンガロンハットを身に着けた僕を見て、ふたりが大笑いしてくれたことをここに追記しておく。
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