茶道部
みらいと真崎さんは部活動を切り上げて、僕の荷物運びを手伝ってくれる事になった。
茶道部の部員は現在ふたりだけ。部長はみらいで副部長が真崎さん。
真崎さんの方がしっかりしていそうだけど、行動力やリーダーシップという点でみれば、みらいの方が部長に向いているだろう。真崎さんは裏で実権を握る宰相タイプだ。
みらいが部の活動日報を書いて、真崎さんが畳に掃除機をかける。
僕はとりあえず土俵……ではなく、座布団を片付けるのを手伝った。
「部員の募集はしてないの?」
「この学校の茶道部は、代々おばーちゃん先生の教室に通ってた生徒が集まってやってたんだって。今この学校にはあたしとなこしかいないし、あたし達じゃ全然指導なんて出来ないから募集できないんだよね。掃除する事を条件に、ここを好きに使わせて貰ってるって感じかな」
日報を書きながら答えるみらい。はてさて、書くことがあるのか甚だ疑問だ。
「勉強したり、おしゃべりしかしてないね」
「畳に寝転がれるのが良いんだよねー」
そんな部活がよく許されるな。
「抹茶もお菓子もただじゃないからね。部費も出てないしさー」
「まじで? 部活動なのに?」
「名前だけだね。部員2名で実績も無いし、そりゃ部費なんて出ないよ」
「募集すれば来そうな気もするけど?」
実際、茶道に興味を持つ生徒はいるだろう。礼儀作法は一生ものだ。将来に役立つ。
「一応、入部したいって人は来るけど、今のところ全部却下してるんだよね。まあ、ほとんどが、なこの見た目に釣られてくる男子だし」
「みーちゃんをえっちな目で追っかけてくるような男子だし」
それは僕も男だからわかる。ふたり共タイプは違うけれど、雑誌の表紙を飾っていれば、思わず手に取ってしまいたくなるくらい、綺麗で可愛くてスタイルも良い。お近づきになりたいと、下心で入部を希望する者がいるのは想像できた。
「でも、全員じゃないだろう? 入部希望者を却下って出来るもんなの?」
「未経験者不可って事で断ってるよ。入部しても節句の会とか、他所で主催されるお茶会に参加できるのはあたしとなこだけだし、せっかく入ってくれた子に申し訳ないじゃない」
「それもそうか」
節句の会とは、この町で年に2回開かれているお茶会の事だ。参加者は市長とか、この町出身の文化人、政治家、経営者なんかで、そんなところに高校生で参加できるふたりは凄いんだけど、それはきちんとした師範の指導を受けて、招待を受けているからだ。
運動部に例えるなら、外部のクラブチームに所属していなければ大会に出場できないいようなものだ。これでは、せっかく入ってくれた部員のモチベーションも下がるだろう。みらいが申し訳ないというのも仕方が無い。
「でも、顧問の先生はいるんだろ?」
「千代先生だよ。この学校の校長先生」
「え? 嘘?」
「本当。忙しくてほとんど来れないみたいなんだけどさ」
千代先生……浅間千代さんは、祖母のお弟子さんの中でも古株で、教室だけでなく、祖母の介護の手伝いにも頻繁に来てくださっていた、僕も大変お世話になった方だ。
学校の先生とは聞いていたけど、まさか自分が通う学校の校長先生になられていたとは思わなかった。
「入学式でみーちゃんも凄く驚いてたよね」
「そりゃ驚くでしょ。なこは知ってたみたいだけどさ」
「ホームページに書いてあったからね。麻生君は見てなかったの?」
「ホームページは見たけど、校長先生名前までは見てなかったな」
ホームページは入学する学校を決める時に見た。候補は幾つかあったけど、祖母の実家から通うことを考えると、実質一択だったから、そこまでしっかり見てはいなかった。
「校長先生の名前を入学前に確認してくる生徒なんて、なこくらいだよ」
「そんな事ないよ。学校の関係者に知り合いがいるかもしれないし、一応全部目を通しておくもんじゃない?」
いや、今の校長先生が知り合いだってのは本当に偶然で、普通はいないから。
「あやた。なこの家は特殊だから、色んな繋がりがあって大変なんだよ」
「もしかして、真崎さんの実家って、やっぱりあの真崎家なわけ?」
「そだよー。真崎魚市に真崎船問屋。真崎ボートレースの真崎家だよ」
真崎さんの家はやはり元殿様の家だった。
真崎さんの実家は隣町である
「姫様の御前である。控えおろー!」
「はは~っ!」
僕はご老公にボコられた後の悪代官のように、その場に平伏する
「姫様と存ぜず、数々の御無礼! どうか平にご容赦を!」
「ちょっとやめてよ! もう、みーちゃん!?」
「ごめんごめん。あやたもノリいいんだから」
「畳の上だったからね。床だったら流石にやらなかったよ。ごめん真崎さん。ちょっと悪ノリしすぎた」
「もう! なんかみーちゃんがもうひとり増えたみたい!」
僕とみらいのやり取りに真崎さんが頬を膨らませる。やはり彼女は感情押さえて、半歩後ろを歩くような大和撫子ではない。表情豊かな普通の女の子だ。
むしろ、男性に尽くすより、睥睨する方が似合ってる。彼女の形良い
「みーちゃん? こっちはもう終わったよ」
「あたしも書き終わった。じゃあ終わろっか」
みらいと真崎さんが向かい合って正座で座って、お互いにお辞儀をする。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
その所作はとても綺麗で、流石は茶道部というだけのことはある。
普段何をしているのか気になった僕は、さっきまでみらいが書いていた活動日報を捲覗いてみた。
4月〇×日。
杜兎高校茶道部4月場所は、みらい海と真崎富士による優勝決定戦5番勝負が行われた。
みらい海●押し出し〇真崎富士
みらい海●吊り出し〇真崎富士
みらい海〇足取り ●真崎富士
みらい海〇送り出し●真崎富士
みらい海●二丁投げ〇真崎富士
3勝2敗で4月場所を制した真崎富士! 惜しくも敗れたみらい海は来場所雪辱を果たせるか!?
みらいはお茶の他に習字教室にも通っていたから、字は綺麗だ。とはいえ、これを見せられた校長先生はどんな顔するだろう? ちょっと見てみたい。
他の日付の分を見てみるが、いずれもその日したおしゃべりの内容や、勉強したところなんかが書かれているばかりで、お茶の一杯も点てたという記載は無かった。
この茶道部、本当に大丈夫か?
「ちょっと! 部外秘なんだから見ないでよ!」
「ごめんごめん」
怒る未来に謝って日報を閉じる。
「ほら! 行くよあやた!」
「おい、そんなに強く引っ張るなって。腕が抜ける」
「もー、情けない事言うな。なこー」
「はいはい」
「ちょっと、真崎さんまで押さないで」
僕の手を取るみらい。子供の頃は力強かったその手も、今はとても小さくて柔らかく感じた。
みらいに手を引かれて、真崎さんには背中を押されながら、僕は茶道部を後にした。
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