第七章 青龍の刺青

 鯱(しゃちほこ)のように尾を上に、頭を下に、溯(さか)縦(だ)つ蒼碧紺青の龍神が精緻に彫られていた。


 和彫(わぼり)の刺青。


 その鱗一つ一つの細密さは星のように鏤められた貴金貴石のように燦煌し、喩えようがなく、言語を絶していた。イタルは頭髪の左半分を剃っている。


 青き神龍の尾が左耳朶下に始まっていた。それは鯉の鱗をびっしり備え、黄河のようにうねり、左耳尖の後辺りで二つの輪を為す。顱頂左半分に左右の後脚が五(ご)爪(そう)の鷹爪を広げていた。掌は虎だ。


 蛇身の胴体を捻りながら輪を為しつつ頭頂左部をぐるりと繞(めぐ)り、蜃(しん)(蜃とは龍の一種で、みずち(虯)とも言うが、ここでは分別する)なる腹を見せ、また鬣靡く背を見せ、額を亨(とお)り、左眉を断ち、左上瞼から左下瞼に於いて左右の前脚を広げ、熊掌と鷹爪を開き伸ばして威嚇する。 


 首は左頬を稲妻裂くように伸び、左顎を廻って喉仏の左に鹿の角、駱駝の頭、牛の耳、赤い鬼眼(兎眼)を憤神のごとくかっと見開き炯(あき)らかに赫かせ、長髯を流旗のよう雲気に靡かせ、爛れ熾える炎のような口を裂くよう開(あ)けて牙を見せていた。しかし喉下にある一尺四方の逆鱗は見せない。


 青龍の刺青を、しかも顔面に。顔の半分を覆う刺青。


 誰もがいくら何でもそこまではやるまいと思うようなことをイタルは軽々と遣(や)って退(の)け、平然と、いや、平然と言うより、畜群を憐れむかのような眼差しで、皆を見ている。

 級友ら全員が刮目し、眼を睜(みは)った。あ然として誰も何も言えない。凄過ぎて何も言えない。担任教諭が教室に入ってきた。

 いつもどおり教壇に立つ。


「おい、おまえたち、始業のチャイムは鳴ったぞ。着席しろ」

 生徒たちは席に着いたが、イタルは背を向けて立っていた。

「おい、彝之か。

 本当におまえか。

 そんな髪色の奴は、おまえしかいない(髪型はだいぶ変わったが)からすぐわかるぞ。やっと来たのか。皆で心配していたんだぞ。・・・・・・・なるほど。おまえが来たからか。

 それで皆が着席していなかったのか。病気だったと聞いていたが、ご両親が詳しいことは教えてくれなかったんだ。

 いったい、どうした?」


 イタルは振り返った。


「ぅわぁっ! 何だっ、それは!」

 岡崎教諭は腰を抜かした。どう考えても化け物でしかなかった。


 一時限目は自習となり、イタルだけ英語教科室に呼ばれ、小さな丸椅子に座らされた。

「わかっているのか。18歳未満のおまえが墨を彫るのは条例違反だ」

「わかってるよ」

「それは本当に彫り物なのか、絵の具じゃなくて」

「見てわかんねーか? 

 よく教師になれたな」

「一生そのまんまなんだぞ、そんなんじゃ、どこにも受け入れてもらえないんだぞ、よく考えたのか。おまえ、本当にとんでもないことをしちまったな・・・・・・

彝之、おまえはいつまでそうやって生きていくつもりなんだ」

「長くは保たねーだろな」

「わかっているのなら、そろそろやり方を変えろ。

 先生の言っていることわかるな」

「わかっちゃいるがね」

 校長や教頭と相談の結果、親が校長室に呼ばれ、期限を設けない自宅謹慎となった。

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