第41話 びっくり仰天

 風斗と出かけた日の夜、満は女の状態のまま配信に臨む。

 お風呂も入ってさっぱりとしたのはいいものの、母親がこっそりと女性ものの着替えを忍ばせていたことで、仕方なく女性もののパジャマで配信をすることになりそうだった。


(はあ、朝には配信予定の発信をしてしまったから、今さら取り消せないもんなぁ……)


 ため息をつきながら配信の準備をする満。

 それにしても不思議だったのは、満は元々男だというのに、女の自分の体を見てもなんとも思わなかった事だ。どこか意識的に吸血鬼ルナの影響を受けているのかもしれない。

 だが、そのおかげで大騒ぎにならずに済んだので、満としてよかったのか悪かったのか分からないというものだ。

 なんともすっきりしない気持ちのまま、モーションキャプチャを体に装着していく。

 男の状態でも女の状態でも体形が変わらないらしく、まったく違和感なしに装着が終わると、満はSNSに配信の直前予告を出す。

 今日の配信内容は既に決まっている。そのために昼間に風斗と出かけてきたのだから。


「おはようございますですわ、みなさま。光月ルナでございますわよ」


『おはよるなー』


『おはよるな~』


 満が挨拶をすると、コメント欄はあっという間に挨拶で流れていく。

 このコメントの流れ方は、とてもアバター配信者を始めて三週間の新人とは思えないスピードだった。やはり、人気配信者に拾われたのが大きいと思われる。


「本日の話題は、『月刊アバター配信者』ですわよ」


『ぶっ、その本買ってるんだwww』


『その本の購読者っていたんだな』


『おいおい、そんな悪く言ってやるなよ。月刊本なんだから、少しくらい情報が古くなるのは仕方あるまいて』


『悪い、ワイも買っとる。知らんアバ信も載ってて興味深いんやで』


 満が本の話題を出すと、リスナーの反応は真っ二つになっていた。ネットの発達した今なら、書籍で手に入る情報が遅れた情報になるのは仕方のないことなのだろう。

 しかし、ここまでの反応があるとは予想外だったので、満は次の言葉をどうしようかと思わず固まってしまった。


『ほれ見てみろ。ルナちが固まってしまったじゃまいか』


『いかん、ワイらで企画潰してしまうのはリスナーとしては失態じゃ』


『すまんかったルナち』


『予定通り話をお願いします(土下座)』


 コメントを眺めていた満は、思わず吹き出してしまう。その音声はちゃっかり配信に乗ってしまっていた。


『ルナちが笑ってるぞ』


『素の笑い声だ』


『初めて聞いたぞ』


 まさかの笑い声だけでこの反応。

 でも、実際満が配信中にまともに笑ったのはこれが初めてなのである。


「えっと、失礼致しましたわ。では、本を読んだ感想を言ってまいりますわね」


 そこからは満の「月刊アバター配信者」の感想がだらだらと語られていた。新人アバター配信者視点での話に、コメントはものすごい勢いで流れてはいくものの、リスナーたちは静かに聞き入っていた。なにせ、視聴者数が減らないのだから。


「先輩方のお話をお読みしまして、経験されてきた苦労というものがよく分かりましたわ。何事も経験してみないと分からないものですわね」


『せやなぁ』


『でも、ルナちは運のいい方やで』


『数か月後にはルナちも取材受けてるかもな』


『始めて一か月未満でこの登録者数やもんな、あり得る話』


『もう打診来てるかもな』


 リスナーたちもわいわいと盛り上がっているようだ。

 最初の反応からするとつまらなくなるんじゃないかと思われた配信も、思ったより盛り上がったようで満はほっとしていた。


「それでは、本日はこの辺で終わりと致しましょう。みなさま、ごきげんよう」


『おつるなー』


『おつるな~』


 配信終了をクリックすると、満はヘッドギアとモーションキャプチャを外していく。性別は違っているというのに、まったくもっていつも通りにできてしまったことに内心驚いている。本当に男女差がないようだった。


「はあ、本の感想を言うだけでもずいぶんと緊張しちゃったなぁ」


 満は机の上に突っ伏していた。


「それにしても取材かぁ。僕みたいな新人なんかに来るわけ……」


 ふと目を向けたパソコンの画面に、満は思わず動きを止める。

 SNSのDMに何か見慣れないマークがついていたのだ。


「これって何か連絡が来てるってこと? 噂に聞く詐欺メールかな?」


 満はおそるおそるDMの画面を開く。


『取材の申し込み 電脳出版社』


 書かれていたタイトルに、思わず目を疑う満。なにせこの出版社、先程配信で紹介していた本の出版元なのである。

 ごしごしと目をこすってもう一度見てみるが、やっぱり取材の申し込みと書かれたDMが届いていた。

 中身を確認すると、本当に自分に対する取材の申し込みだった。まさか、なりたて一か月未満の自分のところにこんな申し込みが来るとは思ってもみなかった。

 ただ、このDMにすぐ返事をするわけにもいかないというものだ。なにせ満は未成年者なので、親権者の同意が必要になるからだ。

 満はすぐさま部屋を飛び出し、両親へと相談するために一階へと慌ただしく階段を駆け下りていった。

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