第42話 やっぱりお断り

「お母さん、お父さん、ちょっと部屋に来て!」


 満は一階でくつろいでいた両親に大声で呼び掛ける。


「だ、誰だ君は!」


 そしたらば、父親の方が急に現れた少女にびっくりしていた。そう、父親はまだ満が少女に変身してしまうことを知らなかったのだ。


「あなた、この子は満よ。ちょっとよく分からないけど、女の子になっちゃうことがあるんだって」


「いや、なんでそんなに落ち着いているんだよ、お前は」


「だって、目の前で見せられたんだもの」


「はあ?」


 母親の言い分を聞いて、父親はとても混乱している。自分の息子が娘になってしまっているのだ。冷静でいられる人間などいるものか。


「と、とにかくちょっと来て欲しいんだ。いいかな?」


「そんなに慌てるということは、私たちの判断が必要ということね。行きましょう、あなた」


「まぁ、なんで娘になっているのかは分からんが、子に頼られて拒むようでは親とは言えんからな」


 満の父親は戸惑ってはいたが、慌て具合から何かを感じ取ったのだろう。母親と一緒に満の部屋へと移動していった。


 部屋に戻った満は、パソコンのモニタに表示されているDMを両親へと見せる。

 DMを見た両親は、内容のことはよく分からずに言葉が出てこなかった。


「どうしよう。僕、取材を受けることになるかもしれないんだ」


「どういうことなの、これ」


 満が不安そうに言えば、ようやく母親が反応していた。

 それで、満はDMの内容を説明する。見れば分かるだろうけれども、見て分からないから仕方ないのだ。


「なるほど、アバター配信者を始めたとは聞いていたが、それで雑誌社から取材の申し込みが来たというわけか」


「うんうん、そういうことなんだよ」


 父親がようやく理解してくれたので、満は数回頷いている。

 なにせ満がアバター配信者を始めたのはたった三週間前だ。それだというのに、こうやって取材の申し込みが来るというのはちょっと信じられない話というもの。

 満の両親も判断はしかねている感じだ。


「オンライン取材という話だが、俺としてはやっぱり許可はできないな。息子をさらしものにするのは気が引ける」


「私も、許可できないわね。有名になって嬉しいけれど、やっぱり取材となるとねぇ……」


 しばらく悩んでいた両親は、どうやら取材はお断りという判断を下したようだ。

 自分たちの子どもが有名になって欲しいのは山々だが、何があるか分かったものじゃない。実績のある出版社とはいっても、両親は慎重になったのだった。


「分かったよ。今回はお断りさせてもらうことにするよ。ありがとう、相談に乗ってくれて」


「いいのよ。親を頼ってくれて嬉しいわ」


「うんうん、そうだぞ。お前はまだまだ子どもなんだ。親をもっと頼ってくれていいんだからな」


「うん、ありがとう。でも、僕がやってるってことは近所に触れて回らないでね。ちょっと恥ずかしいからさ」


 満が頬をかいて照れながらいうと、両親は揃って笑っていた。

 両親が部屋を出て行くと、満は出版社に対して断りの返事を出すことにする。

 なんといっても光月ルナのキャラで文章を書かなければならないので、いくら両親とはいえどそれを見られるといのは恥ずかしいものなのだ。

 大きく深呼吸をして、文章を打ち込んでいく。


『電脳出版者様へ

 取材の申し込み、とてもありがたく思いますわ。

 ですが、僕は吸血鬼。ミステリアスな雰囲気こそが売りでございます。

 ですので、今回の申し込みは、申し訳ないですけれどもお受けすることはできません。

 僕のことを知りたければ、僕の動画を見て頂くことが最善かと思います。

 最後に、まだデビューしたての僕に着目して頂けたこと、幸いと思います。ごきげんよう』


「はわわっ!」


 無意識に文章を打ち込んでしまっていた満は、ものすごく素っ頓狂な声を出してしまった。


「な、なんて文章を書いてるんだ、僕は。まさか、ルナなのか?」


 あたふたとしている満だったが、気が付くと右手はマウスを握り、送信をクリックしていた。


「ふええっ?!」


 あまりにもな怪現象に、満はまた変な声で叫んでいた。

 それもそうだ。自分の手が自分の手じゃないように動けば、誰だってホラーを感じて叫んでしまうものだ。


「まぁいっか。断るって判断をしたんだし……。あとは向こうからの返事待ちかな」


 もうやってしまったことなので、満も諦めがついた。

 明日は日曜日だ。朝から活動するために、満はまだ日付も変わらないうちにベッドに入って眠りに就いたのだった。


 真夜中、満は急に体を起こしている。


「ふむ、ちょっとばかり助け舟を出してやったつもりだが、やりすぎたかな」


 大きく伸びをして、ベッドから抜け出す満。いや、吸血鬼ルナだった。


「妾の秘密を探られるわけにはいかぬからな。親もああ言っておったことだし、何も問題あるまいて」


 パジャマ姿のまま窓に手をかける吸血鬼ルナ。


「表に出られるのはいいことだが、やはり満の生活が最優先だ。体はちゃんと返しておかねばな」


 一度部屋の中を振り返った吸血鬼ルナは、今宵も血を吸うために夜の街へと飛び出していった。

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