第40話 男同士?男女ペア?

 ペットをお披露目したその週の土曜日、満は風斗と出かける約束をしていた。

 ところが、昼を回って約束の場所に現れた満を見て、風斗は飛び跳ねるほど驚いていた。


「お、おい。どうしたんだよ、その姿……」


「ごめん、どうやら発作が起きちゃったみたい」


 そう、満は女の子の姿で現れたのだ。しかも、先日母親が買いこんできた服を着た状態で。

 満としてはいつもの服で出かけたかったのだが、運悪く母親に捕まってしまいこの有り様だ。どこからどう見ても美少女である。


「うう、約束すっぽかすわけにもいかなかったし……。ごめんね、風斗」


「い、いや。別に構わないさ。とりあえず行こうか」


「うん」


 二人して恥ずかしそうにしながら、土曜の昼下がりの街を歩き始める。どこからどう見ても初々しいばかりのカップルだ。

 満たちは大きな書店へと入っていく。

 今日の目的はいつも購入している本を買いに行くことだ。定期購読している本なので、多少遅れても書店ではちゃんと確保されている。

 平日は学校があるし、書店が家から少々遠くにあるので、こうやって週末にまとめて買いに来るのだ。

 書店に入った二人はカウンターに出向き、届いたメールを見せて予約した本を受け取ることにする。


「はい、お待たせしました。こちらの本ですね。全部で3400円です」


「中学生のお小遣いじゃ厳しい金額になったな……」


「うう、僕の収益化が入ればだいぶ楽になるのに、まだ三か月も先かぁ……」


 財布を覗き込みながら、満も風斗も表情を曇らせていた。なんとも世知辛いものである。

 なにせ今回買おうとしている本は月刊誌。毎月これだけのお金が飛んでいくので、なんとも厳しいものなのだ。

 お金を払って本を購入した満たちは、書店を出て次の場所へと向かっていった。


 いつもの広場のベンチで座って休む満たち。途中にあったコンビニで飲み物だけ購入して、のどを潤しておく。


「それにしてもまだまだ暑いね」


「だな。もう十月だっていうのに、この暑さは一体何なんだろうな」


 今日も最高気温は二十五度に到達するほどの陽気だ。おかげでまだまだ薄着で行動できてしまう。

 そのせいもあってか、風斗はあまり満の方へと視線を向けないようにしていた。


(そんなに目に付くような恰好かなぁ……。胸もあまり大きくないし、僕自身は気にならないんだけど。風斗は気になるのかな……)


 満はつい胸元の部分の服をつまみ上げて、視線を下ろしてしまう。それが男性にとってどういう風に映るか、男である満が分からないわけがない。

 だというのに、男女という状態を忘れてそんな行動を取ってしまうあたり、満の行動は無意識だったのだろう。

 ちらりと視線を風斗に向ける満。


「風斗、どうしたの?」


 完全にそっぽを向いてしまっている風斗を見て、満は声を掛ける。


「お前な……、今の俺らが男女の状態ってことを忘れるなよな。男同士の感覚で行動しないでくれ」


「あ……」


 顔を背けたまま怒ったような口調の風斗に、満はやっとその理由に気が付いた。


「ごめん、風斗。僕ってば自分の状態を忘れてたよ」


 満は羽織っているパーカーの前部分を慌てて閉じていく。


「これでいいかな、風斗」


 満の声でくるりと振り向く風斗。満の格好を見て少しほっとした表情をしていた。


「ごめん、こんな体質になっちゃったせいで……」


「俺も悪かった。親友だっていうのに、姿のことでピリピリしちまってな。まったく、いろいろありすぎて調子が狂っちまうぜ……」


 照れくさそうに頭をかきながら愚痴を漏らす風斗。その姿に満は思わず笑ってしまう。


「風斗?」


 突然黙ってしまった風斗に驚いて、満は心配そうに顔を覗き込む。すると、風斗は慌てたように顔を手で塞いでいる。


「な、なんでもない。なんでもないから顔を近付けないでくれ」


「もう、おかしな風斗だなぁ」


 満は不機嫌な言葉とともに、すっと体を元の位置に戻していた。感情的に忙しかったのか、ペットボトルのジュースを口に含んでいる。


「なぁ、満」


「なに、風斗」


「お前さ、その体に違和感はないのか?」


「うーん、確かに男女の差を考えると違和感があるのが普通だよね。でも、不思議と感じないかな。まだ片手くらいしか変身してないはずなんだけど、よく分からないな」


「そっか……」


 自分でもわけが分からないといった満の返答を聞いて、風斗は大きく落ち込むような動作を見せていた。

 しばらく黙り込んでいると、いきなり声を掛けられる。


「はい、少年。先週ぶりだね」


「あ、小麦さん」


 そこに現れたのは、先週同じ場所で声を掛けられた女子高生である小麦だった。


「おや、そっちの子は初めて見るかな。ふーん、彼女かなぁ?」


 顎に手を当てながら、にんまりと笑っている小麦。

 唐突な発言に、満と風斗は揃って慌てている。


「ち、違うんですよ。こいつとは幼馴染みで同級生で同じクラスのやつなんです。別にそんなんじゃないですから」


「そ、そうですよ。僕たちは家が近所だからこうやって時々一緒に遊ぶだけの仲なんですよ」


 彼女と言われてのこの慌てよう、小麦はにやにやと笑い続けている。


「まあそういうことにしておくわ。それより、今日も私とちょっと付き合ってもらえないかな」


 ウィンクをして二人を誘ってくる小麦。


「いえ、今日はごめんなさい。本を買ったので早く読みたいんです」


「そっか、残念。今日の私はバイトだから、それまでの時間つぶしと思ったんだけどしょうがないかな。それじゃ、またね~」


 手を振って小麦は去っていった。

 嵐のような小麦を見送ると、満と風斗は外じゃ落ち着かないのか、買った本を見るために家に帰ることにしたのだった。

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