第38話 配信会社のとある日の光景

 その日のとある会社では重要な作業が行われていた。


「今回もずいぶんと応募してきたな」


「そうですね。すっかり人気の職業になってしまいましたね」


「でも、一体何人がこれで食べていけるようになるのやらな。弱肉強食の厳しい世界だから、そこが心配でたまらないぞ」


 会議室では三人の社員が話し込んでいた。

 どうやら、手元には次回の新人配信者を発掘するオーディションの応募者の履歴書が置かれているようだ。

 世の中はアバター配信者が人気の職業になっているために、募集を出せば山のように履歴書が届く。

 大半はこの書類審査で落とすことになるのだが、毎回相当数が届く応募書類に辟易しているようだ。


「面倒なのは分かるが、俺たちの仕事だ。しっかりと目を通すぞ」


「へーい」


「分かりました」


 社員たちはリーダーと思われる男性の声に返事をすると、山のように置かれた応募書類に目を通していく。

 はたしてこの中から希望通りにアバター配信者になれる人物はどのくらい出るのだろうか。


「今回はガワが決まってませんからね。そのせいでいつもより数が多いですな」


「まぁ、今回は合格者に合わせてキャラを作るという方針だからな。珍しい試みだが、任された以上は責任を持ってあたらないとな」


「骨が折れますね。責任重大すぎますよ」


「ともかく、俺たちのできることをするだけだ。さっさと選ぶぞ」


 社員たちは黙々と応募書類に目を通していくのだった。


 お昼も簡単なもので済ませた選考担当の社員たち。

 パラパラと応募書類に目を通していき、ある程度候補を絞っていく。


「ふぅ、すごいな」


「まったくですね。小学生から老人まで、すごい幅広い応募が来ていますよね」


「そりゃ指定しなかったからだろ。まったく、上の考えていることがわかりゃしないぞ」


 書類審査で弾いた書類の山を見ながら、社員の一人がぼやいている。


「まったく、落選しましたの通知を発送しなくて済むだけマシってもんだな。この作業が終わったら有給取らしてもらうからな」


 きっぱりと愚痴を言い放ったものだから、残りの二人は思わず表情を引きつらせながら笑っている。

 しかし、リーダーと思われる男性はすぐに表情を引き締めて、愚痴を言った男性職員に注意をする。


「まったく、私たちだけでよかったと思いなさい。お偉いさんに聞かれていたらどうなっていたか」


「あ、はい。ちゃんと仕事しますよ」


「この分だと今日中というのは難しそうだな。残業をするか、翌日に持ち越すか、残量を見て考えようか」


「承知しました」


 会話を済ませた社員たちは、まだまだ山のように残る応募書類の束を手に取って一人一人のチェックを行っていく。

 気の遠くなるような作業だが、仕事なのでやるしかない。

 会社所属の新人アバター配信者を決める書類審査は、結局その日泊まり込みになってまで続いたのだった。


 大量にあった応募書類も、翌朝には30枚ほどまで減っていた。


「よし、決まった。これを持って課長に報告だな」


「そ、そうですね……」


 泊まり込みになってしまったがゆえに、三人ともなかなかボロボロな姿になっていた。

 ひとまずはトレイに向かって顔を洗って身なりを整える。出社時間までにはまだ時間があるので、近所のコンビニで食事を買って朝食を済ませて社員が出社してくるのを待っていた。


 8時を過ぎると、ちらほらと社員が出社してくる。

 もちろん、サービス業とあって夜間の対応にあたる社員もいる。特に配信は夜間帯が多いので、その関係の社員は相当数いる。それでも大半の社員は日勤なので、こうやって出社してくるというわけだ。

 その出社してくる社員たちを見て、選考に関わった三人は安心したの大きなあくびをしてしまう。


「さて、それじゃ私たちもアバター配信課に向かうとしようか」


「はい」


 返事をして会議室から移動を始める三人。

 廊下を歩いていると、目の前から一人の女性が歩いてくる。その姿を見つけて三人は壁際にさっと避けた。


「おはようございます」


「おはようございます。今日も早いですね」


「ええ、次の企画の打ち合わせでこの時間を指定しましたのでね」


 選考担当のリーダーである社員の質問に、笑顔で答える女性。見た感じは20歳前後といったところだろうか。

 それからも少し会話をしていると、女性はスマホを取り出して時間を確認していた。


「あら、ごめんなさい。もう時間ですので急ぎますね。それでは、お仕事頑張って下さい」


「はい、お気遣いありがとうございます。引き止めてすみませんでした」


 ぺこりと互いに頭を下げると、女性は廊下を歩いて去っていった。


「いやぁ、びっくりしましたね」


「あれが我が社のトップである『華樹ミミ』の中の人ですか」


 スタイルも顔も声も性格もいいという、本当に自分たちと同じ人間かと思えるような女性、それが華樹ミミの中の人なのだ。

 だが、いつまでもそうやって見惚れているわけにはいかない。


「はっ、いかん。こちらも時間が厳しいぞ。早く行こう」


「そうでした。選考結果の報告をしませんと」


「お、おい。待ってくれよ」


 廊下は走るなという社訓のために、早歩きで自分たちの職場へと急ぐ選考担当者たち。

 自分たちの会社の看板を担う次のアバター配信者を選ぶ作業は、まだ始まったばかりなのである。

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