第34話 可愛いペットが来たぞ

 頼んでいたペットが届いたと聞いて、風斗は満の家に遊びにやって来た。

 満がアバター配信者をするようになってから、風斗が家にやって来るのは何度目だろうか。もっと小さい頃は家の中でもよく遊んだだけに、ちょっと懐かしくなってしまう。

 部屋にやって来た風斗に、満は早速例のペットを見せる。

 画面に表示されたのは、黒い羽を持った犬と猫。しかも、よく見る柴犬と三毛猫である。なぜこうなったのか。

 ルナと並べてみるとよく分かるのだが、犬と猫のサイズは子犬や子猫という小さなもの。ルナの身長もそれほど大きくないとはいえ、やっぱりかなり小さい感じだった。

 モーションキャプチャは着けていないとはいえ、簡単な動きだけならソフトを使えば指示すれば再現できる。

 そんなわけで風斗が見守る中、満はソフトのオーダーを使ってルナとペットを動かしてみることにする。

 そしたらば、ペットを抱きかかえたりじゃれあったりと、これまたリアルに動いてくれるものだ。この様子だけで動画が一本作れるし、永遠に見ていられそうな感じすらあった。


「ああ、可愛いなぁ~」


「お前、本当に可愛いものが好きだな」


「そりゃもうもちろんじゃないか。本当はペットを飼ってみたいけど、母さんたちの方針で飼えないからね。ネットの中でも飼えるっていいなぁ」


 風斗が呆れるくらいに、満は画面の中の犬猫にメロメロになっていた。

 犬猫とじゃれつきながら、満はあるものに気が付いた。


「ねえ、見てよ風斗、この取り扱い説明書」


「うん? どれどれ……」


 満がどことなく上ずった声で話し掛けてくるので、風斗も画面をじっと覗き込んでいる。


「えっとなになに……。モーションキャプチャーを起動中は、名前を設定することで音声で命令を出すこともできる、か。名前はどうするんだ、満」


 説明を読み上げた風斗は当然のように疑問をぶつけてくる。

 それに対して、どういうわけか真顔の無言で固まってしまう満。一体どうしたというのか。


「ああ、名前かぁ……」


 少し黙り込んだ満が、どうにか反応を取り戻す。

 視線は風斗の方ではなく明後日の方向を向いているし、冷や汗を流しながら頬をかいている。どうも空気が怪しい。


「お前、ネーミングセンス皆無か……」


「あー、うん。ごめん」


 顔はそのままの状態で、目だけを風斗の方に向けて謝る満である。これには風斗も言葉を失うというものだ。


「……そっか。だったらさ、自分のチャンネルのタイトルどうやって決めたんだよ」


「世貴兄さんと羽美姉さんのアイディアから選んだんだ、実は……」


「ああ……」


 顔にぺちりと手を当てて天井を見る風斗である。


「分かった。俺が決めてやるから、ちょっと待ってろ」


「風斗、ごめんね」


 両手を合わせて申し訳なさそうに謝る満。その姿を見ながら、風斗は腕を組んで頭を悩ませる。


「光月ルナ……、空月満……。共通項は『月』か」


 悩みに悩んだ風斗。1分くらい悩んで結論を出したのか、顔を上げた。


「三日月を意味するクロワッサンから取るか。犬の方が『クロワ』で、猫の方が『サン』だ。三毛猫にもかかってるからいいだろう?」


「さすが風斗。それもらうね」


 風斗が満に指差しながら名前を告げると、満は気に入ったのか表情が明るくなっていた。


「おう、収益が手に入ったら何かおごってくれ」


「分かった。世貴兄さんと羽美姉さんの後になるけど、構わない」


「問題ないぜ」


 そんなこんなで、収益が回収できたら何かをおごる約束をしてしまった満である。

 風斗もいる状況で、やって来たペットを使っての動画を一本作ることにした満。

 ネーミングセンスは壊滅的ではあるものの、ソフトの扱いにはすぐに慣れたのか、ルナと犬猫と戯れる5分程度の動画をあっさりと作り上げてしまった。


「動画が完成したのはいいが、お披露目配信をしてからアップした方がいいぞ。いきなり見たことのないペットが出てきたら、リスナーたちが混乱しちまう」


「あっ、そっか。さすが風斗。頼りになるなぁ」


 風斗の方へと視線を向けながら、嬉しそうにはにかむ満。これには風斗も思いきりドキッとしてしまう。

 まったく男同士だというのに、なんでこんな気持ちになるのか分からないといった感じの風斗だ。


(まったく、なんなんだ今のは……。なまじ、ルナ・フォルモントとかいう吸血鬼の姿を見たせいか?)


 不意に湧き上がった気持ちに、風斗は前髪をかき上げながら困惑の表情浮かべている。


「あー、今日はレニちゃんの配信はなしか。どうしちゃったんだろう」


 風斗の様子がおかしいというのに、満はまったく気が付くことなく真家レニの事を気にかけている。


「ねえ、風斗。今日水曜日なのにレニちゃんの配信がないんだよ、どう思う?」


「知るわけねえだろ。たまたま体調を悪くしたんじゃないのか?」


「そうかぁ、心配だなぁ……」


「気持ちは分かるが、どこの誰だか分からないのにそこまで気にしてもしょうがないだろう」


 満が心配する気持ちに、風斗を少し突き放し気味に言い放つ。


「配信がないといえばお前もだぞ、満。動画の投稿はしてるが、ここでいい加減なライブ配信を一回入れておくべきじゃないか? ペットのお披露目を兼ねてさ」


「それもそうだね。レニちゃんが元気になるように願いながら、今日配信するよ」


 満はそう言いながら、配信の準備に取り掛かる。ペットの名前を入力して、音声でちゃんと動くかどうかを確認しているのだ。

 その姿を見て、風斗はどういうわけか大きくため息をついている。


「どうしたんだよ、風斗」


「いや、満ってマイペースだなって思ってさ」


「どういう意味さ」


 こてんと首を傾げる満に、風斗は何も答えなかった。


「それじゃ、今夜の配信楽しみにしてるぞ。じゃあな」


 ちょっと長居し過ぎてしまったのか、風斗は慌てたように満の家を去っていった。


「変な風斗」


 満はなんかすっきりしない感じになっていた。だが、配信を決め込んだ以上は、精一杯やると決めて入念にチェックを行ったのだった。

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