第30話 次の一手
その日の家に戻った満は、週末に確認しておいたPASSTREAMERのASMRのページ、というか動画販売のページを見ている。
自分のチャンネルで販売は可能というのは分かったものの、そのためには条件があった。
それは「収益化の一環であるため、チャンネル開設から一か月が経たなければ売れない」ことと「未成年者の利用は制限する」という二つの条件だった。
もちろん、それ以外にも条件はいくらかあるものの、今の満にとって引っ掛かるのはこの二点だろう。
満がこのチャンネルを開設してからは半月程度。なので、まだ二週間くらいは登録しても販売できないのである。
「うーん、そう簡単にはいかないかぁ……」
二つ目の条件、未成年者の利用制限は大きな壁だった。まだ中学一年生である満には絶対越えられない壁である。
しかし、禁止ではなく制限である。満はその条件を再度確認している。
「ほへぇ……。僕にも難しそうだ」
満は条件の厳しさから、机に顔をうずめてしまう。
ひとまずASMRは諦めて、他の動画ネタを考えることにしたのだった。
さて、PASSTREAMERの動画販売がどういうものか説明しよう。
通常チャンネルが存在していれば、いつでも動画が見られるというものだ。しかし、突如閉鎖や削除によって動画が視聴できなくなる可能性がある。
そういった喪失感を防ぐという形で、動画の購入という制度が存在しているのだ。
購入すると、動画の右下には常に投稿者のユーザ名とチャンネル名が表示される。これにより正規に入手したものかそうでないかが分かるという仕組みになっている。
著作権を守りながら、投稿者に利益をもたらし、視聴者に安寧をもたらす。それがPASSTREAMERの動画販売制度なのである。
だがしかし、昨今の動向の影響で未成年者が出演するものはことごとく制限がかかってしまった。PASSTREAMERもこの動向を無視できず制定されたのが、この「未成年者の利用は制限する」という文言なのである。
結局、この日の満は動画のアイディアも出せないまま、いつもの通りに過ごして眠る時間を迎えてしまった。
眠った満は、久々に夢を見ている。
夢の中で満は、吸血鬼ルナから声を掛けられる。
「やあ、満。久しぶりだな」
「えっと、あなたはルナさんでしたっけか」
「うむ、よく覚えていてくれたな。妾は嬉しいぞ」
夢の背景は動画配信で使っている光月ルナの居城だった。どうやら吸血鬼ルナもこの屋敷を気に入って、夢の中でも再現しているようだった。
「次の動画に困っておるようじゃな。だったら、妾がちょっと手を貸してやろうか?」
「えっ、いいんですか?」
吸血鬼ルナの申し出に、満は驚いている。
「妾の復活には、どうやら光月ルナの人気が影響しそうなのでな。だったら、妾の完全復活のためにも、そなたを手伝うというものだよ。利己主義と言うてもらっても構わんが、そなたもいつまでも妾と体の共有は嫌だろう?」
吸血鬼ルナの言い分に、満はちょっと考え込んでいる。
「おいおい、何を悩んでおるのだ。まさか、女の自分を気に入ったのではあるまいな?」
「へっ?!」
吸血鬼ルナの指摘に、思わず顔を赤くしてしまう満。
たった数度とはいえども、ルナの影響で女性化した時の感覚が満を蝕んでいるようである。
「まぁ、お前さんがそれで構わぬというのなら、妾は別にいいんだがな。長く居れば妾の影響は色濃く残るだろうし……」
どうにも歯切れの悪い吸血鬼ルナ。何かを隠しているようにも見える。
「それはそれとしてだな。妾にしか録れぬ音があるのだが、試してみてもよいかな?」
「えっ、それってどういう音なんですか?」
急な吸血鬼ルナの申し出に、満はきょとんと目を丸くしている。
「妾は吸血鬼ぞ? 空を飛ぶということができるのだ。つまり、飛んでいる最中の音が録れるのだ。それをうまくアバターの動きと連動させれば、なかなかに面白いことになると思わんか?」
「それは……。ぜひお願いします」
吸血鬼ルナの申し出を、何も考えずに了承してしまう満である。
確かに羽をはばたかせる音なんていうのは、そう簡単に録れるものではない。
「妾とて、満を通して道具の使い方といのは学んでおる。すまほというものを貸してもらってもよいかな?」
「はい、もちろんですよ」
「そうか……。では、ありがたく借りていくとするぞ。うまく録れるといいがな」
会話を終えると、満の意識はそのまま深い眠りへと落ちていく。
現実世界に戻ると、吸血鬼ルナの姿になった満が体を起こしている。
「さて、ママさんが買ってくれた服でも着て、ひとっ飛びしてくるかな」
いつの間にか満の部屋に移されていた女物の服をごそごそと漁る吸血鬼ルナ。着方はなんとなく分かるので、着用にはまったく手間取ることはなかった。
「パジャマではどうにも落ち着かんのでな、着替えるのは仕方あるまいて」
服を着替えた吸血鬼ルナは、いつものように窓から外へと飛び出していく。余計な音が入ってはいけないと、なるべく静かな場所を探す。
そうして見つけた場所は、満の家からそう離れていない公園の中だった。
公園の中は思ったよりも静かで、これならばいろいろと録音するには環境的に十分だと考えられる。
「さて、始めるとしようかね」
吸血鬼ルナはスマホを取り出して、録音モードを起動する。
さあ、ここからは吸血鬼の時間だ……。
タンと地面を蹴って、ルナは空高く舞い上がっていった。
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