第31話 少女と吸血鬼
夜の公園の中を縦横無尽に飛び回る吸血鬼ルナ。満に借りたスマホでその風切音を録音している。
確かにこれは、吸血鬼ルナでないことにはそう簡単に録れる音ではない。
純粋に飛び回る音だけを録っているので、吸血鬼ルナはひと言も言葉を発しない。
本当なら、ようやく復活してから自由に飛び回っているので、喜びの声くらいは上げたいだろう。それでも、ルナはまだ満の体を媒体にしないことには顕現できないので、少々複雑な気持ちのようだった。
終盤ではわざと公園の木々を掠めながら飛んでいく。がさがさと音を立てて飛ぶさまは、なんとも気持ちがよさそうだ。
合間合間にわざと一度着地するなど、様々な音を録ったルナは、満足したのかスマホの録音モードを解除した。
「ふむ、やはり空を飛ぶのは気持ちがいいものだな。ちゃんと録れておるか確認せねばな。約束した以上、これで録れてなければ、妾としては大失態ぞ」
スマホを眺めながら、ルナはぶつぶつと話している。
「のう、そう思わんか?」
くるりと振り返って、誰かに呼び掛ける吸血鬼ルナ。
その視線の先には誰もいないが、ルナはどうやら気配を感じ取っているようだ。
「妾はまだ不完全ではあるが、隠れていても無駄だ。ケガをしとうないなら出てくるといいぞ」
「……参ったなぁ~」
木の陰から女性が出てくる。
「まったく、妾を封印した女の娘か。大きくなったものだな」
「私のこと、知ってるわけ?」
「うむ、いんたぁねっととやらを通じれば、どこで見ることができたからな。ちょくちょくお前さんの家の様子は見させてもらったぞ」
「……さいってー」
少女に言われて、吸血鬼ルナは頭を少し掻き乱す。
「仕方なかろう。お前の母親が妾をそのいんたぁねっとなる世界に封じたのが悪い。おかげで、妾はそなたらの使うもにたぁとやらから外には出られなかったのだからな」
前髪を軽くかき分けながら、少女の方を見ながら吸血鬼ルナは事情を説明している。
「しかし、娘っ子が出て来ておるのに母親が出てこんとはな。あの者は留守か」
「ええ、海外出張が長引いているのか。ママはキャリアウーマンでもあるからね」
「ふむ。相変わらず忙しそうだな」
吸血鬼ルナは、少女の母親の現状を聞いて嬉しそうに頷いている。
「まぁよかったわい。しかしだ、こんな夜中に子どもが一人でうろつくのは感心せぬな。妾の用事も終わった事だし、家まで送ってやろうではないか」
「誰が吸血鬼に……」
少女は身構える。
「まぁそう構えるな。妾にはすでに敵対する気持ちはない。それに、この体はまだ借りものだ。この体の主に迷惑をかけるわけにはいかぬ。今日もこの体の主のために動いておったところだからな」
「何をしていたの?」
「なに、妾でなければ手に入らぬ音だ。ちょっと聞いてみるか?」
吸血鬼ルナの言葉に、少女はごくりと息を飲む。一体どんな音を録音してきたというのか。
「いいわ。聞いてあげる」
少女が答えると、吸血鬼ルナはこくりと頷いて、録音を再生する。
スマホからは翼をばたつかせる音、飛行から着地する音、草木をかき分けて飛ぶ音が収録されていた。
「おお、きちんと録れておるな。よかったよかった。これで次の動画は決まりだな」
「次の動画って……、まさか!」
「光月ルナ、知っておろう?」
吸血鬼ルナが妖しく笑いながら少女に問い掛けると、何度もぶんぶんと首を縦に振っている。
「次の動画に困っておったからな、そこで妾がこうやって一肌脱いだというわけだ。普通の人間にとってはこういう音は集められまいて」
「それは確かに……」
ルナの言葉に、少女は口に手を当てながら深く考え込んでいる。
「というわけだ。今は夜中、お前さんを家まで案内させてくれ。妾は用事を済ませて戻るところだったからな」
「ええ、分かったわ」
少女はルナの言葉にこくりと頷く。
「ただ、ただでとは言わせん。少しだけ血をもらうぞ。そうせねば、この体を元の持ち主に返せぬからな」
ルナが牙に軽く指を当てて笑うと、思わず身を引いてしまう少女だった。
「そう警戒するな。本当にちょこっとだけだ。献血よりも量は少ないのだからな」
「献血の量って知ってるの?!」
「もちろんだとも。いんたぁねっとの中を漂っておると、あらゆる情報が手に入るからな」
けろっとした表情で答えるルナ。これにはついついおかしくて笑ってしまう少女だった。
「あはは、ママから聞いていた話と随分違うわね」
「妾も反省したのだよ。今は静かに生きられればそれでよい。なにより新たな目的もできたしな」
「嘘は言っていないみたいだし、私も光月ルナには注目してる。今回のことは、私の心の中にしまっておくわ」
「……助かる」
話を終えて、少女はおとなしく吸血鬼ルナに家まで送ってもらったのだった。
少女の家での用事を終えたルナは、夜の街を飛んで満の家まで戻っていく。
まさか、かつて自分を電子の世界に閉じ込めた相手の子どもに会うとは思っていなかった。
「やれやれ、あの女の娘とは思えぬくらい物分かりがよくて可愛い子だったな。これからも長い付き合いになるだろうし、ちょっくら面倒を見てやろうかね」
その顔いっぱいに笑顔を浮かべて、楽しそうなルナである。
満の家に戻ると、満の着ていたパジャマに着替え直し、ベッドの中へと入って眠りに就いたのだった。
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