第12話 銀髪美少女の謎

 風斗におぶさって運ばれる満。目の前には風斗の頭が見えている。


(なんだろう。どうして風斗の首筋が気になるんだろう……)


 制服の襟からのぞく風斗の首筋に、異様なほどに気を引かれてしまう満。


「おい、満。どうした、さっきから呼吸が荒いぞ」


 満を背負う風斗は、さっきから首筋に当たる呼吸が気になって仕方がない。

 もう五時間目が始まってしまっているので、廊下には誰もいない。その状況の中で、突如として予想だにしていなかったできごとが風斗を襲った。


「ああ、我慢できない」


「おい、満?」


 次の瞬間、首筋に痛みを感じる風斗。


「痛っ! おい、満?!」


 首筋に満がかみついたのだ。


「おい、やめろ満。こらっ!」


 必死に振りほどこうとするが、満はびくともしない。背負う手を放してみても、満はがっちりと風斗を抱きしめて離れなかった。

 しかも、首筋にはただかんだだけじゃないような痛みが感じられる。


(なんだよ、この痛み。これじゃあまるで……)


「吸血鬼」


 その部分だけが思わず口に出てしまう。

 だが、この単語に満がハッと反応する。


「えっ、僕は一体何を?!


 風斗の首筋から口を離す。すると、風斗の首筋には間違いなく牙が突き刺さっていた形跡があった。


「満、お前……、その牙は……」


 苦しそうな表情で話しながら、風斗はそのまま意識を失って倒れてしまう。


「えっ、あわわわ、風斗?!」


 その背におぶさっていた満も、巻き添えを食う様に倒れ込んでしまう。


「あたたたた……」


 風斗が下敷きになってくれたおかげで、廊下への直撃は避けられたものの、倒れ込んだ風斗の姿に満は慌てる。

 名前を呼んでゆさゆさと揺らすが、風斗は反応がない。完全に気を失っているようだった。

 その際に風斗の首筋が再びに目に入り、その形跡を見て驚く満。


「これって、まるで牙でかみついたような跡……」


 思わず言葉に漏らしながら、満は自分の歯を確認する。


「あたっ」


 すると、間違いなく普通の歯とは違う感触があった。尖った何かに触れたのだ。


「嘘だ、僕、そんな……」


 あまりの衝撃に、満も突如として気を失って倒れ込んでしまう。

 今は授業中であるがために、二人が倒れ込んだことなど誰も気が付くはずもなかった。つまり、授業が終わるまでこのままとなるはずだった。

 ところが、気を失ったはずの満が急に体を起こした。


「あたたたた……。なんだ、人の子は軟弱よのう」


 声は確かに満の声なのだが、口調がなんだかおかしい。


「ふぅ、かりそめとはいえ、現世に再び出れるとは思ってもみなかったな」


 首筋に手を当てて、左右に振る満。

 落ち着いたところで、倒れ込んでいる風斗に目をやる。


「急なことだったがゆえにやりすぎるかと思ったが、どうにか無事だったようだな。加減を間違えば間違いなく殺しておった。まったく、人の意識に入り込むのは難しいことだのう……」


 座り込んで、風斗の顔を覗き込む。


「すまんな、近くにおったがゆえに危険な目に遭わせてしもうて。だが、せっかくだ、食事だけはさせてもらうぞ」


 傷付いた首筋に顔を近付けて、満はそっと口をつける。

 しばらくすると上体を起こして距離を取る。


「さて、傷跡も記憶も残ると後が面倒だ。悪いが消させてもらうぞ」


 そっと風斗の首筋に手を当てて意識を集中させる。手を離すと、風斗の首筋にできた傷跡は、跡形もなく消え去ってしまっていた。


「このまま廊下で寝かしておくのも悪いな。まだ本調子ではないが、保健室とやらまで運んでおいてやろうではないか」


 満は風斗を起こして肩に担ぐと、そのままずるずると引きずるようにして移動していく。


「ぐぬぅ、この体の持ち主、少々非力すぎではないのか。本来の妾ならば、この程度の運搬など造作もないというのに……。くそう、あやつめ、忌々しい限りだ」


 満の非力さに苦戦しながらも、どうにか保健室まで移動する。そして、ベッドに風斗を寝かせると、満は額を拭って大きく息を吐いた。

 そして、次の瞬間、満は急に大きくふらつく。どうにか倒れなかったものの、ベッドに手をついて調子が悪そうに呼吸が荒くなってきている。


「血を吸って満足したか……。妾が出ていられるのも、これまでか」


 気力を振り絞って、どうにかベッドに入って横になる。


「名残惜しいが、現世とはまたしばらくお別れじゃのう。しかし、この満という少年の体に入り込むとは、不思議なことが起こるものだ……」


 謎の言葉を言い残すと、そのまますっと寝息を立てて眠り込んでしまう。

 さっきまでの騒動が嘘のように、静かな午後の時間が過ぎていった。


 放課後となって目を覚ました満と風斗だったが、なぜ二人揃って保健室で眠っているのか理解できなかった。

 しかも、満の姿は元の男の状態に戻っていて、二人はひたすらに首を捻っていた。

 クラスに戻れば残っていた学生に詰め寄られはしたが、突如として現れた銀髪美少女については、行方は知らないの一点張りで対応しておいた。

 かくして銀髪美少女騒動はひとまずの解決を見た。

 風斗はあったことをすっかり忘れているようだったが、満はしっかりと覚えていた。

 一体自分に何が起きたのか。もやもやした気持ちのまま、満は帰宅したのだった。

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