第11話 満に起きた異変

「すぅ……、すぅ……」


 風がさわさわとカーテンを揺らす中、満は気持ちよく眠っている。


「う、ん……」


 眉が動いて、ようやく満が目を覚ます。

 ゆっくりと体を起こして辺りをきょろきょろと見る。


(僕、寝てたのか……。って、今何時だろ?!)


 意識を取り戻した満が、部屋の中を見回して時計を探す。すると、眠っているベッドから正面の位置の掛け時計が目に入る。


「1時、35分……」


 給食をすっ飛ばして5時間目が始まる前だった。


「うわっ、すぐに戻らなきゃ……」


 バタバタと起き上がって、満は保健室を出ていく。保健の先生に挨拶をしようと思ったが、ちょうど席を外していているらしく、仕方ないので黙って保健室を出ていく満だった。


 自分の教室へと走っていく満だが、どうも自分に対して学生たちが視線を向けているように感じられる。

 気にはなるものの、5時間目に遅れたくない満は教室へと急ぐ。

 そして、自分の教室へと戻り、がらりと扉を開けて中へと入っていく。


「ごめん、心配かけちゃった」


 満は精一杯に謝罪をするのだが、どうにもみんなの様子がおかしかった。


「えっ、みんなどうしたの?」


「えっ、誰?」


「声は確かに空月っぽいんだけど、誰なんだよ」


「え……」


 クラスメイトたちの反応に驚く満。

 驚いた満は、風斗を見つけて近付いていく。その風斗も、驚いた表情で満を見ている。


「風斗、僕だよ。満だよ。分かってくれるよね?」


 すがるような気持ちで風斗に問い掛ける満。だが、風斗から返ってきた答えは非情な現実だった。


「俺は金髪美少女の知り合いなんていない。目の色も緑色だし、これってまるで……」


「えっ?」


 風斗の言葉聞いて、教室の窓ガラスに近付いて自分の顔を見る。

 すると、反射で少々見づらいものの、銀髪をなびかせた少女の姿が映っていた。


「この顔って、まさか……」


 驚く満だったが、それと同時に教室の中に漂う雰囲気に気が付く。

 物珍しさと疑いの混ざった不思議な眼差しが満へと向けられているのだ。


「みんな……、うわあああっ!!」


 その視線に耐えられなくなった満は、大声を上げながら教室を飛び出していく。


「俺、ちょっと追いかけてくる」


 風斗はクラスメイトたちに告げると、教室から逃げ出した銀髪美少女を追いかけた。


「はあはあ……」


 満は一生懸命走って屋上へと続く階段の行き止まりまでやって来た。

 明るいところを走っているとどういうわけかめまいに襲われたので、できる限り暗いところへと向かった結果である。

 学校の屋上は許可がないことには出ることはできない。扉は固く閉ざされており、薄暗くなっている。

 そこで座り込む満。心なしか、少し元気が出てきたように感じる。


(どうしちゃったんだろう、僕……。あの時見た姿って、配信用のアバターの姿だよね?)


 自分の顔を触りながら、小さく震える満。

 顔から後ろへと手を回すと、さらさらとした髪が手に触れる。そして、そのまま後ろへと手を動かすと、嘘のようにいつまでも髪の毛の感触を感じていた。本当に髪が伸びているようなのだ。

 混乱していて分からなかったが、少し落ち着いてくると自分の体に違和感があるのが分かる。自分の眼下には、確かな膨らみがあったのだ。つつましやかなその膨らみに、満は思わずドキドキしてしまう。


「満、どこだーっ!」


 突然聞こえてきた風斗の声に、満は現実へと引き戻される。しかし、この声に反応するわけにはいかなかった。今の自分は満であって満ではない。とても顔を合わせられないのだ。

 早く行ってくれと願う満の思い虚しく、足音が段々と近付いてくる。

 それもそうだ。さっきの満の姿が配信用のアバターだと気づけば、今の満は吸血鬼。つまりは、暗い場所にいると目星をつけられるのだ。

 外は真昼間で太陽がさんさんと照っている。となると校舎内で最も暗い屋上への出入口は、最もいる可能性が高い場所となるのである。


「やっぱりここにいたか」


「風斗……」


「まったく、なんだってアバターの姿になってるんだ、満」


「僕の方が聞きたいよ」


 風斗は目の前の銀髪美少女が満だと分かっているようだった。そのことに安心する満だったが、同時に別の不安に襲われる。


「僕……これからどうしたらいいんだろう」


「そこだな。とりあえず保健室戻って眠ってようぜ。そこは放課後になったら考えよう」


「あ、うん……」


 薄暗い中ではあるものの、満には風斗の顔がはっきり見えていた。どことなく照れくさそうにしながら、自分のことを心配してくれている。満は純粋にその好意が嬉しかった。


「ほら、立てるか、満」


「……ごめん、安心したら力が入らないみたいだ」


 立ち上がろうとしても力がうまく入らないのか、満は腰を少し浮かしてはすぐに座り込むという状態を繰り返していた。


「はあ、しょうがねえな。おぶされ」


 自分の前に風斗がしゃがみ込む。その背中に満はおとなしく担がれていた。


「……軽いな」


 ぼそりと呟く風斗。


「風斗とはあまり変わらないと思ったんだけどね」


「聞こえてるのかよ、恥ずかしい」


 顔を前に向けたまま小さく怒鳴る風斗。その態度がおかしかったのか、満はついつい笑ってしまう。

 だが、この時の満には本人も知らない別の感情がふつふつと湧き上がり始めていたのだった。

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