第7話 初配信を終えて

「う……ん……」


 満は目を覚ます。


「なんか、変な夢を見たような気がするんだけど、気のせいだったかな?」


 眠たい目をこすりながら、満は布団から出て時間を確認する。


 午前3時13分。


 外は真っ暗ではあるものの、部屋の中は電気を消し損ねていたので煌々と明かるままである。

 もぞもぞと布団を抜け出して、ひとまず手洗いと洗顔を済ませることにする満。家族はまだぐっすり眠っているので、起こさないように静かに部屋との間を往復してきたのだった。

 部屋に戻った満は、モニタに映し出されている自分のチャンネル画面をリロードする。


「あっ、登録増えてる」


 配信前はおそらく風斗といとこ兄妹の三人だったチャンネル登録者数が、二人増えて五人になっていた。

 素人の配信にしては、まぁいいスタートを切れたのだろうか。満はちょっと満足げに笑うのだった。


「さーて、昨日の自己紹介配信のアーカイブをアップして……。あっそうだ、『光月ルナ』のSNSアカウント作らなくっちゃ」


 登録者数が増えたことに気を良くしたのか、満はせっせと作業を始める。

 生配信を行うとそれっきりになってしまうので、あとから来た人のためにアーカイブを録っておくことは、風斗のいとこから聞かされていた。なので、昨日の配信の様子は、用意してくれたソフトを使ってばっちり保存してある。

 満はまずはその動画を確認する。

 いくらアバター配信者の活動のためとはいえ、自分の生放送を見返すというのはなかなかに恥ずかしいものである。


「あああ、って言っちゃってるよ……」


 当然ながら、自己紹介の際にと発言してしまっていた部分も残ってしまっていた。まったく、あれだけと発言するように練習したのに、緊張のあまりに素の自分が出てしまったようなのだ。

 あまりに恥ずかしくて、満は顔を両手で覆い隠してしまった。

 しかし、配信してしまった以上、そこだけ修正するのも面倒だった。何を言われるか分かったものじゃないと、満はそのままアーカイブをチャンネルにアップしたのだった。

 それが終われば今度はSNSアカウントの作成だ。


「えっと、光……月……ルナ、@新人アバター配信者っと……。IDは『Luna_Lightmoon』かな」


 パソコン上で新規アカウントを作成する満。アカウントの作成は実に簡単に終わってしまった。

 プロフィールを編集して、最初の固定用の投稿を行う。


「えっと、『新人アバター配信者の光月ルナですわ』っと……」


 ポチポチと入力をし終えて投稿を行うと、満はほっとした表情でそのまま机に突っ伏してしまった。

 投稿を終えて時計を確認すると、時間はまだ朝の4時33分だ。風斗たちに連絡を入れようとしてもまだぐっすり眠っているだろう。起こすわけにはいかないと考えた満は、昨日緊張で手を付けられなかった宿題をすることにしたのだった。

 無事に宿題と学校の準備を終えた満は、再びアカウントを確認する。


「あっ、SNSにフォローがついてる」


 うきうきした表情で確認をすると、ウェリーンと書かれていた。風斗のいとこである双子の妹の方のPNペンネームである。つまり、満のアバターの側を提供してくれた人からのフォローだった。


(もう、早いなぁ)


 ついくすくすと笑ってしまう満である。

 満はお礼にとメールアドレスからウェリーンに対してメッセージを送っておいた。


「さて、今夜はレニちゃんの配信があるな。次の投稿動画の企画は大事だけど、ここはひとまずレニちゃんの配信を見て参考にさせてもらおうっと」


 満は作業を終えると、学校へ行く支度を始めたのだった。


 学校に投稿すると、満は風斗から声を掛けられる。


「よう、満。昨日の配信見たぜ」


「やっぱり、視聴者の一人は風斗だったのか」


「そりゃそうだよ。親友の晴れの舞台を見ないという選択肢があると思うか?」


 風斗にはっきりこう言われてしまえば、満は黙り込むしかなかった。

 ところが、この沈黙は意外な形で破られる。


「あの、満くん……」


「うわっ、びっくりした。は、花宮さんか……、どうしたの?」


 クラスメイトの香織に話し掛けられたのである。


「花宮、聞いてくれよ」


「う、うん。村雲くん、どんな話なの?」


 急に風斗が割り込んでくるものだから、香織はビクッと体を跳ねさせて少し退く。


「こいつってばさ、配信始めたんだよ」


「ちょっと、風斗!」


 しれっと香織にばらすものだから、満は風斗に食って掛かる。だというのに、風斗の方はにやにやとした表情で笑っている。どうやらわざとのようである。


「ふ~う~と~?」


 満は怒った表情で風斗に迫る。


「本当? チャンネル名は何なのかな。教えてもらってもいい?」


 ところが、香織は思ったよりも食いついてきてしまった。この反応には満も思わず戸惑ってしまう。

 本当なら教えたいところではあるのだが、女性アバターを使っての配信を行っているなどクラスメイトに言うことができるのだろうか。いや無理だろう。

 ましてや香織は、風斗と同じで満とは幼馴染みの関係にある。よく知った仲だからこそ、余計に言いづらいというものなのだ。


 キーンコーンカーンコーン……。


 ちょうどいいことにそのタイミングでチャイムが鳴り響く。


「花宮さん、もうホームルームが始まるよ。席に着こう」


「う、うん、そうね」


 頷いた香織は、残念そうに自分の席に戻っていく。安心してひと息つく満ではあったが、風斗は不満そうに満を見つめるのだった。


「なんだよ、風斗」


「……別に」


 ぷいっと顔を背ける風斗に、満はわけが分からず首を傾げてしまうのだった。

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