第6話 初配信

 ドキドキと緊張でいつもより早く脈打つ心臓。モーションキャプチャにマイク付きのヘッドフォン、ヘッドセットを装備して、満はドキドキしながら配信の時を待つ。


(大丈夫、僕はやればできる……)


 何度も深呼吸をする満。


「配信画面の連動ヨシ、配信と同時ににアーカイブを作る設定もちゃんとできてる。モーションキャプチャも動いてるし、声もちゃんと出てる……。これで後は配信開始をクリックすれば、アバター配信者『光月ルナ』のデビューなんだ……」


 一つ一つを何度もチェックして、問題ない事を言い聞かせる満。後は短いながらにも自己紹介を済ませればオーケーなのである。

 配信開始前だというのに、既にチャンネル視聴者のカウンターが動いている。

 数字は『3』。チャンネル登録数と同じだった。おそらくは満のデビューを待っているのだろう。

 動機はどうあれ、待ってくれている人がいる。満はもう一度改めて深呼吸をすると、いよいよモニタに向かったのだった。


 ◇ ◇ ◇


「おはようなのですわ、みなさま」


 配信が始まり、一生懸命練習した口調で話し始める。

 吸血鬼という設定なので、少々お嬢様じみた口調なのはご愛敬。


は『光月ルナ』。由緒正しき吸血鬼の一族の姫ですわ」


 緊張しているものの、どうにかかまずに言葉を喋れている。ただ、練習では『私』と言っていたところを、思わず『僕』と言い間違えてしまった。

 その瞬間だった。不意に視聴者数がかたんと動く。その数『5』、二人増えた。


「本日は初めてということでございますので、簡単に自己紹介をさせて頂きます。なにぶん、人間の世界は不慣れなものでして、少々お見苦しいところはあるかもしれませんわ」


 デザインを考えた羽美のメモ書きも踏まえて、風斗と一緒になって考えた設定を交えて自己紹介をしていく。

 堂々と喋っているようだが、この間は口から心臓が飛び出そうなくらいバクバクである。

 何度もテストして聞いたとはいえ、自分の声が本当に女の子の声として聞こえているかという不安があった。なにせボイスチェンジャーは使っていないのだから。

 変声期も迎えていない中学一年生だからこそできるものだが、正直中の人バレが起きないかひやひやものである。

 

「それでは、本日は初めてでございましたので、そろそろお暇させて頂きますわ」


 配信終了の挨拶をすると、コメント欄には「お疲れさまー」「頑張った」といった言葉が表示される。

 あまりにコメントが多かったので画面を確認すると、視聴者数が『12』となっていた。素人の初配信にしては、頑張ったんじゃないかと思われる。

 SNSをやっているとはいってもほぼ身内との連絡用だ。準備で忙しかったので、宣伝をするような余裕なんてなかった。というか思いつかなかった。


「よろしければ、フォローとチャンネル登録をお願い致しますわ。それではみなさま、ごきげんよう」


 ◇ ◇ ◇


 無事に挨拶までをやり切り、配信終了をクリックする。


「はあ、やりきったぁ~……」


 満はヘッドセットとモーションキャプチャを外して、椅子に座り込む。

 時計を確認すると、夜の9時20分。そんなに喋っていたつもりはなかったのだけれども、思った以上に時間が経っていた。

 緊張していたこともあってか、満本人にとっては一瞬の出来事のようだった。


「アーカイブを確認してアップしたいけれど、明日でいいかな。緊張で疲れちゃったや……」


 初配信の緊張で疲れてしまった満。まだ9時30分と、配信終了から10分程度しか経っていない。


「うん、早すぎるけど眠っちゃおう……」


 あまりの疲労感から、パソコンの電源を落とす事も忘れて布団に入ってしまう満。

 あっという間に寝付いてしまったために、配信を見た風斗たちから連絡が来ていることにも気づかずにいた。


 すっかり寝入ってしまった満は、不思議な夢を見る。


「何だろう、ここは……」


 夢の中で不思議な空間に立つ満。だが、その景色はどこかで見たものだった。


「まさか、これって配信用の背景……?」


 満が夢の中で立っていたのは、配信用に用意してくれた背景の部屋だった。まさか夢で見るまでとは思っておらず、満は混乱している。


「ようやく見つけたぞ」


「だ、誰ですか、あなたは……!」


 聞こえてきた声に大声で叫ぶ満。

 次の瞬間、満は信じられないものを見る。

 そこに現れた少女は、自分が配信で使ったアバターによく似た姿だったからだ。

 一体何が起きているのか、満は理解が追いつかなかった。


「これは夢、これは夢……」


 ぶつぶつと呟く満に、目の前の少女はこくりと頷く。


「そう、これは夢だ。だが、妾は幸いだと思うぞ」


 にこやかに話す少女だが、満はそんな言葉を聞いていられないくらいに震えていた。本当に夢なのかと疑うくらいに。


「そう警戒するな。っと、ようやく波長が合ったばかりか、今日はこれで限界か……。仕方がない、また会える日を楽しみにしておるぞ」


 少女がパチンと指を弾くと、満の目の前の景色が歪んでいく。

 満の意識は再び深いまどろみの中へと落ちていったのだった。

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