第2話 伯爵の悪巧み

「ちょっと脅してやればいいんだ。そしたら泣いて逃げ出すだろう。」


 シュンカが襲撃を受ける三日前に遡る。

 でっぷりと肥えた口髭の男が、媚び諂うような作り笑いの小男に話している。


「伯爵様。しかし、それではわたくしめは犯罪者になってしまいませんか?」


 小男は、笑い顔を崩しはしないが、異常な量の汗をかいている。


「だから、ちょっと脅すだけでいいんだ。危害を加えろと言っているのではない。これは訓練なのだから。ただし、実践訓練に怪我は付き物だろう?」


「そ、そ、そうでやんすねえ。」


「いつぞやの王室が行った大規模訓練では、10名以上の兵士が死んだそうではないか。」


「は、はあ。」


「実践訓練の場に、小娘がこっそり忍び込んでいたら、どんな事故に遭っても不思議ではないのだよ。」


「忍び込むんでやすか? 小さな女の子が?」


「君がそう仕向けるんだよ! ペティグリー君!!」


「あ、あ、あっしが仕向ける!?」


「そう。もちろん、こんな会話は無かったし、君にも悪意は無い。ただ、不幸な事故が起きてしまうだけなんだよ。」


「は、はあ。」


 ペティグリーは、全てを諦めたようにため息をついた。


「と言うわけで、訓練に参加する一般参加者を手配してくれまえ。人選は君に任せるがツテがある。その人物がすでに人数を集めているから、君は彼を頼るだけでいい。

 あとは、訓練の行われる時間にシュンカがスキーム平原に来てしまうような事が起こればいいのだ。」


「そんな都合のいい事が起こるもんですかねえ?」


 伯爵はジロリとペティグリーをにらみつけると、


「それを起こすのが仕事だと私に言わせる気なのかね!?」


「いいえ! 滅相もありやせん!!

あっしが勝手にいろいろ邪推しただけでやんして、、、」


「ふん」


 伯爵は大きく鼻を鳴らすと、


「ワシは何一つ関わってはおらん。おらんのだが、ワシの意図をくれぐれも履き違えるなよ。その時はどうなるか、わかっているだろうな?」


 低い声でペティグリーに脅しをかける伯爵。


「ヒィィッ! 肝に銘じます!!」


「分かれば良い。下がれ。」


 その場を逃げ出すように、ペティグリーが伯爵の執務室を飛び出して行った。


「よろしいのですか? あのような小物を使って。」


 どこからともなく軍服の男が伯爵の横に現れる。


「よいのだアイザー。あそこまで小物だと、何を言っても相手にしなければよいだけの事。用が済めばそれまでだ。」


「さすがのご慧眼。差し出がましい事を申しました。お許しを。」


「よい。卿がワシのためにした発言を咎めるつもりは無い。

 それより、卿には仕事がある。」


「なんなりと。」


 部屋には二人きりであるにも関わらず、伯爵はアイザーにそっと耳打ちすると、アイザーは恭しく一礼し、音もなく部屋を出ていった。


パターン!!


 入れ替わりに扉が壊れんばかりの勢いで開かれ、顔が真っ白になるまで白粉を塗りたくった女が伯爵の下へと走り込んでくる。


「パパ! お誕生日のプレゼントは用意できたの?」


 女は伯爵の娘だった。真っ白な顔に真っ赤な口紅を引き、まん丸く頬紅を載せた容姿は、まるでオカメインコのようだった。


「おお! コウメか!!

 ちゃんと手配したぞ!!

 三日後の誕生日を楽しみにしておきなさい。デビュタントと同時に、お前が正式な伯爵となるのだ。

 これから忙しくなるんだぞ!? 爵位目当てに求婚してくる輩も、掃いて捨てるほど現れるじゃろう。

 もちろん、ワシがしっかり吟味するがな!!」


「ありがとうパパ!!

 私も精一杯、伯爵として恥じないよう頑張って、領民達から絞り上げてやりますわ!!

 だから、リューサー様との婚姻を進めて頂きたいなぁ、、、なんて、、。」


 コウメの言葉に青褪める伯爵。


「リュ、リューサー第三皇子はなあ。いくらお前が伯爵家党首になるとは言え、さすがに身分が違う。お前の美貌でリューサー様をたらしこめば、或いはなんとかなるかもしれんが、、、」


「なら、デビュタントポールにはリューサー様をお呼びして頂戴!

 お、ね、が、い!!」


と言い置いて、さっさと部屋を出ていく。


「コウメ! 待て! 待つのだ!!

 ふう。困った奴だ。だが、あ奴に利用価値がある間は、のさばらせておくしかないのだ。

 さっさとケリをつけてしまわねば、こっちの身が持たんわい。」


 ぼりぼりとデカいケツを掻きながら嘆息するボグゼム『暫定』伯爵だった。

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