第24話 いくつもの「なぜ?」



 side ロバート(シースタリオン(CH-53)のパイロット)



「ガーター、こちらパイソン、オーバー?」


「パイソン、こちらガーター、感度良好だ」


 南スーダンのアメリカ大使館内にある無線室で、作戦展開中の海兵隊隊員が、救出チームとの交信を行っていた。


「OK、パイソン。現在地は?」


「タカ山の西、100キロ付近だ」


「了解。予定高度を保って進んでくれ」


 救出チームは、国連の難民高等弁務官事務所UNHCRがレスキュー隊を編成したものだ。米軍はそのレスキューをヘルプ護衛するために参加している。国連が準備したヘリは4機。うち1機はドクターヘリだ。護衛する米軍は、第5艦隊から護衛ヘリと輸送ヘリを計6機派遣していた。

 救助要請は、アメリカの七大財閥の一つであるミラー財閥からのものだった。特に今回は財閥総帥であるミツキ・ミラーが被災している。

 米軍がシール(Navy SEALs)の一チームである「パイソン」を派遣したのも、ミラー財閥の国連に対する力関係を物語っていたと言えるだろう。


 その米軍から派遣されたヘリの一機、主に強襲作戦に用いる輸送ヘリ、シースタリオン(CH-53)のパイロットであるキャプテン大尉、ロバートは夕暮れが近づいてきた空を見ていた。

 アフリカの空は澄んでいる。スーダンは荒れた国だが、空は関係ない。砂漠の乾いた土と、それをまるで反射したかのようなオレンジ色に焼けた地平線は見事な光景をロバートの前に展開していた。


 おそらく地上から見た合計10機の編隊は、夕暮れ空に映えているに違いない。


 今回の作戦は、親戚の女子を捜索のために向かったミラー財閥の女帝ミツキが、スーダンで飛行機事故に遭ったために組まれたものだ。

 スーダンの承認が下りるのに時間がかかり、事故からすでに10日が経っている。果たしてミツキが生きているのかどうか…………

 ミツキのことは愛国心を持つアメリカ人なら誰しもが知っているだろう。できれば生きていて欲しいが、まあ、軍人は命じられた作戦を速やかに行えばよいだけだ。


 少なくとも今夜中に、救出作戦は――――もしかすると死体の回収になるのかもしれないが、完了するだろう。



 ▼▽▼▽



 side アンジェ



 男たちが小銃を構えたのを見たアンジェは、もう一度、警告のためにスキルを解放した。


「光弾!」


 再び数十の光が空から降り注ぐ。


「「「「「ドカーーーーン!!」」」」」


「撃て! 撃て! 撃て!」


 しかし、その衝撃音に構わず、男性の声が聞こえると銃撃音が響き渡った。


 パンパンパン!

 ババババババババ!

 パンパンパン!



 もちろん、その銃弾がアンジェの体を貫くことはない。「無効」のスキルが体に当たった銃弾をポトリ、ポトリと尾翼の上に落としていった。



 その時―――― 



 三点バーストとフルオートの銃撃音が混じり合う中、アンジェの前に人影が飛び出した。さらに、小さな影がもう一つ。



 ――――え?



 二つの影が、アンジェに向かって放たれた無数の弾丸をのを見た時…………


「完全再生!!」


 その二つの影がファミールとデンであることに気づいたアンジェは、間髪を入れずにスキルを発動させていた。同時に二人に対して、「無効」のスキルも重ねがけする。



 だが…………



 血しぶきの中で舞った二人は悲鳴も上げず、アンジェの前で、ゆっくりと尾翼から川へと落下していった。


 そして、銃撃の音が止む。


「ファルークちゃん! デンちゃん!」


 尾翼の後ろから大叔母の声が聞こえてきた。二人を追いかけてきたのだろう。尾翼に上がることはできないようだが…………


 何が起きたのかは容易に想像できる。


 最初に放った「光弾」の着地音を聞いたファルークとデンが、アンジェを心配して飛び出してきた。さらにアンジェに銃口が向いていることに気がつき、弾幕からアンジェを守ろうとした…………自分の身を犠牲にすることを躊躇わずに。それも13歳の分別がある程度ついていただろうファルークだけでなく、わずか6歳のデンまでもが、だ。



 ――――お願い!!



 祈りを込めてアンジェは、躊躇うことなく尾翼の上から川へと飛び込んだ。その姿を追うかのように再び銃撃が始まる。



 バシャッ!



 しかし、そんな銃撃に構うことなく川に飛び込んだアンジェは、水面に浮かぶ二人の体を、それぞれ右と左で抱きかかえ、「縮地」のスキルを使い川岸へと瞬時に移動した。


「やったか!」


 誰かの声が聞こえる。「縮地」のスキルで移動したアンジェの姿が見えず、撃たれて川に沈んだように思ったのだろう。


 アンジェは、もう襲撃者の方は見ていない。

 そっとファミールとデンを地面に降ろした。

 月明かりに照らされた二人の衣類は銃撃を受けて穴だらけだが、その表情は穏やかに眠っているかのようだった。



 ――――分かっている



 そう、川に飛び込む前、アンジェは反射的に「MAP」のスキルで確認していた。そこに現れていたのは「青点生者」、そして…………「灰点死者」だった。


「灰点」が間違いであって欲しかった。そう祈って川に飛び込んだ。


 だが、スキルが表示する内容が誤りが生じることなど、絶対にあり得ないことは嫌というほどわかっている。


 それでも…………


 アンジェは、ファミールを抱き上げた。四肢がだらりと垂れ下がり、すでにその体から命が失われたことを示していたが、その死を認めることができない。

 もう一人のデンの体を見ると、胸がゆっくりと上下していてその命が助かったことが分かり、僅かにホッとした。


 だが…………


 即時だったファミールの命を取り戻すことはできない。いや、間に合わなかった、といった方が良いかもしれない。あと1秒、いやゼロコンマ何秒か早く「完全再生」のスキルを発動できていれば…………

 あるいは、「完全再生」のスキルは幼いデンを先にかけていた。ほぼ同時だが、そこにごく僅かなタイムラグが存在する。もし、スキルをかける順番を逆にしていたら…………


 グルグルと脳裏が渦巻く。


 時間の流れは不可逆性であり、過去に戻ることはできない。異世界にあったスキルでも「蘇生」は存在しなかった。もちろん、新たな命に生まれ変わらせる転生のようなスキルはある。だが、失われた命を同じ状態で蘇らせることはできない。


 アンジェの脳裏に「なぜ?」という言葉が浮かぶ。



 なぜ、ファルークは私の前に飛び出したの?

 なぜ、私はファルークが飛び出すのを止められなかったの?

 なぜ、ファルークに「無効」のスキルをかけておかなかったの?



「…………………」



 いくつもの「なぜ?」が心に浮かぶ。

 その答えは分かっている。



 ファルークは、私を助けようと飛び出しのだ。

 ファルークが飛び出すことを考えていなかったから、止められなかったのだ。

 ファルークは、私の家族じゃないから「無効」のスキルをかけていなかったのだ。



 そう、全てはアンジェの油断だ。そして驕りだった。「MAP」で敵は見ていた。だが、味方については飛行機の中で動き出したのを確認したあとは見ていなかった。大叔母には「無効」のスキルを常にかけていたのに、ファルークとデンに対しては、守る手段を施していなかった。


 さらに、アンジェが持つスキルと、そしてステータスがあれば、二人が飛び出してきた後で、その体に銃弾が届く前に何かの対処を行うことも不可能ではなかったはず。

 少なくとも異世界にいたとき、ミナトの横に立っていたときは、24時間いつでも「常在戦場」を心がけていた。

 だが、この世界に転生してから、その常在戦場は失っていた。だから、その心のが二人が被弾するのを「見て」しまっていた。


 分かっている。これは…………私の罪だ。


 アンジェの体が揺らめいた。



 そして――――



 そっとファルークを腕に抱いたまま、アンジェは尾翼の上空にスキルを使って「転移」した。


「どこから現れた!?」

「う、浮いている?」

「な、なんなんだこいつは!」

「化け物か!」

「撃て、撃ち殺せ!!」


 男たちは一斉に手に持った銃のトリガーを握りしめた。


 ババババババババ!

 ババババババババ!

 ババババババババ!


 フルオートの弾幕がアンジェへと集中する。

 その銃弾が体中に打ち付けられるのを感じながら、アンジェは静かにスキルを口にした。


「光弾」


 ドン!


 空から、51の光の筋が地上に落ち、その光は全て正確に男たちの心臓を貫いていた。



 パラパラパラパラ…………



 襲撃者が全員、声も出さずに倒れたのを確認したアンジェが、ファミールの体をしっかりと抱きしめた時、微かに、何機ものヘリコプターの乾いたプロペラ音が遠くの空から聞こえてきた。


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