第23話 響き渡る轟音と空から降る光


 side アンジェ



「MAP」に示された赤点の色が濃くなり、さらに少しスピードを上げて近づいているのを見たアンジェは、座っていたソファーから立ち上がった。どうやら、襲撃を始めるようだ。斥候チームらしき赤点も本体に合流していたので、おそらくこの飛行機を確認できたのだろう。


「ちょっと、外に行く」


「何かあったの杏樹ちゃん?」


 毛布をそっとファミールたちにかけていた大叔母が不思議そうな顔をした。


「ん。偵察?」


「そう…………気を付けてね」


「ん」


 なぜか大叔母は、基本的にアンジェの行動を否定することがない。もちろん一人で食糧を取りに行くときやファミールたちと会う時は、心配する声をかけてくることもあるが、アンジェが真剣になったときは、決まって黙認していた。女神が何かしたのか、あるいは大叔母がそういう性格なのか…………

 今一、よく分からなかったが、アンジェにとって都合が良かったので深く考えないようにしていた。


 そして、返事をしたアンジェは外に向かった。



 ■□■□



 尾翼の上に立ち、「MAP」で確認すると、川沿いをたくさんの赤点がこちらに向かってきているのが分かった。もう数百メートルほど先のところまで近づいてきている。

 隠すつもりもないのだろう、ざわめく音も風に乗り伝わってくる。


 仕方がない。


 赤点が濃くなっている。恐らく襲撃のことで頭がいっぱいになっているに違いない。ここまで興奮していると、生半可な攻撃で止まるとは思えない。だが、それでもアンジェは死体の山を作るつもりはなかった。


 しばらく赤点の状況を確認していたアンジェだったが、ちらちらと動く影が目に入り始めたので、もう一度、警告を試みることにした。


 距離は約100メートル。月明かりでも、もう十分に視認できる。おそらく相手もアンジェに気がついたころだろう。一瞬、立ち止まった人影は、僅かな間を置いたあと、再び動き出した。

 ちらりと大叔母たちの状況を「MAP」で確認すると、三つの青点が動いている。ファミールたちが目覚めたようだ。あまり時間をかけていられない。急ごう。


 そしてアンジェはスキルを放った。


「光弾!」


 異世界のスキルは、7つの属性に分かれている。まず何の属性も持たないのが無属性。「転移」や「収納」が行える空間スキル、敵を探れる索敵スキル、料理に役立つ「料理」スキル、明かりを灯せる「灯り」スキルなど多種多様だ。攻守に役立つスキルもあれば、生活に役立つスキルもある。

 そして、基本の四属性は火、水、風、土が該当する。さらに特殊属性として存在しているのが闇と光のスキルだ。


 今、アンジェが放ったのは神龍が持っていた「光弾」というスキル。もちろんスキルレベルはカンストしている。任意の場所に光属性を持つ「光の弾」を打ち込むスキルだ。

 さっき使った「光柱」のスキルは、見た目は派手だが単なる「灯り」のスキル。属性も無属性。人が触れても何の害もない。

 だが、「光弾」は違う。人が触れれば消し飛ぶことになる。また光の速度で放たれるので、異世界でも、よほど高いステータスレベルを持つ者か、回避スキルを高レベルで持つ者でないと躱すことなどできない。もちろん、この世界の「人」が躱すことは絶対に無理だ。


 その「光弾」が、さっきの「光柱」と同じように男たちの目前に着弾した。


「「「「「ドカーーーーン!!」」」」」


「光柱」とは違い、単なる光ではないから、もちろん大音響が発生した。

 一斉に男たちが急停止する。


 「光弾」が着弾した地面は大きく抉れている。

 もっとも、今放った「光弾」の威力は、スキルレベルで言えばせいぜい10程度に抑えている。男たちに被害はない。もしもカンストレベルの99の威力で放てば、着弾した場所の周囲数キロにその被害が広がることになる。もちろん男たちは細胞一つ残さず消し炭となる。いや、この距離ではアンジェが立つこの飛行機すら消し飛ぶことになってしまう。


「なんだ!」

「攻撃か?」

「さっきの光じゃないのか?」

「今のは違うぞ!」


 男たちの叫び声が聞こえた。



 ――――さて、これで逃げ出してくれるといいのだけれど…………



 アンジェは、月を背にした状態で、静かに男たちの様子を見ていた。



 ▼▽▼▽



 side ファミール



「――――アンジェお姉ちゃんは?」


 デンの声にファミールは目を覚ました。

 和かな笑みを浮かべたミツキが二人にかけた毛布の上から、トントンと優しく叩いてくれているのが見える

 辺りを見渡すと、アンジェの姿はなかった。


 風呂を出た後、つい眠ってしまったようだ。このソファーに置かれたクッションがふかふかなのが悪い。まるで体が包まれて宙に浮いているような感覚に、自然と意識を奪われてしまった。


 デンの言葉に、優しい表情でミツキが「アンジェ」と言ってから扉の方を指差し、そして微笑んだ。どうやら今、アンジェは部屋の外にいるようだ。


「お外?」


 アラビア語を喋ることができないミツキに、デンの言葉は通じていないが、窓の外に顔を向けたことで分かったのだろう。ミツキが頷く。


「sleep(寝ていいのよ)」


 目を閉じて頬を傾けたその仕草に、眠りなさいと言っているように感じたファミールは、再びまどろみ始めた。

 暖かな室内と、そして安心できる人に見守ってもらえる安堵感は、ゆっくりとファミールの意識を再び薄れさせていったのだが…………


「「「「「ドカーーーーン!!」」」」」


 突然の大音量が聞こえ、ファミールは飛び起きた。


「何!?」


 デンも起き上がっている。二人はまだ幼かったが、危険な音には敏感に反応するよう体に刷り込まれていた。


「お姉ちゃん!?」


 そしてファミールの意識に、アンジェのことがいっぱいに広がった。ここにアンジェがいない、ということは今、外であの轟音の中で良くないことに巻き込まれているのではないだろうか?


「デン、行こう!」


「うん!」


 幼いデンも、こうした危機的な状況で兄の指示にすぐに従うことは当然だったので、すぐに返事をして二人がソファーから飛び出した。そして扉に向かう。


「待ちなさい!!」


 ミツキが慌てて二人を制止しようとしたが、それに構わず二人は外へと飛び出した。




 ▼▽▼▽



 side スーダン中央解放軍



「おい! あそこだ!」


 先頭を走る部下が大声を上げる。


 少し広い川原に出たと思ったら突然、尾翼が見えた。探していたジェット機だ。もう目の前といってよい距離だ。100メートルぐらいだろうか? ジェット機は確かに、大きく破壊された様子はなく、燃えてもいない。全員が目的地に到着したことを理解して立ち止まった。


「あれは?」


 その時、誰が指差した先を見ると、尾翼の上に人影がいることに気がついた。ちょうど月明かりの影になっているので顔は見えないが、着衣は女性を現わしている。


「もしかすると、あれがミツキか?」


「分からない。急ぐぞ」


 そして再び、男性たちが走り出すと――――



「「「「「ドカーーーーン!!」」」」」



 突然、稲光が目の前に落ちたかのような光が辺りを包み込み、そして大音響が響き渡った。

 再び全員が立ち止まる。彼らの前の地面は大きく抉れ、先ほどの光の柱とは違い、明らかに物理的な何かが着弾したことを示していた。


「なんだ!」

「攻撃か?」

「さっきの光じゃないのか?」

「今のは違うぞ!」


「ただの光だ! 恐れるな! 撃て!」


 それでも、誰も直撃は受けておらず、興奮状態からまだ覚めていないを確認したリーダーの男性は大きな声を上げた。勢いは止めてはいけない。

 今の光が、さっきと違うことは分かる。まるでこれこそ落雷なのではと想えたが、誰も怪我を負っていないし、吹き飛ばされてもいない。雷ではない。

 何かおかしなことが起きているのは確かだが、だからとってここで撤退などできるはずもない。


 そして、男たちは一斉に小銃を、尾翼の月と一体化したかのような女性の影に向けると…………再び大音響が迸った。



「「「「「ドカーーーーン!!」」」」」



「撃て! 撃て! 撃て!」


 だが今度は、男たちは構うことなく銃撃を開始した。



 ▼▽▼▽



 side ファミール



 壊れた窓枠を掴み外に出る。小柄で、そしてサバンナで育った二人にとって、ちょっとしたアクロバットな動きはなんてことはない。


「待って!!」


 再び後ろからミツキの声が聞こえてきた。たぶん制止を求めているのだろう。だが、そんなことに構っていられない。

 一瞬だけ後ろを振り向いたファミールは、構わず尾翼に上がった。デンがすぐ後ろに続いている。



 ――――いた!



 数メートル先に、アンジェが川の方を向いて立っているのが見えた。


 しかし、ファミールは明るく照らされた月明かりの中、川辺にいる人影に気がついた。その手にしているのは…………



 ――――銃だ!!



 ゆっくりと銃口がアンジェに向けられ、そして空から幾筋もの光の筋が降り立つ。さらに、先ほどの「ドカーーーーン!!」という轟音を再び聞いたファミールは、反射的にアンジェの前へと飛び出していた。



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