第22話 駆け出した男たち、その先は……
大叔母との「舟遊び」から戻ったデンは、ファミールから、今夜は飛行機の中でアンジェたちと一緒に泊まれると聞いて大喜びしていた。
十日が経過して、すでに二人とも「飢餓」の状態は完全に改善されている。アンジェもつい二人に渡す食事に含ませた「治癒」のレベルを上げていたので、デンの病いもかなり良くなっていた。もう致命に至るリスクはない。このまま「普通」の生活が送れたなら、やがて治癒も望めるだろう。
アンジェは、絆されことは自覚していた。もちろん、後悔はない。
夕方まで、少年たちが泊れる場所を室内に作ったり、夕食の準備を一緒に行っていたりしたが、元気に動き回る二人を見ながら健康状態が改善できたことをアンジェは喜んでいた。
夕方には、雨が降ると言った手前もあったので、アンジェは「降雨」のスキルをそっと使ってみた。
ファミールは「本当に雨が降った!」と驚き、そして喜んでいた。雨期が終われば、スーダンのこの地方に雨が降ることはほとんどない。
初めて見るプライベートジェットの室内にも、二人は大興奮していた。
墜落から十日間が経過したため、室内はかなり整備された状況になっている。ソファーとテーブル、そして大型のテレビや冷蔵庫などが供えられたリビングの様子は、もともと豪奢なプライベートジェットの積載品を並べたこともあり、少年たちも大きく目を見開いて驚いていた。
シャワールームも、浴槽も設置されている本格的な設備だ。
電気系の設備が死んだままなので、電化製品は使えない。なのでテレビも冷蔵庫も「飾り」でしかない。だが、お湯はスキルで張ることができたし、灯も携帯型のランプで補えた。
アンジェは、そこそこ贅沢な「宿泊」施設が出来上がったことに満足していた。もちろん、大叔母も喜んでくれている。
少年たちが驚き、目を輝かせていたのも当然といえただろう。
そして…………
少年たちが休むソファーとはテーブルを挟んだ逆側のソファーに、大叔母と並んで座ったアンジェは、「MAP」のスキルに表示される赤点の位置を確認していた。
大叔母はアンジェの横で、何も言わずにカップを手にして温かな紅茶を飲んでいる。夜は冷えるが、少年たちが運んできてくれた木を燃やしているので暖は十分だ。もっとも、本当はアンジェがスキルを使って、室内を暖房していたのだが…………
今、「MAP」に表示されている赤点は51個。8つが少し先行している。これは斥候のチームだろう。夜になったが今夜は月明かりでしっかり照らされている。暗くなっても進軍のスピードは落ちていないようだ。先行チームの現時点の位置は、約一キロ付近。もう間もなくこの飛行機を視認するだろう。
リーダーがどこにいるのかは、さすがに分からない。だが、いるとすれば先行している8名ではないと思う。もしもそんなイケイケの集団なら、対応も簡単になる。
とりあえずアンジェは、後方の赤点の塊に向かって威嚇攻撃を行うことにした。先制攻撃だ。天から突然降り注ぐ光柱に驚いて、逃げ帰ってくれればよいがどうだろう?
▼▽▼▽
side スーダン中央解放軍
『ジェットを見つけたぞ』
無線から飛び出した声に、リーダーの男性は「よし!」と小さく喝采を上げた。
「距離は?」
『ここから約500メートルほどだ。川を塞ぐように不時着したようだな』
「破損は?」
『尾翼が見えるが、見た感じで大きな破損は見当たらない。延焼も大丈夫だ』
どうやら、現地人の男が言った言葉は正しかったようだ。
「人の気配は?」
『さすがに、分からないな――――いや、ちょっと待て。後方の窓に明かりが見えるぞ!』
プライベートジェットが不時着したのは十日前だ。もし生存者がいなければ、客室内の明かりなど、とうに電力が失われているはずだ。ということは、機内の設備も一部、生き残っていると考えてよいだろう。
――――これは好機だ!
「よし、すぐに向かうから、そこで――」
そこで待て、と男性が言いかけた瞬間、突然、男性の前が明るく光った。
「うお!」
思わず、変な声が出た。男性の前に降り立ったのは――――光の柱だった。わずか一秒ほどだったが、光り輝いた直径30センチほどの光の柱は音もなく消えていった。
男性の足が震えだす。
――――今のはいったいなんだ!?
空から降る光で思い浮かぶのは雷だ。だが、絶対に違う。なぜなら今の光は無音だった。目の前に落雷したなら大音響が聞こえるはずだし、何よりこの距離なら吹き飛ばされていておかしくない。それに、今のは真っ直ぐに天と地をつなぐ光の柱だった。それも一秒ほどの時間、そのままの姿で。
あり得ない。絶対に雷ではない。
――――では、なんだったんだ!?
いくら考えても、今の現象が何だったのかは分からない。
――――どうする?
キョロキョロと周囲を見ると、見える範囲の全員が目を見開いていた。見えない場所にいる者も同じだろう。
中には茫然とした表情を浮かべている者もいるし、尻餅をついている者もいる。
「おい! 何があった!」
その時、足音とそして仲間の叫び声が聞こえた。先行していた斥候チームだ。空から降り降りた光の柱を見て、慌てて駆け戻ってきたのだろう。
「お、お前たちは、あの光を見たのか?」
「光? ああ、単なる光だろう? どうやってあんな数の光、空から照らしたのかは分からないが…………ドローンでも使ったんじゃないか?」
不思議そうな顔をした先行していた仲間たちの顔を見たリーダーの男性は、自分たちの目的を思い出していた。
――――そうだ。俺たちは、なぜこんなところまで来たんだ?
リーダーの男性が自問する。
確かに、さっきの光が何だったのかは分からない。だが、よく考えてみればあの光は攻撃性はなかったんじゃないか? 音も聞こえない、地面も抉れていない。どこかから光を当てただけの現象と同じじゃないか。
「おい!」
大声で呼びかける男性の顔を、周囲にいた男たちが見た。
「何をふやけているんだ、お前ら! 獲物は目の前なんだぞ! おそらく今の光は飛行機に積まれてあった何かの設備で照らしただけだ! 見ろ、目の前の地面を!」
その言葉に男たちは目の前の地面を見た。月明かりがしっかり照らしている。
「地面にさっきの光の影響が現れているか?」
「…………いや、ないな」
地面を見た仲間の一人が答えた。
「そうだ!」
男性が頷く。
「さっきの光は、おそらく近づくな、という警告で照らされただけだ!」
男性は、なぜ現れた全ての光がここにいた仲間たちの目の前に降り注いだのか、という疑問を封じた。人は「信じたいこと」に目を向け、そして「信じたくないこと」からは目を背ける。ここにいる男たちは皆、こうして内戦で荒れた国で生きてきたのだ。都合が良いところだけに目を向ける、というそれは、半ば防衛反応のようなものだったのかもしれない。
「ジェットは、不時着に成功しているようだ。分かるか、それが何を意味するのか?」
「金だな」
「食糧もあるんじゃないか?」
「金持ちの飛行機だから、設備も持ち帰れるだろう?」
「女もいるんじゃないか?」
「奪え」
「そうだ、奪え!!」
「殺せ!!」
「そうだ、殺せ!!」
口々に各自が考えるその何かを叫ぶ男たち。
「相手は誰だ!?」
「金持ちだ!」
「傲慢な敵だ!」
いつもの略奪前のルーティンが始まった。皆の目の色が変わっていく。
「それは善人か!?」
「違う!」
「金で俺らを叩く悪人だ!」
「俺らの神は何を望んでいる?」
「粛清だ!」
「略奪だ!」
次第に、大きくなっていく声。
「では――――俺たちは何をしなければならない?」
一拍の間をおいて、皆が同じ言葉を口にする。いつもの決まり文句を。
「「「「「狩りだ!」」」」」
「そうだ、お前たち! 俺たちの狩りの時間がやってきたんだ!」
「「「「「そうだ!! 狩りの時間だ!」」」」」
男性の言葉に、皆が揃って大声を上げた。
「行くぞ!!!」
「「「「「おう!!!」」」」
そして興奮した男たちは手にした小銃を掲げ、一斉に駆け出した。自分たちの相手が、どういった存在なのかも知らずに…………
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