第21話 戦いは月明かりの中で始まる



 side アンジェ



 ファルークが帰ると立ち上がったとき、アンジェが展開しているスキル「MAP」に突然、赤点が現れた。

 少なくとも、アンジェはまだこの世界に広く認識されていない。アンジェのことを知るのは三人だけ。大叔母とファルーク兄弟たちだけだ。

 だから、「MAP」にアンジェに対して敵意を持つという点が現れたということは、その本質はアンジェという個人に対して敵意を持っているのではなく、ここに向かってきて何かの略奪を行なおうとしている者たち、というのが最も考えられる線だ。その略奪に立ち塞がる者、つまりアンジェはイコール敵であり、それがこの赤点となって示されているのだろう。

 実際、その赤色は薄く、アンジェへの敵対心が強いわけではない。こうしたことは、異世界でこのスキルを使っている時によく見かけたケースだ。


 そういえば、ファルークたちがここに通うようになってから、一度だけ黄点が川を下ってきたことがあった。かなり離れた距離で引き返したので鑑定スキルを使わず、特に気にしていなかったが、もしかするとその者から機体の位置情報が誰かに伝わった可能性はある。

 そして、機体の墜落情報を知った者がいればこちらに向かっている可能性は高い。あの時、女神もここを襲撃してくる者がいる可能性を警告していた。

 もっとも、実際に襲われたとしても何の支障もなかったから、気に留めていなかったのだが…………少し失敗だったかもしれない。


 なぜなら、今はファルークたちが側にいるからだ。


「MAP」の端に現れたのだから、距離はまだ30キロある。移動スピードは時速3キロほど。徒歩だろう。ここまで来るのは約10時間後。夜、暗くなってからだ。


 問題は、その方角がファルークたちが帰る方角と一致している、ということだ。それも川沿いに移動していると思われる。水路を行くファルークたちと遭遇する可能性がある。

 もちろんファルークはアンジェの身内ではない。なのでアンジェにとって庇護の対象ではなかった。それでも一週間、一緒に過ごすうちに多少の親密度が上がったことをアンジェは自覚していた。

 少なくとも、ファルークたちにリスクがあるなら、それを無視できないほどの親密度は感じていた。

 もちろん、向かってきている敵がどういった人間なのかは分からない。ファルークを敵と看做すと決まったわけでもない。だが、リスクはリスクだ。回避できるならそうするべきだ。


 それだけの時間は、すでに一緒に過ごしてきたのだから…………


 アンジェは、赤点が現れた方角を見ながら立ち上がり、ファルークに声をかけた。


「待って」


「え? どうしたの?」


 アンジェは、戸惑うファルークを見て自分の失態を悟った。

 そうだった。アンジェたちにとって敵と認識できる相手が現れたことを、どう説明すれば良いのか?

 アンジェが持つスキルのことは、話しても理解できるとは思えないし、逆に、スーダンの伝統宗教の信者である兄弟にとって、アンジェが持つ「スキル」は異端と見なされる可能性もある。言わない方が良い。


 アンジェは、話を少し誤魔化すことにした。


「空気が変わった。天気が悪くなる」


「天気?」


 そしてファルークは、雲一つない青空を見上げた。


「夕方から雨が降りそう。舟は危ない。今日は泊まる」


 もちろん、雨の気配などどこにもない。でも、スキルを使って水滴を空から落とす程度のことは簡単にできるから、誤魔化せるはずだ。


「え? え? え!?」


 アンジェの「泊まる」という言葉を聞いたファルークは、顔を真っ赤にして慌てだした。

 思わず、アンジェは苦笑した。

 そうだった。おそらくこの少年は自分に対して淡い恋心のようなものが芽生え始めているのだろう。それぐらいは、自身の恋愛経験の対象がミナトしかいないアンジェでも分かった。


「デンと二人で寝る場所は用意できるから。大丈夫」


「そ、そう。じゃあ…………お願いしようかな?」


 戸惑いながらも、嬉しさが垣間見えるファルークの表情を見ながら、アンジェは今夜の「作戦」を考えていた。



 ▼▽▼▽



 side スーダン中央解放軍



「この川を下った先なんだな?」


「そ、そうです」


 少し怯えた表情を見せて答える男。それも仕方がなかった。なぜなら小銃を手にした数名の者が周りを囲んでいたからだ。


「距離は?」


「距離は分かりません。舟で3~4時間のところです」


 解放軍で指揮を取っている男性は、仮設の陣幕に招き入れていた現地人の男から話を聞いていた。


 車を降りてから一日ほど進んだ。まだ飛行機は見つかっておらず、この先、どちらの方向に向かうかを話し合っていたところに、川の中に沈む飛行機を見たという情報を持つ男を見つけたと部下から報告がきたのだ。


 車両での移動は順調だったが、徒歩での行軍になってからは、アフリカの過酷な自然が大きく立ちはだかった。二日ほど予定よりも遅れている。いつ、救援隊が駆けつけるのか、すでに時間との勝負になっていたところだった。


 部下に連れられてきた男は数日前、この川を下った先で沈んでいる飛行機を見つけたそうだ。もっとも沈んでいるとはいえ、水深は深いところでも一メートルほどしかない川だから機体はしっかり確認できている。

 それよりも、機体がバラバラだったり燃え尽きていたりしていない、という情報がありがたかった。

 ミツキ・ミラーが上手くいけば生きたまま捕らえられる、という可能性が出てきた。彼女を捕虜にできれば多額の身代金を要求できる。

 それに機体が無事なら、積み荷も奪える可能性が高くなった。


 そして今聞いた情報では、機体は小舟で3~4時間の場所にあるという。小舟の川下りの時速は10キロほどなので、30~40キロといったところか。

 舟はないし、もしあったとしても51名の中隊規模の人数を全員運ぶことはできない。となると、川に沿って歩いていくのが最も現実的だ。幸い、この一帯は山ではない。川自体は傾斜もなく穏やかな流れだから、川べりなら苦労せずに歩けるだろう。


 ちょうど、時間は昼前だ。約10時間の行程と考えると、現地着は夜になる。だが、暗闇ならば襲撃にはより良い時間帯だ。ここ数日、夜も天気が良ければ月明かりがあるので、川に沿っていくだけなら夜間行軍も問題ない。


「ご苦労だった。礼を渡してやれ」


 男性が側にいた部下に軽く目配せをすると、その部下が小さく頷いた。


 そして…………


 男が部下と共に陣幕を出ると、すぐに「パン」と乾いた銃声が響いた。

 どうやら部下がしっかり始末をつけたようだ。財閥の飛行機が不時着した位置を他の者に知られた場合、不利益しか生まないから仕方がない。

 現地人の男には、不運だったと諦めてもらおう。


「よし、一時間後に出発だ」


 男性と共に男の話を聞いていた数名の部下は、黙ったまま頷き、陣幕から次々と退出した。



 ――――さて、ようやく待ちに待った「収穫」の時間か……



 男性は、暗い笑みを浮かべていた。



 ▼▽▼▽



 side アンジェ



 夜。


 日が落ちて夕食後、先に入浴させたファミールたちが出たあと、大叔母と一緒にシャワールームに入ったアンジェが浴室から出てくると、少年たちは二人ともソファーの上で熟睡していた。

 初めての「お泊り」に興奮した疲れが現れたのだろう。


「眠ったみたいね」


 穏やかな表情で重なりあうように寝ているファミールたちを見た大叔母が微笑んでいた。


「ん」


 アンジェは小さな声で返事を返した。この後、戦闘が始まる可能性があるから、できれば二人にはこのまま眠っていて欲しいところだ。

 入浴前に外を確認したが、夜空には月が丸く綺麗な姿を見せていた。その、たった一つしかないこの世界の月は、異世界で見ていた二つの月明かりに負けないぐらい明るく輝いていた。それはまるで、今夜の戦いを見守っているぞとメッセージを告げているかのように思えた。

 アンジェは何も戦いを望んでいるわけではない。だが、戦いを躊躇うつもりは毛頭なかった。


 戦うための「力」は持っている。


 そして「MAP」のスキルで敵の状況を確認していたアンジェは、ふと、今日の出来事を思い出していた。


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